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バウムテスト② ~心が描いた一本の木~

〜バウムテストで見えた私の変化〜

バウムテストについては別の記事にも書いていますが、これは 「木の絵を描いてもらい、そこから深層心理を読み解いていく」 心理検査です。
そのため、同じ人が描いたとしても、そのときの心の状態や環境によって、まったく違った雰囲気の絵になることも考えられます。
果たして、バウムテストは本当に《心の鏡》なのか?
カウンセラーを目指していく上で、心の動きと絵に現れるものとの関係を実感としてつかんでおきたい。
もちろん、人によって現れ方も千差万別だと思いますが、感覚として持っておきたいという思いから、自分自身で試してみた記録になります。


■2枚の木の絵:2月と6月

今年の2月に、私は1枚の木の絵を描いていました(別の記事の「バウムテスト」)。
ちょうど仕事の山場を越えて、春の兆しも感じられ始めていた時期。
絵はどこか軽やかで明るく、のびやかな雰囲気がありました。
そして今回の6月。この記事の冒頭にある絵です。
どこか暗く、重たく、閉ざされた感じを受ける絵。
意図的に雰囲気を変えて描こうとしたわけではなく、こういう色や構図しかイメージできない中で出てきた絵でした。
2つの絵の印象は正反対。
そして、どちらにも描いたときの心情がよく現れている、と感じました。


■「足りない」と感じて描き足した線

実は6月の絵、初めは木と地面だけでした。
でも、何かが足りない・・・
そう感じて、しばらく手を止めて絵を眺めていました。
そしてある瞬間、ふっと湧きあがった感情のままに、黄色い斜線を殴るように描き足したとき、
「ようやくこの絵は完成した」 と、腑に落ちる感覚が訪れました。
まずは、そこに至るまでの私の状況をお話ししたいと思います。


■限界に近づく現場の中で

私はメーカーで新製品の開発に携わっています。
そしていま、新しい製品を工場で立ち上げるため、5月初旬のGW明けから2ヶ月にもおよぶ異例の長期工場テスト対応の真っ只中。
工場は、24時間連続稼働しているため、テスト期間中は昼夜交代で立会いが必要。
それは、新製品ゆえ予測できないトラブルが次々起こるとともに、即座に対応を取っていかないと工場が止まってしまうため。
しかも、本来なら若手や中堅が担う役割を、人手不足のために自分が引き受けざるを得ない状況。
50代半ばの体にはきつく、心も体もすでに限界を超えていました。


■学びが止まり、気持ちも置いていかれる

それだけではありません。
ここ数年、学んできた心理学の勉強も、このテスト期間は完全に中断せざるを得ませんでした。
教室の仲間たちの投稿を見るたびに、
「自分だけが取り残されていく」ような感覚に苛まれました。
絵にじんわりとにじみ出たのは、そんな言葉にならないモヤモヤもあったのかもしれません。


■絵との対話が心の声を教えてくれた

描いた木をじっと見つめるうちに、
その一本の木が、いくつもの《心の声》を語り始めました。


■幹と根:積み上げてきた力と活かせない現実

しっかりと太く描かれた幹と根には、
自分の中に積み上げてきた知識や経験が確かに存在していました。
でも、それを活かす機会はなく、作業に追われて体力が尽きてしまう。
疲れ切って知恵を伝える余裕もなく、ただ現場に立ち続ける日々。
この幹と根は、「役割を果たせないもどかしさ」の象徴だったのかもしれません。


■右に流れる枝:風に押し流される日常

葉のない枝が、強く右になびいている。
これはまさに、外的な状況に押し流される今の自分そのものでした。
次の世代が担うはずの重責を、人手不足という《風》にあらがえずに背負わされる。
それは「本当にやりたいこと」を封じられているような感覚でもありました。


■左上に伸びる枝:あらがう気持ちの芽生え

そんな中、風の流れに逆らうように、反対方向へ刺すように伸びた一本の枝があります。
 「このままではいけない」
 「本当の自分を取り戻したい」
ふつふつと湧き上がってきた叫びが、この枝になって現れてくれたように感じました。


■黄色い線:激情ではなく、静かな決意

そして最後に描き加えた黄色の斜線。
殴り描いたような勢いのある線ですが、これは怒りや爆発ではありません。
むしろ、長い葛藤を経てたどり着いた答え。
 「もう終わりにする」
 「この閉塞感から抜け出す」
そんな決意が、この線には込められている気がします。
見る人によっては、《暗闇を切り裂く突破口》にも見えるかもしれません。
では、私にとって何を終わらせようとする線だったのでしょうか?
それは、「本来の自分から逸れていく生活」だと感じています。
本当はもっと学びたいし、誰かの心に向き合いたい。
でも現実は、疲弊しきった身体で現場を支えるだけ。
「そんな環境に終止符を打ちたい」という願いが、無意識のうちに黄色い線に込められていたのかもしれません。


■一本の木に現れた、変わりたいという心

この絵には、私の中のさまざまなせめぎ合いが宿っていました。
 ・押しつぶされそうな負担と、それにあらがおうとする意志
 ・「描かずにはいられなかった」衝動のエネルギー
 ・枝や風、黄色い線が象徴する《変化への願い》
これはまさに、
 「変わりたい」
 「終わらせたい」
 「自分を取り戻したい」
という心の叫びが映し出された、かけがえのない一枚だったのです。


■木を描くことで、心が軽くなった

この木を描き終えたとき、不思議なことに、心がふっと軽くなっているのを感じました。
描くという行為は、自分の中の見えなかった気持ちに輪郭を与えてくれる。
それは、自分自身との対話でもあったのです。
バウムテストは、本来は「心理検査」ですが、
向き合い方によっては、アートセラピーのような効果を持つこともあるのかもしれないと、今回、実際にやってみて感じました。


■いま、言葉にならない気持ちを抱えていたら?

いま、何か言葉にできない想いを抱えている方がいたとしたら、
一度、自分の「一本の木」を描いてみるのもいいかもしれません。
思いがけず、心の奥に隠れていた声に出会える、そんな体験になるかもしれません。

ここまでお読みいただいて、ありがとうございました。


★編集後記★
2月と6月の二回、木の絵を描いてみて、バウムテストにはそのときどきの感情や想いが確かに現れることを実感できました。
また、心理テストの一種とはいえ、描くことが感情の表出の手助けとなって気持ちが楽になる、という経験もすることができました。
そして私は、描くことで「自分をすり減らして生きる日々」との決別を心に決めることができたように思えます。
バウムテストはただの心理検査ではなく、自分にとっての《転機》をそっと示してくれる鏡になったのだと思います。

もし、これを読んでご興味を持っていただくことができたら、試してみてはいかがでしょうか?



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