船じゃなく舟だ【みんぱく特別展】
はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
岡埜 由木古です。
民族学が三度の飯より大好きなんだってば。
(文字数:約2000文字)
『舟と人類
ー アジア・オセアニアの海の暮らし』
国立民族学博物館(大阪府吹田市・水曜日定休)にて
12月9日まで
「俺の海よ」とか言っちゃう御方は
実は海育ちでもないのだが海が好きだ、
……と断言したいところだが、愛着があって逃れ難い、といったところが正確だと思う。
元来は山間の農村出身なのだが、五、六歳の二年間だけを海のそばで暮らし、その間だけは両親も近隣の方々と仲良く、そこそこ幸せだった。
舟なんてそれはもう大好きだ。
魚釣りはそれほどでもないが漁なんか血湧き肉踊る。網や筌からあふれ出る魚を掴み取って、出刃包丁でかっさばき干物を拵え上げる、おばあちゃんたちのシワだらけの手際の美しい事ときたら、
「生臭い」「汚い」「気持ち悪い」といった、まれに来る観光客の戯言などは、耳に入れるに値しない。
ああ。もちろん手は血に塗れ鱗は張り付き、潮風が全ての金属を腐らせるが、この地ではそれらを自然として生活、してきたというんだ。
第一次産業とその従事者に対して我々は、日々額付くほどの敬意を示さなければバチが当たると思うぞ?
「俺の海よ」と歌った御方に罪は無いとしても、海を身近に暮らしていれば痛感する。
神と同じか、神そのものだ。人ごときの所有物であるはずがない。
舟の多様性
初っ端から暑っ苦しく語ってしまったが、もうイカダの時点で大好きなんです。土地によって竹製だったりマングローブ製だったり、ココヤシの繊維で作り上げるロープだったり、そこで取れる使いやすい素材で作る、という唯一にして然るべき工夫が最高。
だからチベットでは牛皮でも、北極圏ではアザラシ皮でも舟作っちゃう。
アザラシの皮の舟でアザラシ漁ってそれアザラシ達にとっては恐怖。でも好き。日々の糧にして生きてる人たちにとっては「可愛い」だの「かわいそう」だの言ってらんないのよ。自分たちに置き換えれば分かるでしょう? って言いたいところだが、今時の一般人はみんなリアルな飢えやタンパク質の欠乏を知らんわな。
タンパク質無かったら筋肉作れん以前に体温保てんで死ぬんやで。日々の生活は常に生き死にと直結しとるんやで。
スゲェって思ったのが「三万年前の人類が、どうやって大陸から黒潮を乗り越えて沖縄に移住したのか(生活していた事は残されている遺跡で確認済み)」プロジェクトがあって、
台湾から沖縄県の端の与那国島まで、三万年前の技術で作れる舟で渡ってみようって、
イカダは黒潮に流されてアウト。葦舟も同様にアウト。丸木舟はバランスが取れて漕げるようになるまでが難しいけど、技術を習得したら最も速く、黒潮も越える事が出来た。
よって三万年前の人類は丸木舟を使って渡った可能性が高い、って実際にやってみて検証し終えた。
ただ知識から導き出すだけじゃなく、実際にやってみるのが尊い。
もうそれでいいんじゃないかって
あともうエピソードを聞くだけで大好きなのが、マレーシア辺りで暮らすバジャウ民と家船(レパ)。
一年のうちのほとんどを一家全員が船の中で暮らす(陸にも高床式の水上家屋は存在する)。漁をして干物を作りながら、良い魚が獲れたら港に行って干物と一緒に売りながらだ。寝る時も船の中。もちろん港で錨を下ろして停泊している。
場所は変わってオセアニアなんだが、地質が異なる島同士の交易品の中で私は、貝貨と樹皮布(タパ)が大好き。
貝貨は現在でも貨幣として流通しているところがすごい。ビーズ状にして繋げれば、お店に行って長さに応じての買い物が出来る。
樹皮布が好きなのはもう理屈じゃない。きっと(厳密な種類は異なるが)同じ楮を使っての紙漉きとリンクしている。紙を作らない代わりに、布を作るわけだ。文字は存在していないか、重視されていない。
染料も筆も土地の木材から取得して、島ごとに部族ごとに異なる模様を描く。絵柄と儀式における口承音楽が、先祖から伝わっている全てだ。
そうした旋律や象徴を、文字に置き換えて書き取るなど、彼らにとっては無粋の極みに違いない。
(そこをあえて私は言葉に置き換えたくてたまらないんだが。)
文明人(と自分達を認識している人々。当然我が国の私も含む)の眼差しと価値観さえ無ければ、ヒトなんてこういった暮らしぶりで一生を過ごしたとしても、そこそこ幸せでそれで全く問題無かったはずなんだが。
(じゃあお前やってみろよ、といった御批判には、お応えしないが自分の内でしばし黙考する。)
以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。
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