【ADHDの悩み】全体像と目の前のタスクが同時に見渡せない?実はそれ、みんなが憧れる”才能”なのかもしれない――僕たちの「板挟み」を解く”望遠レンズ効果”
金曜の夜、僕はリビングのテーブルに付箋を並べていた。
来週やることを整理するためだった。
請求書を出す。
ブログの下書きをする。
確定申告の領収書を仕分ける。
妻へのプレゼントを買う。
ここまではよかった。
問題は、そのあとだ。
気づけば僕は、付箋の色を厳選し始めていた。
請求書はお金に関係するから、黄色がいいか。
ブログは創作だから、青にしよう。
確定申告は事務作業だからピンクかもしれない。
でもピンクは、妻へのプレゼントに使いたいし。
そんなことを考えているうちに、テーブルの上には妙に整った付箋の陣形ができあがった。
僕は少し有能になった気がした。
今週の戦略会議が終わった、くらいの気分だった。
・・・
時計を見ると、とっくに四十五分も過ぎていた。
作業を始めるための計画のはずなのに、計画を立てる作業そのものにすっかり潜っていた。
それでも、どうにかブログの下書きに取りかかった。
冒頭の一文を考え始める。
すると、さっきまで見えていた残りのタスクが、頭の中からすっと消えた。
僕はそのことに気づかない。
三時間後、ブログの下書きが八割ほどできたところで急に、請求書の締切が今日だったことを思い出して、血の気が引いた。
慌てて請求書のテンプレートを開く。
すると今度は、ブログで何を書こうとしていたのか分からなくなる。
テーブルの付箋を見ても、さっきあったはずの「全体が見えている感じ」は戻ってこなかった。
その横で妻が本から目を上げ、テーブルを見て言った。
「……そろそろ、晩ごはんの支度してもいい?」
ああ、またやってしまった。
全体を見ようとすると、作業が止まる。
作業に潜ると、全体が消える。
この板挟みを、僕はずっと集中力の問題だと思っていた。
集中力がない、では説明が足りなかった
こういうことが起きるたびに、僕は自分を責めていた。
集中力がない。
段取りが悪い。
優先順位が分かっていない。
また目の前のことに吸い込まれた。
でも、よく考えると変だった。
ブログを書いていた三時間、僕は集中していなかったわけではない。
むしろ集中しすぎていた。
請求書を作り始めても、テンプレートの列幅が気になって三十分触り続けるくらいには集中していた。
付箋の色分けに四十五分使うのも、集中力がない人間の動きではない。
だから、問題は「集中できない」ではなかった。
僕の場合、集中力の向き先が一度に一方向へしか開かない。
全体を見ると、目の前の細部がぼやける。
目の前に潜ると、全体が消える。
森を見ようとすると、一本の木の幹の模様は見えない。
一本の木に顔を近づけると、森の全景は視界から消える。
この切り替えの不器用さが、僕の中でずっと起きていた。
僕の脳は、望遠レンズ寄りだった
あるとき、カメラ講座の広角レンズと望遠レンズの回を見ていて、急に言葉がつながった。
広角レンズは、広い範囲を写す。
部屋全体。
道の先。
風景の広がり。
いま自分がどこにいるのかを見るには向いている。
一方、望遠レンズは、狭い範囲をくっきり写す。
人物の表情。
花びらの輪郭。
遠くの一点。
ただし、ピントの合っていない周辺はぼける。
この瞬間、僕は思った。
僕の作業中の脳は、かなり望遠レンズ寄りなのかもしれない。
目の前の一つへピントが合う。
その代わり、周辺がぼける。
ブログにピントが合えば、請求書がぼける。
請求書にピントが合えば、ブログの続きがぼける。
付箋の色にピントが合えば、そもそも何のために付箋を並べていたのかがぼける。
ここで大事なのは、望遠レンズが悪いわけではないということだ。
望遠レンズには、望遠レンズの強さがある。
一つの対象を深く見る。
余計な背景をぼかす。
細部の手触りを拾う。
これは欠陥ではない。
ただ、望遠レンズのまま部屋全体を撮ろうとすると無理が出る。
全体像と目の前のタスクを同時に見ようとしていた僕は、望遠レンズで集合写真を撮ろうとしていたのかもしれない。
同時に見えないなら、交互に見るしかない
この見方に変えたとき、少し楽になった。
僕の問題は、能力の低さではなく、レンズの切り替えを、頭の中だけでやろうとしていたことだった。
広く見る時間と、深く見る時間。
この二つを同時に重ねようとするから、どちらも中途半端になる。
全体を見ながら細部へ潜る。
細部に潜りながら全体を監視する。
これは、僕にはかなり負荷が高かった。
だから最初に必要なのは、「もっと器用に同時処理する」ことではなく、いまは広角なのか、望遠なのかを分けることだった。
ここが分かってくると、反省の向きが変わる。
「なぜ全体も細部も見られないんだ」ではなく、
「いま、どちらのレンズで見ようとしていた?」
と見られるようになる。
この先で書くのは、その切り替えを生活に入れる話だ。
目の前の作業に潜る力を捨てるのではなく、全体を見る力を鍛え直す話でもない。
望遠のまま迷子にならないように、広角へ戻る足場を外に置く話だ。
この先では、二つのレンズを交互に使うための小さな仕組みを作る。
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