「差別化」「個性」はつくるのではなく、生まれるもの
差別化しようとしてつくったものに、大して意味のある違いなんて生まれないと思う。
「個性」というものは、つくろうとしてつくれるものではない。
つくり手が本物を追求する過程で、もともとの人間性の違いが、技術や感性の違い、発想力の違いになってあらわれて、他とどうしようもなく違う部分が滲み出て、その必然の結果として生み出されてくるものだ。
大学時代、僕は演劇部でした。
ダンスシーンで、他の人と同じ動きをしようと思っているのに、何かがおかしい。タカの動きってことで「TKムーブだ」なんて言われてました。
僕は至って真面目に「同じ動き」をしようとしていたのに、はみ出てしまっていました。
きっと「個性」ってのは、そんなふうに「隠そうと思っても出てくる」と僕の中で納得したのが、その時でした。
(一緒にダンスを踊っていた皆さんには申し訳ない…)
僕は性格的には、あんまり目立ちたくない。
(信じてもらえないけど)ほんとに。
だけれど、なんか目立つらしい。
妻との出会いも、料理教室で「目立ってたから声をかけてくれた」からです。
今の活動についても、特に「差別化」は狙っていません。
ただ、パズルのピースを埋めるように、「この世界にあったらいいな」というものを、あてはめていけるような活動になればいいな、と思って、一生懸命、活動しています。
正解がわからない問いを考え、目に見える道標があるわけではない道を歩いていく日々のなかで迷うことはたくさんあります。それでも「続ける」という選択肢はいつも選ぶことだけは決めています。
先日も支援者の方から「応援していて良かった」と言っていただきました。
そんな活動となるよう、現地のシリアの子ども達に未来を、希望を届け続け、
「シリアをまた行きたい国にする」という目標を叶えていきます。
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読んでいる方が「面白い!」と思ってもらえるような形で、私たち国際協力夫婦らしい形でサポートを使わせて頂きます。めぐりめぐって、きっと世界がHappyになるような形になるように!