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勉強はできるのに仕事ができない――会議に「正しい答案」を持ち込んでいた僕の話

「君の資料、完璧すぎて逆に使えないんだよね」

その資料は、僕の中ではかなりよくできていた。

数字の根拠は確認した。
ロジックの穴も潰した。
反論されそうな箇所には、先回りして補足を入れた。
参照元も明記した。

自分で言うのも変だけれど、きれいな資料だった。

少なくとも、資格試験の答案としてなら悪くない出来だったと思う。

僕は、情報処理技術者試験のような、ルールが固定された世界ではかなり戦いやすいタイプだった。

問題文を読む。
条件を拾う。
矛盾を潰す。
正解に近づける。

こういう作業は、むしろ好きだった。

だから、その資料にも自信があった。

ところが会議で、あっさり崩れた。

画面に資料を映した瞬間、空気が少し止まった。

そして、言われた。

「で、結局何が言いたいの?」

次に、別の人が言った。

「細かすぎて、論点が見えない」

最後に、いちばん刺さる言葉が来た。

「完璧なのは分かるんだけど、逆に使いにくいんだよね」

完璧なのに、使いにくい。

その言葉を聞いた瞬間、僕の頭は止まった。

勉強はできるのに、仕事ができない。

長いあいだ説明のつかなかったこの落差は、あの「完璧なのに使いにくい」の一言に全部詰まっていた。

僕は、間違いを減らすために作った。

でも相手は、判断するための材料が欲しかった。

僕は、突っ込まれないように閉じた。

でも相手は、その場で動かせる余白が欲しかった。

僕は「正しい答案」を作ったつもりだった。

でも会議で求められていたのは、答案ではなかった。

その帰り道、頭の中ではいつもの反省会が始まった。

「結局、勉強はできても仕事はできないのか」
「資格試験だけ得意な、現場では使えない人間なのか」
「もっと空気を読めばよかったのか」
「仕事のセンスがないのか」

かなり削られた。

資格試験なら、わりと戦える。

でも仕事になると、急に崩れる。

この落差は、本人にとってかなりきつい。

できないなら、まだ分かりやすい。

でも、できる場面もある。

だから余計に、自分の中で説明がつかない。

「頭は悪くないはずなのに、なぜ仕事になるとこうなるのか」

僕は長いあいだ、その問いに詰まっていた。

同じ問いで止まっている人は、たぶん一人ではないと思う。少なくとも、ここに一人いる。


勉強はできるのに仕事ができない――試験と仕事では「採点方式」が違った

先に、範囲を書いておく。

勉強はできるのに仕事で崩れる理由は、一つではない。

段取りが組めない。
優先順位がつけられない。
相談が遅れる。
単純に経験が足りない。
体調や、職場との相性のこともある。

どれも実際にある話だ。

この記事で扱うのは、そのうちの一つだけだ。僕のように、採点基準が見えないまま正確さのほうへ寄ってしまい、完成してから初めて相手とのズレに気づくケース。

そこに限って書く。

***

今なら、少しだけ分かる。

勉強と仕事では、扱っている情報の種類が違う。

学校のテストも、資格試験も、止まった情報を解く場所だ。難しさも出題範囲もまるで違うのに、問いと採点基準が先に決まっている点だけは同じだった。

問題文は変わらない。
制限時間は決まっている。
採点基準もある程度決まっている。
問われていることも、文章の中に書いてある。

もちろん難しい。

でも、少なくとも情報は止まっている。

問題文が途中で機嫌を変えることはない。

採点者が会議中に「やっぱり別の方向で」と言い出すこともない。

問題の意図を読む必要はある。

でも、その意図は紙の中に閉じている。

僕は、こういう世界ではかなり動きやすい。

条件を並べる。
分類する。
矛盾を見つける。
正解に寄せる。

静的な情報は、手元に置いて眺められる。

何度でも読み返せる。

必要なら線を引ける。

これは安心する。

一方で、仕事は動く。

相手の関心が変わる。
場の空気が変わる。
上司の優先順位が変わる。
最初の依頼と、本当に欲しかったものがずれている。
資料を出した瞬間に、追加の前提が出てくる。

仕事で求められるのは、正しい答案だけではない。

その場で、相手の目的に合わせて形を変えることだ。

これがきつかった。

僕は資料を作る前に、情報を固定したかった。

でも現場では、情報が固定される前に動き始める。

ここでズレる。

能力が低いからではなく、採点方式が違う。

試験は、正解に近いほど点が入る。

仕事は、相手が次の判断をしやすいほど使われる。

この違いを知らないまま仕事をしていた頃、僕はずっと試験問題を解くように働いていた。

答案を出しているつもりで、作戦会議に座っていた。

そして、現場で崩れていた。

「仕事ができない」ではなく、採点方式が見えていなかった

仕事で崩れると、たいてい人格の話にされる。

柔軟性がない。
要領が悪い。
空気が読めない。
融通が利かない。
仕事のセンスがない。

そう言われると、かなり逃げ場がない。

直せと言われても、何を直せばいいのか分からない。

でも、採点方式の違いとして見ると、少し扱える。

学校のテストでも資格試験でも、勉強はこういう採点をされてきた。

  • 問いに正しく答えているか

  • 条件を落としていないか

  • 知識が正確か

  • 手順が合っているか

  • 余計なことを書いていないか

仕事では、別の採点が混ざる。

  • 相手が判断しやすいか

  • いま必要な粒度か

  • 場の目的に合っているか

  • 次の行動につながるか

  • 修正しやすい形になっているか

  • 相手の時間を奪いすぎていないか

これは、かなり違う。

僕が会議で出した資料は、前者の採点では高かったかもしれない。

でも後者の採点では低かった。

つまり、頭が悪かったのではない。

別の試験を受けていた。

試験会場に、答案用紙を持っていった。

でもそこは、作戦会議だった。

必要だったのは、完成した答案ではなく、みんなで動かせる地図だった。

ここに気づくまで、かなり時間がかかった。

そして、気づいてからも簡単ではなかった。

なぜなら、仕事の採点基準は、問題文のようには書かれていないからだ。

「いい感じで」
「ざっくりで」
「パッと見て」
「上に説明できるように」
「とりあえず叩き台で」

こういう言葉の中に、採点基準が隠れている。

少なくとも僕は、ここがかなり難しかった。

言葉としては短い。

でも、その裏に前提が多い。

誰が見るのか。
何を決めたいのか。
どこまで正確さが必要なのか。
どこは雑でいいのか。
いつ修正する前提なのか。

ここが見えないまま作ると、僕のように「完璧なのに使えない資料」ができる。

悪意ではない。

能力不足だけでもない。

依頼の受け取り方と、相手が欲しかったものがずれていた。

無料部分で持ち帰ってほしい、問いと確認文

ここで、無料部分だけで持ち帰れるものを置いておく。

一つは、自分に向ける問いだ。

いま自分が解こうとしているのは、正解を出す試験なのか。それとも、相手が判断するためのすり合わせなのか。

この問いだけでも、少し止まれる。

試験なら、正確さを上げればいい。

でも、すり合わせなら、正確さだけを上げても苦しくなる。

相手が欲しい粒度。
判断したい内容。
使う場面。
修正の前提。
締切の意味。

そこを見る必要がある。

仕事で崩れる人は、怠けているとは限らない。

むしろ、かなり真面目に解いていることが多い。

ただ、違う採点方式の問題を、資格試験の解き方で処理している。

ここに気づけると、反省会の向きが変わる。

「自分は仕事ができない」ではなく、

「採点基準を聞く前に作り込みすぎたのかもしれない」

そう見られる。

***

もう一つは、相手に向ける確認文だ。

これは誰が、何を判断するための資料ですか。

明日から使うなら、まずはこれだけでいい。

覚えようとしなくていい。スマホの辞書登録か、メモアプリの定型文に一行入れておく。「いい感じで」と言われた瞬間に、頭ではなく指から出てくるようにしておく。

この一文が出るかどうかは、意志の強さではなく、置き場所で決まる。

「いい感じで」を採点基準に戻す、780円です

それ、どこまで作り込めば合格ですか。

こう聞ければ、たいていの事故は起きない。でも実際には聞けない。聞くと、できない人だと思われる気がするからだ。だから黙って、いちばん高い基準で作る。そして「そこまでやらなくてよかったのに」と言われる。

無料部分で持ち帰ってほしいのは、その反省会の向きだった。仕事ができないのではなく、採点基準を聞く前に作り込みすぎた。ここが見えるだけで、自分への評価はかなり変わると思う。

ただ、見えたあとに残るのが、では何を聞けばいいのかという空白になる。

「いい感じで」と言われて止まるのは、指示が曖昧だからではない。曖昧な指示を、こちらが完璧な仕様へ翻訳しようとして、翻訳先が無限にあるから止まる。だから「ちゃんと確認しよう」と決めても、確認する項目が浮かばない。質問をゼロから作れる人なら、最初からここで困っていない。

この先で渡すのは、その質問を毎回ゼロから作らずに済む形だ。上の一行のような確認を、場面ごとに出せるようにする。そして、作り込みすぎを止めるための線も引く。780円は、作り始める前の確認一つぶんの値段だと思ってもらえたらいい。

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