村上春樹『夏帆』“第二章 武蔵境のありくい”のアリクイ夫婦の正体とその真実
村上春樹の新作『夏帆』の「第二章 武蔵境のありくい」に登場する、アリクイ夫婦は何を象徴し、物語の中で、どんな位置付けになっているかを考察してみます。
武蔵境に潜む影。アリクイ夫婦の正体とその「真実」
暗がりの中でひっそりと佇むその二匹のアリクイは、ただの珍しい動物などではない。
村上春樹の長編小説『夏帆』と言う迷宮に於いて、彼ら「アリクイ夫婦」は不可解な事件への引き金(カタリスト)であり、主人公・夏帆の内面に潜む「失われた温かな絆」の象徴です。
アリクイの夫婦は、互いを思いやる理想的な家族や、主人公の守護者を象徴し、現実から幻想のパラレルワールドへ、主人公を導く、異界の案内人と言う物語の位置付けを持っています。
アリクイ夫婦が持つ象徴性とは
アリクイ夫婦が持つ象徴性とは、理想の家族・絆であり、ブラジルの森から逃れて来た彼らは、
夏帆が求める「お互いを優しく支え合う関係」の写し鏡であり、冷淡な現実に対する温かな絆の象徴です。
それは無意識の投影としての守護。
絵本作家である夏帆の想像力や、潜在意識が生み出したキャラクターでもあり、彼女を危険や悪意から守る、守護者の役割を果たしています。
『使いみちのない風景』の中のアリクイ
そこには、村上作品の初期フォト・エッセイ『使いみちのない風景』に描かれた、ただ抱き合って眠る「物語にならないアリクイの風景」が、
長年の時を経て、命を得て象徴化されたように見えるのです。
それは、村上春樹がドイツのフランクフルトの動物園で目撃した、ぴったりと抱き合って眠るアリクイ夫婦の姿でした。
そのアリクイたちは、巨大な一つのボールのようになって、ぴったりと抱き合い、一心不乱に眠っていました。
物語に於ける位置付けは、現実と幻想の境界へのトリガーであり、電車の車内や武蔵境の新居の床下に現れ、
夏帆にシロアリの密輸品受取と言う難題を頼むことで、日常を非日常へと反転させます。
そして、この理不尽なルッキズムや、母娘関係の葛藤に悩む夏帆が、アリクイとの奇妙な共同生活や、
スケッチを通じて自身の「物語」を紡ぎ、自らを癒やしていくための触媒となっています。
象徴:傷を抱えた「理想の家族像」
南米のジャングルで、凶暴なジャガーに愛する我が子を奪われ、はるばる東京の片隅へと身を潜めた悲しき逃亡者たち。
彼らが背負う惨劇と切ないほどの絆は、夏帆自身が心の奥底に抱える「実母との歪んだ関係」と密かに共鳴します。
夏帆を陰ながら密かに見守り、夫を健気に支える「ありくいの奥さん」は、
夏帆が冷淡な実母の中に探し求めてやまなかった「欠落した理想の母親像」の投影です。
無意識の防波堤のように、傷つきながらも身を寄せ合う彼らの姿は、途絶えてしまった家族の糸を、再び手繰り寄せるための「真実の目印」として機能しています。
物語における位置付け:迷宮への「密かな水先案内人」
彼らは平凡な日常の亀裂から唐突に姿を現し、夏帆の背中を「異界」へと押し出す探偵役の依頼人のようなガイドでもあります。
武蔵境と言う謎の舞台への移転は、ありくいの導きによって、夏帆は武蔵境の古い一軒家へと移り住み、やがて刃物専門店「とぎや」に潜む危険や、異形の脅威と対峙させられていきます。
武蔵境(東京都の武蔵野市)への引っ越しのきっかけは、JR山手線の車内でアリクイに強く勧められたことでした。
夏帆自身の描いた絵本(記憶の断片)から実体化した彼らは、夏帆の精神を蝕もうとする闇(=実母に取り憑いた「シロアリの女王」)との対決へ向けて、彼女をそっと守護・誘導する重要なピースのようです。
言葉巧みに夏帆を潜伏先(武蔵境)へと誘い、母娘の過去に隠された事件の真相を暴くトリガーとなり、それが、闇の中に佇むアリクイ夫婦の真の正体なのでしょうか。
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