見出し画像

コラム/理解が追いつかないまま、手術になった/網膜剥離

21になる年の年始。

ある朝、右目のほぼ全部が暗くなった。

すぐ何かがおかしい、とは思いました。

ただ、何がおかしいのかわかりませんでした。

近所の眼科に連れて行ってもらい、診察。

先生の雰囲気が、サッと変わったのは覚えてます。

「ウチでは手に負えません」

その意味を理解する前に、私は紹介状を渡されていました。

大学病院への紹介状を受け取ってから、約1ヶ月待たなくてはいけませんでした。

その間、何を考えていたのか、あまりよく思い出せません。

ただ残っていた授業には行って、
卒業公演の稽古や準備も続けていました。

右半分が真っ暗なまま。

今でも覚えている担当医の怒りと呆れが混じった声の静けさ


2月の始め頃、大学病院へ。

いくつか検査をし、診察室に父と共に入りました。

先生が画面を見ながら、

「…網膜剥離やね、相当剥がれてるわ」
「なんで、もっと早く来おへんかったんや?」

声を聞き、見えてないのに先生の呆れ顔が見えた気がしました。

頭の中が追いつかないまま、

「明日、入院してください。手術はその翌日に…何か予定は?」

そのとき、私の中で何かが止まり、

ただ、「えっ?」と聞き返すことしかできなかったと覚えています。

入院の翌日は、卒業式があったんです。

全ての光が思った以上に辛く、車内でもサングラスをかけて。

父と教諭に歩行を介助してもらいながら、式場に入りました。

式典が進んでいく中、何を考えていたのかは、

あまり覚えていません。

ただ、周囲のどこか浮わついたざわめきと、サングラス越しでも刺さるような光。

そして、黒い視界半分の静けさの中で、そこに座っていただけの自分。

聞きなれた友人たちの声が、入ってこない。

私の席だけが欠けた視野みたいでした。

人生で初手術が目の手術

手術は局所麻酔でした。

眠ってしまうと眼球が動いて危険なので

眠らないように必死でした。

術中の、糸で縫われていく感覚。

布ってこんな風に感じてんのかなぁ。

そんな呑気なことも考えてました。

それでも時折、腕が震えました。

それが、寒さなのか見えてない恐怖なのか、別のなにかだったのか。

そんな中を、ずっと起きてました。

およそ4時間半、当日待っていた母がそう教えてくれました。

手術が終わって、ベッドに戻り、すぐにうつ伏せになるように言われていました。

縫い合わせた網膜を定着させる為に、
常に下を向き続けないといけないと術前に説明は聞いていました。

実際にうつ伏せになったとき、

自分が一体どこにいて、何をしているのか理解が追い付きませんでした。

現実味の無いまま、シーツだけを見てました。

入院は約2ヶ月半、ほぼうつ伏せ生活の始まり

あの発症からの半年を、今の自分が振り返ると、不思議な感じがしてます。

理解が追いつかないまま、時間と身体だけが進んでいったあの頃。

診察室でうなずいて、卒業式に出て、手術台に乗って、うつ伏せで過ごす日々。

その間、自分がどこにいたのか、よく分からない状態。

ただ、一つだけ思うことがあるんです。

あの入院生活が、何かの始まりだったのかもしれないと。

なぜこうなったのか。

これからどうなるのか。

どうやって過ごしていくのか。

自分自身に問いを立てては、ちゃんとした答えが出ないまま置いておく。

そうするようになったのは、

あのベッドの上からだった気がしているんです。

今書いているものの全部が、

あそこから来ているのかもしれないと。

そうかもしれない、という程度ですけど。

術後の入院生活は、書く機会があれば書こうかなと思ってます。

ベッドでうつ伏せに見ていた視線のその先が、
今の私に繋がっている。

あの頃、私はずっと追い付いていなかった。

今も、少しも似ている。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

それでは、また。

ヘクたろー

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集