小説:『琥珀色の臨界点 ― 11時までの聖域 ―』
小説:『琥珀色の臨界点 ― 11時までの聖域 ―』
第十章:一二時への秒読み(カウントダウン)
三杯目のコーヒーが、男の乾いた喉を滑り落ちていく。
それは、苦渋に満ちた過去を洗い流すような、驚くほどスッキリとした、透明感のある味わいだった。

男は、その一口がもたらした静かな感覚に、自身の内側が少しずつ整理されていくのを感じていた。
12時を越えれば、元気になれる。
根拠などない。だが、男は確かにそう予感していた。
それは、絶望の淵を歩ききった者だけが持つ、野生的なまでの直感であった。
今はまだ、11時9分。
世界が昼の喧騒に染まり、家という名の重圧が再びその鎌を研ぎ始める刻限まで、あと51分。
男は、時の流れそのものを味わうように、背もたれに体を預けた。
急ぐ必要は、もうどこにもない。
かつて彼を追い詰めていた「期限」や「他人という烙印」は、まだ厳然としてそこに存在している。
だが、三杯の熱を宿した今の男にとって、それらはもはや、彼自身を規定する力を持たなかった。
彼は、待つ。
12時という、自分自身が定めた「再生の瞬間」が訪れるのを。
それは、誰かに与えられる救いではなく、彼がこの窓際の席で、自らの意志で勝ち取った「未来」であった。
ブラインド越しの光は、再びその形を変え、テーブルの上に複雑な模様を描き出している。
男は、スッキリとした後味を口の中に留めながら、一分一秒を慈しむように呼吸を繰り返した。
12時。
その時、男は再び立ち上がるだろう。
「他人」ではなく、息子を守り、己を律する、真の「一人の男」として。
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