孤独ではなく、孤高に生きよう!
はじめに
10年程前まで、「ぼっち」という言葉が跋扈して今は久しいです。
また、昨今では経済的な理由や、社会的な理由や、地球環境の面からも結婚、そして子供を持つことへの抵抗から、独身を選ぶ若い人たちが増えていることは皆さん知っての通りです。
それゆえに、「ぼっち」という言葉が使われなくなったのでしょう。
子供を持つことに抵抗がある理由として、地球規模の環境破壊、子供を狙った性的犯罪の多さからの絶望、またSNS、AI時代に自分に子供が出来たとして、うまく順応できるかなど、多くの不安があります。
政府や国際的な機関が先進国の多子化を狙ってお金をかけても、おそらく無駄なお金になってしまうでしょう。
それゆえに、これからは一人で生きていく精神的な強さが求められてくる時代になっていると思います。
この記事では、孤独で悩む方、また50歳前後の人との付き合い方、一人の時間の大切さを書いてみようと思います。
孤独で悩む方へ
孤独で悩む方は、他者からの承認欲求の欲しさからや、親族、親しい人がいないなどの心の孤独感など様々です。
コミュニティに参加できる人はそんな悩みは持たないでしょう。
そして孤独死などを怖れる方もいるでしょう。
こんな僕も、難病持ちで、精神科通いで、親は母一人でしかも病弱。
普通に生活していば、親が先に旅立つでしょう。
しかし、先の事を考えずに今を生きてみませんか?
自分の今を生きる!
他者から承認されたいなら、一人の時間を大切にして、僕ならテレビを見て現在の社会、経済の動きを学ぶなり、読書をするなり、自分の好きな服を着たり、今のうちに家族団欒を堪能したり、僕なら中世風のオープンワールドRPGが好きで、結構歴史の勉強になるものです。
一人の時間は、自分を磨く特別な時間です。
自分を磨けば自分だけのスタイルができて、「あの人、素敵だな。」とか、「あの人、自分を持っているな。」などと人は陰で思うものです。
孤独な人ほど、一人の時間が沢山あるはずです。
自分を磨けば、周りの人は自分の事を放っておきはしません。
また、親族、親しい人がいない方でコミュニティに入れない方も似たようなものです。
日々の家事をこなし、残りの時間は自分を磨く。
そういう人に人は陰で尊敬の念を抱くものです。
よく、テレビで高齢の一人暮らしの方が、淡々と自分のするべきことをして、あとは悠々自適に暮らしている番組を見ませんか?
親しくしていたのに突然ブロックしてきた友人
ワンゲル時代は誕生日やバレンタインデーなど、事あるごとに贈り物をして、ある時などは僕がバイクで大学に近くにいると、それを見かけた同期の女の子は、僕が自分のヘルメットしかその時は持っていなかったのにも関わらず、「頼むから友達の家まで送って!」とほぼ無理やりにタンデムしてきたので、断るにも断り切れず、普通なら一つしかないヘルメットを女の子の方に渡してあげるのだけど、その時は腹が立って自分がヘルメットをして、近くの同じくワンゲルの同期の女の子の家まで送る途中、パトカーに見つかり、僕はパトカーの中へ入ることになりました。幸い前方で交通事故が起こり、警察の方に、「もうええから降りて!」と言われ解放されたのですが、目の前で見ていたその女の子は謝りもせずに友人の家に入っていきました。
その後も仲良くしていたのですが、卒業後しばらくmixiで足跡がついているのにブロックしている人がいました。
後に分かったことなのですが、その女の子だったのです。
人格否定してきたある友人
これも、同じワンゲル部の同期だった友人が、つい2日ほど前にもみんな集まって焼き肉をしたところなのに、自分から望んで大阪から東京へ転勤するので送別会に来てほしいと、メールが来たことがありました。
僕は人が集まらないようだし、つい先日焼き肉にみんなで集まったところなので、嫌だとメールで意思表示したところ、これもメールで、「半人前のくせにあーだこーだと言ってんじゃねえ!」というようなメールを返してきました。
僕はすぐに電話、メールを着信拒否にし、当時のmixiもブロックして、一切連絡が取れないようにしました。
後で思い返してみたのですが、ワンゲル時代から、「お金を貸してくれ!」だの、夜中に毎日一方的に電話して来たり、「香水は何がいい?」などと求めてくる、いわゆる「クレクレ星人」だったのです。
その2年後くらいに別の友人に、「脳腫瘍になって手術することになってん。」と伝えると、それを聞きつけたその友人が、退院後に気が付いたのですが、電話番号を変えて、入院中に「見舞いに行きたい。」と何度も何度も電話してきたことが、着信履歴やメールから分かりました。
どういう意図があるのかは僕が知るところではありませんが、「どんだけ一方的やねん。」と呆れたことを覚えています。
男同士の話を女性の友人に漏らす友人
これもワンゲルの同期の男友達で、あまり僕は好感を持ってなかったのですが、下世話な話が好きな友人で、しかも、なぜか執拗に付き纏ってきて、僕もまだ若くて未熟でしたから、僕の人生での大失敗や、同期の女の子の事を面白おかしく男同士の話として話したところ、後にあった時に、「あの事しゃべってないやろなあ?」と何気なく尋ねたところ、微妙な感じだったので、その子の好きなエロDVDをたくさん渡して、丁重に帰ってもらいました。
それからは執拗に僕の付き纏っていた彼からの連絡もピタリと止みました。
カウンセラー失敗の心理カウンセラー
僕が中学の頃から通っていた精神科のカウンセラーのお話ですが、
決別寸前の頃、「秋篠宮の悠人様は絶対産み分けされてできた子よ!」とか、「私はメンサになれるよ!」とメンサの試験を受けてもいないのに、そんなことを言い出したり、ある時はカウンセリングの場でヒステリックに怒鳴って来たり、昔は尊敬していたのにだんだんおかしくなってきて、もうその方のカウンセリングをお断りしてしばらくして、そこの精神科医が病死して、転院することになり、決別となりました。
友人関係に腐れ縁はなく、波長が合わなくなると自然に嫌な人とは決別する
ここで言えることは、どれも出会った頃は、親しくしていたけれど、時間が経つと波長が異なる人とは決別し、お互いを尊重しなけば、たとえ親友でも腐れ縁はないということです。
同窓会
同窓会なんて行くものではないと僕は思っています。
10年以内でもあれば、懐かしく話も盛り上がる同窓会になると思いますが、10年以上ともなれば、FaceBookが本名限定の頃から親しい友人とやり取りが続いているし、あえて会わないでおく美しさもあるのに、あえてSNSでやり取りのない大昔の友人と再会したところで、マウント合戦の試合になることは間違いないと思います。
中には子供がどこの大学に進学して、どこの企業に入ったなどと子供のマウント合戦にもなると聞いています。
昔は同じ志を持っていたとしても、10年以上もなれば、それぞれの道を歩み、それぞれの価値観があり、それぞれの境遇があり、それぞれ異なった波長にもなっているはずです。
50歳前後の人間関係
50歳前後にもなれば、一人の時間を大切にして、悪口の飛び交う場所、人が多くて疲れる場所、お付き合いだけの飲み会は、もう訪れるのはやめて、たとえ一人でもいいので一緒にいて心地よい人間関係をおすすめします。
若い頃、孤独だった人も、親族が居なくても、一人の時間を多く持ち、心地の悪い付き合いとは決別した方がいいようです。
そして一人の時間で自分を磨き、孤高の人になりましょう!
僕の周りには今、少ないですが、心地よい人たちに囲まれて生活しています。
