アガサ・クリスティー『親指のうずき』
はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
岡埜 由木古です。
全ては時のせいなのだ!
2026年2月27日
丙午睦月十一日
(文字数:約2000文字)
『クリスティー文庫 49
親指のうずき』
アガサ・クリスティー
初出 1968年
早川書房 2015年 5刷
ネタバレしない程度にあらすじ
女性用の老人ホームで亡くなった、エイダ叔母さんから、遺品の一つとして油絵を譲り受けたタペンスは、描き込まれた運河のそばに建つ美しい家に見覚えがある事に気付く。
となるとその家を尋ね当てずにいられないタペンスは、国際会議に出席するため夫のトミーが数日留守にする間、手がかりを集め目星をつけた田舎町へと旅に出るのだが、
トミーが家に帰って来ると、タペンスは戻っておらず、そのまま行方知れずになってしまう。
間が跳んでいる事へのおことわり
トミー&タペンスシリーズの、長編は4作品書かれていて(短編集も1冊あるそうだが近所の図書館には置いていなかった)、
第2作の『NかMか?』の方が、傑作との呼び声が高いようだし、確かに面白かったんだけども、
如何せん第二次世界大戦中に書かれてあるためか、あまりにもイギリス人一般人から見た世界情勢過ぎて(トミーとタペンスは一般人として振る舞っている状態だが)、
私としては令和の現代にまで記事にしてお勧めしたい内容ではなかった。
小説は現実とは異なる事を弁えた上で、一般人の反応にも資料的な価値がある、と考え切れる方であればお勧めします。
その他にもトミーとタペンスの年齢は、執筆時のアガサ・クリスティーと同い年辺りに設定されているので、
実体験ではないにしても、アガサ・クリスティー本人が、執筆当時に関心を抱いていた事柄や、疑問や不安を感じていた事柄、若い頃は丸暗記していた情報が出てこない、といった年齢を重ねるにつれての実感が散りばめられている。
トミー&タペンスシリーズは、売ろうと思って書いた話ではなく、書きたくて書いた話だと、まずは心得てから読んでもらいたい。
エイダ叔母さんの指輪
2作目から3作目の間が、出版年でもトミーとタペンスの年齢も、約20年経っているので、2作目の内容もかいつまんで説明してくれている。
そして3作目は面白い上に、良い話だ。
と言っても、中学時代の第一次アガサ・クリスティーどハマり期の私が、この作品を読んでいたなら、面白いはともかくどこが良い話なのか、さっぱり見当もつかなかったことだろう。
老人ホーム、という施設が世に現れ知られ出したばかりで、老婦人たちがまだ社会から、「要介護者」としてひと括りに見られていない。それぞれの個性を持つ一人格として、ホームに入る以前に受けていた敬意の名残が感じられる。エイダ叔母さんの遺品の指輪からも「Regard」の文字が読み取れるように。
とは言え個性を失っていく過渡期にあると見えて、老婦人たちの話は妄想癖、などとして片付けられ、とても細部までをまともには聞かれなくなっている。聞かれなかった物語は怪談へと変わり、聞かれなかった心持ちは恨みとして遺されていくのだが、
事件のきっかけはおそらく、タペンスが興味を持って聞こうとしたからだろう。
エイダ叔母さんの印象が、亡くなってから変化していくのも面白い。彼女に恋をしていた男性のエピソードや、ホームの人たちからそれこそ敬意を持たれて頼られていた様子、遺品の中に忍ばせていた手がかり等が積み重なって、存在感を増していく。
タペンスと仲良くしていれば良かったのに。
とは言えそう簡単にはいかないよな。個性激強同士だから。序盤の衝突を乗り越えれば仲良くなれたと思うけどね。
もはや妬みなどない
トミーとタペンスは、若い頃こそ仕事を得られず金に困っていたが、生まれ育ちを問えばそこそこのセレブだ。
老境に入っても召使い付きで暮らし、朝目覚める頃にはベッドにまでお茶を持って来てもらえる。
そもそも老人ホーム自体、現在で言うハイクラスしか存在していないからな。入居者本人か親族によほどの金銭的余裕が無ければ入居できない。その費用はトミーが、一族の資産の運用益から負担しているわけで。
実は第1作目から思っていたんだが、事件に巻き込まれるにしても犯罪者たちがお上品ですこと。私が生まれ育った社会階層であれば、とてもそんなもんでは済まないぞぉ。もっと容赦無くえげつない目に遭わされるぞぉ。
ですけれどこのお二人はもう、それでよろしいです。何より安心します。四十代も後半になりますと、それでこそ心穏やかに読み進め切れるというもの。ミステリの裏側に横たわる哀しみも汲み取れるというもの。
せいぜい60年前の話だと言うのに、まるで異世界の趣きでございます。
不惑を超えてのアガサ・クリスティー再読、いかがですか?
以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。
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