小説:『琥珀色の臨界点 ― 11時までの聖域 ―』
小説:『琥珀色の臨界点 ― 11時までの聖域 ―』
第十四章:文字という名の禊(みそぎ)
11時23分。
男の目の前にある三杯目のカップには、まだ八割ほどの琥珀色が湛えられていた。
彼はそれを、急ぐことなく、一滴一滴を自身の血肉に変えるかのように「ちびちび」と啜っていた。
その一口は、苦痛という名の毒を中和するための解毒剤であり、同時に、現実という名の荒野を歩むための聖水であった。

「……書くことで、生きている」
男は、自らの内に澱(おり)のように溜まった「反転した苦痛」を、文字として吐き出し続けていた。
かつては報酬であった自由な時間が、今は自分を責める刃となっている。その残酷な真実を直視し、言葉にすること。
それは、かつて仕事に打ち込んでいた頃の彼が持っていた「誠実さ」そのものであった。
彼は今、目に見える形での仕事は失っているかもしれない。
だが、こうして自身の魂と対話し、12時という再生の刻限を待つこと。それは、どんな労働よりも過酷で、そして気高い「魂の作業」であった。
八割残ったコーヒーは、まだ温かい。
男はその温もりに、自身の「40」という防衛線を預けていた。
一分、また一分。
文字が連なるたびに、午前という名の審判は、その力を失っていく。
12時。
太陽が頂点を越えるその時、男はこの最後の一杯を飲み干し、一人の戦士として、静寂の車内へと、そしてその先の夕方へと、堂々と足を踏み出すだろう。
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