太平洋の暁(8)
第八章 レールガン戦艦《紀伊》
2042年1月22日 ハワイ北西海域
被雷の衝撃が、まだ艦体に残っていた。
《紀伊》の左舷後部では応急班が必死に浸水を食い止めている。
だが、超大和型戦艦は沈まなかった。
巨大な装甲帯と多重防御区画が、魚雷の破壊力を受け止めていた。
「浸水区画、封鎖完了!」
「機関出力、九五パーセント維持可能!」
報告を聞いた蒼真は短く頷く。
「戦闘継続。」
前方の雲が裂け、敵主力戦艦群が姿を現した。
《モンタナ》級戦艦。
旧アメリカ海軍が完成させる前に計画終了となったはずの超大型戦艦が、ASRによって復活していた。
四連装五〇センチ砲塔を三基。
さらに最新型の電磁砲を副砲として搭載している。
伊東が思わず息を呑む。
「化け物だな……。」
蒼真は双眼鏡を下ろした。
「だが、こちらにも《紀伊》がある。」
「距離、二百四十キロ。」
レールガンの射程内。
砲術長が静かに報告する。
《紀伊》の第一・第二砲塔が敵先頭艦へ照準を合わせる。
艦橋の照明が落とされ、射撃指揮装置の光だけが浮かび上がった。
蒼真は深く息を吸う。
「目標、敵戦艦《モンタナ》。」
「第一・第二砲塔、斉射。」
青白い閃光。
轟音ではなく、空気を裂くような鋭い衝撃音が艦橋を貫いた。
二発の超高速砲弾が、海面すれすれを飛翔していく。
数秒後――
敵戦艦の中央部に白い火花が走った。
遅れて、巨大な爆炎が噴き上がる。
「命中!」
オペレーターが叫ぶ。
《モンタナ》の舷側装甲に、直径数メートルの貫通孔が開いていた。
通常砲弾なら弾かれていた距離だ。
だがレールガン弾は、運動エネルギーだけで装甲を貫いていた。
敵艦隊が反撃を開始する。
《モンタナ》級の主砲が火を吹き、巨大な砲弾が《紀伊》へ向かってくる。
「弾着、二十秒!」
蒼真は即座に命じた。
「右舵十五度!」
巨艦がゆっくりと回頭する。
次の瞬間、左舷数百メートルに巨大な水柱が立った。
海そのものが持ち上がったような衝撃。
だが直撃ではない。
「第三砲塔、発射準備!」
砲術長が叫ぶ。
蒼真は敵艦隊全体を見渡した。
《モンタナ》の後方に、旗艦らしき艦影が見える。
他艦よりも大型。
通信アンテナが異常に多い。
「あれが指揮艦か……。」
彼は決断した。
「目標変更。」
「敵旗艦を叩く。」
第三砲塔が火を吹く。
放たれた砲弾は、雲の下を一直線に飛んだ。
数秒後、敵旗艦の艦橋付近で凄まじい爆発が起きる。
アンテナ群が吹き飛び、炎が上がった。
レーダー画面で、敵艦隊の隊形が乱れ始める。
「敵通信、混乱しています!」
エレナの声が通信に割り込む。
『ASR艦隊の指揮系統が不安定化!』
その好機を、椎名元帥は逃さなかった。
『全艦、突撃隊形!』
『空母機動部隊は敵空母群を攻撃せよ!』
《赤城》《加賀》から発進した艦載機隊が、低空で敵艦隊へ突入していく。
爆弾と対艦ミサイルが次々と投下され、ASR空母群に火柱が上がった。
しかし敵も黙ってはいない。
無人艦隊の残存部隊が、《紀伊》へ体当たりコースで接近してくる。
「自爆突撃です!」
伊東が叫ぶ。
蒼真は即座に命じた。
「副砲、全門開放!」
《紀伊》の電磁副砲が連続発射される。
無人艦が一隻、また一隻と爆発していく。
だが数隻が突破した。
「距離五キロ!」
「三キロ!」
艦橋の空気が張り詰める。
その瞬間、《金剛》が《紀伊》の前に割り込んだ。
「《金剛》!?」
蒼真が振り向く。
『こちら《金剛》。』
艦長の声が落ち着いている。
『旗艦は前へ出てください。ここは我々が受けます。』
《金剛》の対空砲とCIWSが火を吹き、接近する無人艦を至近距離で撃ち砕いていく。
最後の一隻が爆発し、巨大な火球が海面を照らした。
だが《金剛》の艦首にも破片が降り注ぎ、装甲が赤く焼けていた。
蒼真は無線機を握りしめる。
「《金剛》、損害は!」
『軽微です。まだ戦えます。』
その返答に、艦橋の誰もが安堵の息を漏らした。
午前七時四十分。
《紀伊》の第四斉射が、《モンタナ》級二番艦を捉えた。
レールガン弾は前部砲塔を貫通し、弾薬庫近くで爆発。
敵戦艦は大きく傾き、速度を失う。
さらに空母《赤城》隊の攻撃が命中し、後部から黒煙が噴き上がった。
レーダー画面で、敵艦隊がわずかに西へ向きを変える。
「敵、後退を開始しています!」
伊東の声に、艦橋がざわめいた。
蒼真はすぐには喜ばなかった。
「追撃は慎重に。」
「これは誘いかもしれない。」
だが椎名元帥の声が通信に響く。
『いや、違う。』
『奴らは本当に下がっている。』
その声には、長年海戦を戦ってきた提督だけが持つ確信があった。
朝日が雲の切れ間から差し込み、戦場の海を照らす。
炎上する敵艦。
漂流する無人艦の残骸。
そして、その中央に立つ《紀伊》。
蒼真は静かに呟いた。
「レールガン戦艦……か。」
それは単なる新兵器ではない。
太平洋の勢力図を変える存在だった。
だが彼の胸には、勝利の高揚よりも別の感情が広がっていた。
この戦いは、まだ始まったばかりだ。
ASRの本当の力は、これで終わりではない。
そして次の一手が、日本本土へ向けられる可能性も十分にあった。
その時、通信士が新たな電文を読み上げる。
「東京より緊急電。」
蒼真は振り向く。
「読み上げろ。」
通信士の声が、静まり返った艦橋に響いた。
『ASR、ハワイから第二次攻撃部隊を発進。目標――日本本土。』
艦橋の空気が、一瞬で凍りついた。
