アドラー心理学で解く悩み相談 / インフレで物価高に苦しむ解決策はあるのか
青年は悩んでいました。日本経済は長く低迷し、今まででデフレだった日本が、ここ数年でインフレとなりそれが加速し、物価が高騰しています。
全ての商品・サービスの価格が加速度的に高騰する中で、賃金はそれに見合った上昇をしておらず、
現在・将来の暮らしがどうなってしまうのか、青年は不安だったのです。
物価高に苦しむ国民生活
【青年】
(憤慨した様子で部屋に飛び込んでくる) 先生! 今日は心理学だの「生きる責任」だのと言った、抽象的な議論をしに来たわけではありません。
もっと現実的で、切実な話をさせてください。
この数年、私たちの国はどうなってしまったのでしょう。長く続いたデフレから一転、あらゆるものの値段が跳ね上がっています。
食料品も、電気代も、家賃も、すべてが高騰している。それなのに給料は追いつかない。
私は毎日の買い物で、10円、20円の価格に一喜一憂し、将来への不安で押しつぶされそうです。
この物価高、この経済的な苦しみも、すべて「自分の心の持ちよう」だとおっしゃるのですか!?
アドラー心理学で経済を解決出来るのか
【哲人】
(静かに茶を飲み、青年を見つめる) 実にお辛い状況ですね。日々の生活が脅かされるような感覚、将来への不透明感、それらがあなたを苦しめている。
その痛みは決して軽いものではありません。
しかし、あえてアドラー心理学の根本に立ち返ってお答えしましょう。
あなたが今、物価高によって感じているその「苦しみ」の本質もまた、経済そのものにあるのではありません。
「すべての悩みは、対人関係の悩みである」。この事実は揺らぎません。
【青年】
(呆れたように笑う) ははっ! ついに先生も焼きが回りましたね! 物価高ですよ? スーパーのレジで支払う金額が増えているんです。
これは数字の問題であり、経済のシステムの問題です。私の財布からお金が消えていくことに、一体どこの誰が関係していると言うのですか!?
【哲人】
では、お聞きします。もしもこの地球上に、あなた以外の人間が誰もいなかったとしたら、あなたはその「物価高」に苦しむでしょうか?
【青年】
誰もいない? そんな極端な仮定に意味はありません! もし誰もいなければ、そもそも通貨も市場も存在しないでしょう。
青年が抱える不安は「他者」の影
【哲人】
そうです。市場が存在しないということは、比較する「価格」も存在しない。
あなたが今、物価高に怒り、不安を感じているのは、単に「パンの値段が上がったから」ではありません。そこには必ず「他者」の影があります。
例えば、「自分と同じような職種の他人は、もっと稼いでいて余裕があるのではないか」という劣等感。
「国や企業(という他者)は、なぜ私を十分に保護してくれないのか」という憤りや依存心。
あるいは、「将来、周りの人並みの生活ができなくなったらどうしよう」という世間体への恐怖。
あなたが苦しんでいるのは、物価そのものではなく、物価高という現象を通して浮き彫りになった「他者との関係性」であり、「社会における自分の立ち位置への不安」なのです。
【青年】
(言葉に詰まるが、すぐに反論する) ……だとしても! 実際に生活が苦しいのは事実です! 劣等感だの世間体だのといった贅沢な悩みではなく、生存の危機なんです!
「主観的な世界」の住人
【哲人】
本当に生存の危機でしょうか? それとも「今まで通りの、人並みの生活(とあなたが定義するもの)」が維持できないことへの危機感でしょうか。
アドラーはこう言います。私たちは客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけを施した「主観的な世界」に住んでいるのだと。
物価高という「動かせない事実」を前にして、あなたがそれを「私は不当に搾取されている」「周りに置いていかれる」という対人関係の文脈で意味づけする限り、苦しみは終わりません。
あなたは物価高を理由にして、「他者への不信」や「人生のタスクからの逃避」を正当化していませんか?
「物価が高いから、私は幸せになれないのだ」と、経済を言い訳(人生の嘘)にしているのではないですか?
【青年】
言い訳ですって!? 私は真剣に生きているからこそ、この社会の不条理に怒っているんです!
物価高は「他者の課題」
【哲人】
あなたの怒りは理解できます。しかし、厳しいようですが、「物価」を変えることはあなたにはできません。それは「他者の課題」、あるいは社会の課題です。
あなたがコントロールできるのは、「この状況下で、自分はどう生きるか」という「自分の課題」だけです。
物価高を他者や社会を呪う材料にするのをやめ、他者と自分を比較して焦るのをやめる。ただ「今、ここ」の自分の生活をどう豊かにアレンジしていくか。そこに集中することです。
すべての悩みが対人関係から来るものであるならば、その解決策もまた、他者との比較を手放し、自らの足で立つ「自立」の中にあるのですよ。
現実を受け入れる勇気の問題
【青年】
(拳を握りしめ、哲人を睨みつける) 他者との比較を手放せ、ですか……。
言うのは簡単ですが、この厳しい現実の中で、それがどれほど残酷な要求か、先生は分かっておられない!
【哲人】
ええ、簡単ではありません。だからこそ、それを受け入れるには「勇気」が必要なのです。他者にどう思われようと、社会がどうあろうと、自分自身の人生を生きると言う事なんですよ。
《 ※今回はちょっとこじつけでしたかねぇ!》これでは青年を論破出来ません。私の論理に破綻がありました。
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