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仏の座とカラスノエンドウ

 はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
 岡埜おかの 由木古ゆきこです。

 心が綺麗なボクは、綺麗なものが好き(@TOMOVSKY『星ラップ』)

2026年4月4日
丙午如月十七日
(文字数:約1000文字)


 我々お掃除おばちゃんは花を愛でる。

 サンバイザーにマスクに、バラクラバ(頭から首に掛けてを覆う薄い布)と腕カバーと長靴で、完全武装しながらも、アパート併設のささやかな緑地に咲いてくれる花々に、「咲いたねぇ」「綺麗やねぇ」と微笑みながら水をやっている。
 掃除でささくれそうな心がなごむからなっ♪

 したがって咲いたそばからスイセンの花を千切り取って行く御仁などは、どれほど我々の心を怒り悲しませていることか。
 花を愛でる心があるならばなぜ? しかもなぜハサミすら使わずに千切り取るのか。千切られた茎が潰れてそこから傷むでしょうがぁ!(泣)

 あとセイヨウタンポポに限っては我々は、花が咲いていたとしても切り取らなければならない。
 かわいそう、とは思い切れないんだ。コンクリートを割って根を張り伸び尽くしたヤツらは、植物とは思えないほどの生命力を放っていて怖い。
 きっと10倍速で見たら動物だろう。

 その点仏の座にカラスノエンドウといった、小さいながらも鮮やかな紫色で可愛らしい、野の草花は気が楽だ。誰も折り取っては行かないし他の植物も押し除けない。
 カラスノエンドウ、って「カラスのエンドウ」じゃないんだぜ。烏野豌豆なんだぜ。点字では「カラス ノエンドウ」と書き表すんだぜ。調べて知ってビックリだぜ。

 仏の座を名付けて定着させた人物の命名センスに私は脱帽する。美しい。葉の形が仏様の台座みたい、と思ったその心が美しい。小さきものを存分に愛でていないとそんな発想は生まれない。

 話題がちょっと逸れますが、私は3月から5月にかけての、各種様々な花が順次咲いていく一連の流れがとにかく好きです。
 福寿草から始まって、梅、桃、木蓮ときて、仏の座が今この記事を書いている3月末頃からだ。桜が満開になって散ったとて、嘆くには及ばぬ。藤にツツジに花水木が追いかける。その辺の道端ではないけど牡丹も咲くね。

 桜ももちろん良いんだが桜ばかりを愛でるなと言いたい。


以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。

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