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【創作小説】ミナとカナタ 第8話|色がない



次に会った朝、ミナは歌っていた。

ななしさんが来たことには、途中で気づいた。

砂を踏む音がしたからではない。
なんとなく、そこに人がいる気配がした。

一瞬だけ声が揺れた。

でも、止めなかった。

最後まで歌ってから、ミナはゆっくり息を吐いた。

イヤホンを外す。

少し離れたところに、ななしさんが立っていた。

「おはようございます」

「……おはようございます」

「今日は歌えましたね」

ミナは眉を寄せた。

「なんですか、その確認」

「前回、歌わなかったので」

「覚えてるんだ」

「それくらいは」

また同じことを言う。

ミナは少し笑った。

「今日は勝手に決めました」

「それはよかったです」

「なんか上からですね」

「そう聞こえました?」

「ちょっとだけ」

ななしさんも少し笑った。

こういう会話にも、少し慣れてきた。

最初の頃は、相手が黙るたびに何か言わなきゃと思っていた。

今は、少しくらい波の音だけでも気にならない。

ミナはイヤホンをケースにしまった。

「でも、やっぱり気になりますけどね」

「何がですか」

「人がいるの」

「僕?」

「今日はななしさんですけど」

「今日は?」

「知らない人だったら、たぶん無理です」

言ってから、ミナは海を見る。

「昔は平気だったんですけどね」

ななしさんは何も言わなかった。

続きを待っているらしい。

ミナは少し迷ってから話した。

「友達に、よく歌上手いって言われてたんです」

「はい」

「それで、受けてみたらって勧められて。オーディション」

ななしさんが少しだけこちらを見る。

「受けたんですか?」

「何回か」

「へえ」

反応はそれだけだった。

もっと驚かれるかと思っていたので、
逆に話しやすかった。

「最初は私も、ちょっと調子に乗ってたんですよ」

「調子に?」

「もしかしたら、いけるのかなって」

すぐに落ちたものもあった。

思ったより先まで進んだものもあった。

次も来てくださいと言われるたびに、
少し期待した。

もしかしたら。

今度こそ。

でも、最後に残る言葉はなぜか似ていた。

「歌は上手いんだけど、色がないって」

ななしさんの表情が少しだけ変わった。

「一回だったら、たぶん気にしなかったんです」

ミナは足元の砂を見る。

「でも、違う人に何回か言われると、
本当にそうなんだって思うじゃないですか」

何を足せばいいのかは、誰も教えてくれなかった。

声なのか。
歌い方なのか。
見た目なのか。

それとも、自分そのものなのか。

「それで、だんだん人に聞かれるのが嫌になって」

ミナは少し笑った。

「今こんな感じです」

ななしさんはしばらく黙っていた。

「色がない、か」

「はい」

「それ、そんなに悪いことなんですかね」

ミナはすぐに彼を見る。

「悪いですよ」

「即答ですね」

「それで落とされてるんで」

「ああ。それはそうですね」

あっさり認められて、ミナは少し拍子抜けした。

「なんですか。もっと反論するのかと思った」

「言われた側が悪いって言ってるなら、そこはそうなんじゃないですか」

「意外と物分かりいいですね」

「意外と、は余計です」

ミナは少し笑った。

ななしさんは海の方を見る。

「でも」

少し間があった。

「色がないって、まだ何色にも決まってないってことでもありますよね」

ミナは眉を寄せた。

「それ、だいぶ都合よく言い換えてません?」

「かもしれません」

「ほら」

「でも、何色にもなれるとも言える」

ミナは黙った。

朝の光が、水面の上で揺れている。

「そういう綺麗な話じゃないですよ」

「そうですね」

否定しなかった。

それから、ななしさんは少しだけ考えて言った。

「でも僕は、ちょっとうらやましいですけどね」

「え?」

「まだ決まってないっていうのは」

ミナは彼を見る。

「なんで?」

ななしさんは少し考えた。

「決まったら、決まったで面倒なんですよ」

「何が?」

「いろいろです」

「雑」

「全部話すと長いので」

「逃げた」

「そうかもしれないです」

ななしさんは少し笑った。

ミナには、やっぱりよくわからなかった。

この人は、自分とは逆なのかもしれない。

自分には色がない。

ななしさんには、何かすでに決まっているものがある。

それが何なのかは知らない。

でも、その人が「うらやましい」と言った。

ミナは自分の髪に触れた。

ピンクの部分が指先に当たる。

「じゃあ、これは?」

「何がですか」

「色、足してますけど」

ななしさんは髪を見る。

「ああ」

「今気づいたんですか?」

「前から気づいてましたよ」

「じゃあ言ってくださいよ」

「聞いていいのかわからなかったので」

ミナは一瞬黙って、それから笑った。

「変なところ気にしますよね」

「そうですか?」

「細かい」

「前にも言われましたね」

覚えてるんだ。

ミナはもう一度、髪に触れた。

色がない。

何色にもなれる。

同じことを言っているはずなのに、ずいぶん違って聞こえる。

まだ、素直にそう思えるわけではない。

でも、その言葉をすぐに捨てる気にもならなかった。

朝の海は、少しずつ明るくなっていた。

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