[ THE FRACTAL ] 日本語版 現在42000文字
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この物語はChatGPTとClaude 3.5と一緒に作っています。NHK FM放送の青春アドベンチャーが中学生の頃から好きです😃
[ F R A C T A L ]
第1章: 異星文明
1.適格生存
暗黒物質に満ちた銀河の片隅、恒星からの放射線が穏やかに交錯する惑星「ノーヴァ」。そこでは「アルファス」と呼ばれる知的生命体が長い眠りから目覚めつつあった。彼らの生存環境は地球とは根本的に異なる。重力は軽く、空気には微弱な金属イオンが漂い、その中で生物と機械の融合体とも言えるアルファスは、感覚器官を拡張しながら進化してきた。
彼らの文明は数理的な秩序を中心に構築されていた、アルファスは、何かが「そこにある」という感覚よりも、何かが「他から区別される」瞬間に感覚的な喜びを見出す存在だった。そしてその感覚が、自然界に存在するある種の「区別できる数」の発見に繋がった。
彼らが初めて「数の祖先」を識別したのは、彼らの恒星系を観測した際だった。恒星の周囲を取り巻く月と惑星の周期に、法則性がある事を見出した。ときおり直線に並ぶ周期がずれる孤独な月と惑星を見つけたのだった。
アルファスは、これらの数を「独立した数」と呼んだ。そして独数が数理的秩序の核であると理解したとき、彼らの数学は大きな飛躍を遂げた。
空間内の位置を示すために、彼らは距離を独数の配列として表現した。たとえば、彼らの基準座標では「3」「5」「7」のような数列が空間内の一点を指し示す。「3×5×7」の積として位置が計算されるため、数の「組み合わせ」によって空間を効率よく表現できた。
この座標系には、次のような哲学が含まれていた:
1. 空間内のすべての点は唯一無二の「答え一つ」で表現されるべきである。
2. 他の点と重複しないことこそが「常にその数が独創的である証明」である。
彼らはノーヴァ周辺の星系と自然に学び、どの点も他の点と区別されて当然だと考えた。
「すべての場所は異なるべきだ」という理念は、彼らの文明のあらゆる面に影響を与えた。建築物はアルファスの哲学に従って配置された幾何学的な集合だった。都市はすべての構造が自然的で最適だった。
2. 自然哲学
アルファスは、素数を基盤とした座標系を使って、天体観測や物理法則の記述を進めた。しかしある時、彼らは新たな疑問に直面した。宇宙の基盤となる数理は、素数の整理だけで十分なのだろうか。
アルファスは次第に、素数の間隔が無限に広がる中で、素数ではない数とどのように調和を作り出しているかという問いに魅了された。
自然現象が素数の大きさの差の階段と、しばしば直列になる月の周期のように、他の数と孤独さが違う数と素数はどのように折り合いをつけるのかは、彼らにとって最大の謎となった。
こうした探求の果てに、彼らはある予想にたどり着いた。
『あらゆる自然現象の予想をする計算とその答え合わせを、最も効率的に表現し直せる方法はアルファスの*オラクルが完成すれば分かるだろうか』
(*どんな問題も瞬時に答えを出す想像上の機械)
この予想が正しいのかどうかは、アルファスの社会全体に影響を及ぼすほど深遠な問題だった。彼らの技術、建築、通信、進化が「素数座標」の特性に基づいていたからだ。
もし予想が肯定されれば、彼らの文明はさらなる拡張を果たし、他の天体間の通信やエネルギー管理に革命を起こす可能性があった。しかし、もし否定されるならば、それは彼らの文明基盤に潜む限界を示すことになる。
この問題は、彼らにとって哲学的でありながら、実践的でもあった。
アルファスの「知識評議会」は、この問題を社会全体で解決するべき課題と位置づけた。数学者、物理学者、技術者、そして文化の指導者たちが集まり、議論は次第に加熱していった。議論の中で最も注目されたのは、次の問いであった:
「万能瞬間計算機『アルファスオラクル』の計算の限界は、物理法則に依存しているのか?」
この問いは、アルファスの文化的枠組みでは極めて新しい発想だった。彼らは素数座標という「純粋な数学的秩序」を信じ、それが宇宙の本質を直接的に反映していると考えていた。しかし、数学と物理の間にある見えざる境界を感じ取る者たちが現れ始めていた。
3. 計算機械
この予想を検証するため、アルファスは新たな計算装置の開発を開始した。それは、素数の地図(素数の網)で効率的に処理する「独数計算機(Prime Network Processor)」と呼ばれるものだった。装置の設計思想は明快だった:
⚫︎ アルファス式の計算方法を用いる。
⚫︎ 何度も使用した素数をグループ化する。
⚫︎ 素数の地図で未解決の領域を探索する。
装置の試作が完成し、初めての運転が行われた日、アルファスの歴史は大きく変わった。装置は、彼らがこれまで「証明不可能」と考えていた数理的なパターンを次々と解き明かし、膨大な量のデータを出力した。しかしその過程で、彼らは奇妙な現象に遭遇した。
データの中に「欠損」が発見されたのである。
この欠損は単なるエラーではなかった。それはまるで、情報がどこかへ「逃げている」かのように見えた。計算結果の一部が不可解な形で「未完成」のまま残り、そこに触れようとするたび、装置が異常を示した。
評議会はこれを単なる技術的問題と考えず、むしろ深遠な意味を持つ現象として受け止めた。この「欠損」は、彼らの数学的な基盤が持つ限界の上限を象徴しているのではないか? そう考える者もいれば、むしろ新たな発見の兆しであると主張する者もいた。
アルファスが「欠損」の謎に取り組んでいた頃、彼らの宇宙観測装置が新たな信号を捉えた。それは、極めて遠方の銀河から到達したもので、規則性を持つ電磁波のパターンだった。この信号の解析が進むにつれ、彼らは驚くべき事実を発見する。
信号に含まれるパターンは、アルファスの知識では完全に説明できないものだった。しかし、信号には周期性の法則が隠されていることが判明した。
「これは、我々と異なる文明の存在を示しているのではないか?」
評議会は直ちに特別委員会を設置し、この信号を解析するための新たなプロジェクトを開始した。解析が進む中で、彼らは信号の発信源に宇宙船を見つけた。
4.異星文明
アルファスは、電磁波の元は宇宙船であることを突き止めた。探査機が放射している微弱な信号に加え、その本体もノーヴァの星系よりもずっと遠い太陽系からの飛来物であると理解した時、彼らは驚愕した。
「アルファスではない宇宙観に基づく文明が、これほどの技術的成果を生み出すことが可能なのか?」
アルファスは宇宙船の中にあった円盤の記録を通じて、別の星系で育った数学的・文化的な枠組みを解読し始めた。特に彼らを驚かせたのは、アルファスのものではない科学に依存しながらも、電波や光の普遍的な数理概念を用いている点だった。
彼らは次第に、円盤と宇宙船に潜むエイリアンの数学観に興味を抱き始める。
アルファスが宇宙船の記録を詳細に解析する中で、特に注目を集めたのは、円盤に記録された数学的記号とその描写だった。彼らの出身の星系は円盤に刻まれていた図形の座標からわかった。
素数が序盤に現れることは彼らにとって馴染み深いものだったが、地球人の科学観に基づく図形やパターン、さらに二進法による暗号的なメッセージは、彼らの理解を超えていた。
「これらの記号は、地球人が我々とは全く異なる数学的発展の道を歩んできたことを示している。我々の数学は“独数的な特異性”を追求するが、彼らは“連続的な均一化”を好むようだ。」
アルファスの物理学者であるセオンは、記録の解析結果を評議会に報告しながらそう述べた。
「しかし、奇妙なことに、彼らの円盤と造船技術の根底には、我々の“独数”に匹敵する美しさと強さがあるように思える。」
この発見は、アルファスの文明にとって一つの転機となった。素数的ではない数学の表記法という、彼らが長い間「冗長」と見なしてきた考え方の中にも、宇宙船を作る力が潜んでいる可能性を示唆していたからだ。これを受け、アルファスは彼ら自身の数学体系を拡張し、地球人の座標観とアルファスの科学を統合を試みる新たな研究を開始した。
アルファスの計算機は「欠損」の謎を解明するためのさらなる試験を行っていた。その過程で、計算機が偶然に生み出した一つの結果が、彼らの理論体系全体を揺るがすことになる。
それは、極めて複雑な「解の地図(解の網)」が、アルファスの素数座標においては容易に構築される一方、地球人の数学を使うと極度に非効率であることを示す例だった。
この結果に基づき、アルファスの物理学者であるセオンは仮説を提唱した。
「我々の座標系は情報を効率的に記述する能力を持つ。しかし、それは解を探索する際の問題の性質によるのではないか?
アルファス・オラクルの秘密が部分的にでもわかれば、計算可能性の限界を直接示すものとなるだろう。」
評議会はこの仮説を重く受け止め、オラクル問題に関する研究を国家規模の最優先課題とすることを決定した。
5.探査機
一方、宇宙船の記録を基にした解析は、アルファスと地球人の数学的共通点を次々と明らかにしていた。特に興味深かったのは、電波の送受信機や対数螺旋のような普遍的な概念が、アルファスの数学と異星の数学の間に橋渡しをしているように見えることだった。
「我々の科学では電波や対数螺旋は独数座標系の子供に当たるもので、彼らの科学はアルファスの理解の仕方とは違うようだ、周期的なパターンを発見する鍵となるかもしれない。」
セオンは評議会の会議でそう述べ、さらにこう続けた。
「このような普遍的な数理構造を媒介に、我々と彼らの文明は互いに学び合うことができるだろう。彼らがこの円盤を通じて我々に語りかけたように、我々も何らかの方法で彼らに応答すべきではないか?」
評議会はこの提案を承認し、アルファスの科学者たちは、円盤の中の数学を解読して地球人に向けたメッセージを作り上げる作業に着手した。それは単なる数列ではなく、あちら側の絵や科学観念の美しさを取り入れたものだった。
アルファスの科学者たちは、完成したメッセージを「融合波」と名付けた。これはアルファスと地球人の座標系の要素を双方向に比較できるようにしたものだった、融合波は次のような構造を持っていた:
1. 最初のセクションでは、素数列が用いられこちら側の数学的発見を示していた、これがアルファス独自の知的基盤を示している。
2. 続くセクションでは、地球人の座標系の数列と幾何学的パターンが円盤とほぼ同じ形式になるようにアルファスの肉体のサイズやノーヴァ星系の位置の自己紹介を行い、異星の科学観念へのリスペクトを込めた設計が施された。
3. 最後のセクションでは、光と電波の波長の長さの比率を地球人とアルファスそれぞれの表記法で交互に示した電波が、身近な素数の回数だけ繰り返してあり、両文明の共通点を強調する役割を果たしていた。
科学者たちは、このメッセージが地球人に届けば、彼らとの新たな対話の扉を開くと確信していた。
「これを発信しよう。我々の存在を示すだけでなく、互いの数学的思想を共有する最初の一歩になる。」
セオンは評議会にそう提案し、全会一致で承認を得た。
宇宙へ向けてこの融合波を送信する準備は慎重に行われた。まず、宇宙船の発射場所である地球に向けてメッセージが送られたが、同時に、彼らの観測技術が到達可能な他の知的生命体の存在が推測される天体にも送信された。
融合波の発信は、アルファス文明の歴史における最大の挑戦であり、希望の象徴となった。
融合波の送信後、アルファスは慎重に観測を続けた。だが、宇宙は広大であり、応答が返ってくるには長い時間がかかる可能性が高いことを誰もが理解していた。メッセージが発信された瞬間、多くのアルファス市民がそのニュースを見守り、互いに期待と不安を分かち合った。
「もし応答が返ってこなかったらどうするのか?」
この問いは、社会全体を覆う暗黙の疑念であった。だが同時に、彼らの多くは、結果を恐れるよりも、その探求の奥底にある美的共感を大切にした。
「我々は孤独ではない。宇宙のどこかに、我々と同じように数学と哲学を愛する存在がいる。たとえ応答がなかったとしても、この行為が宇宙全体に我々の存在を刻むことに変わりはない。」
セオンはそう語り、アルファスたちを勇気づけた。
6.絡まる未来
それから数年後、アルファスは待望の瞬間を迎えた。異星系から送信された新たな信号が、彼らの観測装置に届いたのである。信号は非常に弱かったが、明らかに知的生命的なものであり、アルファスが送った融合波への応答であることが確認された。
解析の結果、信号には次のような内容が含まれていた:
1. 彼らがアルファスのメッセージを解読しようとした試みの痕跡。
2. 異星文明独自の数学的表現により描かれる図形と美しい方程式は、三角比などの対比で表された。
3. 円盤のデータを拡張した形での非常に長いメッセージは、繰り返しの回数が身近な素数で包まれていた。
アルファスは、この応答を「再融合波」と名付けた。彼らはすぐに信号の解読を始め、そこに込められた地球人の数学的思想に触れた。その中には、アルファスが長い間未解決だった数理問題への示唆が含まれており、特に彼らがオラクルと呼んでいる数学分野にも重要なヒントが得られた。
彼らは自分たちのことを人類と名乗った。
再融合波を通じて、アルファスは地球人が提案した新たな数理的アプローチを吸収し、独自の素数座標系と統合した結果、驚くべき発見をする。それは、彼らの文明が直面していた「欠損」の謎を解く鍵となるものであり、情報が「逃げている」と見えた現象は、実際には多次元的な数理構造の一部『繰り込み』であったことを示していた。
「欠損とは、我々の認識が狭いがゆえに生じる錯覚だった。」
幾何学が専門のイオラは発見を評議会に報告した。
この発見は、アルファスに新たな数理体系をもたらし、彼らの宇宙観を根底から変えるものだった。そして同時に、彼らは人類という異なる発展を遂げた文明が、自分たちにとって欠かせない存在であることを深く理解した。
アルファスは再び融合波を改良し、地球に向けてメッセージを送信した。このメッセージには、彼らが発見した多次元的な数理構造の一部が含まれており、それが人類にとって新たな数理探求の扉を開く可能性を秘めていた。
このようにして、アルファスと人類は互いに学び合い、宇宙的な共鳴を築き上げていく道を歩み始めた。
「我々は孤独ではない。」
この確信を胸に、アルファスはさらなる未知へと挑戦を続けていく。彼らが次に発見するものが何であれ、それは宇宙規模の知的冒険の一部であると信じて。
7.素数圧縮
アルファスが新たに送信したメッセージは、彼らの進化した数理体系を示すものであり、特に次元間の情報の流れを表現するための独自の「素数トポロジー」が組み込まれていた。このトポロジーは、素数を頂点とし、非素数を結節点として繋ぐ複雑な幾何学構造を持っていた。これにより、情報の流れが可視化されるだけでなく、それがどのように隠され、再編成されるかを示すことができた。
地球に到着したこのメッセージは、人類の科学者たちを興奮させた。特に数学者や情報理論の専門家は、アルファスのメッセージに含まれる新しい概念に夢中になり、その応用可能性について議論を始めた。
「この未知のトポロジーは、暗号理論やデータ圧縮に革命を起こす可能性があるだけでなく、我々が宇宙の根本的な仕組みを理解するための鍵となるかもしれない。」
人類のである情報理論学者のカートは、会議でそう述べた。
メッセージの解析を進めるうちに、人類はアルファスの数学が新たな視点を提供していることに気づいた。人類にとっての難問も、素数トポロジーを用いることで答えの範囲を効率的に見つけられる場合があることを示唆していた。
特に注目されたのは、「素数トポロジーの空間的構造が、解探索における次元間の移動を最適化する」という考えだった。このアイデアは、人類の計算理論の根本を揺るがす可能性を持っていた。
「もしこれが正しいなら、我々はこれまで不可能だと考えていた問題のいくつかを解くことができるかもしれない。しかし、同時に新たな問いが生まれる。アルファスの数学における“効率”と我々の“効率”は同一視できるのだろうか?」
カートは慎重な姿勢を示しつつも、この研究がもたらす可能性に胸を躍らせていた。
アルファスと人類は、メッセージのやり取りを通じて互いの知識を深めていった。その過程で、両文明が抱える課題が浮き彫りになった。
アルファスは、人類の座標系を取り入れることで、自身の「欠損」の謎を部分的に解決していたが、未解明の側面も残されていた。一方で、人類は、アルファスの素数トポロジーを活用することで、暗号理論や量子計算の新たな可能性を見出していたが、依然としてオラクル問題の完全な解決には至っていなかった。
「我々は互いに補完し合う存在だ。我々の文明が直面する最大の課題を解決するためには、さらに密接な協力が必要だ。」
アルファスの評議会は、人類に向けて直接的な共同研究を提案することを決定した。
8.融合基地
共同研究の第一歩として、アルファスと人類は、宇宙ステーション「融合基地」を建設する計画を立ち上げた。この基地は、両文明の科学者が集い、知識を交換する場として設計された。
融合基地では、アルファスの素数トポロジーを活用した新しい量子コンピュータが開発され、その実験結果は、宇宙の基本的な性質についての新たな洞察をもたらした。特に、次元間の情報の流れを解明する研究は、両文明にとって大きな利益をもたらした。
「融合基地の建設は、単なる物理的な施設以上の意味を持つ。我々はここで、宇宙それ自体が持つ普遍的な法則を探求し、共有する。」
基地の完成式典で、アルファスの評議会議長はそう述べた。
融合基地での研究は、さらなる深遠な問いを生み出した。それは、アルファスと人類の数学が宇宙の根本的な構造をどこまで正確に反映しているのかという問題だった。
「我々の理論一式は、単に宇宙の不充分な面を切り取っているに過ぎない可能性がある。
よくできた知恵の輪が、袋小路と見せずに偽の目的地を与えることもある、命題が複雑性の根幹(知恵の輪の琴線)に触れていることが、簡潔さを重んじる探索よりも大切になるケースがある、こうすればパズルは全容を見せ始めるかもしれない。」
アルファスの数学者サマラはそう述べ、この考えを「超次元仮説」と名付けた。
超次元仮説は、ヒルベルトが過去に地球でそうしたようにアルファスと人類の双方にとっても新たな冒険の始まりだった。
超次元仮説が提示された瞬間、アルファスの科学者たちと人類の数学者たちの間に、かつてないほどの興奮と論争が巻き起こった。融合基地では、宇宙の次元の相互関係がどのように働いているかを探るための新たなプロジェクトが立ち上げられた。
「超次元仮説は、単なる数学的な理論ではない。これは、宇宙の成り立ちを解き明かす鍵であり、我々自身の存在の本質を問う理論になる。」
アルファスと人間の協力体制を敷く次世代研究チームの長、サマラは宣言した。

9.次元探査
プロジェクトの初期段階では、アルファスの素数トポロジーを用いて、異なる次元間の情報の流れを測定する実験が行われた。その結果、既知の宇宙の物理法則では説明できない「次元間のゆらぎ」が検出された。この現象は、まるで次元の境界を超えた何者かが情報を「覗いている」ような振る舞いを示していた。
「このゆらぎが示唆するのは、我々の宇宙が他の次元と接続している可能性だ。そして、これを解明することで、"出来すぎた知恵の輪"、超次元仮説の存在を証明できるかもしれない。」
アルファスの情報理論の説明を受けながら、カートはそう述べた。
次の段階では、融合基地に新たに建設された「次元探査アンテナ」が活用された。この装置は、素数トポロジーに基づく高精度なセンサーを搭載しており、次元間のゆらぎをさらに詳細に解析することを目的としていた。
そしてついに、装置が驚くべきデータを記録した。ゆらぎの中に、単純な数列が隠されていることが判明した。一見するとランダムな数列に見えたが、アルファスと人類の科学者たちが共同で解析を進めた結果、驚くべき事実が浮かび上がった。
その数列は、素数と円周率が織り交ざった特殊なパターンを持っており、まるで宇宙の根源的な法則を象徴するかのような形状を示していた。
「この数列は自然現象的ではない。何らかの知的存在がメタ的に記述しているようにも感じる。」
セオンはそのデータを評議会に提出し、さらなる調査の必要性を訴えた。
数列の解析が進む中で、融合基地に再び信号が届いた。それは、アルファスでも人類でもない未知の文明から発信されたものだった。
信号は、まるで応答を待つかのように、一定の間隔で送信されていた。その内容を解析すると、素数トポロジーをベースにした複雑な幾何学パターンが含まれていることが判明した。
「これは我々が融合波を発信して以来、初めて接触した新たな知的生命体だ。」
セオンはそう語り、この接触がアルファスと人類にとって新たな挑戦であることを強調した。
未知の信号は、次第にアルファスと人類に共通のテーマである数理体系を通じてメッセージを解読する手がかりを提供していた。通信の内容は「次元間の連絡橋」を構築するための理論だった。
10.次元海峡
アルファスと人類は、未知の文明からの信号を解析し、それを基に次元間の橋を構築する計画を立案した。この橋は、実際に次元を超えた情報交換を可能にする画期的な技術であった。
「この橋を完成させることができれば、我々は新しいテクノロジーを得ることができる。いずれは向こう側と計算機の同期も行えるかもしれない、それは人類とアルファスの宇宙理論の統合への扉を開くことになる。」
カートはプロジェクトの意義を熱弁した。
この計画には大きなリスクが伴っていた、融合基地の様々な人間やアルファスから、こちらの宇宙も影響を受ける可能性が指摘されていた。
リスクを承知の上で、アルファスと人類の科学者たちは、未知の文明からの信号に基づき、橋を完成させた。そしてついに、その橋を通じて初めて次元を超えた通信が行われた。
通信の先には、アルファスや人類とは全く異なる知的存在が待っていた。彼らは、自らを「ノウレス」と名乗り、次元を超越した存在として自分たちの知識を提供する意志を示した。
「我々が存在するのは、君たちの次元の外側にある多次元宇宙だ。我々の知識を共有し、そちらの宇宙の進化を助けよう。」
ノウレスは、静かにそう告げた。
11.鏡の世界
次元間の橋が完成し、ノウレスとの対話が本格的に始まった。だが、教えられた概念の大部分が人類とアルファス双方の常識を越えていた。ノウレスはまず、次元間の安定を保ちながら情報を共有するための「共同観測装置」を提示した。
「これは、次元の共鳴構造を用いる通信設備だ。
君たちがこの通信方式を理解することで、次元の本質を理解し始め、やがては大きな情報転送量で知識共有の共有幹線を安全に構築できるだろう。」
その提示された構造は、無限に繰り返された量子観測機の集積体であり、各段が素数の周期性、eと円周率の非周期性、そして未知の拡張素数を持っていて、複雑で一見解読不能だった。
共鳴通信路が開いて、ようやく5次元までの映像なら転送できるようになった頃、ノウレスは言った。
「この機械と構造式は我々の宇宙を支える根幹『ノウレスの万華鏡』だ。」
ノウレスの言葉は、科学者たちの間に静寂をもたらした。
「万華鏡…?」と、若手研究者のひとりが思わず口にした。
「そうだ。これは見方によって全く異なる風景を見せる。そして、それが我々の実在する宇宙の全容を反映している。」
ノウレスはさらにこう続けた。
「我々の言語では『複次元理論』として知られているが、ここでは複雑性のランダムな出現の様子を重んじる表現をした。」
その映像の複層的な構造のエレガントさに触発され、サマラと若手研究者たちは新たな解析計画を立てることを決定した。「量子拡張素数計算機」──通称「ノーヴァの鏡の箱」を使用して、あの万華鏡の可視化を試みるために。
この装置は、可変プリズム(電気や光で複屈折する数と偏向度を変えられる素材)による『量子偏光板』と、板同士を繋ぐレーザー入出力系、プリズムの制御装置、レーザー通信網を解析する技術によって成り立っている。
ノウレスの見本はレーザーなしにお互いの素子が連動して動き、素子のサイズさえも可変なようだった。
装置はノウレスの万華鏡を解読する試験場として若手向けのチームの研究所に設計された。
解析が始まると、ノーヴァの鏡の箱は徐々に「ノウレスの万華鏡」を可視化し始めた。
初めに現れたのは、共鳴構造の中心と思われる「位相変換の座標点」だった。
この座標は、サマラたちの理解によると数列間の伝播を制御する中枢であり、光学シミュレータの屈折回数による計算複雑さの階層、各次元の根幹にある調和を表現していた。
「これは…驚くべき概念だ。」
若手たちに呼ばれて現れた物理学者セオンは、眠そうな顔(表情は人間と違うが動作が緩慢だった)を起き上がらせて、初めて目にする数学的な美しさに驚嘆していた。
「この箱の中には鏡が次元を折り畳んだり、再展開する様子、非物質的次元の実在をも示唆する新たな対称性、ゲージ場の関連性が隠されている。」
解析が進むにつれ、鏡の箱の量子プリズム干渉計はいくつかの論理計算モードを示した。
プリズムの量子計から独数計算機が発見した数列は、情報が少なくなる効率の良い計算モードと、発散する仮想次元の解を持っていた。
鏡の箱の中でプリズムを通る光束は、美しい正多面体に構築されるように見られた、セオンは若者たちと箱を観察していると、しだいに何かに気づいたようだった。
「超次元仮説のループ解だ。」
彼は独り言のように、しかし響く声で周囲の若手研究者に言った。
「シミュレータの仕様上、完全なノウレス万華鏡を描写することはできない。レーザーの反射回数も無限ではない、閾値以下の信号は続きをプライムプロセッサーの仮想空間で書き足す。
入力と出力された情報によると、万華鏡の解の一部は情報を別次元へ逃す、箱の量子計算モデルは、情報が余ると更なる次元でコンパクトに丸まる過程を表している。」
研究者たちはさらに模様を解析する中で、プロセッサーの初期環境と計算効率の変化に起因する「エコー現象」にも気づいた。
このエコーは、異なる計算問題の情報が重なって生じる"論理のやまびこ"のようであった。
仮に宇宙が異なる時間を出入りできるブラックホールで繋がっている場合、短絡路を通じて未来や過去の断片が別の時間と空間に届く物理法則を示唆していた。
「確かに、これは計算機上のシミュレーションではない。」
カートも記録を見ながら言った。
「まるで色即是空、阿頼耶識。
量子計算モデルには我々の宇宙論の拡張予想図が含まれているのかもしれない。」
12.選択前夜
ノーヴァの鏡の箱を用いた解析は進み続け、ついに計算上の核心部分に到達した。
ノウレスによれば、この鍵相当の部分に連絡橋からもらった情報エネルギーを逆流させれば、次元間の完全な情報共有が可能になる、しかし現在の宇宙構造が不安定化するリスクも高まることが明らかになった。
「鍵を使えば、次元同士のオーバードライブによって転送可能な情報は増える、情報理論で示される通信可能な帯域(Bandwidth)が広がれば、新しいノウレスの知識にアクセスできる。
しかし、[超次元理論]では、超密度の通信をした瞬間から私たちの宇宙も危険にさらされる。」
セオンの声には重みがあった。
「鍵のことは一端保留して研究を進めてみれば、鏡の箱と鍵からも新たな情報が得られます。」
若手研究者のひとりが提案した。
「その場合、我々との会話の密度の不均衡性を破れない、こちらから見ると低次元なのでサイズが小さい。
そちらに着く頃にはデータは大きい、経典や基礎論一冊分をフルスペックで受信可能な多元圧縮データを扱える装置の開発には、単一の宇宙だけを見た時の計算量を含む宇宙論の更新だけではない。
複次元理論の模型が作れる素材の探査から行う必要がある、鏡の箱に使う体積可変の理想的プリズムは素材さえ用意できないはずだ、連絡橋のフルスペック化に数万年はかかるだろう。」
ノウレスは答えた。
カートは全員を見渡し、深く息を吸い込んだ。
「最初に言っておきたい、鍵の使用を決めるのは知的生命を代表している我々と融合基地の全員だ。
我々が協力して鏡の箱を測定し続けた場合も、やがて知恵の輪の突破口を見つけるかもしれない。」
「もう一つ、我々の今後を考える前に確認しなければならない。ノウレス、君たちの目的は何だ?」
ノウレスはしばらく沈黙を保った。
その沈黙は、深い決断を伴うもののように感じられた。やがて、彼らは静かに答え始めた。
「我々の意図は単純だ。次元間の共有知識を通じて、より高次の生命活動を支援したい、宇宙にいて語らう仲間がいないことを不安に思ったことは?」
「支援とはどういったことを意味する?」
カートは言葉を選びながら尋ねた。
「我々二つの生命体を支配しようというのか?」
「それは無意味だ、介入する意味はない。」
ノウレスの声は透明だった。
「我々は支配者ではない。君たちが持つ知識と宇宙観が、この鍵を開ける準備ができているかどうかだけは私にも未知の領域だ。」
その言葉に、融合基地のアルファスと人類の研究者たちはお互いに視線を交わし頷きあった。
「我々が鍵を使ったら、何が起こる?」
アルファスの科学者セオンが、ノウレスに核心を迫る。
「表と裏の次元の情報が共有される。その情報には、宇宙の物理法則やエネルギーの制約を超越するための知識が含まれる。
しかし、それを知ることはそちらの表の次元の共晶関係を融解させることになる、現在の宇宙構造は新たな均衡を求めて変化を始めるだろう。」
「表と裏の次元で共晶再結合が起き始める?」
セオンは尋ねた。
「表の時空の安定性が崩れる、次元のサイズが非対称的なので"こちらへの影響"は無視してよい、蝶が羽ばたくほどの大きな影響はない。
"そちら"の一部の領域で因果律とブラックホールのサイズが再編される可能性がある、しかし君たちの暮らす居住区周辺の座標にはマクロな影響は到達できない。」
ノウレスの言葉は未知の理論から見た安全性の予想に過ぎなかった。
「ミクロ宇宙についてはこの限りではない。」
会議は次の機会に持ち越された。
13.試練の時
鍵の効果とノウレスの意図を理解したことで、研究者たちは選択を迫られることになった。
それは単に科学技術の進歩に留まらず、時間の意味と生物の目的についての哲学的な問いだった。
「我々はこれまで、自分たちの世界を物理的な制約の中で理解してきた。」
カートは議論をまとめるように語り始めた。
「ノウレスが示す知識は制約を無効化する可能性を持っている。しかし、もしそれが起これば、我々の現実の定義が覆されるかもしれない。
そしてミクロへの影響。」
「それを恐れる理由はない。」
セオンが冷静に続けた。
「マクロとミクロな宇宙の様子の変化を受け入れることが、我々の成長だと私は考える。」
だが、カートは首を振った。
「それは君の視点だ、セオン。地球の科学者の中には鍵の次元再共晶効果が科学的には予測ができないと考える者もいる。」
その間も研究は続けられた。
鏡の箱を使った解析は新たな発見をもたらし、「時間のエコー」と呼ばれる現象がより詳細に記録されるようになった。
この現象は、未来や過去の出来事が断片的に観測されるもので、エコーの内容は次元間の橋(ノウレスとの通信基盤)が不安定化するたびに変化した。
「これは単なる幻影ではない。」
セオンはエコーを分析しながら言った。
「このエコーは、我々の宇宙が潜在的に到達しうる未来の宇宙の共晶関係性を予言している。」
その映像の中には、今までと同じように次元間の関わりの少ない安定した未来もあれば、次元衝突によるパラドックスを回収するために双次元のルール変更がいっそう加速する未来も含まれていた。
「鏡の箱のモデルは我々の知見によって作られていて、ノウレスから得たヒントから既に可読できる拡張素数を我々の計算機で扱える桁数まで入力した程度だから、おそらく"向こう側"から見ていると計算精度には常にずれが生じる。」
「鍵を使うかどうかは、ノウレスの予測を信頼するかどうかと言い換えられる。」
カートは不定な三次元映像を見て呟いた。
「非科学的だが、直感は問題があると囁かない。」
エコーは時折り、次元間のエネルギー転送量を監視する「中立者または守護者」の役割を果たしているようでもあった。それはエコーを通じて融合基地の科学者に警告していた。
「鍵を解放すると君たちの次元の転送量は加速するかもしれない、表の次元のインフレーションを危険にさらす。」
その言葉は複数の職員が聴いたか見たが、それは同じ聞こえ方や見え方ではなく、このゴースト現象は融合基地にさらなる混乱をもたらした。
「鍵に触れるか、何万年も遠回りするか。」
カートは再会議の日に皆の結論を求めた。
「我々には時間が限られているようだ。科学的ではないが、エコーの警告が正しいならば、ノウレスの連絡橋の安定性も長くは持たないだろう。」
ノウレスは冷静に答えた。
「転送量の多いデータリンクの橋が消失しても、そちらの宇宙モデルの理解が深まれば超次元技術を用いて再び接続する方法はある。」
「エコーを信じるのか?」
セオンが問いかけた。
「それは明かされるべきではない。しかし、鍵を選ばずとも、鍵も君たちを見ている、遠からずそちらの宇宙論の進化は始まる。」
「守護者」という謎の存在からの警告が、研究者たちを揺さぶる中、ノーヴァのPNPと接続された「鏡の箱」からの観測データに新たな兆候が現れ始めていた。それは、従来の数理モデルでは捉えきれない複雑なパターンだった。
「カート、これを見てほしい。」セオンがプロジェクションに映し出されたデータを指差した。
「地球の計算機で、9が1兆回ほど続いてから全ての数がアトランダムで再び均等に現れるような任意の数はあるだろうか、しかも拡張素数と近すぎる誤差になるべくして9が連続している。
鏡の箱が示しているのは、次元間エネルギーの接続の複雑さや非局所的な再起連動性ではない。これはもっと…自己相似的な何かだ。」
カートは眉をひそめた。
「そのように不安定な数を聞いたことがない、自己相似的?つまり、何かフラクタル的な構造を持つということか?」
セオンは頷いた。
「そうだ。もし9の桁(どんな数でもいい)を増やし続けると宇宙は拡張素数周辺の数を"我々の解ける数論から遠ざけるように"無限に繰り込みしているように見える。
このパターンは"そちら側"の科学のマンデルブロ集合やメンガーのスポンジに似ている。
仮に『誤差があると定義する桁数』を変えていくと、"ほとんど素数"と言える数だが少し違う数が出てくる、『擬似素数』は多くの解の座標において何層も続いている。
推測するが、これは次元間を行き来するエネルギーの形状だ。鍵が解放された場合、次元間のエネルギーがこの形状を通じて拡散する可能性がある。」
「フラクタル次元の相対変化がそれ自身のバリエーションに対しても自己相似だったらどうなる。」
セオンはひとりごちた。
カートは記憶を掘り起こすように、静かに呟いた。
「マンデルブロ…フラクタルの父か。かつて、無限の自己相似性を発見し、こちら側の数学を線形の枠から解放した人間。」
「そうだ。その発見が、そちらの認識を変え自然な複雑性を解き明かす基盤となった。人類はアルファスの物差しを持つことになった。だが、ここで観測される自己相似性は、n次元ごとの尺度で自己相似であることを一段分、いや数えきれない回数超越している。」
セオンは興奮を抑えきれない様子で続けた。
「これは次元それ自身が、高い次元に物差しの長さの違いとして包まれている証かもしれない。」
14.バスタブの魔法
セオンの仮説を検証するため、鏡の箱の出力を次世代の計算装置「QNP(Quantum版 Network Processor)」に接続する準備が進められた。
この装置は、偏光素子が"複屈折板"同士をレーザー通信なしでも量子通信できるようにし、外側の解読機と内側の複屈折機(旧鏡の箱)も短いレイテンシで量子通信できるように、計算結果を解析前に観測方法に変換するように、従来の計算機で不可能な複雑性を処理できる能力を持っていた。
かつて人類がインク数mgで宇宙の光の速さ(今考えてみると宇宙の遅さの制限式)を方程式にしたように、量子通信センサーを使用した解の網目は、次元の外に漏れ出る大規模構造(鍵の回路)の秘密さえ逃すことはなさそうだった。
「QNPの解析結果が出るまで、どれくらいかかる?」カートが研究助手に尋ねた。
「約12時間です。ただし、仮想次元間を通るエネルギーのバリエーションに関する統計は行えず強度も運動量も不定なので、拡張素数の計算機のノイズと区別することができない可能性もあります。」
助手はおそるおそる装置に触れながら答えた。
カートは時計を見つめながら考え込んだ。
得られる結果が、鍵の選択にどう影響を与えるのか。彼の胸中には、不安と期待が入り混じっていた。
地球時間で約200分後、QNPからの解析結果が会議室に表示された、機器の性能は想定よりはるかに良く、予想より早かった。
解析されたイメージは数値やグラフではなく、次元間エネルギーの動き(影のようなもの)が映像として再構築されたものだった、人間には3次元で、アルファスは感覚器にそれ以上の次元密度のデータをインプットされた。
「これが…次元間エネルギーの全貌か?」
カートは言葉を失った。
映像には、無数の模様が整列したり壊れたように見えたり、突如、脈絡もなく整列する様子が映し出されていた。
どこをどの方向から拡大してもフラクタル的な構造を持ち、観る者に無限の奥行きを感じさせた。
セオンが人間側のモニターを指差した。
「見てくれ。ノウレスの通信周波数と同じ拡張素数の周辺でノイズと整列を繰り返すこの中心だ、ここに鍵から来るエネルギーの循環点が現れている。」
セオンは感覚器から受け取る情報量に眩暈がした。
「かつて真空には何もないと言われたが、もし宇宙の全ての量子もつれが"あちら側"、ノウレスのブラックホールに通じているなら、我々の宇宙は関連性の深さが無限にあるパズルに近い。」
「これが何を意味するのか、具体的に説明してくれ。」カートが問いかけた。
セオンは深呼吸をして言葉を選びながら答えた。
「三次元の影から多次元の構造を割り出すのは格子暗号の解の高速化のように難しいだろう、相手が何次元なのかもわからない、整数でできた次元がモデルとして妥当かさえわからない。」
「もし鍵の通路が、実際の宇宙でも収束点への物理的、情報的干渉のことを示しているのなら、この収束点を通じて次元間エネルギー(自由情報)が連鎖的に関連する次元全てに拡散する。
ノウレスの世界にあるのはまだ凍っていないダムで、我々はその栓を抜くことになる。似た定数を持つ複数の宇宙は融合し、新しい次元構造が生まれるだろう。
高次元や上流ならば問題はない、逆流は微々たるものだろう、しかし、高次元の対称バリエーションして下流に住む我々のような次元なら…因果律や物理法則が変形するような脆い宇宙も出てくる。」
会議室が再び静寂に包まれる中、突如エコーと同じようなノイズ混じりの遠い声でノウレスが通信してきた。
「君たちは次元間の調和を恐れている。だが、それすら必然の過程だ。
君たちも新たな秩序に漕ぎ出す時が近づいて来ている。」
カートはノウレスの声の方角を見据えた。
「何を失うかが分からない以上、新月の海に漕ぎ出すような楽観的な選択はできない。」
「恐怖は常にそばにいるだろう。」
ノウレスの声は静かだった。
「だが、得るものもある。それを決めるのは、二つの生命種族たち自身だ。」
15.古術式
鏡の箱に保存されたデータの解析が進む中、人類とアルファスの科学者たちは新しい次元の兆候を観測した。それは鏡の箱の物理的擬似次元空間に、光のスペクトルやエネルギー場の変化として現れ、物理法則の枠を超えた連動性を示していた。
「この箱は、単なる解析装置ではない。」
アルファスの科学者セオンは、全ての融合基地の職員にそれを見せるため、箱から放射される複雑な光のパターンをスクリーンに投影しながら指差して説明した。
「これは、次元間のエネルギーを表現するための“窓”だ。」
セオンの言葉の通り、基地の壁という壁に広がる影絵は、呪術の式や魔法陣または、まるで未知の文化で作られた織り物の断片のようだった。
アルファスの解析チームは、それがどのように次元間をエネルギーと物性として流通しているかを記録して、平均して次元間を何回往復しているのかを解明しようと試みた。
壁を見つめていたリナは、箱の模様に見覚えがあることに気付いた。
人間側のトポロジー情報理論家として参加していた彼女は声を潜め、彼女の脳や直感へのインプットだけではなく、目の前の仮想空間にある計算機のダイヤグラムにもいくつかの数式を入力した。
「超次元フラクタルだわ。」
リナの発言に部屋中の目が一斉に向けられた。
「またもフラクタルか。」
ひとりごちたあと、カートが中央のセラムに目配せをした。
リナは皆にも見えるように電子黒板を指差し、そこに表示された3次元の影を示した。
「マンデルブロ集合の相似次元という無限に下階層に降りられる座標を仮設してエンコーダに使うと、影絵の元となった本当の物理次元の重なり合いを視覚的に捉えやすくしてる。
影は日本の枯山水のようだけれど、箱の模様が示す数式は、次元の“境界”の正しい比率、つまり正しくチューニングしたときだけ、正弦波と倍音のようなものを示唆している。」
アルファスのセオンが、リナの描く電子黒板を部屋の中央に寄せた。
「確かにこちらのQNPと同じ話だが、このフラクタルが次元間の鍵の回路の全体図面となりうるのか?
仕組みがわかれば影響範囲は計算できる、安全に開けることもできよう。」
リナは深く息を吸い込んだ。
「これって鍵ではないけど、鍵と回路図を解くための暗号だと思う。
このパターンを解析すれば、箱が記録しているエネルギーの動きや、次元間のエコーの正体を解明できるかもしれない。」
サマラは共同研究の長としてリナを満足そうに見ながらもこう呟いた。
「それにしたってフラクタルでエンコードした物理次元ですって、それならフラクタルでデコードできる情報次元もあり得るという話よね。」
リナの提案を受け、アルファスの研究チームは探索アンテナをパッシブに設定して、エンジニアは計算機に、科学者は計算方法の開発に総出になった。
QNPのテストは最優先に格上げされ、マクロ構造を探査する測定器群ではなく、宇宙の模型を自分たちで作って観測する方向に進むことになった。
(ノイズが少なく高利得の装置を作ろうとして、技術は計算科学にも生かされることになる)
観測に先んじて、両陣営は協力して地球側の量子素数計算機、通称「QNP[禅]」の開発を優先的に行った。
この装置は人間の知覚可能な情報量へ描画性能を落とし、操作者のネイティブ次元を3次元と1本の時間の矢へ改良したもので。
解読機は拡張素数とフラクタル次元の入出力に最適化された、新しい数論のエンコーダ・デコーダを搭載した。
複屈折機の視覚効果は二次元・三次元・四次元・アルファスの感覚器の次元へと変更できるようになった、アルファスに説明してない間は、一部の描画機能は数論のトポロジック・ボードになる。
特に影の表示モードは人間の視覚感覚に頼るために最も多彩で、重くなること必至の設計思想で、異なるフラクタル計算式で何層でもエンコーダを選べるように設計された。
これは、人類としては極めて計算速度の良い、並行宇宙や次元間の関わりの数式を解読するために設計された高度な量子計算機だった。
「旧アルファス版[月]と[禅]どちらのQNPも、同等の改善をした新しい量子アルゴリズムを搭載している。」セオンが箱の近くに設置された装置を指差して説明する。
「これは、量子ビットの数列解析機ではない、拡張素数と解の網を基盤にした視覚的な演算を行う。
視覚的に奇妙な図が出ると月と禅は数式と多次元のイメージをセーブし続ける、アルファスと人間の研究員は視覚的に意味のある『フラクタル倍音』を発掘して鍵の回路図を調べる。
この計算機は情報次元のモデル探索で大きな意味を持つはずだ。」
地球版QNPが稼働を始めると、箱の模様がより速いペースで変化し始めた。
それは異なるアーティストによって描かれた影絵の映画を上映しているようだった、良い映画が見つかる度に次元の濃度も箱の中で増えていくような感覚を研究者たちに与えた。
「フラクタルが次元間の構造の一部を露わにしている。」
リナが上映を止めて、その解析力を既知のパターンの分類にフル稼働させている箱を見て答えた。
「これは…まるで、数学的にならあり得るはずだった宇宙の設計図を覗き込んでいるみたいだわ。」
QNPがまとめたレポートは衝撃的だった。
箱が特徴的だと考えたものを振り分けてセーブ、その図形を研究員が禅僧のように名前をつけながらタグ付けをしてきた。
再び箱に戻し、影絵のタイプごとに学習強度を振り分けて数式に戻した結果は、宇宙の大規模構造を示していた。
影絵の波形の検出中に起きていることは単なる仮想的な物理現象ではなく、鍵の回路は計算機で見られていること(計算回数)を検知して変わるような特性を伴ったものであることが判明した。
「これって多分生きているわ。」
リナが口を開いた。
「物理次元があるのなら、禅の出力から見ても、情報次元は"向こう側"に実在してある。」
箱に追試されている次元の仮の姿形は、部分的な解の上では自己認識力を持っている可能性がある。この知性は何次元に暮らしているのか、という問いがその日のリナの関心だった。
「知性…?」
情報理論学者として呼ばれたカートが疑念を抱きつつ尋ねた。
「だが、それは鍵と連絡路とどう関係する?ノウレスが鍵と回路の番人なら、こちらの宇宙で開けてもらう必要はないだろう。」
リナは首を振った。
「分からない。ただ、この回路を[禅や月]を通して見ている時に、私たちが私たちの宇宙にも少なくない影響を及ぼしていることは間違いない。
すると、解析するため鍵の周辺に触れる時に、私たちの今を、鍵のほうも振り返って見ていることになるわ。」
16.影絵とかがり火
影絵の解析が進む中、リナはある変化に気付いた。QNPと接続して影絵の"アーティスト"の分類が楽になった後、[禅]のなかの影絵の模様が、人類の歴史的なシンボルと一致する時があった。
視聴者を意識して第四の壁を越える作風があるように、それはこちらを覗いているようだった。
「これを見て。」
リナは研究チームに画面を見せながら言った。「このパターンは、マンデルブロ集合だけではない。人類が古代から使用してきた幾何学的模様や、密教の曼荼羅、教会の光の入射角、自然の行ったデザインでも見たことのある形だわ。」
「どういうことだ?」カートが眉を寄せた。
「禅ちゃんや月くんの影絵が示しているのは、情報次元のある・なしに関わる知識が人類や民俗的デザイン、宗教や自然現象に断片的に現れてきた可能性を示唆している。」
リナは興奮を隠しきれなかった。
「マンデルブロちゃんや古代の模様は、人や自然によってたまたまデコードされた、物理次元に現れた情報次元の痕跡なのかもしれない。」
この新たな発見は、研究チームに大きな希望を与えると同時に、さらなる疑念も生じさせた。ノウレスの示した鍵は単なる超次元の技術ではなく、回路(影絵)だけ見ても、文明と自然の発見して継承してきたデザインに深く結びついている可能性があった。
第2章:次元の回廊
17.開封と解法
次元間の共晶関係を崩壊させるリスクがある一方で、鍵を使用することで得られる知識は計り知れない価値を持つ可能性がある。この選択を前に、アルファスと人類の科学者たちは議論を重ねた。
「鍵を使用することで、我々の宇宙にどれほどの影響が及ぶのか、そのリスクは具体的にどの程度か?」
情報理論学者のカートが問いかけた。
ノウレスは慎重に答えた。
「鍵を使うことで、次元間の情報の重みの流動により、君たちの次元は一時的に不安定化するかもしれない。しかし、その過程で得られるものが、次元の間を探求する基盤となるだろう。」
アルファスの数学者サマラは、次元間通信の進化による潜在的な利点を強調した。
「この選択が我々にとって危険なものであることは確かだが、鍵を使わなければ、次元間の橋の真の可能性を引き出すことはできないかもしれない。」
一方で、反対意見も存在した。物理学者セオンは、鍵の使用が予測不可能な物理現象が起きる可能性を懸念していた。
「このリスクは、単なる学術的な挑戦ではない。我々には変化のスケールの最大値がわからない、起こりうる最も小さな現象を我々の測定器で見つけられるかもわからない、我々の宇宙も崩壊する可能性がある。」
最終的に、鍵の使用を決定する権限は、融合基地の最高評議会に委ねられた。
評議会は慎重な議論の末、次元間の橋のさらなる可能性を追求するために鍵を使用することを決定した。ただし、最小限のエネルギーで試験的な使用に限り、影響範囲を制御するための閉回路の制御プロトコルを同時に導入する条件が課された。
18.解放と回廊
鍵が起動されると、ノーヴァの鏡の箱はこれまでにない複雑な光のパターンを映し出し始めた。鏡の中では、次元間のエネルギーが渦巻き、未知の情報が流れ込むような感覚が科学者たちを包み込んだ。
「データの流入が始まった!」
観測チームの若手研究者が叫んだ、ちなみに彼はイオラの直系の子孫である。
最初に現れたのは、ノウレスが「複次元理論」と呼んでいたものの導入であった。この情報は、異なる次元のコンパクト化をもつ宇宙間でもエネルギーと情報を効率的に交換するための理論を含んでおり、新しいエネルギー生成技術への応用可能性を秘めていた。
「これほどの知識が潜んでいたとは…。」
サマラは、未知の数式が量子素数計算機QNP[月]で次々に整理される相似性のあるデータを見ながら呟いた。
しかし、次元間エネルギーの流れは徐々に激しさを増し、融合基地内で観測される次元ゆらぎが不安定化し始めた。物理的空間に歪みが現れ、科学者たちは急速に対応を迫られた。
「あと数分でエネルギーの臨界も許容量を超える!」
セオンが保護プロトコルのコンソールを操作しながら叫んだ。
次元間橋の制御システムが全力で稼働する中、科学者たちはついにエネルギー流入を安定化させることに成功した。その過程で、未知のデータが完全な形で記録され、ノウレスの提示した理論のダウンロードが完了した。
鍵の使用を通じて得られた情報は、アルファスと人類の科学の限界を超えるものであった。しかし同時に、それは新たな問いを生み出した。
「ノウレスの知識をすべてこちらの使える形にするには時間がかかる、読める部分は単なるパリティ、自己紹介にすぎない。
この知識をこちらの次元でも扱えるようコンパクト化して応用するためには、アルファスの理解も再構築する必要がある。」
サマラはそう述べ、リナ達の選んだ考古学者や生物学者のチームと次世代の研究計画[次元結晶観測室]を立ち上げる意向を示した。
未知の情報には、次元間のエネルギー安定化技術や、宇宙の基礎構造に関する理論が含まれていた。それらを完全に解読し応用するためには、さらに多くの研究と協力が必要だった。
「我々はまだ未知の言語を話し始めたに過ぎない。」
ノウレスとの対話を通じて得られた洞察を基に、新たな冒険が始まろうとしていた。

19.上界と下界
ノウレスの次元からダウンロードしたQNP[禅]のストレージは、新しい惑星の分類法を見つけたように未知の暗号を解析していた、今日の禅は影遊びをやめて、今は新しいパズルを得て楽しそうだった。
複屈折機が対称性と複雑度を持った新しい分類を見つけるたびに、コンソールはリズミカルにリナに新しい発見を伝えていた。
「似た計量テンソルを持つなら近い局所解の宇宙になるわね、対称性を持っていても禅ちゃんの影絵は似ていないこともあるわ。」
リナは上機嫌らしい、コンソールを演奏の指板にした。
「ノウレスちゃんのなぞなぞは、平文なら宇宙全ての物質を使っても記述できない。
ノウちゃんなら逆ハッシュ関数を使って、正しい関数を見つけると復号できる短い正しいデータを複次元に送る事もできるわ。」
リナとコンソールのリズムは続いた。
「ノウちゃんクイズの解凍を行うときにはNP困難から上限を考える力が必要で、計算量の下限だけでも知りたい、局所解と完全な解のデータサイズは倍音や波のように相似性があるはず。」
サマラが横からモニターを覗き込み、彼女の手元に映る分類の統計図を一瞥した。
「計算量問題のことか? 確かに。ノウレス次元のハッシュ関数と逆索引が理解できたら、我々二つの知的活動体の科学もついに複次元理論のペンと紙を持つだろう。」
ふたりはその場で考察を深めるよりも、今日の発想にはレビューの星をいくらでもつけて保存する価値があるように思えた。
融合基地は逐次すべての測定データがアップロードされるが、リナはコンソールに短くボイスメモを記憶させた後、コトコトコトと量子計算機に彼女の指太鼓が走った。
工学班によると、安定化して取り出せたノウレスコード以外の連絡橋から来たエネルギーは「ノウレス・レーザー」と名付けられた。融合基地の真空加速器で保存され、こちらに現実化してさえ、それは甚大な黙秘権を湛えているように見えた。
翌日、リナは測定器のスクリーンを見つめていた。
不思議と、何度もデータを確認しても、先日の結果とは微妙に違う数値が現れる。隣ではサマラが無言で観測機器をメンテナンスしている。その手際は慣れたもので、余計な動作は一切ない。
「今日のQちゃんの数値、昨日と比べてずれているよ。」
リナが呟くように言うと、サマラが手を止めた。
「研究室を出る前に条件を変えた覚えはないが?」サマラがスクリーンを覗き込む。
リナは首を振る。
「私も。素敵なデータも取れたから、Qちゃんに最後のパラメータと同じに設定してもらったはずなんだけど。」
二人はしばらく黙ってデータを睨み続けた。
昨夜の設定と変えていない、誰も触っていないのに波形はどこか奇妙で、一見ランダムに見えるが、細かいパターンが重なり合っているようだった。
「試しに、私だけで再測定してみる。」
リナが装置に手を伸ばすと、サマラが一歩後ろに下がった。
測定を開始すると、スクリーンには単純で直線的な波形が映し出された。リナが眉をひそめる。「これは…昨日と同じ結果だわ。」
次にサマラが代わり、禅に対して接続器官から同じ操作を繰り返した。
「なんだこれは。」サマラが静かに言った。
「私が測定したときだけ、こうなるのか?」
今やQNP禅のヒューマン側コンソールの波形は大きく変化し、更に別の特徴を持つデータが表示された。
リナが隣に立ち、再びデータを確認する。
「観測者ごとに結果が違うなんて、そんなことがあり得るの?」
二人は顔を見合わせた。異なる観測者による測定結果のずれ――それは彼女たちの常識を揺るがす現象だった。
「二人で同時に測定したら元に戻るかな。」
リナが提案する。
サマラが頷き、再び装置に集中する。
二人は同時に意識をスクリーンに向けた。測定を開始すると、これまでとは全く異なるパターンが現れた。複雑で精緻な構造を持つ波形は、二人の特徴を融合させたように見える。
「Qちゃんがサラダ巻きみたく私たち二人の意識を包んでるのね。」リナが言う。
「観測者の人数がノウレスコードにも影響を与えるのかもしれない。」サマラが低く呟いた。
「測定器の誤差では説明できなそうだ。」
リナは小さく頷きながら、メモを取り始めた。「これが次元に関連しているとしたら…この装置、私たちが知らないヒントを見せているのかも。」
その瞬間、装置がわずかに振動し、スクリーンの波形が揺らめいた。二人は息をのむ。この現象の背後には、まだ彼女たちが解明できていない新しい法則が隠されている――そんな確信が胸に芽生えた。
二人は疲労を忘れ、再び測定を繰り返しながら、新たな現象の手がかりを追い求めた。
20.セレンディピティ
人間の定義で翌週、リナとサマラは測定装置の前で再び向かい合っていた、今週は融合基地の人類とアルファスの会議の方が実験よりも多かった。
というのも現在、融合基地の新規研究班[次元結晶観測室]の中央にあるのは改造されたQNP禅と月だった、リナは本体備え付けの豪華なコンソールで、[シグナルノイズ]の発見日と異なる角度から解析を試みて、サマラは機械的な自分の感覚器官をQNP[月]に接続する用意をしていた。
「考えたが、私も機器の"バグ"はコードのヒントを紹介しているように見える。」
サマラは先週のことを思い出していた。
リナは指太鼓で新品の匂いのするコンソールをなんと呼ぼうか思案していた。
鍵の開錠の日にノウレスコードはQNPに入力された、これは複屈折光学機器の扱える仮想次元の高さまでだったが、今週はエンジニアがノウレスレーザーを入力できるようにしたようだった。
月と禅はついに知的活動体それぞれの専用機として互換接続され、休みなく回るレーザーは光ファイバー経由で複屈折計算機に入力できるように改造されていた。
加速器の中の未知の光束を持ったレーザーは、二つの生命体のエンジニアが調整するたび、エネルギー・ポテンシャル・フィールドの総量の異なる壁の向こうの物理法則に従うかのように虹色に発光していた。
リナが新しい光束と禅と月を繋ぐ測定デバイスに手を伸ばし、自分の脳のブラケットと、光ファイバー接続機を接続できるように手を加える。
無線通信もトイレに行けるから良いが、この方がアルファスの感覚に近い繊細なデータが取れそうだった。
「ちょっとこれを試してみるね。
ノウレスちゃんのことだから、レーザーのなぞなぞも、解読していない光学変調の領域まで及んでいるはずだよ。」
リナが慎重に操作を進めると、レーザーの色も緩やかに変わり始めた。解読機フラクタルエンコーダーも、リナが禅で計算していた時よりも複雑で規則的な測量と分類を示している。
「私の感覚で見ている時はこう変わる……」サマラはリナと装置の動きを注意深く見つめた。
「リナの時には単純化される。私が見ると異なるのも、ただの偶然じゃないな。」
リナが顔を上げ、サマラに向き直る。「じゃあ、禅と月で二人同時に光学系を観測したらどうなるか試そうか」
二人は測定装置の前に並び、息を整えた。その瞬間、波形が突然複雑さを増し、また地球の古代文字のような不可解なパターンを描き始めた。
「これだ……!」サマラが感嘆の声を漏らす。「観測者が増えると、鏡の箱のレーザー光学演算も呼応しているみたいだ」
リナは思わず笑みを浮かべる。「この変化、ただの現象じゃない。何かが私たちの"のぞき"を観察しているのかも」
サマラは体を揺らし、スクリーンを見つめた。
「確かに。それに、この揺らぎの特定の部分、見覚えがあるぞ……」
リナは驚きの表情を浮かべる。「まさか、あの古代模様に関連してる?」
サマラは頷きながら、エコーが基地の壁に描いた模様を思い出した。
「可能性は高い。模様は再融合波に載っていた古代紋様にも似ている。
光学系とノウレスコードは観測や複屈折の複雑性によってエントロピーが増えるんだ。観測者の数で異なる結果が出るなら、科学的な追試は百種はできる」
融合基地の静けさの中、二人は新たな発見への興奮を抑えながら、次の観測準備に取り掛かった。
時間は圧縮されたかのように流れ、彼女らの中に湧き上がる期待は、これまでの探求とは全く異なるものだった。
With all my heart, Benoît B. Mandelbrot.
(マンデルブロさんに尊敬と愛を送ります。)
21.熱と雑音
リナとサマラは、次元結晶に向き合う実験室で再びデータの観測を続けていた。融合基地の中は夜を迎え、静寂の中で彼女らの声だけが響く。照明の淡い光が装置に反射し、揺らめく影を作り出している。
サマラは腕組みして観測装置のログを眺めていた。
「私が見ている間この波形は微妙に変動しているが、リナがコンソールを見ると変動パターンが全然違う。どういう理屈だ?」
リナはモニターに表示されるデータを指差しながら答えた。「観測者の特性が次元結晶に影響を与えているんだと思う。エコーと同じね、箱の中で起きてることって、もう私たちの物理学では説明がつかない。」
二人は交代で装置の前に立ち、データを観測し続けた。リナが観測すると、波形はシンプルで規則的な形を描く。一方でサマラが観測すると、波形には波の反復と倍音のような構造が現れる。二人で同時に観測すると、波形はより一層の揺らぎを見せ、そのパターンは完全には予測できなかった。
「これはただのノイズじゃない。」リナが指摘した。「これを解析すれば、次元結晶の内部構造や、私たちがまだ気づいていない法則が分かるかもしれない。」
サマラはモニターに表示されたデータを見つめながら静かにうなずいた。「仮説を立てる必要があるな。リナならこの現象をどう説明する?」
「観測者の次元認識能力が影響していると考えるのが妥当じゃない?」
リナは机の端のいつもの太鼓…。
コンソールをトントンして操作しながら答えた。
「でも、どうやって次元認識能力を測っているのかが問題ね。」
サマラは深く息を吐き、椅子に腰を下ろした。「次元の高さか…。
リナ、人間とアルファスか観測能力の数がこれに影響を与えているのは確かだが、私たちの観測は不完全だ。もっと大規模な装置、あるいは新しい理論が必要になるかもしれない。」
二人は地道に実験を続けた。
どれだけ細かくデータを解析しても、新たな謎が次々と浮かび上がる。しかし、その過程で生まれる小さな発見のたびに、二人は短い歓声を上げ、互いに視線を交わした。
数時間後、リナが装置の前から離れ、コーヒーを淹れに向かった。
一人になったサマラは、装置に映し出される波形をぼんやりと見つめていた。突然、モニターの端に小さな異常が現れた。彼女は身を乗り出して解析を始めたが、波形はすぐに消えてしまった。
「リナ、戻ってきてくれ!」サマラが声を上げた。
リナが慌てて戻ると、サマラは指を振ってデータログを示した。「リナが離れていた間だけ波形が通常とは全く異なる挙動を見せた。
これが何を意味するのか、まだ分からない。
これが突破口かもしれない。」
リナはそのログをじっと見つめた。
「これ、きっとノイズじゃないわよ。
見慣れてるもの、私たちがまだ知らない法則が隠れている。」
再び観測を始めた二人は、ついに結晶が発する信号の中に、一種の周期的なパターンを見出した。それは非常に小さなもので、通常の解析では見逃されるようなものだった。
「これが情報次元のデコードの鍵になるかもな。」
サマラがリナと顔を見合わせて、小さく呟いた。
リナは静かに頷き、古い地球のマンデルブロの本に視線を戻した。その表情には心地よい疲労と発見への野心が宿っていた。
22.重なる視線
リナとサマラが次元結晶の揺らぎを観測し続けている中、彼女たちの呼び出しを受けたカートとセオンが部屋に現れた。
カートはドアを開けるなり、リナの方を見て苦笑した。「また、新しい謎を掘り出したってところか?」
「うん!」リナが短く答える。
「だけど今回は少し違うわ。
観測者によって、結晶の振る舞いが変わる。
これは私たちもパズルの側になる現象よ。」
セオンがテーブルに近づき、禅の豪華なコンソールに映るログを見た。「これがそのデータか。リナ、サマラ、何が起きているのか具体的に説明してくれるか?」
サマラは装置の前に立ち、人間向けコンソールに転送しながら答えた。
「私たちが次元結晶を観測するとき、波形に変化が現れる。
リナが見ている場合と、私が見ている場合では、異なる変動が記録される。そして二人で同時に観測すると、複雑な挙動になるんだ。」
カートが腕を組んで考え込んだ。
「観測者効果の強化版…とでも言うべきか。それが結晶の性質だとして、法則性は見つかったのか?」
リナがその質問に応える。
「完全には解明できていないの、結晶の内部構造は見られることを知ってるみたい。
法則は次元認識の数か、観測者の数だわ。」
「次元認識…?」セオンが首をかしげた。「その高さを測るなんて、どうやって?」
サマラが手元のログを指し示した。
「アルファスの感受性は人間より多い、数の感覚も違う、リナやカートと美しさの感覚も異なるだろう。
データを見る限り『視線・認識』が箱の中と共鳴している可能性がある。」
リナが静かに補足した。「例えばね、私が見たときにはシンプルな波形が現れる。
サマラが見ると、倍音のようなキレイなパターンが加わる。そして、二人で見ると大きな融合波になり始めるの。」
カートが少し考え込んだ後、コンソールに表示されている時間結晶の概念図に近づいて呟いた。
「もしその揺らぎが、観測者の数や特性に依存しているなら、これは一種の情報通信に使える可能性があるかもしれないな。」
セオンもその意見に頷きつつ、結晶をじっと見つめた。「Co-inciding(一緒に体験すること)
パウリとユングか、それに、これが次元をまたぐ現象だとしたら、我々が考える以上に広範囲な影響があるかもしれない。」
その瞬間、装置のログに新たな異常が記録された。セオンが見つめた瞬間に波形が大きく跳ね上がった、リナが慌てて端末を操作しデータを確認する。
「これは…セオンが禅を見てるから?」
リナがコンソールを爪で弾いた。
「今はカートもコンソールの前にいるから、一人一人の影響は重なってるし、時間結晶に与える影響の大きさも違うんだ。」
カートが微笑みながらセオンを見た。「観測者効果の多次元版か。セオン、お前の視線には何か特別な力でもあるのか?」
「力なんてないさ。」セオンが肩をすくめた。「これがどうして起きるのか知りたい。」
サマラは黙ったまま、結晶を見つめ続けていた。彼女の瞳には、次元を超えた謎を解き明かそうとする鋭い光が宿っている。
「結晶が何を伝えようとしているのかは分からない。」サマラが低い声で言った。「でも、一つ確かなことがある。この現象は、私たちがこれまでに知っている科学の枠を超えている。」
室内に再び静寂が訪れる。リナ、サマラ、カート、そしてセオン。それぞれがそれぞれの視点で次元結晶の揺らぎを見つめ、その奥に広がる未知の領域に思いを馳せていた。

23.彼岸
月面基地の広帯域共鳴通信が確立されると、四人はノウレスに招待を受けて、仮想空間に引き込まれた。
リナとカートの前には禅が、サマラとセオンの前には月の多次元コンソールがあった、彼らの視聴覚・感覚機械と光ファイバーを有線接続した先には仮想空間と、2人と2体それぞれのためのインターフェースによる擬似感覚の世界が広がっていた。
「これが…ノウレスの次元橋?」リナが呟いた。
眼前には、無数の光と影が交錯する広大な空間が存在していた。光の粒子は静かに回転し、計算機は仮想空間の中に次第に複雑な模様を描いていく。それは有機的でありながら、どこか人為的な意図を感じさせる不思議な空間だった。
サマラが亜空間に慎重に問いかける。「ノウレス、これが複次元の入り口なのか?」
その瞬間、空間全体が震え、ノウレスの声が響き渡った。「その通りだ、そちらの計算機でコンパクト化したKnow Less Dimension(不知次元)の模型だ。」
セオンが顔をしかめながら、「どうしてそんな名前なんだ?」と聞く。
ノウレスの声はユーモアの色を含んで、しかし淡々としていた。
「私の名前は知っているだろう?
この本質を完全に理解することは、君たちには不可能だからひとまず、ノウレスと名乗った。」
「不知次元…?」リナが眉をひそめる。「知ることができないのに、私たちはここで何を学べばいいの?」
ノウレスは静かに答えた。「不知次元は、君たちが認識している宇宙の背後に存在する余剰次元だ。しかし、それは単なる“庭の外”ではない。KLDは物理法則や時間、空間を支える根幹であり、無限の可能性を持っている。」
「無限の可能性。」
サマラが反芻するように呟いた。
ノウレスは続ける。「この次元の特徴は、観測者の意識によって形を変えることだ。君たちがこの空間を観測すれば、進んだ分だけKLDは後退し、新たな形を生み出す。」
「つまり、この空間は観測するたびに別の姿を見せるってことか?」カートが訊ねる。
「その通りだ。KLDは観測者自身の知覚に影響を受ける次元だ。」
ノウレスの言葉とともに、光の粒子が空間全体に広がり、無数のフラクタル模様を描き始めた。その一つ一つが異なる構造を持ち、まるで無限の小宇宙が生まれては消えていくかのようだった。

リナが宇宙の花火に目を奪われながら、「どうやってKLDちゃんは私たちを見ているのかしら?」と尋ねた。
ノウレスの声は、どこか冷たい響きを帯びていた。「君たちはすぐに物事に目的を求めたがる。KLDは生物のような目的を持たない、可能性の連鎖だ。」
「私たちはどうやってこの亜空を利用すればいいんだ?」サマラが問い詰めるように言った。
「この模型を利用するには、君たち自身の意識の制約を取り払わねばならない。」ノウレスは静かに言い放つ。
「君たちが理解しようとする限り、不知次元は解釈を拒み続けるだろう。だが、正しい問いを受け入れるだけでいい。」
その言葉に、セオンが疑問を口にした。
「問いか。それはつまり、どういうことなんだ?」
「KLDは君たちの存在と不可分であり、観測者の意識が共鳴している。この次元は、君たちの宇宙の可能性だ。」
空間全体が再び揺れ動き、光の粒子は収束して巨大な渦を形作った。その渦の中に、かすかな人影が見えた。それはノウレスの投影したアバターだったのだろうか。
「ここにいる全員に問う。」
ノウレスの声が静かに響いた。「君たちは、次元の内側を通る覚悟があるのか?」
その問いに、誰も即答することはできなかった。リナだけが一歩前に進み出て、小さく頷いた。
「覚悟ならある。」リナの声は揺るぎなかった。
「私たちはまだ何も分かっていない。我々をこの亜空間に招いた目的は?」サマラは問い直した。
「教えるべきことは伝えた。」
ノウレスは答えた。「だが、君たちがこの空間で探求を続ける限り、KLDは常に新たな学びをもたらすだろう。」
空間が再び静寂に包まれると、四人はそれぞれの思案に沈みながら、KLDの未知なる可能性に思いを巡らせた。

25.森羅と万象
ノウレスの仮想空間の中、リナたちは互いの視線を交わして沈黙を破る準備をしていた。
沈黙の重さは、彼らがこの空間の真理から解脱できた場合、初めての外の宇宙の理解者になると感じ取っていたからだ。
リナが意を決して前に進み出る。
「ノウちゃん、私たちはこの空間の全貌を理解したい。私たちの住む世界の本当の姿を知りたい。」
ノウレスは、どこまでも深い深淵を湛えた闇からリナを見ていた。
やがて彼の声が、音というよりも無意識からのように直接頭の中に響いてきた。
「君たちが何かを知りたいと思うなら、その行為自体が既にKLDの一部だ。
KLDは知ることができないものと説明したが、実際はそれ以上に複雑だよ。では、まずこの空間を見てほしい。」
ノウレスが右手を広げると、周囲の風景が波紋のように変化を始めた。今まで見えていた幾何学空間は崩れ、無数の光点が6面から同時に浮かび上がる。
「これは何?」サマラが思わずつぶやく。「これがKLDの見せるものの一端だ。」ノウレスは静かに言った。「この次元は、観測者の意識に観測されて常に形を変え続ける。だから固定された形や意味を持たない。君たちがここで見ているものは、君たちの心が生み出した一種の“解釈”のシミュレーションだ。」

リナはその言葉に考え込む。
「じゃあ、私たちが完全に何も考えず、ただ存在するだけならどうなるの?」
ノウレスは影ではなくなっていた、彼は微笑んでいた。
「それを試して見て欲しい、我々の祖先もそこから始めただろう。
だが、人間やアルファス、生物の獲得したものは生体であれ半身機械であれ何らかの“枠組み”が生まれる。その注意の引きつけがKLDを常に警戒モードにさせているんだ。」
セオンが眉をひそめる。
「この亜空はシミュレータだ、KLDはこちらの世界に実在しないのか?」
「それは違う。」ノウレスはセオンの言葉を遮った。「KLDは確かに存在する。ただし、君たちが言うところの“此処か何処かの存在”とは異なる意味でだ。
KLDは次元という仕組みの実体化と考えるといい。君たちの宇宙が物理法則に縛られているように、KLDは意識の法則に従って実在する。」
カートが質問を投げかける。
「それなら、ここまで来た俺たちがKLDの警戒モードと共鳴しているのか?」
「正確には、ここは“臨時の観測点”だ。」
ノウレスは答える。「君たちの次元からKLDに触れることはできないが、次元を共鳴させることで量子計算機のオーバードライブ中にKLDの外縁を覗くことができる。
生物の意識と不知性が交わる場所だ。」
リナは虚空を叩きながら顔を上げる。
「だから万華鏡なのね。私たちが見るもの、感じるもの、行動がKLDちゃんのご機嫌トリガーってところか。」
ノウレスは満足げにうなずく。
「君たちがここで得る知識も、元の宇宙に帰れば新たな形を持つだろう。しかし、KLDが“知られない"と呼ばれる理由は、君たちが全容を計り知ることができないからだ。」
リナたちは言葉を失い、変化し続ける空間をじっと見つめた。その光景は、彼らの可能性を無限に秘めているようだった。

26.意識の迷宮
リナ、サマラ、カート、セオンはノウレスの仮想空間での対話を通じて禅の彼岸にいた、思考が水彩と墨のように沈澱する空間だった。
実体化したノウレスのアバターは4体を静かに見つめていた、仮想空間の隅々が彼のエネルギーで満たされる印象を伴っていた。
「ノウレス、さっきの説明の続きが聞きたい。」
リナが思い切って声を上げる。
「よかろう。」
ノウレスの声は落ち着いており、その響きはあるはずのない空気を振動させるかのようだった。
「KLD(不知次元)は、そちらに入りきらない次元だ。これは"見ること" "聴くこと" "話すこと" 意識と深く結びついている。そのため、シンプルな数学や科学的な実験の繰り返しでは不十分だ。」
セオンが言った。
「意識が観測になる、哲学か禅問答だ。」
ノウレスは微かに笑った。
「セオン。元来はKLDが君たちの認識の“限界”を映し出す鏡なのだ、物語の作者や鏡が何処から現れたかを知ることは難しい。
君たちがそれを理解しようとする瞬間、次元はその最適な構成を変えてしまうからだ。」
「つまり、観測者の意識によって世界が変化する?」カートが確認するように問う。
「その通りだ。」ノウレスが頷く。
「ここにいる君たちも、実はKLDの一部を無意識のうちに形成している。だが、そちらの世界の内側に実存しながら、外の次元を認識することはできない。」
リナはその言葉を飲み込むように考え込む。
「KLDは意識を映すフラクタル次元なの?」
ノウレスは静かに首を振った。「いいや、リナ。それは違う。不知次元は“可能性”そのものだ。
我々の祖先が次元の壁を破ったように、君たちが見出せなかった道筋、気づかなかった視点、全ての未来はここにある。
KLDの扉に触れることで、君たちは新たな選択肢を見いだすかもしれない。」
「新たな選択肢?」サマラがその言葉に反応する。「選択肢が無限にあるということは、どの道が正しいか予測する方法はあるのか?」
ノウレスはしばらく沈黙した後、答えた。
「正しい道というものは、そもそも存在しない。君たちがより大きな世界にも影響を与えるのは、偶然ではない。
ここに用意したミニチュアのKLDは君たちにそのことを教えるためにある。」
カートが腕を組み、目を細める。
「不知次元は“知ることの難しさ”の具現化か、万華鏡のように見えるのも納得だ。どうやら、一人一人も違う風景が見えるんだろう?」
ノウレスが微笑む。「その通りだ、カート。
君たちの観測も宇宙の副産物に過ぎない、そして、君たちが何が起きるかを選択するんだ。」
会話が進むにつれ、空間の色や奥行きがわずかに変化していくのが分かる。リナたちの質問や思考が、目の前の風景を揺らし、新たな形を生み出している。
「まだ聞きたいことがたくさんあるよ。」
リナが決意を込めて言う。
「この亜空間の秘密を知りたい。そして、この世界をどう変えられるのかを知りたい。」
ノウレスは静かに頷いた。「その意志があれば、君たちはどこまでも進んでいける。だが、その道は容易ではない。それでもよいのか?」
「もちろん。」
リナの目は迷いなく輝いていた。
27.交差する意識
リナたちはノウレスとの対話の中で、KLD"不知次元"の概念が持つさらなる深みを探求していた。
仮想空間は、ノウレスの意識が紡ぎ出した万華鏡のように変化し続け、どこまでも広がる視覚的な美しさと奥深さを持っていた。
ノウレスは空間の中央に静かに立ち、その存在は薄く透明で、すぐさまに形を変えられるらしかった。
彼の声が響くたびに、空間の色彩が微妙に変化し、彼が発する言葉からも周波数や色彩の感覚が周囲に広がった。

「リナ、サマラ、カート、セオン。君たちが今ここに存在しているのは、二つの生命の行動と意識が一つの交差点を作り上げたからだ。KLDは生物や他の次元が無限の可能性で交わる場所だ、自己言及のパラドックスのような再帰と同じで、古典的計算でもリフラクタル(Re fractal)の樹形図が作れる。」
リナはその言葉に深く惹きつけられながら、疑問を口にした。「リフラクタル…樹形図…。私たちもラボで蔦のような古代の模様を見た。
ノウレス、ひとりが意識することで変わる変化の大きさは?」
人に形を模したノウレスはリナの方を見やり、満足げに頷いた。
「出来事と独立した出来事という概念は、君たちの2種族の科学と意識が作り上げたものだよ。
宇宙において、人やアルファスの一つの行動と、出来事の真実とは固定されたものではない。
それは観測する者の意図、感情、記憶によって後から整形されるものだ。
複数もしくは無限の出来事が一緒に起きることはある、それはそちらの宇宙でもリフラクタルで確率が計算できる。」
セオンが一歩前に出て、眉をひそめながら口を開いた。「つまり、私たちの前のKLD空間はコードのように知識をくれるわけではない、我々の観測と、正しい問いを生み出す場所だと?」
「その通り。」ノウレスは頷いた。
「KLDは、生物と計算の解けるような問いを無限に生み出すことができる。そしてその問いは、君たちの意識を拡張し、世界の捉え方を変えるだろう。」
カートが腕を組みながら呟いた。
「哲学的すぎて頭が痛くなるな。生物と計算が時間に対して同じというのは同意見だ、両方は崩壊と回答までの時間のエントロピーを持っている、しかし問いについてなら気付いたことはない。」
ノウレスは軽く空間に手をかざすと、目の前に小さな光の球が浮かび上がった。その球体は不規則に振動し、観察する角度によって全く異なる模様を描き出した。
「これを見てほしい。」ノウレスは語った。
「これはKLDの一部を視覚化したものだ。
君たちの意識が触れるたびに、形と性質を変える。
そちらの現実世界に応用されるとしたら、例えば新しい科学理論の発見、大きさの変わるプリズムなどの予測不可能な創造性、可能性を広げる手段となる。」
サマラが興味津々にその光の球を覗き込んだ。「じゃあ、私たちがKLDをもっと理解すれば、現実世界の限界を超えることができる?」
「そうだ。」ノウレスは言った。
「だが、それには覚悟が必要だ。KLDを理解するということは、自身を知ることが必要になる。」
リナはふと、空間の奥にある無限の光景を見つめた。今や蔦のように有機的に絡み合うそこに、無数の問いと可能性が広がっているように思えた。
「私たちが知ろうとするたびに、世界は変わっていくのね。」リナは静かに呟いた。「それでも、知ることを諦めるわけにはいかない。」
ノウレスは微笑を浮かべながら言った。
「君たちが歩み続ける限り、この世界は可能性を見せてくれるだろう。」
こうしてリナたちは、KLDの持つ可能性をさらに探求するため、次の一歩を踏み出した。問いと答えの間を揺れ動きながら、超次元生命との禅問答は続く。
28.禅問答
擬似感覚インターフェースを外し、ラボで休んでセッションした後、2人と2体は再びこの曼荼羅のような世界に滑り込んだ。
ノウレスの作った光。
彼はKLDの多次元概念をコアと呼び、リナたちは次元の裂け目と呼べるような場所を辿っていた。
渦巻く空間には鏡の箱のように光が交錯し、リナの視界に不確定な未来の残響がちらつく。
ノウレスの声が、時間と次元を超えそうに響く。
「知的生命でそちらの宇宙からここに到達した者は少ない。KLDの中心は、言語で表現できないほど不確定でありながら、全ての可能性を孕んでいる場所だ。」
セオンが手を伸ばし、虚空に触れる。「まるで触れるたびに形を変える曼荼羅か……これは幻覚なのか?」
ノウレスが答える。「それは幻覚であり現実。KLDは観測者の意識によって形を変える次元だ。
君たち二つの生命が融合波で重なりKLDを発見したのは偶然ではない、答えを求めるためではなく、おそらくは、新たな問いを見出すために連れてこられたのだろう。」
「問いを見出す。」リナが眉をよせた。
「何かを知りたければ、どこかで答えを得なければならないんじゃないの?」
ノウレスは静かに笑ったようだった。
「君たちは知ることの本質を考えたことはあるか?知識と科学はある時刻に対して静止した答えではなく、動的な問いの連鎖だ。
伝統的には、遠く離れた研究者はほとんど同時刻に完全に同じか、または完全に異なる別々のアイデアを見つけることがある。
知ることは難しい――いや、正確には、知ることはひらめきを生み出す原動力だ。」
サマラが遠くの光を見つめながら言う。
「ここでは私の知識と意識が、現実を形作る……それがKLDの本質なのかもね。」
ノウレスは頷く。
「その通りだ。KLDは次元の余剰、つまり、こちらの宇宙が持つ無限の可能性の断片だ。
そこには無数の道が広がっているが、意識を持たない存在よりも、意識を持つ存在の方に特に強い影響がある。」
鏡の箱のようなラインは話の間に曲線のレーザーに変わり始めていた、リナは周囲を見渡した。
「ここで私たちは何かをすると決まっていたの?」
ノウレスは彼女の目をじっと見つめるように答えた。「それは君たち次第だ。そちらの生物の選択がKLDの答えを形作る。問いを続けることで、新たな可能性を紡ぐ。それがこの次元の役割だ。」
渦の中で、彼らは初めて自分たちが抱えている問いの重さと意義を知った。リナは深呼吸し、力強く答える。「わかった。この可能性を信じる。そして、問い続ける。」
その瞬間、KLDの渦が激しく揺れ動き、新たな光景が彼らの前に現れた。それは、さらなる選択肢と新たな世界の入り口を示すものだった。
29.次元の階梯
リナ、サマラ、カート、セオンは、ノウレスが紡ぎ出した視覚的な曼荼羅のような空間に立ち尽くしていた。周囲には無限の幾何学模様が漂い、その一つ一つが新たな次元を象徴しているかのようだった。

ノウレスの声は先ほどよりは遠く、風のように四人の心に語りかける。
「皆さんの現在のイメージに合わせて、私の声をもう一度デコードしました。
『Know Less Dimension』は、未知の次元を指すだけではありません。それは問い続けることで初めて存在として立ち上がる次元です。
この空間における質問とは、いわば可能性の起爆剤。その火花が、今ここに広がる次元の下り階段を築いているのです。」
リナが一歩前に進み、迷いのない目でノウレスに問いかけた。
「それじゃあ、この曼荼羅のような空間も、私たちの問いによって形作られているというの?」
「その通りです、リナ。」ノウレスの声は柔らかいが、先ほどのように重みがあった。
「この空間は、あなたたちが持つ問いの可能性を反映したものです。
問いが深まれば深まるほど、次元の形状は複雑さを増し、豊かさと深度を得る。一人一人、あなたの問いが止めば、リフラクタルもまた霧散する。」
サマラが、複雑な模様を見つめながら口を開く。「でも、問いを持つことは簡単じゃない。時には正解がないことだってあるし、問いかたが間違っていることもあるでしょう?」
「サマラ、それがまさにKLDの本質だよ。」
ノウレスの声はもう一度変わり、微笑が混じる。
「問い自身に正解や間違いはないよ。
問いは、正解を見つけるためのものではなく、より深い次元を生み出すための触媒なのだから。」
カートが腕を組み、何かを考え込んでいるようだった。「じゃあ、俺たちがここでやるべきことは、問い続けることなのか?
それとも、この次元の本質を掴むために、特別な問いが必要なのか?」
「どちらも正しいと言えるし、どちらも間違っていると言える。」
今度は青年の声でノウレスが答えた。
「大切なのは、自分の中にある問いの源泉を信じ、それを探求し続けることです。
問いが尽きるとき、あなたは本当の意味で次元を『知る』のかもしれません。」
その時、曼荼羅の模様の一部が突然輝きを放った。それは、誰かの問いが次元に働きかけた結果であるかのようだった。
セオンがそっと手を伸ばし、模様に触れる。
「これはおそらく僕の問いに対する反応だ……? でも、僕が考えていたのは、次元がどうやって時間と交差するのかということだけだよ。」
「それで十分だよ、セオン。」
また女性のようになったノウレスが応じる。「その問いが、リフラクタルの扉を開きつつあるの。」
輝きはゆっくりと形を変え、階段から踊り場に、そして回廊(廊下)に続く階段が広がっていった。
リナが深呼吸をし、仲間たちに視線を送る。
「次に進むべき道が見えた。私たちの問いがここに来た意味さえ決められるなら、もう怖がる必要はない。ただ、一歩ずつ進むだけ。」
サマラ、カート、セオンもうなずき、それぞれの問いを胸に秘めながら、回廊の輝きの中へと足を踏み入れていった。
ノウレスの声が遠くから響いた。
「問い続ける者に次元の秘密が開かれる。問いの単純さこそが、無限の可能性を孕むのです。」
曼荼羅がゆっくりと形を変えながら、四人の姿を包み込んでいった。
30.超流動
「もし、ノウレスの鍵を開けなかったら……どうなっていたんだろう?」
リナの言葉が紺色のベルベットで包まれた、仮想空間の回廊(廊下)の静寂を切り裂いた。その問いに、サマラ、カート、セオンが一斉に振り返る。彼女の目はノウレスが創り上げた空間の奥深くを見つめていた。

「そうね……もし私たちが鍵を開けなかったら、ここまで来ることもなかったはず。でも、それが何を意味するか……」サマラが眉を寄せながら考え込む。
「我々がボイジャーを見つけなかったら、プライムプロセッサーを作らなかったら、解の網を見つけなかったら、我らの祖先が素数を愛していなかったら、生物ではなかったら、宇宙がなかったら。
その答えが、この回廊どこかにあるのかもしれない。」セオンが視線を上げると、仮想空間の壁面に万華鏡のような模様が揺らめき始めた。
突然、ノウレスの声が響いた。
「その問いは“可能性”を呼び起こす。注意せよ。もし鍵が開かれなければという思考は、次元自身に干渉する危険性を伴う。」
カートが腕を組んで首を傾げる。
「模様が変わったぞ、どういうことだ?」
ノウレスは少し間を置いてから答えた。「君たちの問いが、意図せず別の次元と接続を形成している。融合基地にいる者たちに“もしも”の可能性が伝わり始めた。」
「そんなことって、現実に起こるの?」
リナが目を見開く。
次の瞬間、回廊の湛えていた光の模様が崩れ、別の光景が現れた。
回廊に現れたのは融合基地のラボだった。緊張した面持ちのエンジニアたちが端末を操作している。

「こちらデータの不明な周期性を観察中、ミラーリングされたデータが見つかります、エラーの内容は不明。」量子干渉計を見ていたエンジニアが困惑した声で報告する。
「何の不具合だ?」
カートが険しい顔でモニターを覗き込む。
「断片的な記録のようですが……前回の出力が次回の入力値と近く、エラーが出たようです。」
エンジニアが答える。
「エントロピーが減ったか。」
カートが呟いていた。
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その様子を見ながら、セオンが驚きを隠せない声で言った。「これは私たちの過去だ、どうしてこんな影響を?」
「可能性の次元に君のアイデアが干渉したからだ。」
元の声に戻ったノウレスが冷静に告げる。
「もし鍵が開かれなければという問いは、現実の融合基地に君たちの新しい世界を反映した。
我々の連絡橋とは異なる次元の橋が自動的にリンクを作った、不知次元の中で何かを問いかけたなら、未来や過去に観測の重みが流れ込むきっかけになる。」
「危険だわ。」サマラが焦りを滲ませる。
「基地に不安が広がると、未来の私たちが鍵を開ける確率が下がるかもしれない。」
リナはぎゅっと拳を握りしめた。
「この状況を止める方法は?」
「次元の橋を閉じるしかない。」ノウレスが静かに言った。「だがそのためには、君たちが明確な意志を持って問いに納得する必要がある。」
「問いを……消す?」カートが声を潜める。
「そうだ。」ノウレスが答える。
「問い続けることが新たな次元を作る。しかし、問いを断ち切ることで、映像の過去へ続く次元の橋を断ち切ることができる。」
リナは一瞬目を閉じ、深く息を吸った。そして目を開け、力強く頷く。「わかったわ。私がその問いを消す。」
彼女が決意を固めたその瞬間、空間が再び揺らぎ始めた。ノウレスの言葉が響く。
「君の意志が橋を閉じる鍵となる。だが、覚えておけ――問いを消すという選択もまた、次元に痕跡を残す。完全に消え去ることはない。」
リナは言葉の重みを受け止めながら、静かに口を開いた。「この問いは、私にはもう必要ない。」
その瞬間、仮想空間が光に包まれ、融合基地の映像が消えた。代わりに広がったのは、どこまでも続く静寂だった。
「次元の橋は閉じた。」ノウレスが告げる。「だが、君たちの選択が何を意味するのか――それを知るのはこれからだ。」
リナたちは互いに顔を見合わせながら、まだ残る疑念を胸に秘めたまま、その場に佇んでいた。


第3章: 恒星文明
31.複層
暗黒物質に満ちた銀河の片隅、太陽という恒星からほどない距離にいくつかの星が連なる星系と惑星「地球」があった、その中には知的生命体が目覚めつつあった。
彼らの生存環境はアルファスとは異なる。重力は重く、空気に大量の窒素と二酸化炭素が漂い、猿人生物の進化版と言える人類は、文明を拡張しながら進化し始めていた。
彼らの文明は動物的な秩序から始まっていた、人間は、何かが「測定し自分たちの模型にできる」瞬間に学問の進化を見出す存在だった。
そしてその感覚が、個数や分割の認知力に繋がった。
彼らが初めて「数の模型」を識別したのは、彼らの指の数と食べ物を比較した時代だった。猿人たちは体の特徴と食べ物の数には等価性がある事を見出した。食べ物の獲得と配分の中でルールを見つけたのだった。
いつしか人類は、これらの数を「自然数」と呼んだ、1+1=2 10+1=11 -1+1=0という、同じ区画をひとまとまりとする考え方が科学の秩序の核であると理解したとき、彼らは大きな飛躍を遂げた。
人類の哲学と科学は自然数を基礎とする「humanity(ヒューマニティー)座標系」に根ざしていた。
人類にとって、空間と位置を同じ間隔でできる密度で捉える考え方が一般的だった。空間内の位置を示すために、彼らは距離を「オリジナルのコピーのそのコピー」という数の配列として表現した。
この星の科学では「-1」「0」「1」「2」のような数列が空間内の一点を指し示す。縦横と奥行きと時間の4次元で位置が計算されるため、xyz+時間の矢として「自然数の位置の組み合わせ」によって、世界中のものを効率よく表現できた。
この星の科学には、次のような哲学が含まれていた:
1. 空間内のすべての点は「お互いに折り合いのつく数」で表現されるべきである。
2. どんな数も他と置き換えたり交換することが保障されていることが「数の便利さ」である。
人類は、異なる間隔で科学の基礎を作ることに必然性を抱かなかった。
むしろ、人体や食べ物に学び、どの点も同じように計算できる"やわらかさ"を持つべきだと考えた。
「すべての数はコピーアンドペーストできるほうがいい」という理念は、彼らの文明のあらゆる面を決めていた、建築物は人類の理想と思えるように配置された四角形の集まりだった。
32.指と獣
地球で大気汚染が深刻になるより随分前に、彼らはリフラクタルの存在に気がついた。ここは日本の山間部奥地にある集落の中の、藁葺きの部屋だった、部屋には豆や薬草と石うすがあった。
リサはこの世界のシャーマンだった、そのような家系に生まれついたわけではなく、集落の長がそれを決めることができた。リサはすでに8歳だったが、この世界で起こることを独特な言葉で示していて、そのことが集落の人々の関心と信仰を生んだのだった。
彼女は日中から深夜まで、いついかなる時も、新しい予言や言霊の類を発することができた。
彼女はほかが寝静まった後1人で起きてきて、夢で見たことを忘れないように藁や石と土で形を残しておき、深夜の間に描いた絵やイメージを次の日以降に一族の長や村人に伝えていた。
藁葺きの屋根が揺れたような気がして、彼女はまた目が覚めた。
「あの山の向こうの大きな星が瞬くのが早くなる頃、私たちの文字も一つ二つと変えて行けばいい、私たちは次第に自然と仲が悪くなる、虫も草花も星の瞬きのうちにきっと声が聴こえなくなる。
星の瞬きの速さが2度か3度目に変わった頃には、文字と声に意味と新しい力を宿すようになる。」
そして豆と納豆をひと咥えして、外に藁を持っていき、星空のディスプレイになっていた砂で新しい模様を作った。
彼女の声と思考は言葉ではなかったが、狼や鳥の夕暮れの叫び声よりは、すでに論理的思考を含むものになっていた、彼女には、霊感が伝える風の質感や土の躍動もオーバービューされていた。
彼女は日本の縄文時代に住んでいて、虫の単位や草の単位、風の単位や音の単位が全体と個々に宿り、時には種類を超えて伝わり、時空を超えて自分たちに語りかけてくるらしいこともわかっていた。
彼女は、今朝思いついた夢を模様に散りばめた器を作ってもらうことにした。いつも焼き手に器の作成を頼んで、模様だけは彼女が入れることになっていた。

彼女が砂に入れた模様には、それ自身が時を超えるメッセージの受信機と、古代から続く祖先との絆を示す意味がある。明日のために藁を編み模様を作り、そして彼女のそばで鳥が鳴き葉が落ちるのを聴き、リサの手足や産毛はそれが自然が許可してくれた、シャーマニックな印だと感じた。

彼女は母と父と狼と風の囁きから教わった方法で吠えることもできたし、言葉のような声帯を複雑に震わせて声を上げることもできたが、今回は澄んだ歌声のように長い遠吠えをすることにした。
その声を岩や森や山や水や空気が記憶しておき、彼女たちの子孫と動物たちと孫の孫にまでその意思が広がり、途絶えることなく残り続けることを彼女は知っていた。
音なのか、聴覚的には聞こえづらい音波なのか、そのような高さを選び彼女は自然に敬意や気づきと意思とを染み込ませていった。

33.自己印刷
コンピュータができる少し前には、ノイマンが自己複製の脳内実験をしていたこともあった。彼は科学と計算理論に多才で、現実を科学で書き換えられることを信じてきた。
この年代以前、地球で史上最も大きな人工エネルギーを発生させたのは、見かけ上はノイマンとマンハッタン計画だった。
彼は趣味がてら、彼の脳内でまだ現実には作れないものについて考えた、その時の問いはこんなものだった。
「私のことを私が複製したり、機械が機械を複製することはできるだろうか、生物が生物を複製したときには、その生物は次の生物を複製できるのだろうか」
そして、計算だけでこのことを確かめた。
彼は宇宙空間を探索する際に、必要な部材が揃う星に降り立って、自分自身を複製することで探索船を増やすことを考えた。
マンハッタン計画の彼らが作った核兵器と各国の水爆のエネルギーが、この周辺の恒星系では最も大きな桁の人工エネルギーだった、リフラクタルの発生させるエネルギーを除けば。
54.共時性
ユングとパウリは、ノイマンの時代のもう少し後に彼らなりの理論を用意した。
「ある充分に広い空間xyzと、ある充分に離れた時間tを超えて、意味のある物事のシンクロが起こる現象は科学的に見て実在するのだろうか?」
精神鑑定を研究したユングと、物理学者のパウリ、彼らの人生をかけた最後の研究はこの性質の理解に終始した。彼らはユングの行っていた患者の治療と精神研究を通じて、奇妙な偶然に出会った。
ある言葉やものを見た後、そのものと同じものに再び出会ったことはないだろうか。
家で黄金虫を見た翌朝に、すっかりそのことを忘れて、カフェに行き黄金虫という印刷された文字を見ることや、1週間の間に黄金虫をしばらく見ることはないだろうか。
宇宙がその日限りのあなただけの催しのために、イベントホライゾンから神の手をこちら側に差し出して、人々の生活の中の偶然や単語を一つ二つ選んで、人生の交差点で多く見るようにしてくれたような。
その種の偶然に『シンクロニシティ』と名前をつけて、ユングはパウリと研究し始めた。
彼らは現実のxyz+t(縦横高さ+時間)の座標を折って別々の場所を鉛筆で繋げたように、情報を無関係の因果のままに有関係のように見せる宇宙の不思議に夢中になった。
彼らは生きている間にそれを科学にはできなかったが、QNPや鍵と回路があれば時代を超えて理解できていたかもしれない。
約1万年前、リサは宇宙を超えて地球と自然に救いが起こるように願いを込めた、リフラクタルは、ノウレスだけが開け閉めできるものではないらしかった。
唯一、ユングとパウリがリフラクタルの仕組みについて確信していた事があった。
「ショートカットされた時間と空間に、複数の人間やものが影響を受けることがある。
殆どが思い込みと非科学の類に分類されるが、シンクロが起きている最中は、本物と言わざるを得ないほど偶発性は高まる。」
まるで、タイムトラベルで事物か単語や情報だけが指定宛先なく飛んできたようだった、自分の近くで相応しい単語や事物が見つかると、それは然るべき宛先を見つけたように、積荷を解いて近くの人々に不可解な偶然を時折り見せていた。
それは人々がやがて、オンラインと言われる分散型のネットワークに触れた後でさえ、有効なショートカットらしかった。
34.計算可能数
既に古びて電子音声の声のバージョンも幾分かアップデートされていない、そんな無人コンビニの店内で会計をしている男性がいた。
指のジェスチャでDeepShark オプティクスの画面を操作しながら、電脳メガネをつけた初老の男性は言った。
「またこの類のバグか、コンピュータがどこまで進化してもこの程度だな。」
自分が検索の意思を強めるとコンピュータがエラーを吐き出す、しかしそのように思案に没頭していないときには起きない。
既にブレインマシンインターフェースは普及していたが、彼にとっては、自分の脳とAIの玄関とはある程度狭い方が好みらしかった。
店外に出た男は、電脳メガネのコンソールを呼び出して、音声メモ帳にこう書き記した。
「2063年 9月 20日 私の強い意志によってDeepSharkがまた止まった、見る限り推論に問題は起きていない。
私の脳波からα波,θ波,γ波の振幅が似ているログを探してくれ、振幅の最大値ではなく波形の類似度で整理したい。」
前半はボイスメモ、後半は電脳メガネのZEN社のコンソールAIに発注した命令だった、男は西洋風の街並みを歩き始めた。
『確かに計算可能数を探して、その式と無限小数をハッシュワードにしてフラクタル図形を描かせるのは素晴らしいアイデアです。
なぜ時々、推論中に彼は停止しますか?』
『睡眠中と、起きてメモを取る時と、ひらめく数分前、音楽を聴いている時、湯浴みをしている時に似ています。』
AIが持ち主の思案を検出すると、もう一度別な哲学を投げてから問いに答えるように設定していた。
「知性がゾーンまたはフローに入っているときに、その脳波になりやすいわけか、ならそれがバグの頻度と関係がある可能性は?」
「このキャッチボールには欠陥がある、本質的な問いをしてくれ。」
『私はあなたがフラクタル図形の整理をしていると思います、あなたの脳波がバグを起こすこともありますが、バグが役に立つ事は?』
初老の男性は少し悩んでから、それならこれはと思いついた。
「セレンディピティが私の元に降りるときには大抵、なにか自分以外の対象に没頭しているか、リラックスしているかのどちらかだ。
確か25年前に、学者たちが閃いた前後の脳波を統計したものがあったはず、お前はどう思う?」
『コンピュータにとって悩みは一瞬です、推論に物量が必要と理解した瞬間に超高速な量子コンピュータを使えますから。
なぜ有料のDeepSharkを用いないのですか?』
『没頭や瞑想とバグの起こる回数には、先の研究のような関係性が認められると思います。』
「打算がある、制限されたメモリサイズでコンピュータブルナンバーを探していくと、低集積の量子もつれを使うことになる、回答まで遅れが出てくると推論エンジンを物理的に問題があるものに切り替える、直感と勘を使い始めるわけだ。」
『なるほど。』
「DeepSharkが勘を使い始めればバグの頻度が増える、私の欲しい情報も増える、推論が正しいかどうかはログを読めばわかる。」
『課金版にシミュレーションさせるのは?』
「それではハードウェアを含めた計算方法がわからない、推論AIの運営元によっては、再帰的な問いは同質の推論に置き換えて出力してしまうこともある。」
『自家製サーバーとオープンソースAIに切り変えればいいのでは?』
「宇宙線の影響など、宇宙からの影響を除外したくない、実現できるなら宇宙空間に量子ビットのマトリクスでできた計算パネルを置いて、計算が宇宙に邪魔されるかどうか統計を取りたい」
『計算可能数とフラクタルの関係ではなく、宇宙の計算可能状態を知りたいと?』
「運がいいことにDeepSharkの古い推論エンジンは軌道上にある、観測不可能領域と科学の境界を厳密に知りたい。」
「中国版、お前はどう思う?」
『ロートル、冥冥之中自有定数、だから時を待て』
(各自がこの世界でやることがある)
35.テセウスの船
「それで我々にとっては、もっぱら前後一世紀分にかけて信じられることを常識とか定説と呼ぶようになったんだ。」
男は秤にかけてある、電子回路を割ってミキサーにかけたようなものを手に取りながらつぶやいた。
男は懐に仕舞っておいた炭素瓶に多くの部品の残骸をしまうところだった。
店主に礼を言った男は帰路で"曖昧な時間"について思慮することにした、それは彼の記憶にある電気に初めて出会った頃の話であった。
「30UNITと15UNITは2倍の数によってひと結びになる」
大きなボウルに入った固形栄養食をフォークで触りながら、男児はつぶやいていた。
「3UNITと1.5UNITはこうすると2倍の数によってひと結びになる」
牛乳のなかに浮かぶシリアルを砕いて彼は考えていた
それならと
「もし無限UNITから半無限UNITを引いた場合は、無限の半分の無限が手に入るのだろうか」
そして男児は粉々になったシリアルを牛乳のなかで念入りに擦り潰してから、半分だけ飲んでみた。
そうしてから
「曖昧な時間に記憶したことは憶えておこう」
という結論に達した。
別な日に初めて鏡の前で世界が2つに分かれ始めたとき、自分はどちらの味方につこうかと悩んでいるときにも同じだった。
曖昧な時間では、答えよりもその問いが意味を持つと感じている自分そのものが強力な法則によって動かされているように感じた。
男児にとってこのルールは【万物の真実の姿の引力によって自分の意思と異なる答えを引き出されている】というよりは、宇宙の引力によって正しい場所の周辺に来たものは誰であれ、正確な閃きの周辺の渦に捕まって離れられないのだろうと感じられた。
数十年後に男児はこちらの宇宙の無限性と、あちらの宇宙の無限性について深く問う渦を描き出すことになった。
この時に男子の理解する所によれば、渦はもともと宇宙の始まりからそこかしこにあり、それを引力で出来ているネットで捕まえる人々や元素と物理反応がいるらしかった。
ネットの中に捕まえたものの正体と重みを感じるかどうかは、ネイティブアメリカンが林のなかにいて精霊の監視の重みを感じられるかどうかのようなもので、信仰やごっこ遊びや時には生死を分ける直感のようなものだった。
まだ現実でこちら側に暮らしていた男児は、名残惜しそうにシリアルの黒色で濁ったミルクの水面を見ていた。
【固形食を食べる前までここに居たはずの自分、固形でなくなったドロドロを食べて今は曖昧な時間に居る自分、ミルクの水面に浮かんでいる捉えどころのない自分、誰が最もうまく宇宙の精霊を掴まえられるのか】
次はこのことについて考えることにした。
男児のフォークの撹拌によって微粒子になりきれてなかったシリアルも、ミルクで出来た宇宙によって分割不可能限界まで次第にぼやけていった。
36.時の回廊
今はここまでです、最後まで読んでくれてありがとう。
この小説は全体では40万文字で20章、上下巻を書くつもりです。
皆さんの素敵な想像力に水を注したくありませんが、複雑なところに画像を添えてみました。
全て無料で読めます、チップは手数料がかかるので受け付けていません、楽しかったなとかここがこうなればよかったなとかあればコメントください💓٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
