ひきこもりの初バイト
19歳。もうすぐ年末だった。年の終わりが見えてきたことで焦りが芽生えてきた。私は今年何をしたのだろう・・。何もしていないではないか・・。
危機感を覚えた私は短期のバイトに駆け込んだ。
それは11月の終わりからほぼ1ヶ月間、宅配便の仕分けをするというものだった。
某宅急便の面接を受けに行くと、あっさりと採用された。それまでマクドナルドのバイト面接を2社落ちていたので、拍子抜けするぐらいにあっさりとしていた。驚いた。
作業内容は夜の20時から明け方まで、ひたすらお歳暮の品物の仕分けをするというものだった。
日を改めて事務所横の駐車場に私を含めた40人ほどの若者が集まった。マイクロバスに乗り込み山奥の工場に送迎される。送迎というより護送だった。そこは自然豊かな僻地に建てられた工場であり、周囲には何も無かった・・・つまり逃げ道はない。
バイト同士でコンビを組まされてベルトコンベアで運ばれてくる品物を、送り先ごとに置かれた巨大ケージに積み込んでいくという作業だった。
私の相棒は同年代の福岡出身の若者だった。コミュニケーション能力が地に落ちていた私には一切お喋りをしなくて済む環境がありがたかった。
ベルトコンベアに運ばれてくる品物は段ボールいっぱいに詰め込まれたみかんや日本酒やお花などがあった。そして驚くことに猪が丸々一体運ばれてくることもあった。
初日が終わると、全身が筋肉痛となっていた。
明け方に帰宅する。すでに体力は残っていない。爆睡後、目が覚めると夕方になっていた。すぐに出勤の時間だった。
自宅に戻って眠って起きたらすぐに仕事。「人間らしい生活とは・・」と思いながら考える暇もなく工場に向かう。
工場で働くバイト以外の社員さん達は高齢の方が多かった。仕分けのコツというものがきっとあるのだろう。しかし力任せに仕分けをする私には、あの年齢になるまでこの作業を続けるということは考えられないことだった。
当初いたバイトの数は日を追うごとに減っていく。
満席だったマイクロバス内が、半月経つ頃には空席が目立つようになっていった。
きっと脱落するバイトを見込んで、多めに採用しているのだと思う。マクドナルドのバイトとは異なるのだ。そりゃ、体が動けば誰でも採用するはずだ・・。
変な奴ばかり

バイトの窓口となっている社員は休憩室では穏やかな口調で作業内容を説明していた。しかし持ち場に入った途端性格が豹変する。
運ばれてきた品物の送り先の住所に合致するケージが見当たらなかったので、その社員に聞きに行くと何故か怒鳴られた。
「えっ?なんで・・?」
私の聞くタイミングや聞き方がまずかったのか?と思い、次にわからないことがあった時には作業が止まったタイミングで聞くことにした。
するとその時も・・・「○★◎☆■△💢」
怒声が飛んできた。会話にならない。バイトの窓口となっているこの社員は話しかけられると癇に障るタイプだったようだ。
もしかしたらそれでも私の聞き方がマズかったのかもしれないと思い、様子を見ていたのだが、他のバイトが声をかけた時も怒声を発していた。
ああ、単なる○チガイなんだ・・。
それから私はわからないことがあっても聞くのをやめた。
どうしても解らない時には相手の人相を見て、優しそうな目をした人に声をかけることにした。
対人恐怖症になってから人の顔、特に目をよく見るようになった。
何故かヤンキーがいる

ある日、他の持ち場の人手が足りなくなったので、急遽私がその持ち場に回された。
なんとなく気付いていたことではあるが、この職場にはヤンキーの集団がいた。ヤンキーって学校じゃあるまいし・・と思いながら、私はこの同年代らしきヤンキー達と視線が合わない様に下を向いて歩いていた。
そのヤンキーの1人が持ち場にいたのだ。
ヤンキーはその場を取り仕切り、私たちバイトが彼の指揮のもと仕分け作業を行った。
深夜0時を過ぎると頭がポーッとする時間がやってくる。無の境地と書けばゾーンに入った様な感じになるが、ただ頭が働かなくなる時間があるというだけのこと。
ひたすら無のままミカンでパンパンになった段ボールをケージに運んでいると、住所が全く異なるケージに私が段ボールを数個運んでいることに他のバイトが気付いた。
「あっ・・・違うで・・・。」「えっ・・・」
宅配の山に座り込んでいたヤンキーが鬼の形相で私を見下ろしていた。よりによって・・。
消えろ・・・。
ひえ〜!!すいませーん!!!慌てて運び間違えた段ボールを適切なケージに運んだ。
こんな時に人間は火事場のくそ力を発揮する。あっという間に全て運び直して、目も醒めた。
ヤンキーグループの持ち場に回されたら最悪である。
彼等は宅配物の段ボールに穴を開けてミカンを食べたり、ゲーム機器を盗んでいた(彼等が得意げに語っていた話)。
ヤンキーは素行が悪くても仕事は真面目に取り組むイメージがあったので心から軽蔑した。
バイトテロなんて言葉があるが、昔からこういう輩はいたのだ。
学生達と書いて子羊と読む

毎日作業をこなすだけで精一杯だった私だが、バイトの学生には強者がいる。
休憩中に次のバイトの連絡をとっている奴がいた。宅配が終わったら年賀状の仕分けをするようだ。仕分けが好きな奴だな・・と思った。
よくこんな重労働中に他のバイトのことを考えられるものだ。たらふく飯を食べた後に、次の食事のことを考えるようなものだ。
そして学生達を観察すると、ヤンキー達に媚びて、仲良くなったフリをする奴もいた。
「〇〇く〜ん」とヤンキーを名前で呼んで時折ジャレていた。
そんなに仲が良いならプライベートでも一緒に遊べよ・・と思った。
そして彼はヤンキーと仲良くなったことを盾にして、他のバイトに強気に出る。私がケージを間違って運ぶと横からブン取って睨みつけながら持っていった。このやろう・・・。
そんな時に悲劇は起きた。休憩時間が終わり持ち場に向かう途中で、物陰から物騒な喚き声が聞こえてきた。
「オラッ!!お前!!なんやあの態度!!生意気なんじゃ!!!オラッ!!○すぞ!!」
気配を殺して建物の裏を覗き込むと、私と組んでいた福岡出身の若者がヤンキーに胸ぐらを掴まれて殴られそうになっていた・・・。
辞めたくなる

ヤンキーから解放された福岡の彼に声をかけた
私「大丈夫・・・?」
福岡の彼「お、お、俺・・もうダメ・・・やめる・・・」
声が震えていた。
私「えっ!?ここまで頑張ったじゃんか・・あともう少し頑張ろうや・・」
無理だとわかっていながらも、頑張ろうと言ってしまう私・・・。
福岡の彼「だめだ・・」
そして宣言通り、翌日から彼の姿は無かった。
肉体的な辛さよりも投げかけられる罵声や脅し文句が怖かった。とうとう耐えられなくなった私も休憩時間に電話ボックスを探して工場外の夜道を駆け回った。
母に泣きついた。
私「一緒に組んでた子が脅されてた・・俺無理だ・・辞めたい・・」
母「・・・・・・・・だめ!続けなさい!!!」
母のことをこの時は鬼かと思ったが、英断だったと思う。
学校を辞めて、このバイトまで辞めていたら、私は自分に自信が持てないままになっていた。それに辛かったが、ここは山奥だ。足が無い。強制的に作業を続けるしかなかった。
ただ私は運が良かった。そのヤンキーグループと組んで作業をすることが、そこから2、3度しか無かった。組んでいた福岡の子が辞めたおかげで持ち場から離れなくて済んだのだった。
無事に完走・・・

最終日。休憩所でバイトが終わる余韻に浸っていると、あのバイトの窓口となっていたヒステリック社員がやってきた。
「皆さん!お疲れ様です!ここまでよく頑張ってこられました。ありがとうございました!」
あの作業所での鬼の様な振る舞いは何だったん?というぐらいに和かな表情で我々を労った。
半分近く脱落したバイトの中で何とか生き残ることができた。学校を辞めて物事が続けられないコンプレックスを抱いていた私には、ちょっとだけ自信が付いた1ヶ月となった。
給料は手取りで20万弱入ってきた。
生まれ初めてもらう給料だった。私からすると大金だ。それで小型テレビとビデオデッキを購入した。ますますこれはひきこもってしまうアイテムだったな・・。
