見出し画像

第一話ソファーの向こう側​── 傷を抱えたまま、生き直す


​【第1話:喪失】── 20年物のソファーと、炎の中に消えた城


​「人生のすべてを失った。そう確信した日から、私の本当の物語は始まった」

​ガランとした1DKのアパートの部屋。その中央に、場違いなほど大きくて古い、20年物のソファーがぽつんと置かれていた。

色あせ、あちこちの皮がめくれ、スプリングもすっかりへたっている。だが、これだけは処分できなかった。

​このソファーは、私の人生のすべてを見てきた。

20年前、妻と結婚してなけなしの貯金をはたいて買った、最初の家具。娘が生まれ、この上でキャッキャと声を上げて跳ね回っていた、愛おしい日々。

そして──私の家庭が崩壊し、離婚が決まり、家族が去っていったあの日、一人きりになった部屋で、私が突っ伏して声を上げて泣いたのも、このソファーの上だった。

​家族を失い、一人で50代を迎え、私はただ生きるためだけに、年中無休、24時間稼働の工場で現場責任者として必死に働いていた。心を殺し、役割というお面を被り、上からのプレッシャーと現場の板挟みに耐える日々。

​そんなある夜、泥のように疲れ果ててアパートに帰り、いつものようにソファーに倒れ込んだ時だった。

​「──ふん、何をそこまで絶望しておる」

​静寂を引き裂くように、部屋の奥から燃え盛る炎のような圧倒的な覇気が放たれた。

驚いて顔を上げると、ソファーの向かい側に、赤いマントを翻し、鋭い眼光でこちらを睨みつける男が立っていた。

​コードネームは「ノブ」。かつて、天下布武を掲げて激動の時代を駆け抜けた、孤高のカリスマの幻影だった。

​「ノブ……? 見ての通りだ。私は家族を失い、家庭という城を自分のせいで燃やしてしまった。もう50歳だ。私には何もない。人生のすべてが『失敗』だったんだ」

​自嘲気味に吐き捨てた私を見て、ノブは豪快に鼻で笑った。そして、燃え盛る炎の向こう側を指差しながら、地を這うような力強い声でこう言った。

​「城を燃やした? 家族を失った? それがどうした!

いいか、タカ。城など、また建てればいい。私が築き上げたあの壮大な安土城だって、最後は一晩で跡形もなく燃え尽きたわ。だが、私は一度だって絶望などしなかった。なぜなら、本当に価値があるのは『城』という形あるモノではない。それを一度築き上げてみせた、この己の『経験』と『魂』だからだ!」

​ノブは一歩前に踏み出し、私の胸元を強く指差した。

​「お前は20年間、家族のために、生きるために必死に戦ってきたはずだ。その過程で培ったお前の強さは、城が消えたくらいで失われはしない。形あるモノの喪失を恐れるな。魂まで燃やし尽くすな。お前はまだ、生きているだろうが!」

​その言葉が、凍りついていた私の胸の奥に、バチバチと火花を散らすように火をつけた。

気がつくと、赤いマントの男の姿は消えていた。

しかし、私の心には、彼が残していった消えない熱量が、確かに燻り始めていた。


次回
第2話:否定
──泥舟の査問委員会と、光らない電球



いいなと思ったら応援しよう!