いらん説教
「貴方が書く文章にはどうも人間味を感じないよね」
と(向こうの言い分では)批評をされた事がある。
なるべく言われた印象を忠実に書き写したいのだが、
「人の暖かみというか息遣いというか、
気配とか体温とか、
登場人物が一人一人バラバラに動いていて、
絡んだりもするけどお互いに理解し合えていない。
心の交流がすごく薄いか、無いって感じ。
人間って、人同士の関係って、
この程度のものじゃないはずだよ」
それに対する私の正直な感想は、
申し訳ないが、
「私には人と人の世がそんな感じに見えているので、
貴方とは良くも悪くも、
見てきた人間の種類に質が違うだけではないでしょうか」
だったんだ。
申し訳ない気はしたのでそのままを口にはしなかったが。
「具体的にどういったところでしょうか?」
と訊ねてみて、
「うーん。具体的って言われても……。
全体ににじみ出てるよ。自分で気付かない?
書いた人の、つまり、貴方の心の冷たさが」
と答えられたので、それでは直しようもない。
そもそも文章すなわち文字の羅列に、
人間味を感じ取れるには、
相当な感受性に読解力が必要だ。
具体的な指摘は一つも出さず、
ただ人の心を冷たいと言える心の冷たさに、
自ら気付けもしない方に、
それらは期待できないだろう。
個人的な黒歴史を披露したように思われるかも知れないが、
小説の批評に限らず、
実はこの程度の説教はあちこちで数多くのさばっている。
「気遣いが足りない」
「空気が読めない」
「思いやりがない」
などと言い切って意見を揃えた集団を作れば、
具体的な指摘は出さずともまかり通る。
女性特有の現象でもなく、
男性の場合はそこに暴力が加わる事さえある。
「態度が不真面目だ」
「(集団のリーダーを)なめているのか」
程度の言いがかりで充分だ。
この世は結構な大部分がその程度の説教で動いている。
教義も不鮮明な宗教施設における文脈とも酷似している。
いらん、
と言い切るためにはまず気付く必要があり、
気付いた違和感を無視しない勇気がいる。
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