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ビザがおりた!-サバティカルはサバイバルゲーム (8)


海外でサバティカル、特別研究期間をおくるための最大の関門のひとつは、渡航する国のビザを取得することである。いくつかの失敗を重ねながらも、書類を整え、英国内務省のホームページで必要事項を書き込み、東京・築地のビザ申請センターに赴いて書類とパスポートを提出し、写真や指紋を取得され、やるべきことはやった。

これで大丈夫だろうと安心したのもつかの間、まだ一波乱あった。

いやいや、私のビザに関しては1月24日に英国内務省からメールがあり、「ビザ申請に成功したので、旅行書類やビザ書類を申請センターから受け取ること」と書いてあった。1月16日に東京・築地のビザ申請センターに赴いたので、1週間ちょっとしか経っていない。順調だった。ビザ申請センターには、返送用のユーパックを渡してあるので、問題はない。

同じメールには、「今ではBRPs (生体情報入り滞在許可証) は渡していない。eVisaにアクセスして自分のステータスを確認のこと」とある。「ん?」と思い、「ビザがとれたよ」と知らせるついでに、オックスフォード大学の担当者へメールで尋ねた。すると、英国内務省はビザ制度を数か月前から改変しているらしく、2025年1月からeVisaという内務省のコンピューターの中のファイルがビザの本物ということになるらしい。

インドや中国のビザを取ったときには、パスポートのひとつのページにべったり貼ってあるのが「ビザ」だった。英国の場合は、パスポートに貼ってあるのは、「a short-term entry clearance visa」という「入国してよいよ」という書類だけで、eVisaの期限が始まってから90日以内に入国することになっている。入国時に係官が尋問 (?) の上で判断して、正式にビザが有効になる。なんだか、より複雑になった気がするし、何が利点かよくわからない。

私の分のビザ手続きは事実上終わった。ところが、家族の分のビザが問題だった。

2月11日に英国のリバプールからメールが来た。その瞬間、「ビートルズ発祥の地から、何の用事だろう」と思った。なぜか、私のビザが成功したメールもリバプールからだったのに、まったく気にしていなかった。英国内務省のビザ判定の部署は、フィリピンのマニラにあるらしいときいていた。パスポートが東京・築地のビザ申請センターからマニラに送られて、「entry clearance visa」のシールが貼られて、戻ってくるとどこからかきいていたので、リバプールとピザが結びつかなかったのだ(1)。

メールの文面を見て、凍った。

「出生証明書の翻訳の完全版を送ってください。」

なぬ?戸籍の翻訳はすでに準備したはず・・・あっ、ビザ申請センターに託してなかったのだ!

2月4日にビザ申請センターを訪れたとき、すでに申請を終えていた私は、センター内への立ち入りを許されなかった。被扶養者である家内と子ども3名のみが入って申請したのだ。その際、家内との書類の受け渡しで何かの行き違いがあり、ビザ申請センターに戸籍の翻訳が渡されていなかったのだ。

あわてた。そしてすぐに、受け取ったメールへの返信メールに、戸籍の翻訳を添付して送った。はたして、家内と子どもたちのビザはおりるのだろうか。

その二晩は不安な夜だった。しかしわりとあっけなく、2月13日、ふたたびリバプールからメールが来た。

「ビザ申請に成功したので、旅行書類やビザ書類を申請センターから受け取ること」

家族の分のビザ取得も成功。2月4日にビザ申請センターで申請したので、9日しか経っていない。戸籍の翻訳を出し忘れたわりには、順調だったと言えるのではないか。

私のパスポートも家族のパスポートも、すぐに、ゆうパックで自宅へ送られてきた。

かくして、正式なビザ取得は英国入国後だけれど、その手前までは、なんとかなった。サバイバルゲームの大きな関門は越えた。ところが、これはひとつの「関門」にすぎなかった。まだまだサバイバルゲームは続いたのである。

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