法華経大講話 如来神力品
🟣2019/9/8 法華経大講話 如来神力品 1/3
永遠を生みだし拡大し続ける1つの意志!
はい、こんにちは。
法華経大講話、第1回。今回からですね、如来神力品をやります。如来神力品第21章ですね。はい。
ここまでですね、私の法華経の解説を聞いてきてですね、お釈迦様って人がいかにすごい人だったかっていうのが分かったと思うんですよ。もう時空を超えた世界をですね、言葉でこれだけの例えを使ってですね、無限億土を語ってしまうっていう、もうとてつもない人で、もう人間ではないってことは分かりますよね。はい。
要するに、もう人間ではなくて、肉体ではなくて、もう永遠の無限なる命が一つの形になってきて、私たちの世界でそれを言葉で教えてくれてるわけですね。そしてあなたたちも、永遠の命、無限の命である仏なんだってことを教えてくれてるってのは分かりますね。
で、そこに、それを思い出すために、解脱して何度か生まれ変わって、最後に仏になりなさい、仏であることを思い出しなさいというこのシステムに沿ってですね、弟子を取って、解脱させて、そして誓わせて、法華経を授けて、生まれ変わらせると。はい。このメカニズムもわかりました。はい。
要するに、お釈迦様が、法華経からしか最高の悟りは生まれないんだよって言ったのはこの意味で、それまさに分かりますよね。で、この法華経をですね、絶対に変な呪文にしないでくれっていうのを、お釈迦様ってのはですね、厳命してますね。はい。あの、普賢菩薩勧発品で。これ、呪文にされちゃうと困るんですよ。
これ、なんだかタイトル唱えるとお金儲かるだとか、幸せになるなんてインチキされちゃうと。これはもう、五種法師になって、八種法師になって十種法師になって もう暗記して学んでいくものなんです。そこからそれを理解していくから、仏の悟りが生まれ、仏になれるっていうわけですね。
はい。これを邪魔する人っていうのはですね、もうですね、無間地獄、最悪の地獄に落ちますね。頭が八つにかち割れて、最後もう死ぬっていうふうに言われてますね。もう大地震とか戦争とか近いんで、そうなってやっぱり全部整理されていくんでしょうね。はい。ですから、そういう人たちがいたらですね、近づかないでください。はい。
如来神力品ですね。はい。本文いきます。
これはですね、従地涌出品、あと、如来寿量品にですね、続くものなんですよ。この間に章が入ってんですけど、これ全部つながってますね。見宝塔品、あと、見宝塔品の次が従地涌出品、従地涌出品の次が如来寿量品で、如来寿量品の次はこの如来神力品なんですよ。
で、大地が割れて、無限の菩薩たち、つまり、法華経を広めますと、ビッグバンを起こしてその世界に行って、その世界の過去にいる如来が残した法華経、第5の教えをその未来に開いて、その法華経の法座に参加して、そこに参加してきたすべての人たちにですね広めますと。この意志ですね。この意志がですね、本当は一つの意志なんですけど、これが無限に分化していると。
だから、無限に世界になると。アインシュタインは、宇宙が始まる前に「神はサイコロを振らない」っていう有名な言葉で、つまりですね、この宇宙を選択するとですね、可能性があったんだろうかっていうことですね。要するに、無限の可能性もあるんで、無限の宇宙があるんで、無限の選択肢が神にはあるということですね。仏には。
アインシュタインも結構鋭いこと言うんですけど、アインシュタインって、やっぱり相対論っていうのは、一つの空間の中の、光の速さ、相対する、相対する、こっちからあっち、あっちからこっちっていう科学なんで、彼はこの空間を超えたですね、無限の並行宇宙の選択肢、神には選択肢があったんだろうというって言うんですけど無限にあるんです。そして、その無限にあることは、何もないってことですね。はい。
はい。本文いきます。
さて、大地の割れ目から現れた、お釈迦様によって生み出された、法華経を広めようっていうこの意志ですねは、三千大千世界の極めて微細な粒子の数に等しい幾千万億という、この意志を持った求法者たち菩薩たちは、すべて世尊に向かって合掌して、世尊にこのように言ったと。まぁ、法華経に帰依したってことですね。
「われわれは、世尊よ、如来が完全に平安の境地に入られたのちには、世尊の国土であるところは何処であれ、すべての仏の国土において、また世尊が完全に平安の境地に入られる場所という場所で、この経説を説くでありましょう。われわれは、世尊よ、記憶し、読誦し、教示し、説き、あるいは書写するために、この勝れた経説を欲しています。」と。
ここですね。非常に重要な言葉っていうか、すべての答えになってるんですけど、真空の中からですね、お釈迦様がですね、あなたにですよ、あなたにこの法華経を広めろと、生まれ変わった三次元で広めろと、それを誓ってますね。
つまり、如来が完全に平安の境地に入られた後には、世尊の国土であるところはどこであれ、すべての仏国土において、つまり三次元世界に生まれ変わるってことを言ってますね。三次元世界っていうのは、必ずその過去に如来がいて、その教えが広められている、その末法の時代ですね。その国土において、その世界では、すべての如来も平安の境地に入ってますね。亡くなって、完全な平安の境地に入られる場所という場所でこの経を説くと。つまり、過去に如来が入滅した世界の未来において、必ずその如来の残した法華経を見つけて、そのすべての場所で法華経を説き明かしましょうということですね。はい。
で、我々は世尊よ、記憶し、読誦し、教示し、説き、あるいは書写するために、この経説を欲しています、と。どんな世界においても法華経を見つけて、その過去にですね、如来がいて入滅した世界があって、そこの未来で法華経を見つけますって、これ、もう完全に答え言ってますね。はい。
この辺り理解してくださいね。今言った文章、もう暗記して理解してくださいね。はい。あなたもですから、真空に戻ってですね、無限の仏国土にどこの世界に生まれようと、必ずですね、その世界の過去では如来がですね、入滅して法華経を残して、弟子たちはそれを広めている世界で、その法華経を必ず必要なんですって、これ誓ってるわけですね。記憶し、読誦し、教示し、説き、あるいは書写するために、広めるために必要なんですよって法華経は言ってますね、これ、はい。
でですね、そのサハー世界に住むマンジュ=シュリー(文殊師利)をはじめとする幾千万億の求法者たちや、僧、尼僧、男女の居者、神、竜、ヤクシャーガンダルヴァ、アスラ、ガルダ、キンナラ、マホーラガ、人間や鬼霊たち、またガンジス河の砂の数にひとしい、多くの、偉大な志を持つ求法者たちが、世尊にこのように語ったと。
「われわれもまた、世尊よ、如来が完全に平安の境地に入られたとき、この経説を説きましょう。世導よ、肉体を隠したままで空中にいて、声を出しましょう。そして、善根を植えない者たちに、善根を植えさせましょう。」
はい。
たとえ生まれ変わっていなくても、その生まれ変わった三次元にいる、如来たちの、菩薩たちのもとに行って、耳元で声を立てて、その人たちに、忘れた四句があったら、法華経の四句を思い出させましょうと。生まれてない者たちまでもこのように誓いましたと。
すると、世導はそのとき、大地の割れ目から現われ出て、弟子の集団を率い、集団の偉大な指導者であり教師である、この偉大な志をもつ求法者の一人であり、かれらの中で最も勝れた、偉大な志を持つと同時に、弟子の集団を率い、集団の偉大な指導者であり教師である上行菩薩という者に言った。
「よろしい、よろしい、上行菩薩たちよ。汝らは、この経説のために、そのようにするがよい。汝らは如来によって、この上ない最高の「さとり」に到達するように成熟させられているのだと。
これもキーワードになるとして、もうこれをですね、如来のもとで誓っただけでもう、如来の人生にですね、つながっちゃってんですよ。はい。ですからですね、あなたはですね、如来としての一生も選べるし、そこに行き着くプロセスの途中のですね、妙音菩薩や薬王菩薩ですね、このプロセスを楽しむこともできるし、普通のおばさんに生まれることもできるし、何にでもなれるってことなんですよ。これ。はい。
入滅した姿を見せてもいいし、仏となって何にでもなれますと。どこにでも行けますと。はい。生まれないこともできますと。
そこで、尊きシャーキヤ=ムニ如来と、完全に平安の境地に入って完全な「さとり」に到達した阿羅漢の尊き多宝如来とは、塔の真中にある獅子座に坐っていた。どちらも微笑をうかべ、開いた口から舌を出した。そして、その舌はブラフマンの世界にまで達したが、この二つの舌から幾千万億という多くの光が放たれた。それらの光のひとつひとつから、黄金の色をした肉体をもち、三十二の偉大な人間の吉相を具えて、蓮華の胎内にある獅子座に坐った、幾千万億という多くの菩薩たちが、地涌の菩薩たちが現れたと。
で、この菩薩たちは、幾百千万億の世界において、四方八方に拡がり、いずれの方角においても空中にとどまったまま教えを説いたと。
要するにですね、これ、多宝如来と多宝如来の塔の中の扉を開いて、そこにシャーキヤ=ムニ如来は座りました。ということは、入滅して、すべての如来のうちの一人にお釈迦様はなったってことで、入滅して法華経説き終わった如来になったってことですね、弟子たちを解脱させて、ビッグバン起こせよっていうふうに命令した如来になったと。
そうすると、もうすべてがなくなってしまったと、木っ端微塵になると残るのは、法華経を広めよう、真空の中に残る意思はだった一つで、法華経を広めようというこの意志だけなんですよ。これですね。これを生み出して、これが何でどこから出てきたのかっていうのを教えてるのがこの法華経なんですよ。
ですから、あなたがこの意志に、今回解脱してなったとしますよね。そうすると、あなたはどこでこの真空になって、この意志になったんですかっていうと、過去世にいた如来のもとで弟子になって、解脱して、真空に戻って誓ったからなったっていう。
三次元と何もない真空っていうのは、何もない真空が三次元の如来から生み出されて、逆に三次元は何もない真空の中からこの意志によって生み出されたっていう、このですね、二つの状態が一つの状態を作っているのがこの創造世界ですね。はい。何もないと、すべて。一即多というのは一つであると言うのはこういうことですね。要するにまあ、多宝如来と無限の如来たちが舌を出したってのは、法華経を説いたってことですね。はい。
はい、今日は以上、ここまでです。
🟣2019/9/12 法華経大講話 如来神力品 2/3
完成と始まりは1つの意思の中に無限にある!
はい、どうもこんにちは。
法華経大講話、如来神力品の2回目になりますね。はい。
え、何もない真空は、自らを知ろうとした。まぁ、あるいは何もない真空は、自分が何かを理解しようとしたわけですね。だけど何もないんで、自分を理解するために言葉を生み出したと。
で、この言葉をですね、聞くためには、自らを表現する言葉を生み出したと。で、この言葉を通して自分を理解しようっていうふうに考えたわけですね。で、この言葉をですね、まず聞かないといけないわけですね。で、この言葉を聞くためには三次元が必要になってきますね。で、この三次元にあると、過去と現在と未来っていう時間の流れが必要になりますね。
で、この言葉っていうものを聞くためには、言葉をしゃべってくれる人が必要になりますと。で、この三次元の過去にこの言葉を語ってくれる如来っていう存在を設定しましたと。で、この言葉を如来から聞くためには、このことを聞く人ですね、自分の化身が必要になりましたと。これは弟子と言いますと。
で、この師である如来が、弟子であるあなたに、言葉を通して真空とは何かを語っていると。これがですね、法華経で、そこに何が書いてあるかというと、真空っていうのは何かが書いてあるんですね。はい。
で、このためにですね、三次元空間っていうのは生まれましたと。で、そこの三次元空間に何回か生まれ変わっていくことによって、そのたびに如来から言葉を通して真空とは何かを聞くと。で、最終的に自分もその言葉を通して、あ、真空っていうのはこういうものだったんだっていう、それを理解すると。今度はそれをですね、また他の人間を通して広めていくと。で、みんな各自ですね、生きとし生けるすべてのものは三次元空間で悟りを開いて、その言葉を理解して、自分が真空であるとは何かを理解すると。こういう仕組みですね。
要するに、すべてを知っている三次元空間ですべてを知っている如来と、如来の言葉を聞くためには、すべてを知ってないっていう弟子が必要になるんで。で、この三次元空間っていうのはですね、自分が何かわからない人たちで溢れかえっているわけですね。はい。で、その人たちを解脱させて、まず真空に戻す作業がそのために必要になると。でその人たちを生まれ変わらせて、如来はその未来で言葉を経典に記述して、その本になった経典を、法華経を読むことによって、菩薩は、真空は菩薩っていう肉体を通してその法華経を読むと。で、その法華経を通して真空は自分を理解すると。こういう仕組みですね。
要するにですから、はじめに言葉ありき、あなたも解脱して真空に戻ると。如来の言葉を通して、はじめに言葉ありき、いつもあなた自身が如来になった時に最後に法華経を弟子たちに語るわけですね。このあなた自身の中に最後に、真空の一切を説き明かした言葉があって、この言葉ですね、あなたが如来になった時に最後に弟子たちに語る、この真空が一切の真空とは何かっていう、これが法華経にあたるもので、己自身の中のこの法華経にたどり着いて、それを聞くっていうのが真空の目的ですね。はい。
このためにですね、如来と弟子、三次元空間、過去現在未来っていう仕組み、生まれ変わって如来の教えを聞いて、最後に己自身の法華経を聞いて、自分は、ああそうか、これが自分なんだなっていうふうに真空が自分を理解すると。こういう仕組みですね。はい。
で、要するにですね、すべての生きとし生けるものが悟りきってしまった状態ですね。これが完成した何もない状態と。で、この何もない完成した状態は、同時にその悟りを開いてしまったすべての如来があらゆる世界で法華経を説き終わって、法華経を語れっていう状態でもあると。つまり、完成した状態と、すべての始まりっていうのは同じ状態であると。完成と始まりは同じものであると。面白いですね。これね。
全く真逆の性質が同じものである、これ不知二元論ってよく言いますね。二つの性質は同じものであると。で、同時にすべての始まりっていうのは完成でもあると。で、この完成と始まりの両方を結んでるのは、法華経を語りますって意識、この意思があるんで、無限の始まりがあって、無限の完成があると。そして無限のプロセスがあると。で、この三つを合わせて何もないっていう、これですね。
ちょっとですね、三次元的なですね、1+1は2とか、5+5は10とか、3×3は9とか、そういうですね、理路整然としたですね、三次元の法則に沿ってない存在、本質的に仕組みでできてますね。はい。それをですね、細かく語ってるのが法華経ですね。
如来はですね、入滅に際して命令をして、そして誓願を立て、そして大誓願によると、娑婆世界が粉々に割れて、弟子たちを帰依させて、そして真空に戻すと。そして誓わせるとサハー世界は粉々に砕けてそこには「法華経広めます」っていう、あらゆる世界に生まれ変わって、その世界の三次元に生まれ変わると。その世界の過去には如来が法華経を説いているので、それを私は聞いて、読んで、他の人にも語りますと。こういうですね、ストーリー性が生まれてきますと。
「この経典を受持するものは未来過去のブッダたちと、今十方におられるブッダたちのすべてを見て、彼らをよく供養するであろうと。真実の最高の教えであるこの経典を受持するものは、菩提の座において熟考された最高者ブッダの秘密の智、秘奥法の智を速やかに思い起こすであろう。
この優れた経典を受持するものは、どこにおいても妨げられない風のように無限の雄弁力を持つものとなり、教えと意味の解釈とを知るであろう」と。
こういうふうにですね、地涌の菩薩たちを褒めて、それで如来神力品は終わりますね。はい。
はい、今日は以上です。どうも。
🟣2019/9/14 法華経大講話 如来神力品 3/3
意志の中に無限の誕生と完成が同時にあり果てなく広がり続けている!
はい、こんにちは。
法華経大講話、如来神力品、第3回目になります。
かなりですね、存在の、法華経の革新的な部分ですね、話が進んできましたと。
要するに、一つの意志の中にですね、無限の誕生と、無限の完成は同時にあると。これをですね、ちょっと例えで説明してみると、例えばですね、形になる世界ですね。まずあなたが家から駅まで行くと。ところがあなたはそれをしないで、しようともしないで、家の中でこうゴロゴロしてたら、家から駅に行くっていうのは、家からまず出発ですね、もなければ、駅に着くっていう到着もないわけですね。
ところが、家でゴロゴロしてても、「よし、駅に行こう」って思って、初めて出発と到着っていうのは生まれるわけですね。で、これも一緒のように、何もない真空の中には、何もないままだと、始まりも完成もないっていうことですね。
要するに、この状態のことを阿羅漢って言って、ただ解脱しただけで、もうそれで全て完成すると思い込んでいる。要するに、法華経を聞く前の、単に解脱しただけの弟子たち、シャーリプトラやモッカーラーナやフルナミタラニシ、スボダイとか、みんな一流弟子たちは、お釈迦のもとで長年修行して解脱してしまったと。しかし、それがもうゴールだと思って何もしてないので、新しい宇宙には始まりも完成も生まれてこないと、この状態だと。
そこでお釈迦様っていうのは、初めてここで法華経を説き始めると。「お前たちは今、確かに解脱している。だけど、それは真の解脱じゃないんだ」っていう。真の解脱っていうのは、これから私が語るこの法華経を、生まれ変わって、その三次元世界に生まれ変わって肉体になって広めると。で、これを繰り返すことによって、真空であるお前は、この法華経って文字を通して最後に自らを認識すると、悟ると。この状態が、意思の中に、法華経を広めようという意思の中に、真空の中に起こった意思の中に、無限の始まりと無限の完成が生まれた状況ですね。はい。
つまり、この意思がないと、始まりも終わりも生まれてこないと。これがですね、法華経の一番のベースになる部分で、この意思が生まれたのが、要する従地涌出品、十四章ですね。ここでサハー世界が木っ端みじんに壊れて、その中から上行菩薩が、無限の菩薩たちが生まれてきたと。その無限の菩薩たちっていうのは、生まれ変わってあらゆる世界に法華経を広めますと。そして最後に自ら仏になりますっていう意思が生まれてきましたと。
要するに、法華経を理解できるということは、あなたの精神の中に無限人の如来がいて、そして永遠に終わることのない地涌の菩薩たちが、それをビッグバンを起こして三次元に生まれ変わって、そこで広め続けていると。そして同時に、完成された無限のブッダたちの集合体があると。このですね、世界が見えるって、お釈迦様言ってますね。
で、この意志が何で生まれたんですか、どっから生まれたんですかっていう、これを弥勒菩薩が質問しますね。そうするとお釈迦様は、「これはもう時間と空間を超えた、もうそんなもの存在してない、永遠の昔からあるものなんだ」っていう。で、それがなんで生まれたかっていうと、この原因をですね、語り始めるのが、説明してるのが法華経で、それは要するに、真空っていう時間も空間もない状態は、過去世で人間だったと。その時に各世界に如来たちが、その人間たちを解脱させましたと。で、自らの法華経に帰依させましたと。で、それを生まれ変わっても法華経を広めろって。で、己自身もそれを悟るから、それがすべての人に広めて、すべての生きとし生けるものが法華経を理解して、すべての真空になった状態、完成なんだと。こういうふうに説明しますね。
で、これをですね、ちょっとまた形のあるものにすると、さっき家の中で寝転がってるだけじゃ、始まりも完成も、到着も生まれないと。駅まで行こうって言って初めて行動を起こしてこそ、初めて家から出るっていう始まりが生まれて、駅に着くって到着が生まれると。つまり、「やろう」って気持ちがないと、始まりもゴールもないと。
で、このやる気のない息子にですね、気がつきもしない息子たちに、お父さんがやる気を出させて、「やれ」って命令したから、初めて家から出て駅に着くっていう始まりとゴールが生まれましたと。
で、これもちょっと細かい例えにすると、この本当はできるのに、やる気もない、何もない息子、ただの真空、解脱した弟子たちにやる気を出さすと、「やれ」って命令したのが、お父さんである如来であると。駅に着くまでには簡単には着かないで、いろんなところにお父さんがいるから、そのお父さんたちのところに寄りながら、行き先を確認しながらやらないとたどり着けないと。で、そのたどり着ける途中に、他の人たちにもそれを教えてあげなさいと。で、最終的にはみんなそこにたどり着けるようにしなさいと。こういう話が法華経ですね。
で、一番難しいのは、なんでこの始まりと完成が同時になるっていうのは、まあ、お父さんから「やれ」って言われた息子が、で、家から出ました、駅に向かうために。で、その時に必ず法華経を、いろんなところのお父さんに寄るたびに法華経を読んでいけと。その法華経っていうのは、要するにゴールに至るための地図で。で、その人はですね、家から出た途端に道がわからないんで、まず1人目のお父さんのところに行ったと。で、法華経を学んだと。で、そのお父さんの世界にもですね、何もしてないぐうたらな者たちがいて、その人たちにも同じように、「君たち、法華経を学びたまえ」って、一緒に行くように命令したと。
で、次にまたそのお父さんのところを出て、次のお父さんのところに行った時もそのようにしたと。で、何人ものお父さんのところを行ってるうちに、あるお父さんのところに行ったと。そうしたら、そのお父さんは過去世にいるわけです。過去の時代にいるわけですね。で、そのお父さんの残した法華経がその時代にもあったと。で、あなたはいよいよその最後のお父さんの世界で法華経を読んで、あなた自身がゴールにたどり着けるすべてを悟ったと。
で、この悟った瞬間にですね、あなたはですね、まあ解脱した真空に戻っていたと。で、この悟った瞬間に、実はお父さんたちは時間も空間もない、横並びにみんないたと。要するに、最初にゴールを目指してお父さんのもとに行き始めた時は、このスタートラインは菩薩として始めたんですけど、最後にあなたもお父さんと同じように、すべてのスタートからゴールに着く道を悟った瞬間、それは形のない真空の世界だったんで、実は自分もお父さんになった瞬間に、すべてのお父さんは横並びに全部いたと。
で、そのお父さんたちは弟子をみんな取って、その世界で解脱させて学ばしたと。このスタートを作ったお父さんたちは、実はみんなお父さんになったってことは、そのゴールでもあったと。で、お父さんたちはゴールに横並びにいたと。で、自分もお父さんになったと。これはゴールでもあるけれども、同時にお父さんになったんで、これからまた弟子を取って、そして解脱させて、子どもたちをまた生まれ変わらせて、いろんなお父さんの世界に生まれ変わらせて、その子どもたちはみんな悟りを開いてお父さんにすると。
お父さんになった途端、ゴールであるとともに、また子どもたちを、その世界の子どもたちを解脱させるために、ゴールに着かせるために、お父さんにするために、また解脱させて、自分に帰依させて、法華経を授けて、ビッグバンを起こさせる、生まれ変わらせて、そして最後にすべての子どもたちをお父さんにすると。で、すべてのお父さんたちは、ゴールに、お父さんになってゴールにたどり着くと。そのお父さんたちはまた子どもたちを、っていう、この無限の終わりなき連鎖ですね。
実はこれですね、子どもがお父さんの命令で「広めます」っていう、法華経を広めますってビックバン起こして三次元世界に行って、残された法華経を広めますっていう意思が、最終的にその法華経を悟ると、自分もお父さんになると。そうすると、お父さんたちは実は子どもに常に「やりなさい」っていう立場に立っただけで、永遠にこれが続くっていう。これがですね、形がなくなると、結局、お父さんは永遠に子どもたちに命令し続けて、子どもたちはお父さんになると、永遠に命令し続けると。つまり、お父さんが放った意志、お父さんが子どもに放った意思の中で、永遠にこれが行われていると。これが、要するに真空、何もない真空であって、完成された状態でありながらも、一つの意志の中で無限の始まりと終わりが同時にあり続ける状態っていう、こういうふうにくらいしか例えの仕方がないですね。
で、これを語ってるのが如来神力品で、子どもたちがまず、「世尊よ、如来が完全な涅槃にはいられた後、すべての仏陀の国土において、世尊のいかなる仏陀の国土にせよ、どこであろうと、如来が完全な涅槃に入られると、私たちはそこでこの法門を説き明かすでありましょう。世尊よ、私たちは受持し、読誦したり、教示したり説明したりさせるためにこの法門を常に求ます」と。つまり、生まれ変わって三次元世界の中に人間になって、その過去に如来がいて、その人が残した法華経を私たちは広めますと。この意思の中に、今この上行たちが生まれ変わるという始まりがあって、そしてこの人たちの完成もあると。
そして世尊は言いましたと。「上行たちよ、いかにも結構である。お前たちはそのようにするのがよい。この法門のために、お前たちは如来によって成熟させられたのである」と。
で、それに対してですね、あなたがですね、別な世界から、「友たちよ、量り知れず、数えきれない幾百千那由他の世界を越えて、その向こうにサハーと呼ばれる世界があると。あなたもこれ、仏国土をたくさん見れる状況ですね。無限の仏国土。そこに、その一つに、シャーキヤ・ムニ如来という名の、正しいさとりを得た尊敬さるべき如来がおられると。そのかたはいま、すべての仏陀が支持するところの広大な経典であり、菩薩のための教えである、〝正しい教えの白蓮〝というを、菩薩大士たちに説き明かしておられると。君たちはその法門を、深い願いを込めて随喜しなさいと。そして、かの正しいさとりを得た尊敬さるべき世尊のシャーキヤ・ムニ如来と、かの正しいさとりを得た尊敬さるべき世尊の多宝如来とを尊敬しなさい」と。
要するに、このお釈迦様の法華経を聞いて、すべての弟子たちがそれを広めて、またその世界、生まれ変わった世界で他の者たちにもそれをさせたと。そしてその意思の中に始まりと完成、すべての人たちが如来になってしまった、多宝如来その塊である多宝如来っていうゴールと、すべての始まり、お釈迦様の法華経を広めますっていう誓ったすべての始まりですね、あなたが生まれ変わった世界でもそれを他の人たちにさせたわけですから、すべての始まりが同時にあると。
で、その姿は、あなたはこちらの世界から見て、それを、「友よ、量り知れず、数えきれない無限の仏国土の向こうにはサハー世界っていう世界があって、そこでシャーキヤ・ムニ如来は無限の始まりと無限の完成を作りましたと。量り知れないものである」と。上行菩薩たちに命令したから、法華経をあらゆる世界に広めなさいって命令して、それを上行菩薩が誓ったんで、そういう無限の始まりと無限の完成が同時にある無限億土が生まれたんだよっていう。「友よ、それを見なさい」と。量り知れない仏国土の向こうにサハー世界という世界があって、そこで釈迦牟尼という如来はそれを今、「やれ」って命令したんで、その途端に無限の始まりと無限の完成が同時に存在する永遠の拡大する世界が生まれたんだと。これを語ってるわけですね。今言ってることがわかります? もうこれ、全然三次元の常識超えちゃってる言葉なんで。
で、さらにですね、釈迦は言いましたと。「上行菩薩たち、良家の子らよ、正しいさとりを得た尊敬さるべき如来たちは、考えも及ばない威力を持っておられる」。考えも及ばない威力っていうのは、弟子たちを解脱させ真空を作ると、そこにですね、伝道を誓わせて法華経の、無限の始まりと無限の完成を同時に無限に永遠に広げるっていう、考えも及ばぬ威力を持っておられると。こういうことができると。
「良家の子らよ。この法門をですね、法華経を相続させるために、多くの幾百・千・コーティナユタ劫ものあいだ、私が種々の教えなどにより、この法門の多くの利益を述べるとしよう。しかし、この法門についてどれだけその功徳を述べても、私が功徳の果てに達することはないであろう」。要するに、その法華経を伝道しますって真空になった弟子たちに誓わせると、その伝わる先っていうのは永遠に終わりがない、もう功徳を超えてるんだっていう。その功徳の行き当たる先は超えてるんだってことですね。はい。
で、「今、ブッダの深遠な立場を簡潔に法華経に託して説いたのである」と。簡潔じゃないですね。これ法華経とても難しいですよね、これ。これを、何もない真空に誓わせた瞬間に、法華経の伝道をあらゆる世界に生まれ変わってっていう、もうあらゆる世界にいる者たちがすべてが永遠に、永遠に悟りを開き完成し続けると。これを簡潔に説いたって言うんですけど、これ、とても難しいことですね。はい。
「良家の子らよ。お前たちは、如来である私が完全に涅槃に入ったあとで、この法門を恭敬し受持し、教示し、書写し、読誦し、説明し、修得し、供養すべきである」と。いうふうにここに命令したわけですね。はい。
ですが、また重要なのは、この法華経を恭敬し、受持し、教示し、書写し、読誦し、説明し修習し、供養すべきであると。要するに、題目とか変な呪文にするなって、これ念を押しているんですけど、でも人たちっていうのは法華経をですね、でも呪文とか題目にして、仏教ですね、こうやって仏教を壊してしまうと。そういうことを絶対するなと。五種法師、八種法師、十種法師になって学んで、生まれ変わってそれを広めろと、人々に。で、その法華経が広まる功徳の果て、完成っていうのは無限にあって、終わりはないんだと。功徳は果てはないっていうことを語ってるわけですね。
で、地上のね、地上のあらゆる場所、三次元世界や、どこであれ、どんな三次元世界であれ、地上のあらゆる場所でこの法門、法華経は、読誦されたり、説明されたり、教示されたり、書写されたり、熟考されたりする場所が、家にせよ、森にせよ、町にせよ、木の根元にせよ、どこかの高殿にせよ、厨房にせよ、洞窟にせよ、地上のその場所には如来のための塔が建てられるべきであるということです。
解脱して真空になって、真空にして、自らも真空になって解脱して、他の人たちも真空にさせよって、塔を立てろってことですね。これ、真空にするってこと。そしてこの法華経を語れってことなんですよ。それはなぜかといえば、その地上の場所はすべての如来たちの菩提の座とみなされるべきであると。まあ、真空の無限の世界にある菩提の座、如来が教えを説いてる座であると。
地上のその場所で、すべての正しい悟りに達した尊敬するべき如来たちがこの上ない正しい菩提を悟られたのであると知られるべきであると。また、地上のその場所で、すべての如来たちが教えの輪を転じ、地上のその場所で、すべての如来たちが完全なる涅槃に入られたと知られるべきであるからであると。
これ、似たような言葉が聖書の中にありますね。どんな場所であれ、私の教えが説かれる場所に、その場所に私がいるんだよってイエスが言ってますね。はい。
で、この経典を受持するものは、未来や過去のブッダたちと、今十方におられるブッダたちのすべてを見て、彼らをよく供養するであろう。つまり、無限の始まりと、法華経を広めようというふうに思ったその意志を持った解脱した真空は、無限の始まりと無限の完成ですね、それらを同時に見ると。それは未来の過去の仏たち、今十方にあるブッダたちのすべてを見ているってことなんだよって。そしてそれらに教えを広めて供養するってことなんだと。すべてのブッダたちっていうのは、あなたが広めた教えを聞いてブッダになったんだっていう。
「真実の最高の教えであるこの経典を受持するものは、菩提の座において熟考された、人々の中の最高者、ブッダの秘密を速やかに思い起こすであろうと。このすぐれた経典を受持するものは、どこにおいても妨げられない、風のように無限の雄弁力をもつものとなり、教えと意味と解釈を知るであろう。指導者たちが、深い意味を秘めて語られた諸経典のあいだの関係を、彼は理解する」と。
まあ、いろんなブッダが広めている諸経典の間の関係を彼は理解すると。まあ、五段階に分けられているということや、あるいはこの法華経の本当の意味ですね。広めろっていうその意思が、広めますっていうその意思が、無限の誕生と無限の完成を作っていると。それは無限の菩薩を生み出しているということであり、無限のその人たちが完成した如来たちを生み出してるってことであると。そのすべてを見るってことですね。「未来や過去のブッダたちと今十方におられるすべてを見る」ってふうに書いてありますね。はい。
こういうことをですね、法華経が言ってるんですよ、お釈迦様は。わかったでしょうか。簡単にまとめると、要するに真空の中にですね、如来っていうのはその真空が何で生まれたのかを言葉にして置いて置いてあげると。それが法華経と。で、真空はその言葉を、生まれ変わってその世界で読んで、考えて、読誦して、写経して、それを他の人たちにも広めてあげなさいと。その際、まず塔を立てる。まず自らが解脱して、その世界でもですね。で、さらには他の人も解脱させなさいと。それで、この真空とは何かを言葉にした経典を、その人たちも読んで、他に語らせて、そして読誦して、五種法師八種法師になって、広めろっていうことをどんどんやることによって、すべての人たちはゴールについて仏になると。
そしてその仏たちはまたですね、弟子たちを取って解脱させてですね、真空にして、そこにこんどは新たな自分の法華経を託して広めろと。そうすることによって、無限の無限億土が無限に広がっていくと。その功徳の到達する果てっていうのは、もう計り知れないものなんだって言ってますね。はい。
ですから一番重要なのは、法華経を広めますという意思を、解脱させた真空に戻した弟子たち、真空の世界の中に生み出すと。これがまず一で、その真空の中に無限の始まりと無限の完成があると。で、その姿は無限の菩薩たちが生まれて法華経を広め始めると。そして無限に生まれ変わった世界で広めると。で、それが同時に無限の仏たちになった姿でもあると。そしてさらに、この仏たちがさらに弟子を取って広め、自分の法華経を広めている姿であると。それはもう無限億土が無限個ある第4番目の真空であって、それはもう計り知れない功徳の広がりであるんだって。こういうことを言っていますね。はい。
で、法華経っていうのはそれをですね、簡略に訳して説いて教えたけど、これ簡略じゃないですね。はい。わかったでしょうか。まず意思ですね。この意思の中に無限の始まりと無限の完成があって、さらにその完成は広がり続けていると。こういうことですね。はい。これが一つの真空の意思の中に、無限の始まりと無限の完成が同時にあって、さらに終わることなく広がり続けているっていう状態ですね。はい。
やっぱ、これ以上ちょっと簡略に訳す方法ってあるんですかね。ちょっとまあ、他の例えも考えていますけど、こういうことをお釈迦様言ってますと。で、一番重要なのは、如来寿量品、従地涌出品のですね、十四章のここで生まれてきたこの意思ですね。法華経を広めるよって。で、これはどこから生まれてくるんだっていうと、それはもう永遠に完成した如来たちが弟子たちを解脱させ、真空に戻してそこで誓わせてるということですね。で、その誓わせた如来たちは同時に完成した如来になって、そこでもやってると。
このですね、とりとめもないこれを形にするとですね、一個一個の三次元世界で、あなたは如来と出会ってそれをやるんですけど、これを真空の目で見ると、それは同時にすべて行われていることなんだっていうことですね。はい。
つまり、この三作用ですね。誕生と完成と、それをやれっていう意思は同時にあるっていうことですね。はい。これが無限億土が無限にできる仕組みっていうことで、で、これを見ている、他の世界で見てるあなたは、「友たちよ、今、サハー世界において、この無限の仏国土があるけれど、その向こうのサハー世界において、釈迦牟尼という如来がこの法門を弟子たちに教示して、そして解脱させて誓わせていると。諸子はそれを尊敬しなさい」って言ってるわけですね。これ、それを言ってるのはあなたなんですよ。はい。わかったでしょうか。
今日はここまです。どうも。
