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少しずつ分かっていく⑤/ただの違和感だと思っていた。それが病名だった

網膜剥離の手術から、数年が経っていた。

生活はだんだんと戻ってきていた。

少なくとも、

そう思っていた。


ある日の診察で、眼圧が高い、と言われた。

少しではない、とも。

数字を見せられた。

一般よりも高い。

思っていたより高いと。

数字の意味を、

頭の中で処理しようとしていた。

そのとき、

医者の表情が少し変わったことに気付いた。

なんだ、そう思った。

どうした、とも。

不安なのか、疑問なのか。

その区別がつかないまま、

胸の中に何かがあった。

名前のつかないまま、

そこにあった。


振り返れば、

違和感は感じていた。

すれ違うとき、一拍遅れた。

暗い場所では、少し止まる。

段差を、確認してから降りた。

小さな事故が何度もあった。

ぶつかった。

つまずいた。

距離を見誤った。

そのたびに……理由を探してた。

疲れているのか。

不注意だったのか。

それとも、別の何かなのか。

どれとも決められないまま、

そこに置いていた。

バラバラに置いていた出来事に、

その日、名前がついた。


緑内障。


「マジか」、としか言えなかった。

言葉が出てこなかった、というより、

それ以外の言葉が、その瞬間見つからなかった。


帰りの電車の中でずっと考えていた。

これからどうなるのか。

いつまで見えるのか。

どうして?なんで?

答えの出ない問いが、

次々にやって来た。

聞こえる胸の鼓動が、

いつもよりも、早かった。

気づいたら、

降りる駅を乗り過ごしかけていた。

考えることを、

止められなかったのだ。

止めようともしていなかったかもしれない。

そのときは、

まとまらない自分しか、

そこにはいなかった。

見ている自分がいることに、

まだ、気づいてはいなかった。

生活がどう変わるのか、

その日は想像できなかった。

大きく変わるのだろうと思っていた。

何かが……終わる気がしていた。

何かが始まる気もしていた。

でも、現実はどちらでもなかった。

変わったのは、

生活ではなかったのだ。

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ある朝、世界が黒一色になった。 21歳の春、網膜剥離の手術を受けた。 そこからの世界には、わずかな「ズレ」が生じ始めた。 ​名前のない違…

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