見出し画像

人生の宝物となった名文、さすらいの北帰行

学校で習った文章の思い出、というと、今でも鮮やかに蘇る言葉たちがいくつかあります。

『奥の細道』

 学校で古文を習い始めたのは、中学校の頃だったように思います。と言っても『源氏物語』のような難解なものではなく、小林一茶や松尾芭蕉の句、また『奥の細道』の序文でした。

「月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人なり。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老いをむかふる者は、日々旅にして 、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の 思ひやまず」

 こんな言葉を教えてもらうと、「私もさすらいの旅人になるんだ」と激しく憧れたものです。風に誘われ、足の向くまま気の向くまま、知らない街を旅してみたいと思いました。
 旅路で命を落とすようなことになってもかまいはしない、人生とは本来そういうものなのだと教えてくれたのは、中学校の国語の時間でした。
 一方、それから世間では『北帰行』や『津軽海峡冬景色』などの歌が流行り、寂しい旅人は必ず北を目指すんだというイメージが出来上がっていきました。
 私は徳島育ちですから、北と言えば信州、東北、そして遥かなる北海道です。あの教室で芽生えた、北国雪国への強い想いは、今も私の中にしっかりと生き続けていますし、好きな映画と言えば、フーテンの寅さんがトランク一つで旅を続ける『男はつらいよ』シリーズです。

 『方丈記』

 鴨長明の『方丈記』の一節も強烈でした。

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。」

「ああ、世の中はそうしたものなのか」と、少年ながらに深く納得したのを覚えています。
「おごれる者は久しからず」と言いますが、おごっていなくたってみんな平等に老いていくのです。
「さよならだけが人生だ」という、唐詩を元にした井伏鱒二の名訳があります。結局みんな移り変わっていき、永遠なんてないんだよと多感な時期に教わりました。
 それは、のちに学ぶ「諸行無常」という仏教の大きなテーゼを理解するための、豊かな下地を作ってくれたのだと思います。

「落花の雪に踏み惑う」

 高校時代には、名物として知られる一人の国語教師がいました。その先生は、授業中にめったに教科書を広げることはしませんでした。 若い頃に文壇を目指していたという先生は、佐藤愛子とか遠藤周作とかと交流して経験したことや、谷崎潤一郎と佐藤春夫の複雑な関係など、文学の生々しい裏話をよく教えてくれました。その知識の該博なことと言ったらありません。いくつかのクラスを受け持っていたのですが、同じ話を決して他では使い回さないプライドを持った、本当に熱い人でした。
 そもそも、秋の行事で全校生徒が肩を組んで歌うあのアナクロニズムな「寮歌」を高校の文化祭に持ち込んだ張本人こそが、その国語の先生だったのです。先生は私たちに、古今の名文もよく教えてくれました。

 中でも強く覚えているのが、『太平記』の一節「俊基朝臣再び関東下向の事」でした。鎌倉幕府を倒そうと動いた公家の日野俊基が逮捕され、死罪となる鎌倉へ護送される悲劇の道中で詠んだ文です。

「落花の雪に踏み迷ふ、交野(かたの)の春の桜狩り、紅葉の錦を衣(き)て帰る、嵐の山の秋の暮」

 日本の名勝を美しい七五調のリズムに読み込んでいる名文で、これから死に向かう男の哀愁が立ち上ってくるようで、たまらなく印象的でした。

 五、六十年経った今でもこうして一言一句を覚えているのは、あの頃夢中になったフォークソングのメロディーや歌詞と一緒で、私の魂が心の底から震えたという何よりの証拠でしょう。

 多感な時期に、古典をはじめとする本物の名文を覚えるのは、決して試験対策などというちっぽけなものではありません。その後の長い人生を歩んでいく上で、いつでも心の奥底から自分を支えてくれる、素晴らしい「人生の宝物」になるのではないか。今、私はそう確信しています。

いいなと思ったら応援しよう!