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【書籍】『致知』2026年2月号(特集「先達に学ぶ」)読後感

 致知2026年2月号(特集「先達に学ぶ」)における自身の読後感を紹介します。なお、すべてを網羅するものでなく、今後の読み返し状況によって、追記・変更する可能性があります。



巻頭:「一」の心に学ぶ 青山俊董さん(愛知専門尼僧堂堂頭)p2

 ここで青山氏は、「一」という文字が持つ四つの重要な意味について深く考察しています。

 第一の意味は、すべての「初め」であり、何事にもまっさらな気持ちで向き合う「初の心」です。九条武子が詠んだ「一というはじめの数にふみ出だす 日なり今日なり正しくあらん」という歌には、今日という一日を新たな始まりとして正しく生きていこうとする清らかな志が込められています。この歌は、旧暦の正月や立春、宮中での追儺式といった節目を背景に、明治維新以降の新暦の中でも受け継がれてきた精神性を物語っています。

 第二の意味として、一は「正」の字を構成する要素であり、天の心や仏の心、すなわち普遍的な道や真理を象徴しています。

 第三の意味は、混じり気のない「純一無雑」や「一筋」という言葉に表されるような、ひたむきな姿勢です。

 そして第四には「一国」や「一家」という表現が示す通り、個を包摂しつつ全体を見渡す「全体」としての調和を意味しています。

 青山氏は、これらの教えを基盤として、私たちが常に初心に立ち返り、まっさらな気持ちで「今」という瞬間に真摯に取り組むことの尊さを伝えています。日々の生活の中で、仏の心や混じり気のない心を持って全体を見渡すことは、私たちが正しく歩むための確かな指針になるといえるでしょう。

組織において「一」をどう考えるか

 組織において、この「一」の教えを日々の営みに取り入れることは非常に意義深いことだと考えられます。
 例えば、採用や入社の場面では、誰もが抱いている「初の心」を尊重し、それを組織の力に変えていくような関わり方が一つの選択肢です。新しい環境に踏み出す瞬間の瑞々しい決意を、単なる通過点とせず、折に触れて立ち返ることができるような対話の場を設けることも検討したいところです。

 また、「正しくあること」や「純一無雑」な姿勢を大切にすることは、組織の健全性を維持する上でも重要です。目先の成果に捉われすぎず、企業の理念という「一」の道に立ち返り、誠実に仕事に向き合える環境を整えることで、メンバー一人ひとりの納得感も高まるのではないでしょうか。

 組織を一つの「全体」として捉え、個々の力が調和しながら同じ方向を向いて進めるような、緩やかな一体感を育む工夫を凝らしたいものです。今日という日を大切にするという積み重ねが、結果として組織の未来を形作っていくのだという視点を持って、日々の業務に寄り添っていければと考えられます。


リード:藤尾秀昭さん 特集「先達に学ぶ」 p8

 茶道裏千家の大宗匠として知られ、多くの人々に敬愛された千玄室氏が、令和7年8月に102歳でその生涯を閉じられました。
 氏は、『致知』において長年にわたり対談や執筆を通じて、私たちに多くの「生きる力」を授けてくださった存在。100歳を超えてなお、一時間の講演を立ち姿で行うその凛としたお姿は、聴衆に目に見えない大きな力を与えていたといいます。
 そんな大宗匠が大切にされていた「さらに参ぜよ三十年」という言葉には、現状に甘んじることなく、常に修行の途上にあるという謙虚な情熱が込められています。また、冬の厳しい寒さの中で枯れ木に花を咲かせるような気概を持つべきだという「三冬枯木の花」という教えも、氏が最後まで若々しく、矍鑠とされていた理由を物語っているといえるでしょう。

 古来より、私たちは優れた先達から学ぶことの重要性を説かれてきました。唐宋八大家の一人である欧陽脩は、人の性質はどのようなものに触れるかによって変わり、学ばなければ立派な人物にはなれないと戒めました。
 また、弘法大師空海も、物事の興廃はそれを担う人により、その人の運命がどうなるかは「道」に適った生き方をしているかどうかで決まると説いています。
 安岡正篤師も、自らの力だけで人格を確立させることは難しく、優れた人格や才能を持つ先達に触れ、磨かれることで初めて自己を充実させることができると説きました。なぜ私たちが先達に学ばなければならないのか。それは、自分一人では到達できない精神の深みへ、先人の足跡を辿ることで導いてもらうためだといえるでしょう。

 『致知』の歴史を支えてきたのは、五大哲人と称される二宮尊徳、安岡正篤、森信三、平澤興、坂村真民の教えとのこと。
 二宮尊徳翁が説いた「心の荒蕪を開く」という教えは、目に見える土地の開拓よりも先に、自らの心の荒れ地を耕すことの重要性を説いています。一人の心が耕されれば、どんな困難も解決できるというこの信念は、人間教育の根幹をなすものです。
 また安岡正篤師は、人間学を学ぶ意義について、学問修養をしなければ人は宿命に縛られるが、修養を積むことで自らの運命を切り拓くことができると述べました。徳を高めるための人間学が盛んになることが、国家や民族の繁栄にも繋がるという真理を、私たちは今一度噛み締める必要があります。 
 森信三先生は、人は誰もが天からの「封書」を携えて生まれてくると表現されました。その封書には自分の使命が記されていますが、それを開かずに一生を終える人も少なくありません。封書を開く鍵は、全力で他人に奉仕することにあるという教えは、私たちが働く意味を再定義させてくれます。
 平澤興先生は、生きることを「燃えること」と定義し、年を重ねるほどに自らの人間の味わいを深めるために燃え続けたいと願われました。
 そして坂村真民先生は、心の中に光を持ち続けること、良い本を読んで己を創ることを詩に託しました。

 これらの先達は皆、自らを向上させる「上求菩提」と、その力で他者に尽くす「下化衆生」の精神を体現しており、その姿勢こそが私たちの歩むべき指標となるといえるでしょう。

組織において「先達の教え」を還元していくか
 組織において人の成長を支える立場から考えると、先達の教えをどのように現代の職場環境に還元していくかは非常に興味深いテーマです。まずは、働く人々がそれぞれの「心の荒蕪」を開拓できるような、内省と学びの機会をそっと提供していくことが、一つの有効な手ではないかと考えられます。単なるスキル習得だけでなく、人間学的な視点を取り入れることで、各々が自らの運命を主体的に切り拓いていく活力が生まれるきっかけになるかもしれません。

 また、森信三先生の「天の封書」という考え方は、キャリア形成における自己実現や社会貢献の在り方とも深く響き合います。日々の業務が誰かのためになっているという実感を伴うことで、封書が開かれるような感覚を組織全体で共有できれば、それは非常に尊い職場文化になるといえるでしょう。

 さらに、平澤興先生の「燃えて生きる」という姿勢は、生涯学習やウェルビーイングの観点からも重要です。年齢にかかわらず、常に自分という人間に「味つけ」をし続けるような、成長への意欲を尊重する風土を大切にしたいところです。先達の知恵を現代の文脈に翻訳し、働く一人ひとりが心に光を灯し続けられるような環境を、温かく整えていくことを目指したいものです。


明治を創ったリーダーたち ~日本甦りへの道~ 藤原正彦さん(お茶の水女子大学名誉教授)、中西輝政さん(京都大学名誉教授)p10

 明治という時代は、現代の日本が直面する困難を乗り越えるための「時代の鏡」であり、私たちが立ち返るべき原点です。幕末から維新にかけての激動期は、日本が欧米列強の圧力にさらされながらも、新しい時代を懸命に模索した結節点でした。そこには、現代を生きる私たちが学ぶべき教訓が数多く凝縮されています。当時の日本人が持っていた強靭な精神や気骨は、決して偶然に生まれたものではありません。それは江戸時代を通じて育まれてきた豊かな文化、すなわち儒学や国学、さらには和算や浄瑠璃といった多様な学びが土台となり、明治という舞台で花開いたものといえるでしょう。

 明治人の精神的中核をなしていたのは、武士道精神でした。それは単に武士階級だけのものではなく、江戸時代の藩校や寺子屋を通じて町人や農民の間にも深く浸透していました。惻隠の情、誠実、正直、勇気、そして卑怯を憎む心といった徳目は、日本人の美徳として連綿と受け継がれてきました。日露戦争において、日本人が自発的な愛国心を持って一体となり、世界を驚かせる力を発揮できたのも、こうした高度な精神性が国民全体に備わっていたからに他なりません。

 しかし、日露戦争という頂点を境に、日本人は徐々にこの武士道精神を失い始めました。欧米崇拝の念が強まり、教育の現場から伝統的な道徳や儒教的な教えが排除されていった結果、日本人は次第に「根無し草」のような状態に陥っていきました。大正デモクラシーから戦後のグローバリズムに至るまで、私たちは常に新しい外来の思潮に翻弄され続けてきたといえます。自分たちの足元にある素晴らしい伝統や先達の歩みを忘れ、自国に対して誇りを持てなくなってしまったことが、現代の日本が抱える閉塞感の根源にあるのかもしれません。

 明治を築いたリーダーたちの姿は、現代の指導者像についても多くの示唆を与えてくれます。特に桂太郎、児玉源太郎、小村寿太郎の三人は、私心を捨てて国家の難局に立ち向かった真のリーダーでした。彼らは自らの功績を誇ることも、権力にしがみつくこともなく、ただ祖国の行く末を案じて命を懸けました。児玉源太郎が台湾の近代化に尽力した際も、そこには現地の人々の生活を向上させようという純粋な志がありました。こうした「公」のために尽くす気骨こそが、明治という時代を輝かせた原動力だったのです。

 また、福澤諭吉や内村鑑三といった先達も、西洋の文明を受け入れつつ、その根底には揺るぎない日本精神を持っていました。福澤は文明開化を推進しながらも、日本の伝統を安易に捨てることに警鐘を鳴らし、生涯武士道の気骨を持ち続けました。内村はキリスト教を信仰しながらも、日本の美質を世界に伝えるために尽力しました。彼らに共通しているのは、祖国に対する深い愛情と、自国の文化に対する強い自負です。真の国際人とは、単に英語ができる人のことではなく、自国の歴史や文化を深く理解し、そのことに誇りを持っている人のことを指すのではないでしょうか。

 現代の私たちがこの「大きな闇」から抜け出し、日本を再生させるためには、何よりもまず「教育」と「読書」の力を取り戻す必要があります。特に国語の重要性は計り知れません。先人が残した優れた文学作品や歴史書に触れ、そこで描かれている豊かな情緒や道徳心に感動し、涙を流す経験を通じて、人間の心は磨かれます。スマホなどのデジタルツールに頼りすぎず、良書をじっくりと読み込むことで、教養が身につくだけでなく、自分たちの国に対する誇りも自然と芽生えてくるはずです。

 日本には、縄文時代から続く連綿たる美徳と、世界に誇れる文学的・精神的な財産があります。明治の先達たちがどのように生き、どのように国を支えたのか。その足跡を辿り、彼らの精神を現代に蘇らせることが、これからの日本を切り開くための第一歩となるでしょう。
 私たちが本来の「日本の心」を取り戻し、自信を持って一歩を踏み出す時、日本は再び世界の中で輝きを放つことができるはずです。明治という時代は、単なる過去の歴史ではなく、私たちが未来を創るための道標として、今もなお鮮烈な光を放っています。その光を正しく受け止め、次世代へと繋いでいくことが、今を生きる私たちの使命といえるでしょう。

組織における活用
 組織を支え、次代を担う人材を育む立場からこの対談を読み解くと、単なるスキルアップや効率性の追求を超えた、「人間としての根幹を築く」教育の重要性を改めて実感します。現代のビジネス環境では、英語力やITリテラシーといった外付けの能力が重視されがちですが、組織の真の強さは、働く一人ひとりの内面にある誠実さや気骨、そして他者への惻隠の情に左右される側面が大きいのではないでしょうか。

 社員が自らの仕事に誇りを持ち、困難な状況でも「公」の視点を忘れずに踏ん張れるような精神性を養うために、古典や歴史に触れる機会を設けることは有効な一案と考えられます。リベラルアーツとしての教養教育を、単なる知識の習得ではなく、自身の行動原理を問い直す場として提供したいところです。
 また、明治のリーダーたちが私心を捨てて大業を成し遂げた姿勢に倣い、役職や権限にとらわれない志の高い組織文化を醸成していきたいものです。

 目先の数字や流行の理論に翻弄されるのではなく、日本の先達が大切にしてきた道徳心や実直な真心を見つめ直すことが、結果として変化に強い、しなやかで強靭な組織を創ることへと繋がっていくでしょう。一人ひとりが自分のルーツに自信を持ち、情緒豊かな人間性を備えた「品格あるプロフェッショナル」として成長できる環境を整えることが、これからの時代に求められる一手ではないでしょうか。


【いまこそ若い世代に伝えたい】人生を拓く東洋古典の名著 境野勝悟さん(東洋思想家)、安田 登さん(能楽師)、白駒妃登美(歴史エッセイスト)p20

 清々しい秋晴れの下、93歳を迎えた東洋思想家の境野勝悟氏の道場に、能楽師の安田登氏、歴史エッセイストの白駒妃登美氏が集いました。3人に共通しているのは、東洋古典を単なる知識や教養としてではなく、自らの人生を拓く指針として深く味読し、実践してきたという点です。境野氏は、安田氏が古典の中に「人間」を見出し、白駒氏が日本人としての視点を常に持って古典に向き合っていることを高く評価し、現代において確固たる視点を持って古典を読み解くことの意義から鼎談は始まりました。

 現代は生成AIが急速に普及し、効率やスピードが重視される時代ですが、安田氏はAI時代だからこそ東洋古典の学びが重要になると指摘します。AIは自ら問いを発することができず、身体性を持たないため「疲労」も「忘却」もありません。
 しかし、人間は疲れ、忘れる存在だからこそ、その限界を超えた先に掴める真理があるといいます。また、英語などの論理構造に基づくAIに対し、主語が曖昧で「共話」という独自の対話形式を持つ日本語や古典の世界には、AIが処理しきれない豊かな余白と深みがあることが語られました。
 白駒氏も、光源氏が愛する人を失い悲嘆に暮れながらも、新しい出会いに心を動かされる『源氏物語』の描写を引き合いに出し、その時々の心に正直に、真っ直ぐに生きる日本人のしなやかな精神性を紐解きました。

 話題は日本人の感性と「祈り」の文化にも及びました。白駒氏は、日本が国難を乗り越える際には常に御皇室の祈りと国民の志があったことを指摘し、和歌こそが日本人の細やかな感性を育んできたと語ります。意志を詠む中国の詩に対し、日本の和歌は「心の種」から生まれる情動を詠むものであり、そこには善悪の判断を超えた「ありのままを受け入れる心」が宿っています。
 境野氏は、キリスト教系の学校で教鞭を執っていた時代、神父たちが日本の古典や文化の深さに驚嘆する姿を見て、自国の文化の素晴らしさに目覚めた経験を振り返りました。ピタウ大司教が『聖書』の傍らに『徒然草』を置き、その面白さを説いていたエピソードは、西洋の知性をも惹きつける東洋古典の普遍的な力を物語っています。

 また、老荘思想の「無用の用」という教えも、現代を生きる私たちに大きな示唆を与えます。粘土をこねて作った器も、中が空洞という「無」の空間があるからこそ物を入れることができるように、一見役に立たないと思われる「余白」や「無」が、実は最も重要な働きをしているという考え方です。これは現代の科学研究にも通じるものであり、目先の利益や効率ばかりを追い求める風潮への警鐘ともいえます。
 安田氏の師匠が語った「十年経ったら誰も覚えていない」「50年後にいい音が鳴る」という長い時間軸の感覚は、スピードに追われ精神を消耗させる現代社会において、心を立て直すための重要な鍵となります。

 「初心忘るべからず」という世阿弥の言葉についても、安田氏は独自の解釈を提示しました。「初」という字の成り立ちから、初心とは過去の自分を切り捨てて変化し続けることであり、留まることなく変化し続けることこそが、能が650年続いてきた理由であると説きます。
 境野氏も、90歳を過ぎてから「無理な努力はしなくていい、自分は自分のままでいい」という境地に達したと語り、これまでの至らない点を直そうとする姿勢から、ありのままの自分を肯定する生き方へと転換したことを明かしました。
 先達の教えに学び、自然に従い、今を生きていることに感謝する。その積み重ねが、未来への希望を拓いていく力になるのだという確信が、3人の言葉から伝わってきます。

企業における人の成長や組織の在り方を考える視点から、この学びをどう活かしていくか
 
現代の組織運営では、即戦力や短期的な成果が求められがちですが、あえて「時間をかけること」の価値を再認識したいところです。能の世界で基礎を身につけるのに最低10年を要するように、人が真に自律し、独自の「芸風」を確立するには、発酵を待つような長い時間軸が必要なのかもしれません。育成の現場においても、効率的なスキル習得だけでなく、無駄に見える経験や、すぐには役に立たない知識が、後に大きな創造性を生む「無用の用」となることを理解しておくことが、一つの知恵として考えられます。

 また、職場のコミュニケーションにおいて「共話」の概念を取り入れることも一手でしょう。白黒はっきりさせる論理的な対話だけでなく、相手の言葉を自分のこととして受け止め、共に場を作り上げていく姿勢は、心理的な安全性を高め、チームの結束を強める助けになるといえます。効率や論理だけで割り切れない「心の機微」を大切にする文化を醸成することで、メンバーは安心して失敗し、忘却し、また新しい問いを見つけることができるようになるのではないでしょうか。

 未来に希望を持つためには、これまでの歩みや先達への感謝が欠かせないという言葉は、組織のアイデンティティ形成においても極めて重要です。自社の歴史や先人の想いに光を当て、それを現在の仕事と結びつけていくことは、働く人々に安心感と志を与えると考えられます。変化の激しい時代だからこそ、安易な流行に飛びつくのではなく、古典が教える普遍的な人間理解を土台に据え、変化し続ける「初心」を大切にする組織でありたいものです。


二宮尊徳の記憶を現代に蘇らせる時 北 康利さん(作家)p30

 現代の日本において、私たちはかつてないほどの閉塞感の中にいます。労働生産人口の減少や生産性の低迷、働くことへの意欲の減退など、解決の糸口が見えにくい課題が山積しています。
 しかし、こうした状況を打破するヒントは、遠い過去、江戸末期に600もの村々を復興させた至高の先達、二宮尊徳の教えの中に隠されています。松下幸之助や稲盛和夫、渋沢栄一といった名経営者たちが、こぞって尊徳を「人生の師」と仰いだのは、彼の教えが単なる農村復興の技術ではなく、時代を超えて通用する「天然自然の法」に基づいた真理であったからにほかなりません。尊徳は、幼少期に洪水の被害で家を失い、両親を相次いで亡くすという極限の困窮を経験しました。その辛酸は骨髄に染みるほどのものでしたが、彼はその逆境を、人間として成長するために不可欠なプロセスであったと後に振り返っています。この強靭な意志と、実体験から紡ぎ出された智慧こそが、報徳仕法の根底にあるのです。

 尊徳の思想の柱となるのは、至誠、勤労、分度、そして推譲です。何事にも真心を尽くす「至誠」を根本に据え、懸命に働く「勤労」を尊び、分相応の生活や予算を守る「分度」を定め、そこで生じた余剰を他者や未来のために譲る「推譲」を実践すること。このサイクルこそが、荒廃した村や家計を再建する汎用性のあるメソッドとなりました。
 特筆すべきは、彼が書物の中ではなく、日々の農作業という実践の中から真理を見出していった点です。春に種をまき、風雨に耐えて実りを得る。その「粒々辛苦」の過程にこそ、無量の功徳があると考えたのです。また、彼は「積小為大」を説き、小さなことの積み重ねが大きな成果を生むことを示しました。
 心の荒れた村民たちに対しては、「芋こじ」と呼ばれる対話の場を設け、表彰制度を導入することでモラルを向上させ、内面から「心田を耕す」ことを重視しました。こうしたアプローチは、単なる経済的支援を超え、人々の心に火を灯す人間教育そのものであったといえるでしょう。

 さらに、尊徳が成田山での修行を通じて得た「一円観」の視点は、現代の対立社会においても極めて重要です。富める者と貧しい者、領主と農民といった対立構造を、同じ船に乗る協力関係として捉え直し、双方が喜び合える道を模索しました。商売においても「売って喜び、買って喜ぶ」ことが道であると説き、自分中心ではなく客観的な視点で物事を捉える「メタ認知」の先駆けのような思考を持っていました。
 尊徳は、目先の利益に惑わされる「近きを謀る者」は貧し、百年の計を持って松や杉を植える「遠きを謀る者」こそが富むと教えています。彼の言葉が今なお私たちの心に深く刺さるのは、それが個人の利害を超えた「利他」の精神に基づいているからです。
 先入観を捨て、過去の智慧から学び、それを現代に応用する「守破離」の実践こそが、今の日本に求められています。私たちが二宮尊徳という巨人の記憶を呼び覚まし、その精神を現代に蘇らせることは、新しい時代を切り拓くための確かな道標となるに違いありません。

現代の組織運営や人材開発における活かし方
 特に、尊徳が重んじた「心田を耕す」という考え方は、個人のエンゲージメントを高め、組織を活性化させるための一手として考えられるのではないでしょうか。例えば、スキルアップや成果の追求といった目に見える成長だけでなく、その根底にある仕事への向き合い方、すなわち「至誠」の部分に光を当てるような対話の場を大切にしたいところです。

 また、尊徳が行った「芋こじ」のようなミーティング形式は、現代の心理的安全性を高めるコミュニケーションのヒントにもなり得ます。序列を超えて本音で語り合い、互いの知恵を融合させることで、課題解決の糸口を見出す文化を醸成していきたいものです。成果が出た際には、単なる報酬だけでなく、その努力のプロセスを正当に評価し、「積小為大」の価値を共有することで、従業員の自信と誇りを育むことができるのではないでしょうか。

 さらに、中長期的な視点で「百年の為に苗を植える」人材育成のあり方も模索したい考え方です。目先の数値目標の達成も重要ですが、数年後、数十年後の組織を支える基盤を今から準備しておく視座を持つことが、持続可能な企業成長につながるといえるでしょう。尊徳の説いた「推譲」の精神を組織内に広め、知識や経験を惜しみなく次世代へ繋ぐ流れを作ることも、豊かな組織文化を築くための有効なアプローチとして検討できそうです。


福澤諭吉 独立のすすめ 齋藤 孝(明治大学文学部教授)p34

 明治維新から150年余りが経過した現代、私たちは生成AIの台頭やデジタル化の進展といった、いわば「第二の開国」ともいえる激変期の中にいます。こうした時代を生き抜くためのロールモデルとして、齋藤孝氏は福澤諭吉の思想と生き方に光を当てています。諭吉の代表作である『学問のすすめ』の本質は、単なる知識の習得ではなく「独立のすすめ」であり、そこには現代人が受け取るべき知恵が凝縮されているからです。

 齋藤氏は、諭吉を学ぶ上で三つの柱が重要であると説いています。一つ目は「独立の気概」です。諭吉は「一身独立して一国独立す」という言葉を通じ、国民一人ひとりが依存心を捨てて自立することが、国全体の独立に繋がると訴えました。これを齋藤氏は「神輿(みこし)」の例えで解説しています。神輿は、担ぎ手が「誰かが頑張ってくれるだろう」と他力本願でいては持ち上がりません。「自分一人でも担ぐのだ」という気概を持って全員が力を込めて初めて、高く担ぎ上げることができるのです。これは国家のみならず、あらゆる組織やコミュニティにも通じる真理です。

 二つ目の柱は、諭吉が体現した「カラリとした精神」という人格的魅力です。彼は幼少期から、神仏や占いを盲信せず、合理的に物事を考える気質を持っていました。中津藩に残っていた強固な門閥制度を「親の敵」と呼び、因習に縛られることを拒んだ姿勢は、その後の開明的な人格形成の基礎となりました。特に大坂の適塾での学びの姿勢は凄まじく、枕を探すことすら忘れるほど没頭し、見返りを求めずに「他の日本人が読めない書をひたすら読む」という純粋な向上心に満ちていました。この「苦ければもっと呑んでやる」というほどの血気溢れる学びの姿勢こそが、彼を支える大きな柱となったのです。

 三つ目の柱は、時代の変化に対する柔軟な処世術と、それを伝える卓越した日本語力です。諭吉は長年苦労して学んだオランダ語が横浜で全く通用しないと知った際、落胆しながらも翌日には英語学習に切り替えるという驚異的な柔軟性を見せました。また、幕末の混乱期にあっても「熱心は深く蔵むべし」と説き、内面に強い情熱を秘めながらも、外面は穏やかで優美に保つことが処世の極意であると考えました。過去に囚われず、機を捉えて自己をアップデートし続ける力、そして論理的でありながら体温を感じさせる言葉で人々に訴えかける力は、まさに現代の私たちが学ぶべき先達の姿といえるでしょう。

現代の組織経営の中での活用
 
現代の企業組織において、諭吉が説いた「独立の気概」をいかに育むかは、組織の活力を左右する極めて重要なテーマであると考えられます。社員一人ひとりが「自分がこの組織を背負っている」という主体性を持つことは、変化の激しい市場環境において、神輿を高く持ち上げるための原動力になります。依存心を取り払い、自律的に自らのキャリアを切り拓くオーナーシップを支援する仕組みづくりは、今まさに求められる一手ではないでしょうか。

 また、適塾における「見返りを求めない没頭」は、現代のリスキリングや学習文化のあり方に一石を投じています。単なる報酬や昇進のためだけの学習ではなく、純粋な好奇心や知的な探求心からくる「真の勉強」が尊重される土壌を整えたいところです。オランダ語から英語へ即座に切り替えた諭吉のような、しなやかな対応力や学ぶ姿勢を組織全体で共有していくことは、不確実な未来への最良の備えになると考えられます。

 さらに、内面の熱量を保ちつつも外面は優美に装うという処世術は、高度なプロフェッショナリズムの形として捉えることができます。感情に振り回されるのではなく、内に秘めた情熱を知恵と論理に変換して社会に貢献する。こうした姿勢を大切にすることで、個々の専門性を尊重しながらも、調和のとれた強い組織を築いていけるのではないでしょうか。一人ひとりが「独立」した個として輝き、互いに高め合えるような環境を整えていくことが、次代を切り拓く組織の理想の姿といえるのでしょう。


松下幸之助と稲盛和夫 二人の〝経営の神様〟の共通項 上甲 晃さん(志ネットワーク「青年塾」代表)、大田嘉仁さん(小林製薬会長)p50

 松下幸之助氏と稲盛和夫氏という、日本を代表する二人の名経営者の歩みには、驚くほど多くの共通点があります。共に一代で世界的な優良企業を築き上げた二人は、単なる経営の手腕を超え、宇宙観や人間観といった深い次元で響き合っていました。
 彼らに長年仕えてきた上甲晃氏と大田嘉仁氏の対談からは、時代を超えて私たちが学ぶべき「生き方」の本質が浮かび上がってきます。二人の共通項を探ることは、現代の閉塞感を打ち破るための大きなヒントになるといえるでしょう。

 二人の原点は、若き日の凄まじい逆境にあります。松下氏は九歳で丁稚奉公に出され、父の破産や家族との別離を経験しました。
 一方の稲盛氏も、中学受験の失敗や結核への罹患、そして就職難といった挫折の連続から社会人生活をスタートさせています。こうした試練の中で、彼らは「まず思わなければならない」という信念を掴み取りました。有名な「ダム式経営」の講演で、松下氏が放った「まずダムを作ろうと思わなあきまへんな」という言葉に、会場が失笑する中で稲盛氏だけが衝撃を受けたというエピソードは象徴的です。手法を問う前に、まずは強烈な願望を持つこと。それがすべての始まりであることを、二人は身をもって知っていたのです。

組織の成長において決定的な役割を果たしたのは、真の使命への目覚めでした。松下氏にとっての節目は1932年の「命知元年」です。天理教の信者たちが活き活きと働く姿に感銘を受けた彼は、自社の使命を「水道の水のように安価で良質な製品を供給し、人々を貧乏から救うこと」と定めました。この250年計画の発表により、社員たちは猛烈な勢いで動き出しました。対する稲盛氏も、創業3年目に起きた若手社員による反乱を契機に、経営理念を「全従業員の物心両面の幸福を追求すること」へと昇華させました。企業が個人のエゴを超え、社会的な大義に目覚めたとき、計り知れない力が生まれることを二人の歩みは証明しています。

 また、部下に対する眼差しも共通していました。松下氏は「誰もがダイヤモンドの原石である」と信じ、部下の悪口を言う幹部を厳しく叱責したといいます。稲盛氏もまた、「騙されても騙されても部下を信じるしかない」という覚悟で接していました。京セラの創業当初、優秀な人材が集まらない中で「いまいる社員に無限の可能性がある」と信じ抜くしかなかったという切実な背景もありましたが、その信頼が社員を奮い立たせ、奇跡的な成長を支えたのです。「やってみなはれ」と権限を委譲し、当事者意識を植え付ける姿勢は、人づくりの根幹といえます。

 経営危機の乗り越え方にも、二人の哲学が色濃く反映されています。松下氏は一九六四年の熱海会談において、販売店との激しい対立の末に「すべては私どもが悪うございました」と涙ながらに深々と頭を下げました。すべての原因は自分にあるという「自責」の精神が、崩壊しかけた信頼関係を劇的に修復させたのです。稲盛氏も、薬事法違反の疑いで社会から猛烈なバッシングを浴びた際、西片擔雪老師から「災難によって業が消えるのだから、赤飯を炊いて喜べ」と諭され、さらなる社会貢献へと舵を切りました。逆境を成長の糧とし、常に自らの心を磨き続ける姿勢こそが、二人の真骨頂でした。

 晩年まで二人が大切にしていたのは、「素直な心」と「謙虚さ」です。松下氏は九十歳を超えてなお、毎朝「素直になりたい」と願い続けてようやく「初段」になったと語りました。稲盛氏も「謙虚さは魔除けである」と説き、成功しても決して傲慢にならぬよう自らを律し続けました。時代によって経営の手法や流行は変わりますが、人間としての普遍的な真理は変わりません。流行を追うのではなく、時代を超えて変わらない「不易」の部分を学ぶことの大切さを、二人の偉大な先達は私たちに教えてくれています。

現代の組織の中での活用のヒント
 
現代の組織の中で人を活かし、育む役割を担う立場からこの対談を読み解くと、日々の実務に直結する深い示唆が得られます。特に、松下氏が説いた「ダイヤモンドの原石」という考え方は、個々の可能性を信じ抜く姿勢として、採用や配置、育成のあらゆる場面で大切にしたい視点です。スキルや経験といった表面的なデータだけでなく、その人が持つ本質的な輝きを見出し、信頼を寄せることで初めて、自発的な成長が引き出されるのではないかと考えられます。

 また、稲盛氏が直面した「社員の反乱」と、そこから生まれた「全従業員の幸福」という理念の確立は、組織と個人のパーパスをどう統合していくかという現代的な課題への答えを含んでいます。単なる制度設計に留まらず、企業の存在意義が社員一人ひとりの人生の幸福とどう繋がっているのかを言葉にし、浸透させていくことが、組織のレジリエンスを高める一手となりそうです。上から目線の指導ではなく、一人の人間として誠実に語りかけ、共に使命を追求する文化を醸成していきたいところです。

 さらに、両氏が共通して重んじた「謙虚さ」や「素直さ」は、リーダーシップ開発の要といえるでしょう。能力が高い人ほど陥りやすい傲慢さを戒め、常に自省を促すような環境づくりは、長期的な組織の健全性を保つために極めて重要です。流行の経営理論を追うことも必要ですが、それ以上に「人間として何が正しいのか」という普遍的な問いを、対話を通じて社内に共有していくことが、結果として揺るぎない組織基盤を築くことに繋がるのではないでしょうか。人としての器を広げる支援をすることこそが、人事の醍醐味であるといえるでしょう。


先知先哲の人間学 鈴木秀子さん(文学博士)、數土文夫さん(JFEホールディングス名誉顧問)、横田南嶺さん(臨済宗円覚寺派管長)、栗山英樹さん(北海道日本ハムファイターズCBO)p60

 鈴木秀子、數土文夫、横田南嶺、そして栗山英樹の4氏。それぞれ異なる分野で頂点を極め、あるいは道を切り拓いてきた方々が「先達に学ぶ」というテーマで語り合う言葉には、現代を生きる私たちが立ち止まって考えるべき示唆が凝縮されています。

 まず、現場の指揮官からフロントへと立場を変えた栗山氏は、昨年を「もがき苦しんだ一年」と振り返ります。データを駆使しながらも、最終的には人間の才能をどう引き出すかという「人間学」とのバランスに苦慮したといいます。頭では理解できていても、実践することの難しさを痛感する姿は、どれほど実績を積んだ人物であっても、人を育てるという営みが一生続く修行であることを物語っています。

 これに対し、94歳を迎える鈴木氏は、友人の死や自身の老いを受け入れながら、「いま起きていることをただ受け入れる」という境地に達しています。過去を悔やまず未来を案じず、目の前の一瞬に心を尽くす。その姿勢が、周囲に安らぎと活力を与える源泉となっていることが伺えます。

 數土氏は、世界で躍進する日本の若手アスリートたちの志の高さを称賛する一方で、現代政治の混迷に警鐘を鳴らします。単なる対立ではなく、より良い解決策を生み出す「弁証法的な議論」の必要性を説く視点は、組織運営に携わる者にとって極めて重要な指摘です。

 また、横田氏はAI研究の最前線に触れ、テクノロジーが進化すればするほど、究極的には「人間とは何か」という問いに回帰していくという真理を示しました。科学と宗教が融合し、一人ひとりが生きる根源的な力を取り戻すことこそが、これからの時代に求められる精神性の拠点になるのだといえるでしょう。

 座談会の中盤では、各氏が多大な影響を受けた「先達」の姿が具体的に語られました。
 横田氏が挙げた山本玄峰老師は、眼病という逆境を乗り越え、九十六歳で大往生を遂げるまで「性根玉を磨く」ことの尊さを説き続けました。
 鈴木氏が師と仰ぐマザー・ブリットは、学生一人ひとりの名前を呼び、その個性を認め、陰で祈り続けるという「身を以て示す愛」を貫きました。
 數土氏が指針とする中国古代の宰相・管仲の「主人が主人らしくなければ、部下も部下としての役目を果たさない」という言葉は、リーダーシップの本質を鋭く突いています。
 そして栗山氏は、再建の鉄人・井原隆一氏から「選手に嘘をつかない」という誠実さを学び、それが監督としての実績に繋がったと明かしています。

 これらのエピソードに共通するのは、先達たちが単に知識を授けたのではなく、その生き様そのもので後進を導いてきたという事実です。栗山氏が紹介した「身を以て教うる者には従い、言を以て教うる者とは訟う」という言葉は、まさに教育と指導の真髄です。言葉だけで人を動かそうとするのではなく、自ら椅子をしまう、自ら汗をかくといった日常の些細な習慣の積み重ねこそが、相手の魂を動かす力となります。數土氏もまた、読書や運動を習慣化することの重要性を説き、何歳になっても成長を諦めない姿勢を示しています。

 最後に、横田氏が引用した芭蕉の言葉「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」が、この座談会の象徴的な結びといえます。先人の形式を単に模倣(墨守)するのではなく、彼らが何を目指し、どのような志を持って生きたのかという「精神の源流」を探ること。そして數土氏が語るように、過去の恩恵に感謝しながらも、現代に即した「新しい価値」を自ら創り出していく「温故知新」の精神こそが、私たちが先達から受け継ぐべきバトンなのだといえるでしょう。

人間学を組織の力に変える
 
この座談会で語られた叡知は、現代の企業組織における人財育成のあり方に、非常に豊かな示唆を与えてくれます。特に、栗山氏が直面した「データと人間学のバランス」という課題は、多くの現場が抱える共通の悩みではないでしょうか。効率や数値管理が先行しがちな時代だからこそ、一人ひとりの「性根玉」を見つめ、個々の可能性を信じ抜く姿勢を大切にしたいところです。

 新入社員からベテランまで、多世代が共生する組織において、「後生畏るべし」という若手への畏敬の念と、「身を以て示す」年長者の背中は、互いを高め合う理想的な関係性を築く一手となります。人事が制度を整えるだけでなく、リーダー層が自らの弱さや学び続ける姿をオープンにできる文化を醸成することで、組織全体の心理的安全性が高まることも考えられます。

 また、数土氏が強調した「習慣化」の重要性は、スキル研修以上に個人の自律的な成長を支える柱となります。日々の小さな凡事徹底が、やがて大きな成果や人格形成に繋がっていく。そのような「人間としての成長」を支援する視点を持つことが、結果として企業の持続的な発展に寄与するのではないかと感じます。先達の教えを単なる知識として終わらせず、日々の対話や行動の中にどう落とし込んでいくか。温故知新の精神を持って、いまの時代にふさわしい「働く喜び」を共に創り出していきたいものです。



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