メトロンズ #8 『遠藤さんの叔父さんが死んだけど旅行は行きたい』
遠征6回目となった今作のテーマは「旅行」。
観劇の空き時間のプランを立てたり準備や移動したりの時間にも高まっていく、「旅行への高揚感」を持ったまま観劇したからからか、「自分ならどうするか」という想像が一層身に沁みた作品になった気がします。
今回も、東京に宿泊して最後の土曜2公演と翌日の千穐楽を観劇し、千穐楽後のアーカイブを観ながら書いたメモを基に、備忘録兼感想文として記入していきます。
ありがたいことに、今回もセットの撮影が可能でした。
改めて公演後にあれこれ思い出しながら作品に耽る時、この写真があるだけでその解像度が一気に鮮やかになる感じがします。

本当はお手洗いや長野の実家も撮りたかったけれど、ネタバレになるので仕方ないですね。
でも、すだれや掛け時計、豚の貯金箱など、実家に置かれている小物ひとつひとつから醸し出される「田舎の実家感」がすごくよかったです。
そしてこれを書いている間に、一般チケット販売のタイミングで前作がYouTubeで公開されました。
ありがたいですが、千穐楽から1ヶ月以内、配信終了から3週間というスピード感への驚きが上回りました。
まあ、観劇時に思ったことや感じたことを、忘れないうちに何度でも見直せるようになったのは非常に嬉しい限りです。
メトロンズ第8回公演
「遠藤さんの叔父さんが死んだけど旅行は行きたい」
2025/04/30(水)~05/11(日)
赤坂RED/THEATER
あらすじ・登場人物
タイトルで概要はほとんど掴めるけれど一応。
今作のあらすじが以下の通り。
自動車工場の洗車部署で働く六人。親睦を深めようと仕事を仕切る遠藤が旅行を提案。場所は、飯島の知り合いがガイドをしている宮古島に決まる。胸躍らせる面々。が、旅行の四日前に遠藤の叔父の訃報が入る。みな遠藤の不参加が頭をよぎるが、彼らを待っていたのは「旅行の中止」だった。遠藤の落目ぶりや飯島の昔死んだ叔父の話等から、旅行中止は当然の結果という雰囲気になるが四人は思う。
「行っても良いんじゃない?」
他人の叔父の死というタブーに触れた問題作。
宮古島旅行の発起人は遠藤(池田さん)。
残り5名が遠藤に敬語だが、遠藤は皆にタメ口で話すため、おそらくみんなより先輩で、この部署のリーダーだと思われる。
親睦旅行を提案したり、冒頭では自身が行けなくなってもなんとか残りの5人で行くように飯島に根回しするなど、チームのことを大切に思っている。
そのため、序盤に一度、皆に気を遣って「旅行に行こう」とも言いだす。しかし、その時彼は右の手足を震わせながら、早口で自分に言い聞かすかのように話している。
その姿からもわかるように、遠藤はチームのことを気遣いはするけれども「とても旅行に行ける状態ではない」人間。
飯島(関町さん)は宮古島に知り合いのコーディネーターがいるため、今回の旅行を決行するにあたり、遠藤に次いで重要な存在。
彼は過去に叔父を亡くした経験があり、当時は周囲が楽しそうに日常生活を送っているのを見ているのが辛かったという。
だからこそ、遠藤の気持ちもわかるからと、彼を気遣って旅行には行かないというスタンスをとる。
対して、タイトル通り「旅行に行きたい」のが岡部(純さん)、馬場(赤羽さん)、木田(田所さん)、吉見(児玉さん)の4人(登場順)。
遠藤が落ち込んでいる様子を見るまでは、「訃報はあったけど旅行は行けるだろう」と思っていた岡部、馬場、木田。(吉見は登場前)
吉見も登場するなり宮古島の話を振られ、「行くんですか…?」と疑問形で返している。その場の雰囲気に合わせて「行く派」「行かない派」どちらにもなれるような答えぶりにも見え、落ち込んでいる遠藤を見つつも、どこかに旅行に行く希望を持っていたように思われる。
同じように「旅行に行きたい」と思っている彼らの違いは、それをどのくらい表に出しているか。
自分は旅行に行きたい、遠藤と飯島は不参加。
そうなった時に、残りの3人はどっち派なのかの腹の探り合いが今回のテーマだと思う。
個人とチームの「ベストアンサー」
今作のキーポイントは、どの選択肢を選んだところで「6人全員が幸せになる答えは存在しない」ということだと思った。
旅行に行こうが行かまいが、また、仮に旅行に行くにしても、全員で行こうが、行ける人だけで行こうが、結局誰か(ひょっとしたら全員の)心には、しこりが残るようにしかならない。
ベストアンサーがない中で、どの選択肢が全員の心のしこりを最小限に抑えられる「ベターな答え」なのかを探し当てること、そして、自分の心をその回答に持っていけるかが大切になってくる。
旅行の発起人であり叔父を亡くした遠藤が、旅行に行ける気分ではない限り、「旅行に行く」という選択肢自体が不謹慎になる。
また、旅行の意図が「部署内の親睦を深める」であるところから、彼ら6人がチームになったのはここ最近であることが推測でき、
今後彼ら全員が「一枚板になる(木田のセリフより引用)」ためには、こんなところでわだかまりを残すわけにはいかない。
旅行後には、業務を共にこなしていく長い毎日が続いていき、そこでの人間関係を円滑にするためには、下手なことをせずに今回の旅行は断念するのがベターな答えである。
「旅行に行きたい」4人たちは理屈ではベターな答えはわかっているはずで、あとはどれだけ自分の欲求を理性で抑え込んで、「大人になれるか」かが問われているのである。
そして結論として、折角みんなで「チーム全員にとっての最善な答え」として宮古島旅行の中止を選択したのに、
物語の最後ではチームから遠藤と木田が抜けた上で岡部と吉見が険悪になっており、一枚板どころか当初よりバラバラになっているのが皮肉である。
「本音」と「建前」のバランス
最初から最後まで旅行に行きたい派の4人。
見どころは彼らのスタンスの差であり、それは彼らそれぞれが「本音(=旅行に行きたい)」と「建前(=不謹慎だし今後のためにも今回の旅行は中止)」のどちらに比重を置いているかである。
木田
一番自我を隠して「建前」に振り切れているのはおそらく木田だと思う。
冒頭では岡部と馬場よりも旅行の準備に熱が入っていたが、4人の中で一番初めに「私は行きませんよ」と言い出す木田。
遠藤の叔父の話を聞きながら居眠りしたり、長野の実家行きの案が出たときに「向こうのお家に迷惑が掛からなければ…」と保険をかけるような発言をするなど、ところどころで「旅行に行きたくない派スタンス」としてのボロは出るが、
事務所でも、皆が本音をぶつけているトイレでも、彼は基本的にはうまく「旅行は行かない派」に擬態できていると思う。
ゲネプロ後の取材記事を読むと、どうやら木田は体育会系の人間だそうなので、上下関係が厳しい環境に身を置いてきたし、チームワークを重んじるタイプなのだろう。
それもあって、自分の意思を押し殺して「目上(リーダー)の人間の意見を尊重する」「チームにとってプラスな方はどちらかを考えて動く」ことに慣れているのかもしれない。
長野の実家行きへの保険をかけたものの、問題がないとわかった途端に「じゃあ行きましょう」と覚悟を決めるのが早いあたりにも、そういった彼の性格が窺える。
そして、チームの最善策に至れなくなったとわかった長野の実家のシーンから、彼はまるで別人のように本音がダダ漏れになる。
チームを優先するために自我を押さえ込んだからこそ、犠牲をはたらいたのに目的達成ができないことで自暴自棄になってしまったのだろう。(仕事を辞めるのはよっぽどであるが…)
馬場
木田に次いで「本音」を隠せているのは馬場であると思う。
彼の場合は「本音」も「建前」もあまり表に出そうとせず、その場の空気の流れに従おうとしているように思える。
物語の初めから終わりまで、どこで何をしていても、彼は自ら進んで自分の意見を言うこともなく、波風が立たないような選択やリアクションをとっている。
トイレで吉見に探りを入れられても、その吉見の意図を探るような逆質問をして自分の意思は簡単には話さないところから、
相手が「旅行に行きたい派」であることに確証を得られないと自分の意思は出せないのだと思う。
彼はなかなか本音を話さず、かといって木田のように旅行中止派に振り切れられないタイプであるため、セリフは少な目で一拍おいた返事をするだけのことも多かった。
言葉では彼の心情がわからない分、浮かない表情や態度、気持ちのこもってないふわっとした返事の演技が非常に繊細で良かった。
岡部・吉見
この2人はトイレで「旅行に行きたい」と言う意見で結託するなど「本音」の方が比重が多めになっている。
2人で話し合っている際に「5万3000円(旅行代)払いたくねぇなぁ!」と、かなり熱をこめて言ったり、話をヒートアップさせるのは岡部だが、
「なんとかして宮古島に行けるようにしませんか」と持ちかけたり、実際に長野の実家には行かなかったりと、大胆な決断と行動を起こしているのは吉見のため、
僅差ではあるがまだギリギリ本音を抑え込めているのは岡部で、一番本音に正直な行動をしているのが吉見ではないかと思った。
ちなみに、遠藤・飯島以外の4人の中で、長野の実家行きを一番に表明するのは岡部である。
その前に吉見に無理難題な役割を任されたものの手助けがなく、旅行決行の話が経ち消えたことで険悪になるため、岡部にとっての長野行きは裏切られた吉見への裏切りの仕返しなのだと推測できる。
おまけ・遠藤と飯島
ちなみに、最初にみんなを気遣って「旅行に行こう」と言ったり、お手洗いで「自分のせいで旅行中止になってごめんね」と言った遠藤には少しの建前(この場合は4人と反対で「旅行に行く」ことが建前)があり、
徹頭徹尾「旅行は中止派」「叔父は偉大」のスタンスの飯島は純度100%の本音のみで動いていると思っている。
絶妙な距離感
今回の話がこんなに拗れる原因の一つとして絶妙な距離感の設定があると思う。
叔父
まず絶妙なのが「遠藤さんの叔父さん」であることである。
例えば今回亡くなったのが遠藤の叔父ではなく肉親であれば問答無用で中止になったであろうし、
また、逆に遠縁の親戚であれば、遠藤も飯島もここまで感情移入をすることなく、旅行を決行できたかもしれない。
そもそも、「叔父と甥」という関係性が、家庭や各自によって距離感が大きく異なる関係性であるように思う。
物理的/精神的に距離があってあまり接してこず、大して思い入れはない場合もあれば、両親かそれ以上への信頼を置いている場合もある。
遠藤と飯島で自身の「叔父」という存在への眼差しが異なるところからも、各自が想像する「叔父と甥」の関係性は人それぞれであり、だからこそ「旅行に行ってもいいんじゃないか」「旅行は中止すべきだ」との2つの意見が出てしまったのではないか。
新しい部署の6人
話が拗れた原因のもう一つは、6人が「これからチームになっていく関係性」であり、まだまだ気を遣い合いながらも、親睦を深めていかねばならない関係性だからだと思う。
旅行を楽しみにしているからこそ彼らは「旅行の中止」を決断できず、そこからも決して旅行に行くのが気まずい関係ではないことが窺える。
これが恐らくただの慰安旅行であれば、誰か1人くらいは旅行に後ろ向きな人がいて、彼が遠藤・飯島につくことでスパッと中止の方向に話が進んだ可能性がある。
反対に、6人が仮に「学生時代から10年以上の仲」など、かなり親密な関係性であれば、腹の探り合いもなく、延期なり遠藤以外で決行なりの結論が早く出たのではないかと思う。
薄くも濃くもない絶妙な距離感で、しかも今後深めていく必要がある関係性だからこそ、結論が早く出なかったのだろう。
舞台セット
メトロンズ作品は1シチュエーションの作品が多かったが、今作は「旅行前の事務所/トイレ」→「旅行当日の長野の実家」→「旅行後の事務所/トイレ」と複数のシーンで物語が進んでいく。
事務所にも実家にもなる舞台だからこそ、各々の要素を示すものは最低限しか置いておらず、残りは赤坂RED/THEATERの壁面に似た壁になっていた。

劇場の壁に擬態した壁面が舞台に続いているからこそ、トイレやロッカー、仏壇や置物などの最低限のセットが目立つし、
特に実家の場面では置いてある物の解像度が高いから「何もない壁」の部分を鑑賞者が各自で容易に想像で補うことができる。
セット転換が2回挟まる時も各人が「その役っぽい動き」で「その役が抱いている感情」を表現しながら動いていたので、違和感なく見ることができた。
特に長野から事務所に戻るシーンの遠藤・飯島の湿っぽくゆっくりとした動きと、怒りを混ぜつつ自棄になっている木田との対比が印象的だった。
その他思ったこと
▼冒頭のぎこちなさ
「親睦を深めるための旅行」に行くため、旅行前の現状では関係性がまだ完全に出来上がってはおらず、どこかずっとぎこちない6人。
冒頭の岡部と馬場の会話、そしてそこに木田が加わった3人での会話は噛み合ってるのかどうかも怪しく、中身もありそうでない会話が続くところから、彼らの関係性が窺える。
会話からは各自の人柄は読み取れないが、彼らのキャラクターが分かってから見返すと、3人が持っているガイドブックが岡部は少し小洒落たもので、馬場はベーシックだが持ち歩きやすいミニサイズで、木田はサイズも種類も王道のもの、という違いもそれぞれ「らしい」チョイスで興味深い。
▼木田の語録
今作唯一のキャラの濃い役である木田の言葉選びが好きだった。
木田が立ててきた「自分なりのルート」を披露するときの「困ります、楽しいのはこっからですよ」は旅行って準備の段階から楽しいよなとすごく共感できた。
他にも「思い立ったが吉日生活」や、すごいですねと褒められた時に即座に「すごいですよ」と返すなど、彼のポジティブ精神は見習いたいなと思った。
▼飯島と遠藤の会話
舞台袖、シーンで言うと事務所の外(?)で遠藤と飯島が旅行に行くかを話し合うシーン。最初に見た時のみ、席の関係上彼らが話し合っているのが見えた。
感想を書くたびに毎作言っている気がするが、見えないところまでしっかりこだわっているのが素敵。
▼トイレでの木田
メトロンズ作品はいつも細部までしっかり作り込まれて、どこかにいそうな人の細かい人物描写を描くのが上手なので、恐らく実在するのだろうという大前提のもと、
男性トイレに入ったことがないので、木田のように用を足す度に声(独り言?)が漏れ出る人が本当にいるんだろうかと不思議に思った。
他人に声を聞かれたことがわかった木田が「ははあ、悔しいなぁ」と言っていた。聞かれると悔しいものなんだ。
6人の中で、彼だけハンカチを持たずにTシャツで手を拭くのもなんかリアルでよかった。
▼アレキサンダーリーチャン
吉見が咄嗟についた「彼と岡部の共通点が『アレキサンダーリーチャン』という服のブランドが好き」という嘘。
作中で「胸元の大きい刺繍が可愛い」と吉見が言っているが、その後の着替えシーンで岡部が着た私服がまさに胸元に大きな刺繍のある服だった
(検索してみたところ実在するブランドで、岡部が着ていたのは本当に「アレキサンダーリーチャン」の服だったようだ。)
「アレキサンダーリーチャン」と最初に言い出したのは吉見で、岡部は後から反芻するように口にしているので、てっきり岡部は知らないのだと思っていたが、彼も(知らずに?)アレキサンダーリーチャンの服を着ていた。
そう思うと、今回の一件で仲違いを起こさなければ、本当は趣味や思考が一番合う2人だったんじゃないのかと思う。
▼おやきの味
長野の実家で出される長野名物の「おやき」。
飯島は非常に味を気にいるが、岡部を筆頭に、彼と馬場、木田は美味しそうな顔もせず、食べ切ることもできない。
長野の実家に叔父さんのお線香をあげることに乗り気の飯島と渋々行くことにする残り3人。そして来ない吉見。
おやきを食べた量や味へのリアクションと長野旅行への気の乗りようを並置して見れば、
おやきは「長野旅行」への暗喩になっているのであろうと捉えられるし、彼らにとっておやきの味は今後のトラウマの味になってしまうだろう。
▼飯島「遠藤さんは悪くないですから」
タイミング悪く、旅行直前に発起人の叔父が亡くなってしまい、中止になる。でも決してそれは遠藤さんのせいではないし、今回の件およびこの物語はずっと「誰も悪くない」のである。
だからこそ誰かが悲しみや罪悪感を背負う必要はないし、誰かのせいにすることもできない。
だからこそモヤモヤとした気持ちを誰も誰にもぶつけることができず、腹の内を明かすこともできない。今回の物語で描く人間模様の原因であり芯であると思う。
ついに7000字目前に。いくらなんでも長すぎました。
長いが故に、だらだら書いていたらもう2ヶ月後には第9回公演が始まっていることに。
次回は関町さんが魔法の世界にいる代わりに客演の女性が2名。
メトロンズ初(向かいのアイツを除く)の女性キャストが入るとどう変化するのかも楽しみです。
あらすじによれば次回は「ヒューマンポエトリー」。
ポエトリー、つまり詩情。人間関係の描き方が少し変わるのでしょうか。

