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【書籍】なぜ、優れたリーダーは「教える」のではなく「問いかける」のか? 書籍『アドバイスしてはいけない』に学ぶ、自律型組織の作り方ーマイケル・バンゲイ・スタニエ氏

 マイケル・バンゲイ・スタニエ著『アドバイスしてはいけない 部下も組織も劇的にうまくいくコーチングの技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2024年)を拝読しました。

 著者の前著『リーダーが覚えるコーチングメソッド』(パンローリング、2017年)も踏まえ、さらに深い洞察と実践的なアプローチを展開した本書は、すでに多くの組織で変革を起こすきっかけとなっています。

はじめに:「アドバイスの罠」が組織と個人を蝕む

 多くのリーダーや管理職は、部下から相談を受けるとすぐに「アドバイス」をしてしまいます。それが自分の役割であり、価値提供の方法だと信じているからです。しかし、著者はこの行為に警鐘を鳴らし、「アドバイスの罠」と名付けています。

 この罠には、大きく分けて二つの問題が潜んでいます。一つは、「違う問題を見ている」ことです。部下が最初に口にする課題は、ほとんどの場合、表層的なものであり、真の課題ではありません。しかし、リーダーは助けたい一心でその最初の課題に飛びつき、解決しようとしてしまいます。結果として、時間やリソースが、本質的ではない問題の解決に費やされてしまうのです。

 もう一つの問題は、たとえ正しい課題に取り組めたとしても、「凡庸な策を言っている」可能性が高いことです。リーダーは全体像を把握しているわけではなく、断片的な情報と自身の思い込み、そして「自分の考えは素晴らしい」と信じたいバイアスに基づいてアドバイスをしがちです。組織においては、最初に提案された無難なアイデアが採用されやすい傾向もあり、結果として最善とは言えない凡庸な解決策に落ち着いてしまいます。

 この「アドバイスの罠」は、単に非効率なだけでなく、組織に深刻な悪影響を及ぼします。アドバイスを受ける側は、常に指示されることで自主性や専門性を失い、やる気をなくします。アドバイスをする側は、他人の仕事まで背負い込み、忙殺され、ボトルネックとなります。その結果、チームは個々の能力の総和以上の力を発揮できず、成果を出せない職場になり、最終的には組織全体の変革を妨げるという、負のスパイラルに陥ってしまうのです。

アドバイスをやめられない原因:あなたの内なる「アドバイス・モンスター」

 では、なぜ私たちはこれほどまでにアドバイスをすることがやめられないのでしょうか。著者は、誰の心の中にも「アドバイス・モンスター」が存在するからだと指摘します。このモンスターは、状況に応じて3つの異なる人格を巧みに演じ分け、私たちをアドバイスへと駆り立てます。

  1. 教えたがり(Tell-It):最も分かりやすい人格で、「答えを示すことが自分の価値だ」とささやきます。答えを言わなければ管理者として失格だと信じ込ませ、自分が一番よく知っていると思い込ませようとします。

  2. 助けたがり(Save-It):「あなたが助けなければ全てが失敗する」と訴えかけ、過剰な責任感を煽ります。他者の問題を自分の問題として引き受けさせ、殉教者的な自己満足に浸らせようとします。

  3. コントロールしたがり(Control-It):最も巧妙な人格で、「常に場を仕切ることが唯一の成功への道だ」とささやきます。権限を誰にも渡さず、全てを思い通りに動かさなければ災難が降りかかると信じ込ませます。

 これら3つの人格に共通する根源的な思い込みは、「自分は他人より優れている」という無意識の驕りです。そして、その裏返しとして「相手には何かが足りない、不十分だ」と見なしてしまっています。この考えが、相手の可能性を信じ、能力を引き出す機会を奪っているのです。

モンスターを手なずけ、「将来の自分」になるための4ステップ

 アドバイス・モンスターを消し去ることはできません。しかし、「手なずける」ことは可能です。この行動変容は、新しいアプリをインストールするような「簡単な変化」ではなく、OSを入れ替えるような「難しい変化」です。目先の利益(今だけの成功)を優先する「現在の自分」と、長期的な成長を目指す「将来の自分」との闘いとも言えます。

この「難しい変化」を成し遂げるため、著者は4つのステップを提示します。

  1. きっかけは何か:どんな人や状況が、自分のアドバイス・モンスターを呼び覚ますのか、その引き金を特定します。

  2. 問題を認める:モンスターが現れたとき、自分が具体的にどのような問題行動(人の話を遮る、結論を急ぐなど)をとっているのかを正直に認めます。

  3. ほうびと罰:その問題行動がもたらす短期的な利益(ほうび)と、長期的な損失(罰)を明確にします。「賢いと思われる(ほうび)」が、「チームの可能性を限定する(罰)」といった具合です。

  4. 「将来の自分」FTW(最高)!:アドバイス・モンスターを手なずけた結果なれる、理想のリーダー像(共感的、マインドフル、謙虚)とその利点を具体的に描き、変化へのコミットメントを固めます。

アドバイスの代わりに何をすべきか?関心を持ち続ける技術

 アドバイスをする代わりにリーダーがすべきこと。それは、「相手に関心をより長く持ち続け、急いでアドバイスをしようとせずにゆっくり時間をとる」ことです。これを実践するための3つの原則と7つの質問が、本書の中核をなすツールです。

【3つのコーチングの原則】
①怠ける
:部下の問題をすぐに解決してあげようとすることを「怠ける」。②関心を持つ:相手の話に関心を持ち続け、会話を深めることに全力を尽くす。
③頻繁である:コーチングを特別なイベントではなく、日常のあらゆるコミュニケーションで実践する。

【7つの基本的な質問】
 
これらの質問はシンプルですが、会話を深め、相手の内省を促す強力な力を持っています。

  1. はずみをつける質問:「何か気になっていることはありますか?」

  2. ほかを聞く質問:「あと、ほかには?」

  3. フォーカスする質問:「◯◯さんにとって、ここで取り組むべき本当の課題は何だと思いますか?」

  4. 本質的な質問:「何をしたいですか?」

  5. 戦略的な質問:「これをやるとして、逆に何をやめますか?」

  6. 怠ける質問:「私にできることはありますか?」

  7. 学びの質問:「今回の話でどんなことが最も役に立った、または大事だと思いましたか?」

 これらの質問を単独で、あるいは組み合わせて使うことで、リーダーはアドバイスをせずとも、部下が自ら課題を発見し、解決策を見出す手助けができるのです。

本質を見極める:会話の「曖昧化」を乗り越える

 コーチング的な対話を試みても、会話が本質から逸れてしまうことがあります。著者は、真の課題を見えにくくする会話のパターンを「曖昧化」と呼び、6つの典型例を挙げています。

  1. せっかち:相手が最初に話したことに飛びついてしまう。

  2. 幽霊コーチング:会話の当事者ではない、その場にいない「あの人」の話に終始してしまう。

  3. 妥協:本当の課題に触れるのを避け、当たり障りのない話で終始してしまう。

  4. ポップコーン現象:次から次へと思いつきで問題が挙げられ、収拾がつかなくなる。

  5. 大局観:一般論や抽象論に終始し、当事者である「私」が主語にならない。

  6. 長話:延々と続く背景説明や物語に埋もれ、本題にたどり着かない。

 これらの「曖昧化」に気づいたら、リーダーはそれを相手に伝え、「フォーカスする質問」を用いることで、会話の軌道を修正し、本質的な対話へと導くことが求められます。

「コーチングの習慣」を組織文化に根付かせる

 本書で紹介される数々のツールやマインドセットは、一度学んで終わりではありません。日常のあらゆる場面、例えば1対1の面談、会議、フィードバック、メールやチャットでのやり取りの中で意識的に繰り返し実践し、「コーチングの習慣」として定着させることが重要です。

 また、相手が安心して話せる心理的な安全性を確保するための「TERA」(Tribe:仲間意識、Expectation:見通し、Rank:地位の尊重、Autonomy:自主性)というフレームワークも紹介されています。リーダーがこれらの要素を高める言動を心がけることで、部下はより深く会話に参加し、自らの可能性を拓くことができるようになります。

 アドバイスの罠から抜け出し、コーチングの習慣を身につけることは、リーダー個人の成長に留まらず、チームのパフォーマンスを最大化し、自律的に進化し続ける強い組織文化を築くための、パワフルな第一歩となるでしょう。

企業人事としての視点:本書をどう活かすか

 本書は、単なる部下指導のテクニック集ではなく、組織の根幹に関わるコミュニケーション文化、ひいては人材育成や組織開発のあり方そのものに、本質的な問いを投げかける一冊です。企業人事として、本書の知見は様々な人事施策に統合し、活用できる可能性を秘めていると感じました。

管理職研修の新たな羅針盤として

 多くの企業で管理職研修は実施されていますが、その内容はティーチングや知識のインプットに偏りがちです。しかし、現代の多様な価値観を持つ従業員を率い、不確実な時代を乗り切るためには、画一的な「正解」を教えるマネジメントスタイルは限界を迎えています。

 本書のコンセプトは、まさに次世代の管理職に求められる「コーチ型リーダーシップ」の具体的な実践方法を示しています。「アドバイス・モンスター」の自己診断ワークを取り入れ、管理職自身が自分のコミュニケーションの癖や無意識の思い込みに気づく機会を提供することは非常に有効でしょう。さらに、「7つの基本的な質問」を用いたロールプレイングを研修に組み込むことで、明日から使える具体的なスキルとして落とし込むことができます。これは、新任管理職が陥りがちな過干渉(マイクロマネジメント)を防ぎ、部下の主体性を尊重するマネジメントへの移行を力強く後押しします。

1on1ミーティングの形骸化を防ぎ、質を向上させる

 近年、多くの企業で導入されている1on1ミーティングですが、「単なる進捗確認になっている」「何を話せばいいか分からない」といった声が聞かれ、形骸化しているケースも少なくありません。本書は、この課題に対する明確な処方箋となります。

 人事として、1on1のガイドラインに本書の「はずみをつける質問」「フォーカスする質問」を組み込むことを推奨できます。「何か気になっていることはありますか?」から始めることで、部下は安心して自分の課題を口にできますし、「ここで取り組むべき本当の課題は何だと思いますか?」と問いかけることで、対話はより本質的なものへと深化します。
 これは、1on1を「上司が部下を管理する場」から「部下が自らの成長と課題に向き合うための内省の場」へと転換させるための、シンプルかつ強力なアプローチです。質の高い1on1の積み重ねは、従業員エンゲージメントの向上、そしてキャリア自律の促進に直結します。

評価制度とフィードバック文化の再構築

 パフォーマンス・マネジメント、特にフィードバックの場面において、本書の考え方は大きな変革をもたらします。従来の一方的な「評価伝達」や「ダメ出し」としてのフィードバックは、従業員の防御姿勢を引き出し、真の行動変容には繋がりにくいものでした。

 本書が示すように、フィードバックを伝えた後にコーチングのアプローチを用いることで、対話の質は劇的に変わります。例えば、改善点を伝えた後に「このフィードバックを受けて、何か気になることはありますか?」あるいは「これからどんなことを望んでいますか?」と問いかけるのです。これにより、従業員はフィードバックを「自分ごと」として捉え、次のアクションを主体的に考えるようになります。人事としては、評価者研修においてこの「フィードバック+コーチング」のセットを徹底することで、評価面談を人材育成の絶好の機会に変え、組織全体の学習と成長を促進する文化を醸成できるでしょう。

心理的安全性の高い「問いかけ合う組織」への変革

 本書の根底に流れる「問いかける」という姿勢は、心理的安全性の高い組織風土を築く上で不可欠な要素です。上司が答えを押し付けるのではなく、部下の考えや意見に真摯に関心を持ち、問いかける。このコミュニケーションが当たり前になれば、従業員は「何を言っても受け止めてもらえる」という安心感を抱き、失敗を恐れずに意見を発し、新たな挑戦を試みるようになります。

 これはトップダウンだけでは実現できません。人事部がハブとなり、経営層から現場のリーダーまで、あらゆる階層で「問いかけの重要性」を啓蒙し、成功事例を共有するなどの地道な働きかけが求められます。全社的なスローガンとして「アドバイスから、問いかけへ」といったメッセージを発信するのも一つの手です。このような文化変革は、イノベーションの創出や組織のレジリエンス(回復力)向上に大きく貢献するはずです。

自律型人材の育成とエンゲージメント向上

 最終的に、本書が提唱するコーチングは、「自律型人材」の育成に帰結します。常に答えを与えられる環境では、指示待ちの従業員しか育ちません。一方で、上司からの問いかけを通じて自ら考え、答えを導き出す経験を重ねることで、従業員は課題発見能力や問題解決能力を内面的に培っていきます。

 自分で考え、意思決定し、行動する。このプロセスを通じて得られる達成感や成長実感は、何よりの動機付けとなります。自分の成長を支援してくれる上司や組織に対し、従業員は高いエンゲージメントを抱くようになり、結果として人材の定着(リテンション)にも繋がります。人事戦略として、エンゲージメントサーベイの結果と管理職のコーチングスキルとの相関関係を分析し、コーチングの導入効果を可視化していくことも、今後の重要な取り組みとなるでしょう。

 本書は、人事にとっても、日々の業務の拠り所となるだけでなく、組織の未来を創造するための戦略的な示唆に富んだ一冊であると感じました。


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