小説:『琥珀色の臨界点 ― 11時までの聖域 ―』
小説:『琥珀色の臨界点 ― 11時までの聖域 ―』
第十二章:午前という名の審判、午後という名の逃赦
11時14分。
男は、眼前の三杯目のコーヒーを見つめたまま、自身の魂を侵食する「午前」という時間の正体について思考を巡らせていた。
世間一般において、午前とは希望に満ちた活動の時間である。
だが、彼にとってのそれは、己の無価値さを突きつけてくる「鏡の時間」であった。

自由という名の空白。それが長ければ長いほど、彼の耳元では呪文のようにあの言葉が繰り返される。
『仕事もしない、役立たず』
家族のために洗濯機を回し、最低限の平穏を守ろうと足掻いても、何もしない自由な時間が、彼を「生産性のない道具」として断罪するのだ。
だからこそ、彼は12時を待っていた。
12時を越え、陽が天頂を過ぎれば、世界は「夕方」という名の終着駅へ向かって加速を始める。
時間が短くなればなるほど、自分を責めるための猶予も削り取られていく。
終わりが見える午後の時間こそが、彼が唯一、自分を許して呼吸できる「赦しの聖域」であった。
「わかるかな?」
男は、誰に届くともない問いを投げかける。
その答えは、三杯目のコーヒーの香りと、店内の喧騒の中に吸い込まれていった。
だが、12時まであと46分。
その時間は、もはや彼を裁くための刑期ではない。
12時という扉を開け、夕方という安息へ滑り込むための、滑走路へと姿を変えていた。
いいなと思ったら応援しよう!
面白いと思ったら、勉強になったりしましたら、是非、応援してください。志としてお受取りしたいと思いますし、励みにさせて頂きます。