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「他責」が組織を蝕む ― 白井一幸氏の教えを企業人事はどう活かし、強いチームを育むかー日経ビジネス記事より考える

 日経ビジネスの白井一幸氏の記事『元・侍ジャパン白井氏 「悪口」をやめるだけで、信頼が集まり人生が変わる』(2025/10/1)を拝読しました。

 本記事は、元侍ジャパンヘッドコーチである白井一幸氏が、長年の指導経験から得た「より良い人間関係を築き、自己成長を促すための核心」について論じたものです。白井氏は、その鍵が「すべての責任は自分にある」という「自責」のスタンスにあると断言します。

 私たちは問題が起きると、つい他人のせいにする「他責」に陥りがちですが、これは人間関係を破壊し、自身の成長機会を放棄する行為に他なりません。特に「悪口」は、巡り巡って必ず自分に返ってくるため、これをやめるだけでも周囲からの信頼が集まり、人生は好転すると説きます。

「自分を責める」のではなく「自分のあり方」を問う

 多くの人が他責に陥るのは、「自責」を「自分を責めること」と混同し、恐れているからだと白井氏は指摘します。しかし、氏が提唱するのは、自分を精神的に追い詰めることのない「正しい自責」です。これは、問題の原因をすべて自分に引き受けつつも、決して自分自身を責めない姿勢を指します。
 例えば、部下が失敗した際に「自分の指導力不足だ」と自身を責めるのではなく、「彼の成功のために、自分にできることは何か」と、未来に向けた解決策と自らの行動変容に思考を集中させるのです。失敗から何を学び、次にどう活かすか。常に「自分のあり方」を軸に解決策を探るこの対話こそが、自己肯定感を下げずに成長し続けるための要諦であると結論づけています。

企業人事の視点から考える

 この記事で述べられている「正しい自責」の考え方は、現代の企業が抱える多くの課題を解決し、持続的な成長を遂げるための重要なヒントを与えてくれます。変化の激しい時代において、従業員一人ひとりが当事者意識を持ち、自律的に行動する組織をいかにして作るか。これは多くの企業にとって喫緊の課題です。企業人事の視点から、白井氏の提唱する考え方を組織内でどのように活かしていくことができるか、具体的な施策とともに考察します。

1. 採用活動:「他責思考」を見抜き、「自責的人材」を見出す

 組織文化は、そこに集う「人」によって形成されます。したがって、組織変革の第一歩は、採用段階で「正しい自責」のスタンスを持つ可能性のある人材を見極めることにあります。

 面接の場では、過去の経験に関する質問を通じて、その人物の思考様式を深く探ることが可能です。例えば、「これまでの仕事で、最も困難だった経験や失敗談を教えてください」という問いに対し、その原因を環境や他者のせいにする傾向がないかを確認します。「当時の上司の指示が曖昧で」「他部署の協力が得られず」といった発言で終わるのではなく、「その状況下で、自分はどのように働きかけるべきだったか」「その経験から何を学び、次のプロジェクトではどのように行動を変えたか」といった、自らの行動と学びに焦点を当てて語れる人物こそ、白井氏の言う「正しい自責」を実践できる素養のある人材といえるでしょう。

 また、「チームで目標を達成した経験」を問う際も、単なる成功譚を聞くのではありません。そのプロセスにおいて、意見の対立や予期せぬトラブルがあった場合に、その候補者がどのような役割を果たしたのかを深掘りします。「対立するメンバーの間に入り、双方の意見を整理した」「自分が率先して泥臭い作業を引き受けることで、チームの雰囲気を変えようと試みた」など、困難な状況を打開するために「自分のあり方」を軸に行動したエピソードを引き出せるかが、採用担当者の腕の見せ所となります。これらの質問は、単なるスキルや実績の確認以上に、組織の未来を担う人材の根源的なスタンスを見極めるための重要な試金石となるのです。

2. 人材育成:「正しい自責」を育む研修と1on1

 「正しい自責」のスタンスは、先天的な資質だけでなく、後天的な学習や訓練によっても育むことが可能です。人事部門は、そのための仕組みと機会を提供し、組織全体の思考様式をアップデートしていく役割を担います。

 特に重要なのが、管理職層に対するトレーニングです。管理職は、部下の失敗に直面した際に、最も「他責(部下を責める)」に陥りやすい立場にあります。これを変革するため、白井氏の野球の事例(エラーした選手への向き合い方)を用いた研修は非常に有効です。部下の失敗を「指導不足」と自分を責めるのでもなく、部下を一方的に叱責するのでもなく、「今回の経験をチームの成長にどう活かすか?」「君が次に同じ場面で自信を持ってプレーするために、私にできるサポートは何か?」という、未来志向で解決策を共に探るコーチング・マインドを徹底的に学ばせます。これは、心理的安全性を確保し、部下の挑戦を促す上で不可欠なスキルです。

 若手・中堅社員に対しても、他責に陥りがちなビジネスシーン(例:部門間の連携ミス、顧客からのクレーム対応など)を題材にしたケーススタディ研修を実施します。参加者自身に「この状況で、自分にできることは何か?」を考えさせ、グループで議論させることで、当事者意識を醸成します。さらに、定期的な1on1ミーティングの場が、このスタンスを定着させるための絶好の機会となります。人事としても、上司が部下と対話する際の「問いのガイドライン」を提供し、「なぜできなかったんだ?」という詰問ではなく、「どうすれば次はうまくいくと思う?」「そのために必要なスキルや情報はなんだろう?」といった、内省と未来の行動変容を促す対話を全社的に推進していきたいところです。

3. 組織文化の醸成:「悪口」のない職場と「失敗を許容する」風土

 個人の意識変革を促すだけでは、組織は変わりません。同時に、「正しい自責」が根付きやすい土壌、すなわち組織文化を醸成していく必要があります。白井氏が強調するように、その第一歩は「悪口をやめる」ことです。

 人事部門は、経営トップと連携し、「悪口や他責発言が組織の信頼関係をいかに破壊し、生産性を低下させるか」というメッセージを、全社集会や社内報などを通じて繰り返し発信することも重要でしょう。陰で批判し合うのではなく、課題があるならば建設的に当事者と対話する、という行動規範を明確に打ち出します。

 さらに重要なのが、「失敗を許容し、そこからの学びを称賛する文化」の構築です。失敗の責任追及が厳しい職場では、誰もが自己防衛に走り、他責思考が蔓延するのは当然です。そうではなく、挑戦的な取り組みの結果としての失敗は、組織にとって貴重な「学習の機会」であると定義し直す必要があります。
 例えば、「今月のベストチャレンジ賞」のような形で、成功事例だけでなく、失敗から重要な教訓を得たチームや個人を表彰する制度を設けることも一案です。このような取り組みは、「失敗しても大丈夫だ」という心理的安全性を生み出し、従業員が自分や他人を過度に責めることなく、未来の解決策に目を向ける「正しい自責」のスタンスを強力に後押しします。

4. 評価制度への反映:スタンスとプロセスを評価する

 従業員の行動は、評価制度に大きく影響されます。もし結果(数字)のみが評価されるのであれば、プロセスにおける挑戦や他者への貢献は軽視されがちです。したがって、「正しい自責」の文化を本気で根付かせたいのであれば、評価制度そのものを見直す必要があります。

 具体的には、MBO(目標管理制度)などの評価項目に、成果目標だけでなく、「バリュー(価値観・行動規範)評価」の比重を高めることが考えられます。そのバリュー項目の中に、「当事者意識」「チームワーク」「挑戦と学習」といった要素を組み込み、「問題発生時に他責にせず、自らの役割として解決策を主体的に実行したか」「失敗から学び、次の行動計画を具体的に示したか」といった具体的な行動レベルで評価基準を定義します。

 また、上司から部下への一方的な評価だけでなく、360度評価(多面評価)を導入することも有効です。同僚や部下からのフィードバックを通じて、本人が自身の他責的な言動や周囲との関わり方について客観的に振り返る機会を提供します。ただし、これが個人の批判に使われることのないよう、あくまでも「育成のためのフィードバック」として運用ルールを徹底することが不可欠です。評価制度は、単なる処遇決定のツールではありません。企業が従業員に何を期待しているのかを伝える最も強力なメッセージです。ここに「正しい自責」の重要性を組み込むことで、組織全体の行動変容を力強く牽引することができるでしょう。

 白井氏の言葉は、単なるスポーツの世界の精神論であると捉えるのはもったいないです。それは、変化の時代を乗り越え、人が育ち、チームが強くなるための普遍的な原理原則です。人事は、この原理原則を自社の言葉に翻訳し、採用、育成、文化、制度というあらゆる側面からアプローチすることで、従業員一人ひとりが輝き、組織全体が成長していく未来を創造することができるのではないでしょうか。

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