企画小説|恋愛掌編|佐久間 理仁は、理不尽で気難しい(読了に約10分)
この小説は企画小説です。
内容面で読む人を選びます。
前書きをご一読のうえ、お進みください。
前書き
この小説は、楓莉さん発案企画、なみさんのお題設定による「BL作家やろうぜ!〜3つのお題小説 第4弾」参加作です。
つまり、BLです。
男性同士の恋愛要素を含みます。
普段、自分はBLを書いていません。
──が、この分野には敬意とある種の屈託があり、参加させてもらいました。
ご依頼いただいて書いたBL小説が、全文書いたあとでボツになったことがあるんですよね。ボツの理由は忘れもしない、「艶めかしさが足りない」から。
代わりに掲載された作品を目の前に、若かかった私は打ちのめされました。
ああ、これは書けないわ……と。
そう。ボーイズラブって難しいんですよ。
ってことで書きました。
BL書きじゃない文字書きがつづる耽美さの足りない掌編BL小説。原案なしの書下ろしです。
お楽しみいただければ幸いです。
直接的なえっっろはないけど、直接的な表現はあるよ!
苦手な人はお帰りくださいね。
-概要-
お題3ワード
いい夫婦の日
右ストレート
ポエム
規定字数
3,000~5,000
当作 4,770字(改行除く)
タイトル『佐久間 理仁は、理不尽で気難しい』
本文(読了まで平均10分)
理仁は理不尽で、気難しい。
今日だってそうだ。一日中部屋にこもって仕事をしていたと思ったら、朝方になって寝室にやってきて、三時間で起こせという。締め切りに間に合わないからと。
気持ちよく眠っていたところを叩き起こしたあげく、一方的に命令して、さっさと自分は寝落ちている。
しかも、きっかり三時間後に声をかけたらコレだ。
「……、……」
ああ、そんな目でみないで欲しい。
君が起こせと命じたからそれに従っただけだ。
だから俺は嫌だと思ったんだよ。君の寝起きの悪さは半端じゃない。
ただでさえ表情が乏しいから、もう八年も一緒にいる俺だって声をかけるのを憚られるときがあるのに、その殺意すら潜ませた目──神経が細い人なら殺せるよ?
「理仁、締め切りに間に合わないんだろ? 起きなくちゃ。ね?」
あやすように優しく声をかけても、ぎろりとひと睨みして、さっとお気に入りのケットを肩口まで引き上げて、背を向けてまた寝る。
「そうだ、凍頂烏龍茶いれようか? 昨日買っておいたんだよ」
「要らん」
「じゃあ、コーヒーにする? 新しい豆があるから香りがいいよ」
なるほど、無視ですか。
──となると、あれか?
「部屋を暖めておくよ。デスク周りが寒いっていっていただろ?」
「……あと、10分したら起こして」
どうやら正解だったようだ。
仕事部屋に入り、部屋のエアコンを付けて足元のヒーターのスイッチも入れる。それからキッチンでおにぎりを作りながら待つこと十三分。
寝ぐせだらけの頭をかき回し、のっそりと寝室から出てきた理仁が大あくびをしながら亡霊のようにしずしずと仕事部屋へ消えていく。
その後ろ姿を眺めながらしてやったりと思う。
起きると決めてしまった理仁には、声をかけない方がいいのだ。時間だ、起きろなどと言おうものなら、逆切れならぬ沈黙とセットの冷たい目線という、心抉られる攻撃を受ける。それは理不尽。理不尽の極み──。
出来上がったおにぎりに水の入ったボトルを携えて、仕事部屋に入る。
このときもノックはしないのがポイントだ。
デスクの右隅に白い洋皿に乗せたおにぎりと、活性炭フィルターの入った水のボトルを置く。
チェアのうえに体育座りしてフリースの部屋着の襟に口元まで埋め、PCの画面を注視していた理仁がそれを見て、ぼそりと呟いた。
「エレガントさが足りない」
食に淡泊な理仁が口に入れるかどうか決める基準は、エレガントであるかどうか、もしくは、好奇心をそそられるかどうか、だ。
もう八年も一緒にいるというのに、俺は未だそのどちらの定義も完全にはつかみきれていない。なんにせよ、今日のおにぎりは不合格ということだ。
苦笑いでごまかして、尋ねる。
「その仕事、今日終わるの?」
「終わらせたいと思っているから、やっている」
そうは言っても、理仁が締め切りを落とすところは見たことがない。
切れ者でそのうえ感情が乏しいから、そのきれいな顔のしたで何を考えているのかは全然分からないけれど。たぶん頭のなかには人が考えつかないようなことが、いっぱい詰まっている。
「何時に終わる?」
ふだんならこんなことは決して聞かない。
不機嫌そうに眉をひそめて、無視されるのが分かりきっているからだ。
でも今日は聞かずにいられない。
「なんで?」
温い部屋が心地よかったのか、理仁はめずらしく聞き返した。
でも聞き返されると、それはそれで困る。今日は。
理仁がモニターから目を離して、するりと俺を見遣る。
その瞬間、どきりと胸が鳴る。
髪は寝ぐせでボサボサで、寝起きのまま顔も洗っていない。服装は部屋着のくたびれたフリース。自分を魅力的に見せるための演出どころか、人として最低限の支度もできていない。
それなのに理仁の何気ない仕草に、表情に俺はどきりとする。まったく顔がいいってのは、とんでもないアドバンテージだ。
モニターに視線を戻した理仁が、熱のない声で言う。
「今日中に終わるかどうか微妙」
「あ、そうなんだ。わかった」
なんでもないようなふりをして部屋を出ようとしたとき、後ろから呼びかけられた。
「央仁」
理仁は名前をめったに呼ばない。最初は俺の方が年上だから呼びにくいんだろうか、とか思ったりもしたけれど、違った。そもそも理仁は名前を呼ぶほど、人に興味というものを持っていない。多分、それがたとえ恋人でも。
どきどきしながら振りかえると、冷や水を浴びせるようなとんでもないことが告げられた。
「帰ってこなくていいよ。邪魔だから」
ささやかな幸福から一転、絶望に突き落とされた気がした。
「自分の誕生日に帰ってこなくていいって、どういう了見だ、ゴルァーー!!」
レッスン前の無人のスタジオ。俺は今朝のことを思い出してサンドバッグに右ストレートを繰り出す。渾身の右ストレートは真芯を捉え、サンドバッグはぎしぎしと音を立てて左右に大きく揺れた。
そう、今日11月22日は理仁の誕生日だ。
理仁が自分の誕生日も覚えていないことぐらいは織り込み済みだ。仕事が終わっていなくてもいい。だけど、祝わせるくらいはさせてくれてもいいではないか──と思う。
怒りが収まらない。いや、哀しいんだ。
分かっている。理仁にぞっこんなのはいつだって俺で、理仁には俺はたぶん必要ない。
付き合いはじめたのだって、俺があんまり何度もしつこく言ったから、きっと理仁は折れただけだ。
それでも、八年も傍に置いてくれたのだから、彼の特別になったのだと思っていた。でも理仁は何年経とうが変わらない。あんなんで、やる気さえ出せば家事全般もなんでも完璧にこなすし、年収だって俺の倍以上はずっと稼いでいる。ひとりが寂しいなんて感覚はきっと持ち合わせていない。それどころか今以上に仕事に没頭できるって、喜びさえするんじゃないだろうか。
哀しみを怒りに変えないと居られない。
一年でいちばん嬉しいはずの日が、哀しみに攫われて立っていることさえままならない。
気を抜くと涙がこぼれてしまいそうだった。三十路もとっくにすぎたのに。
そのとき、スタジオの入口からどやどやと会員さんたちが入ってきた。
笑顔で迎えていつもどおりレッスンをはじめる。こんなときは仕事に救われる。
正直、家に帰ろうかどうか迷った。
理仁が邪魔だから帰ってこなくていいって言うからには、そうなんだろう。
いつもならば素っ気なくされても受け流せる。でも今日はそれができなさそうだった。
そして俺が受け流せないのなら、きっと俺たちの関係は終わる。
何年経とうが、薄氷のうえにあるような不確かで危うい間柄。そして、それを守るのをひとりで担っているという重み──。ふとその孤独に身が凍え、足が竦む。
駅からの道のりを足取りも重く歩く。
金曜の夜の街はどこか浮ついていて楽しそうで、それが余計に居たたまれない。
外から部屋の窓を見上げると、リビングも、その隣の理仁の仕事部屋も灯りが点いていないようだった。ちょっとだけほっとする。どちらの灯りも点いていないということは、きっと寝室だ。仕事を終えて疲れて寝たのだろう。
起こさないように音を立てず、息を殺して鍵を開けて部屋に入る。
リビングの灯りのスイッチを入れると、ソファに見慣れた長身がうつ伏せでいた。
「理仁?」
「ああ、帰ったのか。いつの間にかうとうとしてた」
理仁は部屋着から外出着に着替えていた。食事ひとつにエレガントがどうとか言い出すくらいだから、美的感性を重視して生きている彼は基本オシャレだ。優先順位が低いだけで、外に出るときはきちんとしていて、人の形すら崩れている家とは別人だ。
「……?」
起き上がって何をするのかと思えば、おもむろに鏡の前に立って髪を直す。その様子はあまりにも奇妙で、俺は変なものを見るような目で見ていたと思う。
「なに?」
「いや……どこか出かけるの? そんなきちんとした格好して、髪を整えたりして」
「きみがきちんとしている方がいいっていうからだろ?」
じっと見つめられると、思わず視線を外す。
身なりを整えた理仁は心臓に悪い。
「きみは、ほんとうに僕の顔が好きだよね」
顔なんて識別記号に過ぎないのに、と呆れたように呟いてふいと、キッチンに移動する。
そして冷蔵庫を開けると次々に料理を取り出して、ダイニングテーブルに並べていく。
そのなかには、俺の大好物のローストビーフもあった。理仁が作るローストビーフは塩分濃度を計算しているとかで、塩味も火入れの具合も完璧だ。ただ面倒だからとなかなか作ってくれない。
「料理したの? なんで?」
理仁はちょっと考えてからこう言った。
「今日はいい夫婦の日だから」
「……俺と理仁は夫婦なの?」
「僕はそんなようなもんだと思っているけど。違うの?」
何をさらりと言い出すんだ、こいつは。
「だって、邪魔だから帰ってこなくていいって」
「きみが居たら、仕事と料理の両方は今日中に片付かない」
(早く)帰ってこなくていいってことかよ。
言葉が致命的に足りないよ。
「そんな言い方して、本当に俺が帰って来なかったらどうするつもりだった?」
「待つよ、いつまででも。待つ」
理仁の言いようは、さもありなん、といったところだ。
ああ、本当にこいつの考えていることは分からない。
「っていうか、その前に今日は理仁の誕生日でしょ? だから俺が祝いたかったのに」
「僕の誕生日なんて祝ってくれなくていいよ。きみは僕に何も与えなくていい」
やっぱり理仁はちょっと、いや──大分おかしいと思う。
「央仁に何を与えられるか考えるのが、僕の幸せだから」
とんでもなく冷たいと思ったら、こういうことを恥ずかしげもなく真っ直ぐに言ったりする。
そうして、耳まで真っ赤にして言葉を失った俺に、大好きなその顔でにっこりと笑うんだ。もう──右ストレート食らってKOされた気分だよ。
「じゃあ、いい夫婦の日に乾杯」
俺の好きなオレンジワインを用意して、テーブルいっぱいに俺の好きな料理ばかり並べて理仁はろくに食べもしない。作るとその匂いでお腹いっぱいになってしまって、気分が悪くなるらしい。頭が鈍るのが嫌とかで、酒もほとんど飲まない。
食事が最小限な反動なのか、茶やコーヒーなどの飲みものにやたらとこだわりがある。
食後に凍頂烏龍茶を淹れていると、ソファに腰かけた理仁があるものを見ていることに気づいた。
「ああーー!!」
時すでに遅し。
昨晩書いたアレだ。
ふと理仁が笑う。
「ずいぶん下手なポエムだな」
彼への感謝と愛をつづった短い手紙。ポエムと言っても差し支えない。
理仁は短く茶化すと、次の瞬間それを躊躇なくゴミ箱に投げ入れる。
ああ、もう。本当にこいつは訳が分からない。
気まずい思いを抱えながら茶器を乗せた盤をローテーブルのうえに置くと、理仁は待っていたと言わんばかりに手を伸ばし、茶杯をかぶせた聞香杯を慣れた手つきでひっくり返す。そして、杯を指で持ち上げてうつむき香りを愉しみはじめる。
ああ、もう。所作が優雅で美しい。
こんなことで喜んでくれて、かわいい──!
幸福と絶望がぐちゃぐちゃで、高揚と消沈のあいだの行ったり来たりで忙しい。
「それで、仕事は終わったんだよね?」
目を細めて香りを堪能するその横顔を覗き込みながら尋ねる。
ある種の期待をいだいて。
理仁は凍頂烏龍茶を一口含み、ふふ、と笑った。
「セックスはしないよ」
「は──?」
「大きな仕事を片付けたばかりで、眠いからね」
そう言うなり茶杯を置き、こてんと頭を俺の肩に預ける。それはもう無防備に。
俺は今度こそ間違いなく、ノックアウトされるしかなかった。
(了)
楽しい機会を企画準備し、提供してくださった楓莉さんとなみさんのお二方に敬意と感謝を。
そしてお題小説というトレーニングに勤しむ文字書きたちにも敬意を。
読んでくれてありがとう!
……で、こっちは行儀よく真面目に書いたんですけれども。
ポエムと右ストレートも添え物程度にしか使えず、不完全燃焼。
なので、こっちでは渾身の右ストレートさせて、大爆発を起こし、戦わせました。ふざけ散らかしました。
既作の難解な設定を使って書いたので、細部は無視し斜め読みで雰囲気だけ楽しんでいただけたら幸いです。センス皆無の雰囲気ポエムがお気に入りです。
また、他の参加者さんの作品はこちらよりご覧いただけます。
私もじっくり読みに行こうっと!
