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孤独のノベリスト(前回からの続き)

 ところで前回に引き続いてのこのタイトルは、
 ボンジョビの『孤独のラナウェイ』から取ったんだが、
 という一文を目にして、

 ♪うぅ~~~~ しぃざりるらなうぇいっ

 が即座に頭に浮かぶ方が、
 はたしてどれだけいるだろうか疑問だが、
 それはともかく、


 私の作品(主に小説)には商品価値が乏しい。
 (データ販売を画策している以上、
  すなわち誰かに金銭を支払わせる可能性がある以上は、
  プロを名乗るべきであり、
  価値が皆無であるとまでは言い切るまいと思っているが)

 しかしながらあえて問いたい。
 創作とはそもそもそうしたものではなかっただろうか。

 商品として高品質に整えられたもののみを、
 仕事として取り扱うべき分野だっただろうか。

 むしろ文章の商品化に関しては、
 皆が類似の知識を手に入れ感覚を共有し、
 思考をその筋道に至るまで画一化させ、
 集団としての統一された見解を築き上げるための、
 所詮はツールになり下がってはしまわないか。

 私には、
 私の小説は私しか書こうとしないという自負がある。

 なぜなら誰も気に留めず、
 考えようとせず、
 考えたところで解答も展望も望めない領域にばかり、
 関心を抱いているから。

 なおも主張を続けたいのだが、
 今や心の底から欲しい商品など存在しないのだ。

 心の底から欲しい商品、それはすなわち、
 生存に直結する水だ医療だ衣食住だ。
 それ以上のものはとっくの昔から、
 「商品」として飽和状態。
 供給過多に陥っている。

 その上に一体何を開発している?


 端的な事実を述べるが、
 私がよく訪ねる奈良に和歌山の山中では、
 今現在も電波が届かないものの、
 そこにも民家は存在している。

 山頂の観光地にこそWi-Fiスポットがあるが、
 その民家で機能するのは電話線と無線だ。

 もう一つ、考えてみて欲しい。
 メタバースを目の見えない方に如何に説明すれば良い?
 VR技術を駆使したサービスをニュース等で耳にする、
 その心持ちを想像してみた事はあるか?

 私は誰しもに商品を届けろと言いたいわけではない。

 少数派を切り捨て選択肢を奪っているだけの現状を、
 「時代の流れ」や「常識」や、
 「求められる人材となるために市場価値を高めよう」
 などといった、
 安易な言葉でごまかすな。
 またごまかされるなと言っている。

 鼻で笑って下さっても結構。
 しかし私がこうして書き記したものを目にする以前は、
 鼻で笑うほどすらも気に留めていなかっただろう。

 そうした事柄を書き散らす事もまた私の仕事だ。
 ちょっと今日は時給内職に勤しんでいるが。

 

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