【noteでBL】桃源郷は夢の中
こちらの企画に参加します↓
お題:「桃色片想い」「旅」「今、そこにある危機」
ジャンル:人間ドラマ
文字数:約4400文字
あらすじ:
大学生の天野 拓海は、池島 真一郎と旅に出る。行き先は九州で、真一郎の帰省に同行する形だ。
新幹線の車内で本を読む真一郎に、拓海はちょっかいをかけ、タイトルが『今そこにある危機』だと教えられる。
真一郎は名前が示す通り長男だ。故郷は山間で、冬でも花桃が咲き乱れる一角がある。そこで二人はカナエに出くわした。同年代の女性で見るからに真一郎に片想いしている。
しかし二人は実家に向かう道中で、今日は真一郎の両親に、拓海を会わせるために来ている。
1
九州は西の端というだけで、決して南国じゃない。雪が積もる事もあるから服装選びには気を付けるように、なんて言われていたから長袖のシャツにジャケットを選んだのに、真一郎は待ち合わせ場所に着いた僕を見るなり唇だけで「バカ」と言った。
「南国じゃないと言っておいただろう。九州どころか今の時点で寒いんじゃないのか?」
「平気だよ。インナーは性能良いヤツ着てるから」
「見ている側が気が気じゃないんだ。ほら」
自分が着ていたシルバーグレイのフライトジャケットを、その場で脱いで僕の胸に押し付けてくる。
「そうなると思って余分に上着を持って来た。こっちは拓海が着ておけ」
そう言って、厚手だけど紺のトレーナーのまま、背を向けて駅の構内へと進んで行く。僕はフライトジャケットを、軽く羽織っただけでもあったかくてつい「ふふ」とか吹き出していたら、
「急いでくれ。一、二本分は余裕を見ているがなるべくなら次に来る電車に乗りたい」
真一郎らしい、隅々まで気を遣った言い方で注意された。
2
大学生になってまでそんな出会い方? って僕も妙な気がしたけど、僕が天野で、真一郎は池島で、学生番号が名前順で隣同士だった。
大学自体は歴史が長い国立で、同じ学部の新入生は二百人。だけどその年の新設学部だったから、広いキャンパスの中で僕たちだけが、どこか染まり切れずに浮いていた。就職先とか在学中に取れる資格なんかも、特に決まっていなくて、手当たり次第の試行錯誤、って感じが、僕たちはもちろん教授たちからも事務員さんたちからもしていた。
同じ学部の内側にいる方が、居心地が、良くはないけど問題点を共有して再確認できた。僕たちは、特別じゃないけど特殊で、他の学部よりも自分たちで先々を決めていかなきゃならない。よく考えてみれば人として当たり前の事だけど。
「またなんか難しい本読んでる」
新幹線の中でも真一郎は文庫本を開いている。
「難しくはない。面白い」
そう言うけど隣から覗いてみたら、漢字がびっしり詰まって人の名前とかはカタカナで、多分翻訳物で、僕なんかとても読む気になれないんだけど。
「スパイものの、映画にもなった娯楽小説だ。今、そこにある危機」
「なんて?」
しおりを挟んで本を閉じてから、僕を向いてくる。一重の目はくっきりとしたアーモンド型で、見透かされるような眼差しで僕はドキッとする。
「この本のタイトルだ。もちろん日本語版のタイトルだが」
大した事言ってないのに大事な事言われた気にさせられる。ベージュ色の革製のブックカバーが掛けられていて、僕には表紙が見えない。
「俺はこの、日本語での言い回しが好きなんだ。身につまされる」
「つまされる?」
時々僕には難しくてピンとこない言い方使ってくる。
「本の内容とは異なるが、危機は、どこにでも存在する。いつの時代にも。どこの国にも」
「そりゃ、『今そこにある』なんて言い方しちゃったら、存在する事にしかならないよね」
ふ、と真一郎は微笑んだ。笑うと目が線みたいに細くなって、ホッとするし嬉しくなる。
「拓海は単純だな」
何それ。バカって言いたいの? みたいに、さっき唇だけで言われた事も思い出してふくれて見せようかと思ったけど、
「救われる」
大袈裟だよ、って僕には思える事を、窓の外に目をやりながらポツリと、呟いてきた。
3
真一郎、なんて名前だから予想は付いていたけど、そうした関係に、なりそうでならないなってあたりで言ってきた。
「俺は、長男なんだ」
二人とも半裸で、そこそこイチャついてもいたから股間はせり出して来ているのに、今更何、って思っている間に身を起こして腕組みして、目を閉じて、
「ただの長男じゃない。九州の、とんでもない田舎に暮らしてきた一族の、長男だ。しかも同世代の親戚の中で、男は俺一人」
目の裏に刻まれてある文章を、読み上げるみたいな調子で口に出し続けている。
「俺は大学を、無事に、なるべく良い成績で卒業して、即地元に戻って就職して以降は両親の面倒を、見なくてはならない」
それは真一郎のやりたい事? なんて、訊かなくても分かるような気がしたから、ここは一つ僕の気持ちとは逆に、にっこり微笑んで言ってみた。
「いいよ僕、遊びでも」
その方が、真一郎は口をつぐんで目を開けるって、頭のどこかで分かっていたと思う。
「学生のうちの、今だけで構わない。僕は真一郎の重荷には、なりたくないから」
思っていたよりも真一郎は、呆れ顔になってうつむいて、額を押さえながら溜め息をついた。
「殊勝らしい事を言っているが……」
「シュショウ? らしいってそれ、どういう意味?」
額から手を離して、上げてきた顔は至近距離だ。ちょっと微笑んでもいるけど皮肉っぽい。
「意味はともかく、そいつは攻側が言う台詞じゃないな」
「えっ? そうなの? え、っとじゃあどう言ったらいい?」
「受側に訊くな。無礼者」
「無礼者、って僕リアルに言ってくる人初めて見たっ」
4
「さささ、さーむーいーよーぉ!」
「だから言っただろう。おまけに西の端で海風がきついんだ」
九州に、ここまで寒いイメージ無い。本当に無い。詐欺だって言いたい気がしているけどだから言われていたんだった。どうして真一郎から言われた事でも、信じ切れないとか、信じてみたって甘く考えてしまうんだろう。
「ビジネスホテルは駅前だ。数分歩くくらいは耐えろ」
新幹線と特急列車を乗り継いで、半日掛かってここまで来たのに、今夜は県庁所在地の駅前に泊まって、真一郎の実家には明日レンタカーで向かう。
「免許取れたばっかりだよ僕。真一郎も」
「市内を出るまでは俺がどうにかする。そこからは田舎道だから大丈夫だ」
「近くまで電車とか出てないの?」
「遠回りな上に本数が少ない。実家に着いてもなるべく一、二時間程度で、引き上げたいからな」
せっかく二人きりのお泊まりなんだし、ちょっとくらいは何かしら楽しみたいなぁーって、誘ってもみたんだけど、
「悪いが今日は無理だ。明日ならいい」
苦笑混じりだけど言ってもらえたから「約束だよ」って先に寝た。
5
実家までは車で二時間かかる予定で、道の駅を挟んで一時間ずつを交代で運転した。市内からは真一郎で、実家までが僕。冬場の冷たく見える海沿いの道を、四十分くらい横目に海を眺めながら走り続けて、教えられた角で右折すると、次は山に沿って登るカーブが続く道。
「すごい。山育ちじゃなかったら酔いそう」
幸い対向車も後続車もほとんどいないから、のんびりペースで走っていられる。
上った分と同じだけのカーブを下り切ったところで、景色も車内の空気も一気に、ふわっとやわらかく広がった。
「上着、要らないんじゃない?」
「ああ。この辺りだけは」
「停めて、降りてみていいっ?」
「そこの空き地なら大丈夫だ」
ワクワクしていたから停めるとすぐに、シートベルトを外して外に出た。車の中から見えていたけど、教習所のコースくらいの広さの一角だけ、周りを囲むように立ち並んだ木々にピンク色の花が咲き誇っている。
「すごい。桃源郷みたいだ」
「言い得て妙だな」
後から車を降りて真一郎も苦笑してくる。
「山裾のこの区画だけは不思議と雨風から守られる」
そしてその区画には何があるかって言ったら、お墓だ。ツヤツヤ光る新しいものから相当に古そうな自然石まで、多分この山間に住む人たちの数百年分。
「奇妙な風習だろう。最も日当たりの良い、暮らしやすい土地を、ここでは先祖のために明け渡す」
「真兄ちゃん?」
声がして振り向くと、田んぼの中を墓地に向かって来るセメント道に、花を挿したバケツとヤカンを手にした、若い、多分僕たちと同じくらいの女の人が立っていた。
「カナエちゃん」
カナエと呼ばれたその人は、黒髪であごまでのボブカットで、着ている物はトレーナーにスラックスなんだけど、まるでドレスに変わっていくみたいに輝き渡る笑顔になって、真一郎に歩み寄って行った。
「うわぁ……! 帰って、来らしたと? 大学はもう、終わらさして?」
「いんにゃ」
真一郎の口からいきなり方言が飛び出したから、吹き出しそうになったのを飲み込む。だって、ここではこれが普通の言葉遣いなんだから。
「大学は、まだあと一年残っとる」
「そがん、やったね」
カナエさんの目の伏せ具合やうつむき加減が、言葉以上に語ってくる。
「そんで、こん人は……、お友達?」
真一郎の表情の固まり具合や、息の詰め方に気付かせたくなくて、
「あ、はいっ! 池島くんとは大学の、同じ学部で」
僕から元気良く、カナエさんを振り向かせる感じに言い出した。
「僕まだ九州には、行った事無くて、行ってみたいなってちょうど池島くんが帰省するって聞いたから、連れてってって頼んで」
「九州言うても、ここは……、端っこのたいて田舎やいけん、ここまで来るにしてん何も無かったでしょう」
「何も無いって、こんな、すごい景色があるじゃないですか」
カナエさんはうつむき加減のまま微笑んで、少しだけ首を振ってきた。
「こいは、ハナモモやいけん」
「ハナモモ?」
「花ば咲かせるだけで実のならんと。なってもちっさかったり、酸いかったりして、鳥さんの、ついばみに来らすばっかりで、人ん役には立ち切らん」
「カナエちゃん」
声を掛けた真一郎を振り向いて、向けられた笑みにキョトンとしている。
「旅ん人じゃいけん。そがんまでは話されんて」
「あ」
少し赤くなって口を押さえて、「ごめんなさい」と言ってくるけど、僕は今の流れのどのあたりが僕に対して「ごめんなさい」なのか分からない。
6
真一郎に向かってあと二言、三言話している間、カナエさんは嬉しそうにニコニコしていて、車に乗り込もうと、僕を向いてきた真一郎からは笑みが消えた。
「ここからはオイが運転する」
従って僕は助手席に乗り込んで、車の窓越しにカナエさんに頭を下げた。僕はなるべく良い笑顔を見せるように気を付けたし、真一郎もきっと同じだと思った。
バックミラーに見えるピンク色の花盛りが遠ざかって行く。
「今の人、は、幼馴染み、とか?」
「ああ。この辺りで唯一の、オイと同じ年頃の娘さんじゃ」
真一郎はこの土地の言葉に変わったままだ。
「それで……、その……今の人……、真一郎の事好き」
「そがんなるもんて周りから、教え込まれよるだけじゃ」
今そこにある危機、という言い方を、今カナエさんのために思い出した。
それが正解みたいに決め込まれて、他は見てみようとも、見に行きたいとも思わせてもらえない。きっと今から会いに行く、御両親も。
「気の毒か言い方になるばってん、夢からは、一人一人が目ば覚ましていってもらわんば困る」
窓の外に目をやって僕は頷いた。
「そうだね」
周りから教えられたように、周りに合わせて生きて行って、それで全てが上手くいってくれるほど、人間って恵まれちゃいないんだ。
了
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