退路遮断へのこだわり/カターレ富山6年目の決意
▪️前置き
▪️「出向=退路付き」立ち位置への疑問
▪️プロ(有期雇用)として再スタート
▪️退路遮断で増した仕事の切れ味
▪️「経営者=孤独」上等だ
▪️追伸
▪️前置き
本noteは本日付け富山新聞朝刊に連載しているコラム「万里一空」のオリジナル版である。コラムには字数制限があり、本noteを文脈が崩れないことを意識しながら、大幅に削減をしていることを、予め記しておく。
▪️「出向=退路付き」立ち位置への疑問
「社長はいいよな、ここをクビになっても戻る所があるから」…もう20年以上前、日産自動車から横浜マリノスに出向した時のことだ。シーズンオフ早々に始まる選手契約更改で何人かの選手の翌シーズン契約を非更新した際に、ある選手から吐き捨てるようにそう言われたことがあった。確かに私は出向者なので、マリノスでの業績如何に関わらず日産に帰任する契約となっていた。また「親会社から出向してきた社長は必ず一定期間経つと帰任するか、そこで定年を迎える」というシステムを採用しているクラブが少なからずあった。そうした出向社長に対して、有期雇用の選手たちにはやはり「同じ釜の飯を食う」運命共同体とは思えないかもしれない。またプロパーの社員からしてみても「どうせここでは社長にはなれない。役員ポストの幾つかも親会社社員に占められるのでは」と上昇志向を削がれることにもなるだろう。
▪️プロ(有期雇用)として再スタート
プロ選手は有期雇用で、非更新となれば仕事を失う。いつもその緊張感の中で己のパフォーマンスを磨き続けなければならない。日産からマリノス社長に就任した当初は、その怖さ厳しさを正直わかっていなかった。「退路のある人間が退路のない人間を切る」…その理不尽さと後ろめたさが身に沁みた私は、日産に掛け合って転籍させてもらった。40代後半での有期雇用のプロ社長である。正直言えば、退職金が振り込まれ身分証や徽章を返却した時に、今まで味わったことのない将来に対する漠然とした重い不安に襲われた。それでもチームは「いつ切られるかわからない」社長を同志として迎え入れてくれたし、社員も「マリノス」の社長として喜んでくれたと思う。

当然日産の同僚たちは猛反対した。当時マリノスはサッカー界でこそビッグクラブと呼ばれてはいたが、同僚たちにしてみれば年商50億円未満の中小企業である。また、日産のように自らの手でものを作り、自らの手で売っての事業成否ならまだ納得がいくが、事業の成否を握るトップチームの勝った負けたは、自らの手を離れたチームの力で決まるという不条理とも言える商売だ。そこを「労多くして益少なし」と、翻意を促してきた。私もそれは理解していたし、そこに身を委ねるのには少なからず抵抗感もあった。それでもチームやプロパーの社員たちと身分上も同化しなければと強く思い、「どうせ日産に戻る人」と決別した次第である。

▪️退路遮断で増した仕事の切れ味
マリノス退任以降も、湘南ベルマーレ6年、清水エスパルス5年、ベルテックス静岡1年(Bリーグ)と、カターレ富山に移籍するまでの20年間は、基本一年契約を更新しながらやって来た。毎年毎年が勝負となり、契約が切れる時期が近付くと来年はどうなるのか不安になることもあったが、それと引き換えに仕事の切れ味が明らかに変わった。将来に繋がる羅針盤をしっかり作り、年度毎の方針、そして具体的な目標や方策を明確にした上で短サイクルで評価分析をしていくようになった。成果も論理的に実証できる手応えを掴めた。今では「来年ニートになるかもしれない」という不安よりも、クラブが私を認めてついて来てくれている喜びの方が格段に勝っている。今だから言うが、多くの優勝や昇格が狙い通りに実現できたことも、この「退路を断った」メンタリティと無関係ではないだろう。

▪️「経営者=孤独」上等だ
3月3日からカターレ富山も6年目に入る。2年契約でやっているので今期で3期目の契約が一旦切れる。こちらに来る際、神奈川の持ち家も売り、公私ともに退路を断った。一昨年あたりまでは年末になると「今年は(神奈川に)お帰りになるのですか」とよく尋ねられ、その度に「私の自宅は富山で帰るとこはないんです」と答えていたものだが、昨年はそういう会話もなくなった。富山県民として認知が進んだ中で、チームも社員もみんなの仕事全てにわたり、対外的な全責任を負いながら6年目に入る。連敗が続いた時も不祥事や業績不振の時も、一人で批判や攻撃の矢面に立つ覚悟だ。これまでも辛辣な批判や言葉、態度を浴びせられたことも数多く経験したが、そんなことを気にするようならこの仕事はしない方がいい。

そうした点で、経営者は孤独と言える。最後の砦として座る席の後ろは何もないし誰も助けてはくれない。それでもプロとして孤独から逃げることはないだろう。
これが私のカターレ6年目の決意としてここに記しておく。
▪️追伸
私がカターレ富山に移籍する際に、前述にある私のサッカー界でのプロ転向に猛反対した同僚たちがお祝いの場を作ってくれた。そして席上でこんなことを言われた。
「俺たちは、朝迎えが来て会議やってハンコ押して会食して、休日は業務ゴルフやってな。金に不自由はないし美味いもんも食える。けどな、しょっ中金策やって自分の足で自分の道切り拓いてるお前見てるとな、籠の鳥みたいな気がしてくるのよ。その点お前は飢えてるし稼ぎも少ないだろうけど、籠はないから自由に空飛べてちょっと羨ましい。まあ俺にはできないけど」…長年付き合ってきた仲間から最大限の賛辞をもらえたと私は理解している。

