SNSを見る度に劣等感に襲われて落ち込む僕――「人と比べてしまう癖」の正体は"脳のバグ"だった
なぜ、僕たちは比べてしまうのか――
SNSを開くたび、胸がざわつく。
ずば抜けて優秀なプログラマー。最新のAI情報に通じた専門家。ほれぼれするような言語化能力を持つ書き手。果ては、ピアニスト、バーテンダー、マジシャンまで……
彼らの才能を目にするたび、「どうせ自分なんて」という声が頭の中で響き出す。
僕の主治医に言わせれば、僕は100人に1人の「ギフテッド」らしい。30年近くシステムエンジニアとして飯を食い、若い頃は海外を転々としながら生計を立て、今はストレスの少ない地方都市でフルリモート生活を送っている。
客観的に見れば、これ以上ないほど恵まれているはずなのに。
「人と比べても意味がない」ことくらい、言われなくても分かっている。「人と比べたらキリがない」ことも知っている。
それでも、なぜか僕は、「人と比べる」ことを止められない。
この、どうしようもない矛盾の正体は、一体何なのだろうか。
自己否定の根本原因――「浮きこぼれ」だった僕の少年時代
なぜ、僕はこれほどまでに自己肯定感が低いのだろう。
僕の主治医が言っていた言葉にそのヒントがあった。
主治医いわく、僕は「価値の内在化が不得意」らしい。
内在化(内面化)とは:
「自分の価値を内在化する」とは、点数や肩書きに左右されず、「自分は大切な存在だ」と内側で感じられるようになること。価値の内在化ができている人は、褒め言葉も批判も"参考"として捉えることができ、最終的には自分の基準で立つことができる。
この特性は、人格が形成される時期に、肯定的なフィードバックをあまり受けてこなかった人に多いという。
思えば僕も、大人に理解されない「浮きこぼれ」の少年だった。テストはできるのに、授業は退屈でまったく集中できなかった。だから「聞いていない」と叱られる。協調性がないとの理由で低く評価され、通知表はいつも芳しくない。
【関連時期】僕の「浮きこぼれ」少年時代の話
「君はどこか劣っている」──。
直接言われなくとも、周囲の大人たちの態度から、いつも僕はそのメッセージを敏感に感じ取っていた。
そうやって、子どもの頃に「ありのままの自分」を否定され続けると(これを心理学では「無効化」と言う)、僕たちは「自分自身には価値がない」と無意識のうちに思い込んでしまい、自分の価値を自分で信じることができなくなる。
自分の価値が信じられない、というのは子どもにとって恐ろしいことだ。そうするうちに、極度の不安から逃れるために、自分の価値の評価を他者からの評価や成功といった「外部のモノサシ」に頼るという、一種の「生存戦略」を脳がとるようになる。
こうして育った、“価値のモノサシ”を外部に置きっぱなしにしている人間が、成功者のハイライトだけを切り取ったSNSのような情報を浴びるのは非常に危険だ。
なぜなら、それらのSNSの投稿は「成功者のつまらない日常」や「失敗」が含まれない、「極めて高い値だけの歪んだモノサシ」だから。
そんなモノサシを毎日見ていると、生存戦略のために獲得したこの機能が暴走し、自分を際限なく攻撃し始める。

これは、僕らプログラマーが言うところの「潜在的バグ」みたいなものだ。普段は問題なく動いているように見えても、特定の状況で、必ず自己肯定感が低い側に倒れるように設計されてしまっていたのだ。
これこそが、僕が抱えていた“脳のバグ”の正体だった。
この構造に気づいた瞬間、僕の中で何かが変わった。「比較をやめよう」という不可能な挑戦ではなく、「外注していた価値のモノサシを、自分の中に取り戻そう」と考えるようになったのだ。
価値観のモノサシを取り戻す「3つの思考リハビリ」
では、どうすれば「外注」していた価値のモノサシを、自分の中に取り戻せるのか。僕が実践してきた、具体的な思考のリハビリを3つ紹介したい。
リハビリその①:「外部のモノサシ」から「内部のモノサシ」へ切り替える

他人と比較する代わりに、「過去の自分」 を比較対象にする。シンプルだが、自分の内側に評価基準を強制的に持ってくる、極めて有効なトレーニングだ。
例えば:
「1年前の自分なら、この課題にどう取り組んだだろう?」
「半年前には書けなかった文章が、今は書けるようになっている」
自分の成長は「内部の事実」、これに目を向けるトレーニングを積むことが、価値観を内在化させる第一歩になる。
リハビリその②:「歪んだ情報」をデバッグする

SNSで見る他人の成功は、あくまでその人の人生の「ハイライト集」だ。それと自分の日常を比較するのは、僕らの言葉で言えば「バグったデータを参照している」 のと同じこと。
だから、意識的にその情報を「デバッグ(無害化)」する。
例えばSNSの成功者を見る時には心の中で注釈をつける:
「この華やかな投稿で見えているのは、その人の人生の10%だけだ。残り90%の苦労や失敗は、ここには映っていない」
で、参照するデータの「歪み」を補正し、感情的なダメージを大きく減らすことができる。
リハビリ③:「劣等感」を感情のセンサーと見る

「嫉妬」や「羨望」、「劣等感」といったネガティブな感情は、自分が何を求めているかを教えてくれる貴重な「センサー」 だと捉え直す。
「なぜ、自分はこの人に嫉妬するのだろう?」
「この人の何が、そんなに羨ましいのだろう?」
そう自問することは、自分の価値観のセンサーから返ってきたデータ(=自分が本当に欲しているもの)を分析する行為だ。嫉妬は、自分でも気づかなかった「内なる価値観」を発見するための、最高のデータソースになる。
成果:僕に起きた小さな変化
この思考リハビリを始めてから、僕にはいくつかの変化があった。
もちろん、SNSを見て落ち込む頻度は激減した。しかし、それ以上に大きかったのは、「自分は自分のモノサシで生きていいんだ」という感覚、つまり自己肯定感の土台が、少しずつ築かれていくのを感じられたことだ。
正直に言えば比較癖が完全になくなったわけではない。今でも不意に、他人と比べて落ち込むことはある。
しかし、そんな時でも「ああ、今のは"潜在的バグ"が出たな」と、自分の状態を客観的に捉えられるようになった。そのおかげで、ダメージを最小限に抑え、思考のループから抜け出すのがずっと早くなった。
最後に:自分だけのモノサシを取り戻す旅へ
もし、あなたの中にも「潜在的バグ」が埋め込まれていると感じるなら。
もし、あなたも無意識に「価値観を外注」してしまっているなら。
それは、あなたのせいじゃない。ただ、そういう風にバグが仕込まれてしまっただけだ。
そして、バグなら、いつからでも修正できる。
この記事で紹介した3つのリハビリは、そのための小さな一歩に過ぎない。でも、その一歩を踏み出せば、景色は確実に変わっていくはずだ。
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