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【愛でも喰らえ】#34 「星の世の むくのしらぎぬ かばかりに」(終)


 一年後の春。
 藤岡紅緒は、日本人初の仏バルザック賞を受賞した。
 以下は現地雑誌に応えた藤岡紅緒のインタビューを抜粋したものである。


 ーバルザックは十代の時に、入院生活が長引いて社会生活から隔離していた時に貪るように読みました。人間の滑稽さや醜悪さ、その中で生きる一握りの良心……凡そ社会で経験するような感情の機微をバルザックによって仮想経験させて頂いたようなもんです。


 ーここ数年の間またバルザックを読み返していました。一作を綿密に読み込むのも楽しいんですが、彼のあらゆる作品を雑多に、同時進行で読み進めてゆくのも、『人間喜劇』みたいで面白いですよ。


 ー読み返したのは病気になったからって?ああ、ちゃいます、色々本に教えてもらおうという気持ちですわ。人生の折々で迷った時、心の持ちようを本に教えてもらいました。
 昨年生き方が大きく変わりました。連れ添った方と離れましてん。これから人生の後半戦です。棺桶に入るまでそう遠くはあらへん。それを見据えた時ね、悪あがきと言いますか、お互い我慢していたやりたいことを存分にやりましょう、っていう慾に素直に進んでいこうと思ったんですわ。
 中年からの萌ゆる春です。後悔するなら転んだとしても、新しい世界を見てええと思いましてん。


 ーおたくの国は「個」が尊重されてますね。うちの国では「和」が尊重されます。個人の意思より、周囲が平和であるかどうかがずっと大切なんです。「和」のために人は律するべき、という思想で生涯を生きます。日本のこの思想は尊いとは思いますが、「和」から炙れた者は凄まじい糾弾にあう怖しい面も持っています。これは戦前も今も変わりません。この為に、多くの者が口を閉じ行動せぬまま終わるのは勿体無いことかと思います。


 ーうちがやりたかったことは子供を育てることでした。
 諦めていましたが、夢が叶いました。人生どうなるかわからんもんですね。数年前は家に子供がおるとは考えもせんかった。
 今、子供と一緒に住んでいます。パートナーと一緒に。利口でハンサムな八歳の男の子ですわ。小学生位の男の子ってまだ幼いと思っていたんですが、ちゃいますね。大人でも言えんようなことを言ってくれるし、王子様かと惚れる時があれば、怪獣かいなと呆れる時もある。今はその子と過ごす時間が何より嬉しいです。


ー人間万事塞翁が馬、という諺があります。禍福は時代や状況によって変わってゆくから、一喜一憂しないように、という意味です。今まで生きてきてよう染み込んだ言葉ですわ。ああ、こらどうにもならんと泣く泣く受け入れたことが、後になってお陰様でと生きるようになる。一方で、当たり前のように享受していた幸運が一日で崩れることもあります。その時にまた泣くんですが、これでよかった、と思う時がずっと後にやってきます。


 ー人生それの繰り返しですね。人間は禍福に慣れていないから、その時々に嬉しさや哀しみを学んでゆくんですが、うちはそんな未熟な人間であり続けたいと思います。
 転んで傷を作って、傷が治るまでの途方もなく感じる痛みが「生きる」ことなんかな、と思います。
 それこそ、小説を書く醍醐味でしょう。



 
(終)




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