評価や人間関係に疲れない働き方へ:「自分軸」を取り戻すための環境づくりー小林弘幸氏の日経ビジネス記事から考察
小林弘幸、「整え」の習慣 書き出すことで「不安」が消えていく:日経ビジネス電子版を拝読しました。
コントロール可能な「自分」に焦点を戻す
組織で働いていると、上司との相性や人事評価など、自分自身の努力だけではどうにもならない「コントロール不能」な壁に直面することがあります。理不尽さを感じることも多いものですが、著者はそこで他者の評価や組織の論理といった「変えられないもの」に執着するのではなく、「自分でコントロールできること」に意識を向ける重要性を説いています。目の前の業務を遂行することや、自身の知識を深めるための勉強など、自己の成長と達成に集中することで、心は整い、着実に前進できるのです。
他者の感情から「自律神経」を守る技術
職場において、イライラしている人や不機嫌な人の存在は、周囲の自律神経をも乱す要因となります。こうした状況に遭遇した際、著者は相手の感情に巻き込まれることなく、「この人は今、交感神経が高ぶっている状態なのだ」と客観的に観察することを勧めています。意識を相手の「感情」ではなく、自分の「体の状態」や「呼吸」に向けることで、冷静さを保ち、自らのコンディションを守ることができます。これは、心の平穏を保つための実用的なスキルと言えます。
不安を「書き出す」ことで輪郭を与える
漠然とした不安や、正体不明の忙しさは、知らず知らずのうちに自律神経を乱し、ストレスを増大させます。「何が苦しいのかわからない」という不透明な状態こそが、不調の原因となるのです。そこで推奨されているのが、不安ややるべきことを「書き出す」という習慣です。思いつくままに言語化し、状況の輪郭をはっきりとさせることで、脳内の整理が進み、自律神経が整っていきます。書くという行為は、心を安定させるためのシンプルかつ強力なアプローチなのです。

組織における「コントロール感」の醸成とキャリア自律
組織という大きなシステムの中で、個々の従業員が「自分ではコントロールできないこと」に悩み、疲弊してしまうケースは少なくありません。人事施策や組織運営の視点から考えると、従業員が健全な「コントロール感(統制感)」を持てるような環境づくりが、メンタルヘルスの維持のみならず、エンゲージメント向上の一手となると考えられます。
評価制度や異動配置などは、どうしても組織の論理が優先される場面があり、個人の希望がすべて叶うわけではありません。しかし、その中でも「自分の行動が結果につながる」という感覚、いわゆる自己効力感を育む機会を提供することは可能です。
例えば、目標設定のプロセスにおいて、数値目標などの「結果」だけでなく、本人が工夫できる「プロセス」や「行動目標」に重きを置くことも一つの方法でしょう。結果は外部要因に左右されますが、行動は自身の意思でコントロール可能です。日々の業務の中で「自分で決められる領域」を明確にし、その中での創意工夫を称賛する文化を育むことが、従業員が不必要な無力感に陥るのを防ぐことにつながるのではないでしょうか。
また、キャリア開発の面でも、会社主導のキャリアパス提示だけでなく、従業員自身が「自分がどうありたいか」を問い直す機会を定期的に設けることが有効です。今回の書籍にあるような「問い」を通じて、自身の価値観や大切にしたいものを再確認するワークショップや研修を取り入れることも、自律的なキャリア形成を支援する上で有意義な施策となり得ます。
「感情のマネジメント」から「状態のマネジメント」への転換
職場における人間関係のストレス、特に「他者の不機嫌」への対処は、組織全体の生産性を左右する隠れた課題です。従来、こうした問題にはコミュニケーション研修やアンガーマネジメントなどで対応してきましたが、これらに加えて「身体感覚(自律神経)へのアプローチ」という視点を取り入れることも、新たな解決策として注目したいところです。
「感情的にならないようにする」という精神論だけでは、現場のストレスに対処しきれない場合があります。むしろ、「相手がイライラしているのは自律神経の乱れである」と捉え直し、自分自身は深呼吸をして身体を整える、というフィジカルなアプローチを周知することで、従業員の心理的負担を軽減できるかもしれません。これは一種の「スルースキル」や「境界線を引く技術」の訓練とも言えます。
組織として、「不機嫌な人に同調しないこと」は冷淡さではなく、プロフェッショナルとしてのセルフケアであるという認識を広めることも一案です。例えば、会議中に空気が悪くなった際に、あえて一旦休憩を入れて深呼吸を促すようなファシリテーションや、自身のコンディションを整えるための「マイクロブレイク(数分間の休息)」を業務中に公式に推奨するなど、制度やルールという堅苦しい形ではなく、推奨される「作法」として定着させていくことが、組織全体のレジリエンスを高めることにつながるでしょう。

「言語化」による心理的安全性の確保と業務の透明化
「不安を書き出す」という個人の習慣は、そのまま組織のコミュニケーション施策やマネジメント手法に応用できる重要な示唆を含んでいます。職場におけるストレスの多くは、業務範囲の曖昧さや、期待値の不明確さ、あるいは将来への漠然とした不安といった「不透明さ」に起因していることが多々あります。
この「不透明さ」を解消するために、1on1ミーティングなどの対話の場を、単なる進捗報告ではなく、「モヤモヤを言語化する場」として再定義してみるのも良いでしょう。上司や人事が「何か悩みはある?」と聞くだけでなく、従業員自身が不安や課題を書き出し、可視化するプロセスをサポートするのです。書くことで課題の輪郭がはっきりすれば、それだけで解決への糸口が見え、心理的な負担が軽くなることは多々あります。
また、業務プロセスにおいても、暗黙知や「空気を読む」ことに依存せず、役割やタスクを明文化(ドキュメント化)することを徹底するのは、無用なストレスを減らすための組織的な「整え」と言えます。「何が期待されていて、何が評価されるのか」がクリアになっていれば、従業員は安心して業務に集中できます。
さらに、日報や週報といったツールを、単なる業務報告としてだけでなく、その日の気づきや感情を吐き出す「ジャーナリング」的な側面を持たせた運用にすることも考えられます。もちろん、評価とは切り離した場所で、自分の考えを整理するための公式な時間を業務時間内に確保することは、メンタルヘルス不調の未然防止という観点からも、費用対効果の高い取り組みになるのではないでしょうか。
「個の自律」を支える「組織の余白」
最後に、個々人が自分を「整える」ためには、組織側にそれを許容する「余白」が必要であるという点にも触れておきたいと思います。どれほど有効な整えのメソッドを知っていても、業務に忙殺され、一息つく暇もなければ実践は不可能です。
働き方改革による長時間労働の是正は進んでいますが、次は「密度の適正化」に目を向ける段階かもしれません。効率性を追求するあまり、遊びや余裕が失われていないか。自律神経を整えるための「一人の時間」や「深い思考の時間」を尊重する風土があるか。これらは、数値化しにくい部分ではありますが、組織の持続可能性を考える上で見過ごせない要素です。
人事が主導して「整える」ための時間を強制するのではなく、従業員一人ひとりが自分のリズムで心身を整えることを是とし、お互いにそのスタイルを尊重し合えるような「成熟した大人同士の関係性」をベースとした組織文化を醸成していく。そうした地道な環境づくりこそが、結果として組織全体のパフォーマンスを最大化する土台となると考えられます。自律した個人が、それぞれの方法で健やかに働ける環境こそが、これからの組織に求められる理想形の一つといえるでしょう。


