「Hello, World」
なるひと言に、
異様に盛り上がっている男性陣を、
横目に眺めながら通り過ぎていた大学時代であった。
「この波に乗らない者は愚かだ」と、
インターネットに限らず流行の波に乗れている方々は、
ついそう思い口にしてしまうのが世の常ではあるが、
波に乗れている時点で相当な幸運の最中にいる事を、
自覚しておいてもらいたい。
とは言え私自身波に乗れずとも幸運ではあった。
父親がほぼ無職、
かつ歩いて通える範囲の国立大に入れたので、
無利子の奨学金を受ける事が出来たし、
ネットを利用する事無く大学生活を送れた。
タッチタイピングは大学時代に身に付けたけれども、
それも小説執筆に役立つと考えたからだ。
人柄に文章はもちろんだが、
本棚に惚れ込んだ助教授に師事した。
医者の免許持ってるくせに社会学者で絵を描くのが趣味、
って存在そのものが面白過ぎるだろ貴方。
「就職どうしようか悩んでるんですけどー」
「ああ僕に訊かない方が良いですー。
僕ここが人生初めての就職先ですー」
「いや今心療内科通って薬飲んでるんですよー」
「何を飲んでますか?」
「○○と△△を1錠ずつ」
「ああそれなら大丈夫ですー。
僕その5倍は飲んでますー」
何の根拠にもならないが私は大丈夫そうだと思えた。
エントリーシートを書く事無く就職できた。
後から振り返れば就職氷河期初年度だったのだが。
合同説明会で担当者が暇そうにしているけれども、
製品や仕事内容には興味を持てたブースに近寄って、
雑談しているうちに適性検査試験の日時を教えられ、
試験にも面接にも通った流れで、
何の知識も無いままプログラマーになった。
「Hello, World」にそれはもう、
大興奮していた方々に囲まれて、
彼らには常識レベルの事柄すら一切知らぬまま、
それはもう法にも訴え切れるレベルでしごかれたけれども、
世の中は厳しいものであり、
私は現実に何も出来ない者であるから、
雇って頂いた時点で有り難いと、
思い込んでいたので働き続けていた。
奨学金は返さなければならないし。
3年目を過ぎた辺りから、
私の才能が開花する。
容易には信じて頂けない事だが、
私はコードを眺めた時点で、
そこを通るだろうデータの良し悪しを、
感覚的に把握できた。
「ああそのくらい僕も分かるよ。
効率の良いコードって美しいよね」
と思われた方もいるかもしれないが、
積年のOEMを経たコードはおしなべてスパゲッティーだ。
あまり一般には知られていない気がするが、
コードすなわちメモリーにもデータゴミは溜まる。
定期的な掃除と部品磨きが欠かせないのだが、
今は何せメモリーが大容量なので当時ほど気にされていない。
幼い頃から親の本を、
言葉も知らないまま眺め続けていたその成果でもあるだろう。
偉い先生の文章だろうとしょうもない話はしょうもないし、
学が無いと自ら語る者の聞き書きだろうと面白い話は面白い。
内容に文章の巧拙は関係無く私は、
情報の質が感じ取れる。
良質な情報には接した時点で、
脳が喜ぶ感覚がある。
その感度を持ってコードを眺めれば、
出るわ出るわ。
脳から注意喚起に危険信号が。
どうもデータが滞ってそうな辺りのコードを試験すると、
ほぼ確実にバグ出現。
原因は分からないし自分では直せないのだが、
担当者は分かるので報告できる。
もちろん怒られる。
「自分は完璧に作った」と主張される。
完璧などヒトには存在しないのだ残念ながら。
発生条件に証拠なら揃っているので、
皆黙り混み身近な者ほど畏れ敬ってくれたが。
当時のベテランSEが書いたコードたるや、
芸術品と呼べるほどに美しかった。
長く使い続けてもいついつまでも、
中を通るデータには淀みが生じないと察せられる。
基幹技術であり誰にでも出来ると考えられ、
より実装しやすいシステムが上層に構築されて以降は、
どんなコードも味気が無くなり、
ちょうどリーマンが来て、
結婚の計画も立てていたし退職した。
奨学金は無事完済し、
「早期完済報償金」までもらえた。
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