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高野山金剛講百周年記念御詠歌ウィーク

 はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
 岡埜 由木古です。

この記事は

 なのです。

2025年8月22日
(文字数:約1600文字)


 日本国中どころか、高野山山頂の高野町ですら、受け継ぎ心得ている人々が、極めて限られている組織かつ技術
(であった事に私は縁あって習うようになった後に知ったのだが)、

 金剛講こんごうこう御詠歌ごえいか

 その百周年を記念した、御詠歌ウィークが、今年2025年の10月、高野山の各所で開催される。
 ウィークと謳うからには当然のごとく、10月4日から10月10日までの丸々1週間、みっちりと多種多様なスケジュールが組まれている。

 ただその開催を皆様にご案内したいだけではない。
 私も会期中の、たった一曲ではあるが、高野山は大師教会の大講堂にて、御詠歌をお唱えするのである。

 そして私がこの百周年記念イベントの存在を知った、令和三年時点から、実は何よりワクワクドキドキゾワゾワしていたポイントなんだが、

 新作の、御詠歌が、御披露されるのである。

 もう一度繰り返す。じっくり読み味わってみてほしい。

 新作の、御詠歌が、御披露されるのである。

 令和七年も残り半分をだいぶ過ぎた今現在にである。
 御詠歌など若者はほとんど聴かなくなった今現在にである。
 正直に言って僧侶ではない一般市民の中では、四十代後半に入った私が、ざっくり見渡した限り最も若者であるという、未来が見えない切ない現状においてである。

 ただ御披露されるばかりではない。
 私の菩提寺の御住職でもある、私の御詠歌の先生は、新作御詠歌(しかも八曲)中の一曲を、既にCDに収録済みであり、
 御詠歌ウィークの一環イベントとして、御住職自ら高野山大学にて、収録した御詠歌を御教授下さる!

 ワクワクドキドキゾワゾワに、婚家の菩提寺というしがらみも加わって、私は行かねばならないのだよ!
 この気持ち、片鱗だけでも察して頂けるか?

 決して嫌ではない。不快なだけではないぞ。ああ正直に言って面倒臭い。しかし逃れられない所に足を踏み入れた自分が、ちょっと面白くもある。

 そして何新作の御詠歌って。何それ何それ。皆さん今ちょっとだけ冷静に考えてみたら、実はすっごく面白くない? 
 今時ヒットチャートにもヴァイラルチャートにも入らないその歌、どこで使うのリリースして何の意味があるのー? って思っていたらちゃんと法事に使う予定があって、お坊さんたち「ちょうどこういうのって欲しかった」って言ってるのー!

 使えるんだ。欲しがられてるんだ。ってか令和三年の時点で百周年記念の新作御詠歌、公募だったんだ。全国の僧侶の中から我こそはと、寄せられた100以上の楽曲の中から、選ばれているんだ。
 日本国中どころか、高野山高野町ですら大多数には知られていないところで……!
 マニアックな面白みが過ぎて私個人的には身悶えするわぁ!

 だから令和三年の時点から、今よりもうちょっとくらいは御詠歌知られてくれないかなって、こんな小説書いてみて、
 令和七年までに出版したいって息巻いてもいたんだけど、pixivもnoteも、他に話しかけてみた出版社の方々も、誰の興味もこれまでに惹く事が出来なかったので諦めた。

 所詮私は金剛講の中で末端の最下層であり、御住職にも読ませてはみたんだが、御詠歌のみを分かりやすく表現した内容ではないので、御住職の立場からは公式に推す事も出来かねるらしい。まぁそうだろうな。
 もしかすると百周年を無事迎えるまでは、むしろ売らない方が、御詠歌と伝統を重んじる組織に属する者としては、丁度良かったのかもしれない。

 実際必須とされている鈴鉦れいしょう(楽器)すら、未だ持てていないレベルなんだが、御詠歌ウィークの一環イベントとして私は、
 町石道修行参拝にも加わっちゃいます♪

 その模様はまた後ほど。


やろうけども。



以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。

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