檄を飛ばす
はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
偏光です。
そしてこの記事は、

です。
回収期間じゃないけどね。
2025年7月17日
(文字数:約1000文字)
激、ではないんだ。
檄、なんだ。
サンズイではなく、キヘンなんだ。
つまり元来は文章であったところに思いを馳せてほしい。
対面で、かつ、口頭で、熱を込めて語りかけるような性質のものではない。
長く小説を書いてきたが要するに、何も小説という形式に限らずとも、
私は檄を飛ばしたい。
元来の檄は戦いに臨むための兵士を鼓舞し召集する文書を指すが、令和の現在においては、文字通りの戦いに臨ませるはずがない。
ガンジーが指針としていたヒンドゥー聖典、『バカヴァット・ギーター』が示すような、個々人の内面における、善と悪との闘いだ。
集団にならなくてもいい。
武器を持たなくてもいい。
立ち上がるタイミングは各人に任せる。
と言うより当然ながら各人次第だ。
目を通した方々それぞれの状況に応じて、
意識の片端に引っかかったり、骨身や脊髄に染み込んだり、腹の奥底から湧き上がるなどして、
立ち上がるために、片足だけでも、半歩分でも、物理的に不可能ならば補助具等の向きを変え、踏み出せる力になればいい。
そしてそのためには私自身が、萎縮していては成るまい。
誰が何と言おうとも、誰の目にどう映ろうとも、堂々として在る事は美徳だ。それは日々接した方々の安心に繋がる。
仕合わせだと言い切れ。
事実としてこの世は、人類などに何ら関わり無く、美しいだろう。
要するに何が言いたいかといえば、前々からnoteではそうしようと心掛けてはいたが、今後はより一層、
好きな事しか書かないよ。私は。
(・艸・)好みが極めてニッチだけども
自分にとっての面白ポイントしか掘り下げないよ。
“(>艸<)くすくす
読んでくれる方に、役立つようにとか、分かりやすくとかも、どうだっていいのよ。
私の文章は、
目を通してくれた方々にとっての、
ちょうどいい時に、
ちょうどいい所で、
ちょうどいい事をする。
その機会をお楽しみに。
(^∀^)ノ
以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。
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