【連載小説】『星喰いの檻』第2章/第14話|近未来ダークファンタジー|異能力バトル|
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第14話 違和感は、街に滲み出す
目が覚めて、最初に見えたのは白い天井だった。
首を少し動かして、周囲を確認していく。
自分に繋がれた点滴とモニター、規則正しく落ちる薬剤と電子音に、司はこの場所を把握した。
(……医療棟の特別治療室、か)
起き上がろうとして、頭が重いのに気づいた。
投与された薬の余韻だろうと、身体に力を入れてゆっくりと体を起こす司。
起き上がって一息吐いた時、部屋のドアが開き、女性看護師が入ってきた。
「お目覚めですか、御堂さん。少し確認させて——」
声に反応した司と彼女の視線が一瞬だけ合う。
(……え?)
この後、看護師がどちらの手でペンを取るか、次に言う言葉、どちらの足から踏み出すか——全部が、司に流れ込んできた。
整理しきれない情報に、司は視線を外して床に目を向ける。
すると、流れ込む情報は途切れ、視界に映るのはワックス掛けされたリノリウムの床になる。
「……すみません、少し待ってください」
鈍い痛みのする両目を手で押さえ、深呼吸をして少し乱れた息を整える。
看護師は少し戸惑いながらも、検査を進めていくその間、司は彼女と目線を合わせなかった。
(——視線を合わせなければ、大丈夫)
それだけが、今の司にできる対処だった。
流真が部屋に来たのは、昼前の事だ。
「…水瀬」
「…起きたんですね」
穏やかに声をかけると、椅子を引いてベッドの横に流真は座り、司の顔を見た。
「顔色は……まあ、悪くはないですね」
「ようやく、頭が動き出してきたところだ」
「……目の色、そのままですね」
そう言われ、視線を合わせないように司は窓の外を見る。
「気になるか?」
「……なります」
そう言うと、流真は膝の上で手を握った。
「八木沢さんは?」
「暴走事件の対応で出動済みです。昨日の夜にはもう動いてました」
「俺は」
「……検査結果が出るまでは、待機です」
流真の返事に司はそれ以上は聞かない事にした。
外された、とは言わなかったが、そう判断されたんだろうと司には理解出来た。
「どんな様子だ、外は?」
「能力者案件が連続で発生してます…小規模ですが、複数箇所で同時に」
そう報告した流真は少しの間、考えるように口を閉じてから、司に話かける。
「……御堂さんは、今、どんな感じですか?」
司は流真の顔を見ようとして、視線を耳のあたりに向けた。
現状での自分の力がわからないのに、変に目を合わせるのは危険だと判断しての事だ。
「少し、反応が過敏になってる。視線を合わせると、相手の動きが先に見えすぎる」
「…先に、見えすぎる」
「調子の問題だと思う…じきに落ち着くさ」
軽い雰囲気でそう口にする司に、流真は何も言わなかった。
信じていないわけではない。
ただ--「じきに」という言葉の重さを測っているようだった。
「伝言を……早く戻ります、と」
司の力の籠った言葉に流真は頷き返す。
「……待ってます」
---◇---
天河市東部、路地裏の一角。
修司は外周の建物の角に背を預けて状況整理をしている。
太腿の固定具は今朝外したが、動くにはまだ制限があった。
「現状報告」
手に持った通信機に向かって短く言う。
「三箇所で発生確認。暴走者は合わせて七名--全員理性を半分失った状態で、身体能力のみ異常強化されていると思われます」
現場一帯の「流れ」を感知している流真の声が、現状を細かく伝えてくる。
「どこに収束する?」
「八木沢さんの地点から南に二名が、東の路地に三名、残り二名は建物内に入りました」
「第2班は?」
「合流しました」
二人が確認し合っていると、現場に似合わない明るい女性の声が割り込んで来た。
「お待たせ~修司くん」
「……兵藤」
その第一声に眉がよるのが修司にはわかった。
不機嫌そうな修司の声色をものともせずに、通信機の向こうから声がかかる。
「太腿の怪我、大丈夫?聞いたよ~?」
「…動ける」
「そう。じゃあ現場指揮よろしくね--アタシ、突っ込むから」
そう言い残し、女性--兵藤凛子は颯爽と路地から建物内へと入っていく。
彼女は小柄だったが、その動きはまるで狩りへと赴く一匹の「獣」だった。
身近な男への踏み込みは速く、跳躍の質が違う--正に「豹」の動き。
持ち前の高速機動で暴走者の背後に回り込むと、側面から頭部に蹴りを叩き込んだ。
「ひとり!」
「了解」
修司の返答を聞きつつ、残りへと目を向けると、男が兵藤の部下--熊田へ正面から向かっていた。
突進する暴走者の腕はかなり膨れ上がっており、がむしゃらに向かってくるその突進を、熊田は正面から受ける。
「…むんっ!」
--動かなかった。
多少押されはしたものの、それだけだった。
受け止めた熊田の肌が、硬化しているのが見た目からわかる。
暴走者を受け止めたまま、次いで強化された腕力で壁に押しつけて、手早く手錠をかけた。
「確保」
報告する物静かな彼の声に続き、通信が入る。
高所に位置取りした第2班の新人--黒瀬からだ。
「黒瀬、南側の二名を視認。抑制弾、射程内です」
「撃て」
修司の声に間髪入れずに響く発砲音が二回。
「…命中確認」
「よし」
残り三人……そう修司が計算していると流真から通信が入った。
「八木沢さん、東側三人の動線が変わりました。避難誘導先の群衆方向に向かっています」
「兵藤、東へ--」
「もう向かってる」
相変わらず足が早いと呆れながら、修司は建物の角から出た。
太腿に力を入れると、多少痛むものの動かせる。
---◇---
路地奥の一室で、男が蹲っていた。
若い男の手には深紅の液体が入った小瓶を持っている。
色以外は街中でよく見る栄養ドリンクのような形状だった。
「もっと……もっと強くなれば」
男は小瓶を口に持っていき、一気に傾けた。
飲み込んだ液体は無味で水の様だったが、何故か血の香りが残った。
「選ばれる……選ばれれば」
--直後だった。
男の身体が大きく一度震え、長袖のシャツを内側から破るほど腕の筋肉が膨れ上がる。
全身の骨格が嫌の音を上げて軋み、変形しかけていた。
「っ——あああっ」
男の認識から、因子制御が完全に消えた。
全身が弾けるかと勘違いするほどの痛みと、同時に異様なまでの高揚感が男を襲う。
「見つけたぁーーー!!」
兵藤は威勢よく入り口から飛び込むと、様子のおかしい男に対して躊躇なく攻撃を仕掛ける。
連続の蹴りで男の動きを止めようとしたが、その異常に強化された腕で受けられて弾かれた。
その勢いで距離を取った兵藤に向かい、男が駆け出してくる。
「熊ちゃん!」
「わかった」
遅れて入ってきた熊田が二人の間に割り込み、男の突進を体で受け止める。
今度は押され動いたが、それでも足は止めさせた。
「黒瀬、室内だ」
「え、室内は難しいですって、外から——」
「今」
「わ、わかりましたっ」
慌てる声と同時に窓が割れ、撃ち込まれた抑制弾は精密に男の首元に当たる。
途端に男は意識を失い、崩れ落ちるのを熊田が受け止めた。
「確保したよ、修司!」
「こっちも終わる」
目の前で蹲る男に照準を合わせながら、修司は返答する。
既に手錠による「枷」を二つ付与し、行動と因子活動を鈍化させたが、その血走った目はこちらを睨み付けていた。
「選ば、れる…あ…の人、に……」
「ちっ……厄介な」
狂ったように言葉を繰り返す男に、抑制弾を撃ち込み、意識を奪った男を一瞥した修司は、全員に撤収作業を命じると自身は現場の調査を始める。
部屋には大した証拠は見当たらず、路地の奥へと進んだ修司は散乱した幾つかの小瓶を見つけた。
全て同じ形状で、兵藤以下現場捜査官たちに確認を取ると複数個所で回収されていた。
一本だけ中身の入ったそれを見ながら、修司は怪訝な顔つきで通信機へと話しかける。
相手は流真だ。
「恐らくだが、因子を活性化させる何かが入っている……こいつは自然暴走じゃなさそうだな」
「……厄介な案件、ですかね?」
「おそらくな…回収したこれは分析に回す」
---◇---
報告を行ったのは日が落ちてからだった。
局長室に修司、流真、兵藤が報告に訪れると、蓮池はデスクの奥に座り、千堂が端末を持って同席していた。
現場指揮官として修司が報告する。
「現場の状況から見て、謎の液体による人為的な因子活性化…ですか」
修司からの報告内容を蓮池が声に出して確認すると、千堂が端末を操作しながら整理した。
「自然暴走では説明がつきません。あの液体を活性剤と仮定した場合、配布経路と製造元の特定が先決ですね」
千堂の言葉に頷いた蓮池は更に問いかける。
「御堂くんとの関連は?」
千堂は少しの間、見比べるように端末を操作し、首を横に振った。
「……現時点では、別案件として処理するのが妥当かと」
その返しに蓮池は千堂の顔を見た。
その答えは正しいし、整理も間違いない--でも、その分ける判断が速すぎる。
(……何かが、引っかかる)
言葉にはならず根拠もない--漠然としたモノ。
千堂をよく知る蓮池が……今までで初めて覚えた感覚だった。
長く息を吐くと蓮池は視線を報告書に戻し、その場にいる全員に告げる。
「引き続き、調査と捜査を」
---◇---
地下施設のモニターが並んだ部屋で、百瀬重蔵は結果を確認していた。
「投与したヤツらの定着率は?」
「五十人以上に渡して、大半が失敗ですね。因子崩壊、意識消失、機能停止——定着に至ったのは一名のみです」
「一人、か」
「はい」
結果としては微妙と研究員の男は報告したが、百瀬は笑わずに、ただ頷いた。
その時、重い音を立てて扉が開き、一人の男が部屋に入ってきた。
若い蜥蜴の様な目をした男--石田竜太は銀行強盗事件後に逃走し、隠れなからもこの組織に接触していた。
切り落とした手首は既に再生しており、それだけではなく額には横に走る大きな--瞼を閉じたような形--傷がある。
「報告に来ました」
百瀬たちの前まで来ると石田は話しかけた。
一つ頷いた百瀬は確認するように声をかける。
「身体の調子は?」
「問題ありません。というか——前より、ずっといい」
彼の言葉を聞いて、研究員の男は事前に取っていたデータを端末に映し出す。
「因子反応、活性剤投与前比で三倍以上。身体再生速度も大幅に上昇--成功例ですね」
データに目を向けていた百瀬は石田を改めて見た。
百瀬を見返すその顔には自信が溢れているように見える。
認められた、という想いが石田の目には、強く出ていた。
「まだ足りんな」
「え……」
「『星』に届くまで壊せ、ということだ」
百瀬の言葉に石田は黙るしかなかった。
まだ足りない--その言葉を噛みしめる。
呆れたように肩をすくめる研究員の男を無視して、石田の様子に頷いた百瀬は、置いてあった因子活性剤のケースを彼に渡すと新たな指令を与える。
「街へ行け……次の選別を始めろ」
石田は差し出されたケースを受け取ると、頭を下げて退出しようと動き出す。
認められた感触は、確かにあった。
でも百瀬の目は、すでに別の「ナニか」を見ていると感じた。
--選別は、始まったばかりだった。
