【いまさらレビュー】映画:地球、最後の男(アメリカ、2011年)
今回はちょっと変わった地味〜で不可解なSF映画:地球、最後の男についての鑑賞記録です。
監督は本作が長編映画デビュー作となるウィリアム・ユーバンク。悩める地球最後の男役を、ゲームの世界の有名人、ガンナー・ライトが演じています。何やら低評価が目立つ作品ですが、見どころ・考えどころはたくさんあるぞというところで再評価しています。
おはなし
舞台は2つ、軌道上にあるISSと南北戦争終盤のアメリカ。双方の時間軸に生きた2人のリーが、2039年のISSで交錯する。原題は『LOVE』。日本語タイトルから想像するような、どう生き残るのか?的なリアルなサバイバルっぽさはどこにもなく、大して事件は起こらずハッキリとした種明かしもない謎のストーリーだ。
激化する南北戦争のさなか、生き残り運が強いリー大尉は、ある任務を与えられる。軍の進路に落ちたとされる障害物の偵察である。大きなクレーターにその物体を発見する。
ISSで保守任務に就くリー・ミラー。順調にスタートしたものの、突然ステーションからの通信が途絶える。情報を得るすべはなく、置かれた状況を把握できないまま、ちゅうぶらりんのまま時が過ぎる。
もはや通常業務は手につかないミラー。何度も脳裏に浮かぶのは兄家族のこと、交際がうまくいかなかった女性のこと…あるはずのない日誌を船内で見つけ、南北戦争時にも「リー大尉」がいたことを知る。果たして現実か幻か。絵を描くことで気持ちのバランスを取ろうと試みる。
どうやら、地球に大変なことが起こり、ISSにいたミラーだけが難を逃れて生き残ったらしいと思い至る。いっそのこと地球に向かって飛び降りてみようか…
終盤は幻のようなイメージが続く。ミラーは大きなステーションのデータルームに導かれ、実験終了を告げられる。南北戦争時代のリー大尉が目にした障害物は、“彼ら”の宇宙船だったのか。あるいは、ミラーの記憶は絶滅した人類の最後の記録となるのか。ラストメッセージは「LOVE」。
すべてが曖昧で明確さに欠けており、まっすぐゴールへとは向かわない。もっとも、観客にとってはゴールしたのかすら不明だけど。
ただ、当たり前のようにたくさんの人たちと日々会話を交わし、当たり前のように夜明け・夕暮れを目にし、当たり前のように外の空気を吸い、当たり前のように泣いたり笑ったりして生を感じる人にとっては、刃物をつきつけられたような気分になる。
自分がもし…
通信手段がダウンしたぽつんと一軒家の独居老人
絶滅危惧種の最後の1頭
だったとしたら、果たして何を考え、どんな行動を取るだろうか。
生きることに哲学者ぶってカッコよく意味を求めるのは簡単だが、未来をばっさり切り落とされてしまったら、もはや行き先不明。「行き着くところ、生きるってつながりと愛だよね!」で締めくくられても、オイオイなんだけど笑 もうちょっとめちゃくちゃに暴れてもいいよね、どうせ1人なんだし。
いずれにしても“ワケワカラン”で放り出してしまっては惜しい作品なのである。

ある種の曖昧さは致命的。断片の積み重ねがどうつながっているのかの解釈は、観客に委ねられている。はっきりと道順が示されている映画・ドラマに慣らされていると、絶対に戸惑うだろう。低評価もやむなしか。
とはいえ、逆もまた真なり。だからこそさまざまな方向に解釈・実験できる余地がある。もしかすると、見落としてしまったモチーフが隠されているかもしれない。低評価を気にしない方はぜひご覧いただきたい。
