見出し画像

花井さんの試験

 花井さんは生まれつき嗅覚が繊細で鋭い。おかげで猫好きなのにペットショップに近づけないし、電車やバスの人いきれに耐えられない。
 才能だ。天職だ。会社ではそう言われる。飲料水工場の官能試験係だ。匂いや味で品質の良し悪しを判断する試験は花井さんにうってつけだった。お陰で日に日に花井さんの五感は鋭くなり、精神的にも尖っていった。社員たちは心なしか花井さんを避けた。
 4月のことだ。新入社員が来るというので花井さんは試験用の水を用意して待った。予定時間から5分と3秒を過ぎたとき、新入社員の彼女が飛び込んできた、と思ったら試験用の水をごくごく飲んだ。
「はー生き返った!」
彼女は言った。花井さんはしかつめ顔をして言った。
「これは官能試験だ。蘇生試験じゃないんだぞ」
すると、彼女は声をあげて笑って、それからだ、花井さんが彼女のことを忘れらなくなったのは。
「多分、生まれ変わったんだ」
 社員みんなが噂した。花井さんの遅い初恋だった。


ショートショート No.756


いいなと思ったら応援しよう!

へいた|ショートショート よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!