『できない自分』を隠さなくていい場所を、ずっと探していた

そもそも私は、
どうしてこんなにも
「安心できる場所をつくりたい」
と思うようになったのだろう。

その理由を辿っていくと、
いつも行き着くのは、
小さい頃の私と、
教室の中で出会ってきた、
あの子たちの姿です。

私は、3月31日生まれ。

いわゆる早生まれ中の早生まれで、
子どもの頃から、どこかずっと
「周りの子達と同じようにできない」
という感覚を抱えていました。

運動も、勉強も、友だち関係も。
同じことをしているはずなのに、
なぜか一歩遅れているような気がしていた。

それに加えて、
私は「お前はダメだ」と言われながら育った子どもでもありました。

気づけばいつの間にか、

私はみんなより劣っている
私は対等じゃない

そんな思い込みを、
自分の中に静かに、でも確実に
刷り込んでいたのだと思います。

「こんな私がこんなことしていいのかな?」
「こんな私だからやっぱり迷惑かけてしまった…」
と、「ダメな私」を背負ったまま大人になってしまいました。

そんな私が、大人になり、教員になりました。

学校が楽しかったから先生になった、
というタイプではありません。

むしろその逆で、
学校がしんどかった側の人間です。

ただただ子どもが好きで、
子どもと長い時間関われるという理由だけで教員になりました。

でもだからこそ、
教室にいると、
どうしても気になってしまう子たちがいました。

授業中、少しだけうつむいている子。
ふざけているように見えて、
実は必死に場に合わせようとしている子。
頑張っているのに、評価されにくい子。

大きな声で「助けて」とは言わないけれど、
どこかでずっと、無理をしている子たち。

声にならないSOSを出している子たち。

私は、そういう子たちにばかり、
自然と目がいってしまいました。

「この子、本当はすごく優しいのに」
「この子、発想力がとても豊かなのに」
「なんで“自分はダメだ”と思い込んでしまっているんだろう」

みんなと同じようにできないと、
自分はダメなんだと思ってしまう。

できない自分を責めて、
ちゃんとしているふりをして、
それでも苦しくなっていく。

私は、
そうやって自分を小さくしてしまう子どもたちを、
あまりにもたくさん見てきました。

教員時代は、
「あなたはもうそのままで十分素敵すぎるから大丈夫!」
ばかり子どもたちに伝えていました。

私が一番やりたかったのは、
子どもたちに勉強を教えることよりも、

「あなたはダメじゃない!」
「そのままで、もう十分だよ!」
そう伝えること。

手を挙げてハキハキ発言ができなくても、
いい姿勢を保つことができなくても、
みんなと同じペースじゃなくても。

それでも、
あなたにはあなたにしかない才能がある。
キラキラの才能がある。

私自身が、
子どもの頃に一番ほしかった言葉を、
目の前の子どもたちに渡したかった。

だから私は、
子どもたちが「できない自分」を隠さなくていい、
そのままで息ができる場所を、
どうしてもつくりたかったのだと思います。

それは、
子どもたちのためであり、
そしてきっと、
かつての私自身のためでもありました。


次は、
「やりたいことが見つかったから」でも
「夢を追いかけたから」でもない、
教員を辞めることになった、
ちょっとボロボロな話を書こうと思います。

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