WAIS(IQテスト)を受けたら自分の意外な“発達の凸凹”が見えた――”段差”を理解して前に進む助けにする試みの話
【この記事の概要】
① 困りごと: 本は読めるのに、予定は抜ける。理解は速いのに、日常では間に合わない。そんな食い違いがあると、人は「怠けているのか」「結局たいして頭がよくないのか」と自分を責めやすい。
② 困りごとの本質: 苦しさは、能力の高さや低さそのものより、回路どうしの噛み合わなさで起きることがある。WAISは、そのズレを見つける地図になりうる。
③ 対策と支援のヒント: この記事では、僕のWAIS結果をどう読み替えたかを起点に、「頑張り方の修正」にどうつなげたかを書く。無料部分ではズレの正体をほどき、有料部分では、日常を詰まらせないための実際の組み方まで渡す。
読書はできるのに、日常だけが壊滅していた
WAISを受ける前、僕はかなり勝手に答えを決めていた。
本は読める。
文章も速く読める。
情報の飲み込みも悪くない。
だからたぶん、処理速度は高いのだろうと思っていた。
その代わり、忘れ物が多い。締切を飛ばしかける。約束の時間を二重に入れる。
そういう日常の崩れ方があるから、ワーキングメモリは弱いのだろう、と。
つまり僕の予想は、
「PSIは高め、WMIは低め」だった。
でも結果は逆だった。
一番高かったのはWMIで、141。
一番低かったのはPSIで、114。
その数字を見たとき、正直、意味が分からなかった。
高いなら助かっているはずだろう、と思った。
でも現実の僕は、助かっていなかったからだ。
ここで一番しんどかったのは、数値そのものより、説明がつかない感じだった。
読めるのに回せない。
理解はするのに抜ける。
考えられるのに、その場になると遅れる。
この食い違いがあると、人はかなり簡単に自分を嫌いになる。
僕も長いこと、そうだった。
高いスコアが、そのまま「生きやすさ」にはならなかった
最初は単純に考えていた。
WMIが高いなら、忘れにくいはずだ。
なら、忘れ物やタスク抜けが多い僕は、検査結果か自己認識のどちらかがおかしいのだろう、と。
でも、少しずつ見え方が変わった。
僕の生活で起きていたのは、「記憶がない」というより、
持っていたものを、日常の速さの中で落としていく感じだった。
たとえば、電話しながらメモを取ると、どちらも半端になる。
複数の指示を受けると、あとから「あれも言ってたな」と思い出せるのに、その場では整理しきれない。
通知や締切や会話が一気に重なると、処理が追いつかず、結果として「忘れたこと」になる。
このとき困らせていたのは、能力の絶対値というより、
回路どうしの段差だったのかもしれない。
心理士の先生からは、定型発達の人では各指標の差がもっと小さいことが多い、と聞いた。
僕はWMIとPSIの差がかなり大きかった。
その話を聞いたとき、ようやく腑に落ちた。
僕は、低い能力を高めれば解決すると思っていた。
でも実際には、強い回路と遅い回路を同時に使わされる場面で転んでいたのだ。
階段に例えるなら、
一段ずつなら上がれる。
でも二段飛び、三段飛びを求められると、急に足を取られる。
僕にとってのつまずきは、段差の存在そのものより、
その段差を「ないもの」として扱われることだった。
ここまでの結論
WAISのスコアは、得意不得意の通知表として読むと外しやすい。
僕にとって役に立ったのは、「何が高いか」よりも、
どの得意分野とどの不得意分野のあいだで日常に困難が生じるかを見ることだった。
だから、
「高いのにできない」
「理解してるのに回らない」
という矛盾がある人ほど、数字の良し悪しではなく、組み合わせを見たほうがいい。
少なくとも僕は、それでやっと自責が少し減った。
能力が足りなかったというより、
使い方を間違えていたのだと分かったからだ。
僕はずっと、遅いところをムチ打っていた
WAISの結果を見たあとで、一番きつかったのは、過去の頑張り方を思い出したときだった。
僕は長いこと、
「もっと速く反応しないといけない」
「その場で即答できないと仕事にならない」
「通知はすぐ返さないとダメ」
と思って生きてきた。
つまり、処理速度の遅さを、気合いで埋めようとしていた。
でもそれは、今から見るとかなり無理があった。
保持したり、構造をつかんだりするほうに寄っている回路を持っているのに、
勝負する場所だけは、ずっと「瞬発力の土俵」にしていたからだ。
主治医にその話をしたとき、
「それはつらかっただろうね」と言われた。
その一言で少しだけ力が抜けた。
僕はサボっていたわけでも、甘えていたわけでもなく、
たんに向いていない戦場で踏ん張り続けていただけだったのだと思った。
読書の速さは、処理速度の高さとは別の話だった
ここも、僕には大きかった。
僕はずっと、「本が読めるならPSIは高いはずだ」と思っていた。
でも今は、あれは別の読み方だったのかもしれないと思っている。
一文ずつ速く裁いていたというより、
ある程度のかたまりで保持して、構造ごとつかんでいた。
細かく逐次処理しているというより、まとまりで受け取っていた。
だから、静かな環境で、自分のペースで、一本道の情報を追う読書は進む。
でも、通知が差し込まれる。会話が割り込む。返答も同時に求められる。
そうなると急に崩れる。
この差が分かったとき、読書好きの自分と、日常で抜けだらけの自分が、ようやく同じ人間としてつながった。
矛盾ではなかった。
条件が違っていただけだった。
ここまで読んで、もし
「自分も似ているけど、まだ大げさに言っていいのか分からない」
と感じているなら、その迷い自体はかなり自然だと思う。
日常の困りごとは、骨折みたいに見えない。
コンディションによっては、できる日もあるから、余計に説明しづらい。
本が読める、話も分かる、仕事もゼロではない。そういう事実があると、なおさら「ただの怠慢では」と自分を責めやすい。
でも、困りごとは、自分が壊れてからじゃないと認めてはいけない、なんてルールは存在しない。
毎回同じ場所で”つまずく”なら、そこには既に”つまずく”構造があるということだ。
この先は、その構造を「分かった」で終わらせないために、僕がどう読み替え、どう環境を組み替えたかを書く。
ただの自己理解ではなく、次の一手が見える形まで落としたい人のための続きだ。
ここから先の有料部分では、次のことを書いている。
WAIS結果を見て終わりにせず、日常の詰まり方にどう結びつけたか
「分かったのに動けない」に戻らないために、僕が捨てた頑張り方
処理速度に頼りすぎない仕事環境を、どうやって現実に合わせて作ったか
考え込んで止まる夜でも使えるようにしている、僕なりの小さな運用ルール
ここから先で渡したいのは、立派な理論ではなく、
頭が疲れている日でも、次に何を減らせばいいかが見える足場だ。
WAISを受けたあと、
「それで、結局どう暮らしを変えればいいのか」
のところで止まっている人には、たぶん役に立つと思う。
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