ショートショート 簡単トーテンポール昼食
丘の上旅館の従業員たちは浮き足だった。新戸部博士がお越しになる。世界を股にかける民俗学者だ。
「いやあ。万里の長城みたいに遠かった」
コートを脱ぎながら気さくに笑う。
「すまんが何か作ってくれないか。昼食を食べ損ねて腹ぺこなんだ。トーテンポールみたいに素敵なやつを頼むよ」
気の毒なのは料理長だ。新戸部博士は研究の傍ら世界中の美味珍味を味わったことがあるという。『トーテンポールみたいな昼食』。頭を捻り、思いつく。ハンバーガーだ。うちは日本料理屋なのに?
刺身を酢で締め、山菜を煮た。大急ぎだ。酢飯を固めて卵焼きを敷く。刺身に山菜、海苔を一枚。酢飯で蓋をして皿に乗せ、料理長自ら客室に運び込む。
「簡単なものですが」
層になった酢飯に新戸部博士が驚いた。そして自分の失言に気づいて強く自らを恥じた。料理長に深々と頭をさげる。
「簡単であるものですか。有り難くいただきます。どんな遺跡よりも素晴らしい、ここだけのあなたの料理を」
ショートショート No.772
たらはかに(田原にか)さんの「毎週ショートショートnote」に参加しています。今週のお題は「急性アンコール中毒」。裏お題は「簡単トーテンポール昼食」です。
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