ショートショート 木工用バント
宮地さんは左の前歯がない。金がなくて歯医者に行かなくて、気づいたら抜く羽目になっていた。ニッカリ笑うと抜けた歯の間から息がしゅうしゅうもれる。息がしやすくて便利だろと、聞いた方が困ってしまうような冗談を言う。
宮地さんは右の中指もない。工場のでっかい丸鋸の刃で椅子の部品と一緒に落としてしまった。けれど自分の仕事が嫌いになれない。ただの木の板が机や椅子に変わるなんてまるで魔法みたいだろう。子供みたいに目を輝かして話す。
休日は区の草野球に参加している。2番でバントばかり打つ。四本しかない右の指でも器用にボールを打ち返す。ピッチャーがおたおたすると少し意地の悪い顔をする。
キーンと、誰かのバットがボールを打つ音が好きだ。空に風穴が開くような心地がする。宮地さんのバントはゴンと鈍い音。本当はホームランにも憧れるけど、指が足りなくて強くバットを握れない。ゴン。俺はダボだな、と走りながら思う。打者の繋ぎも、いい腕だ。
ショートショート No.791
田原にかさんの毎週ショートショートnoteに参加しています。
今週のお題は「木工用バント」です。
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