社不生存録#6 僕というゴミが産まれるまで
僕はうっかりしていた。
自分の思っていることを知って欲しい、という名目で始めたものの僕自身について欠けている情報が多すぎる、と。
記事の中に断片的に散りばめられているものの、まとまったところで紹介できていない。
そんなわけで、僕の22年と半年の人生を皆さんに知っていただきたい。
自己紹介
しゃちょーという名前でインターネットで活動している関西出身、22歳の男性。
現在東京周辺を徘徊中。
趣味はゲームだったが、今では触れない生活を送っています。
現在、家なし職なし。
人と関わることに怯えるネガティブで気の弱い社会のお荷物です。
そんな僕が、どんな人生を送っていたのかを書いて共有すると同時に振り返って懐かしみたいと思います。
幼少期〜幼稚園
自己紹介と言っても、僕自身に特に面白い話がある訳では無い。
幼少期の僕は、とにかく人目を気にする人間だった。
父に怒鳴られないよう静かに歩き、決して逆らわない。
それが普通の子供だった。
その頃特に好きだったものはなく、覚えていることなんて精々、
友達が幼稚園の遠足で仮面ライダーWで敵がガイアメモリを差し込む穴、生体コネクタのタトゥーシールを見せびらかしてきたことくらい。
なんでこんなこと覚えてるんだろう。
あとは別の友達にデュエルマスターズのギャラクシールピアのカードを盗まれたくらい。
とにかく怒られたくなかった、とにかく迷惑をかけたくなかった。
今でも心の底は同じようだ。
小学校
この頃は友達が多い方だった。
1年生の頃はメガネをかけておらず、モテていた。
人生には3回のモテ期が来ると言うが、どうやら僕は小学一年生の時に使い果たしたみたいだ。
近所に住んでいた2人の親友と学校で出会った友人たち。
今では考えられないほど外で遊ぶ子供だった。
というのも僕はゲームを禁止されていた。
目が悪くなるからという理由で携帯ゲームは絶対禁止。
テレビゲームは1日1時間という制約の元Wiiを買ってもらった。
リズム天国やWiiスポーツリゾート等、友達を呼んで楽しんだ。
でも、その頃は特に弊害はなかった。
小学4年生の頃から外部の陸上チームに所属し、決して足が早かったわけでも体力が多かった訳でもないが必死に頑張った。
そこでできた友達とクラブの終わりに公園で遊ぶのがたまらなく楽しかった。
しかし、歳を重ねていくにつれ段々と自分と彼らの性格が違うものだと気づき始めた。
中学生
陰キャ陽キャという言葉が流行りだした時代。
僕は当然陰キャの枠組みに入っていた。
しかし、ただ根暗なだけで家ではアニメもあまり見てはダメだったため陰キャチームとは話が合わず、中学の陸上部の友達とよくつるんでいた。
図書館でアニメ特集の雑誌を見て「面白そうだな」と思いつつ、自分は関わることは無いだろうなと思っていた。
ただ、本はよく読んでいた。
偉人の伝記や当時流行っていた『サバイバル』シリーズ、当然デルトラクエストも読んでいた。
まぁデルトラクエストは活字を読むのが面倒だったから挿絵だけ眺めていたが。
ちょうど娯楽が外遊びとゲームで二極化される頃。
私がよく遊んでいた陸上部の友人は3DSにハマっていた。
モンスターハンター4Gを手に取り、みんなで集まってプレイしていた。
私は……、持っていなかった。
携帯ゲーム機禁止は未だ続行中だった。
成績の上がらない僕はゲームを取り上げられた。
当時親のお下がりのIPadでLINEを使って友達と連絡を取り合っていたがそれも1日15分の制限をつけられていた。
僕はみんなの輪に入れなくなっていった。
みんながモンハンをマルチでやっている中、僕はただ見ているだけ。
みんなが明日の遊びの連絡をしている中、時間切れになるかハラハラしながら少しずつ時間を置いて連絡をとっていた。
結果、僕は孤立した。
一人の時間は寂しい。
自分から遊びの声をかけても友人たちの流行りに乗ることができない。
誰とも遊ばず、部活が終われば家に帰ってぼーっとする。
さびしかった。
ずっとずっと。
別のコミュニティで遊ぶことが多い親友たちがたまに遊びに誘ってくれるのが心から嬉しかった。
でも、それ以外の関係は次第に遠ざかっていった。
高等学校
僕という人間に最も変化が起きた時代。
2つの転換期が訪れ、それぞれが僕という人格を形成した。
それが高校生の頃だった。
1つめの転換期:友人
とうとうスマートフォンを買ってもらった。
僕は早速SNSをダウンロードした。
存在自体は友人の話から知っていたが触ったことがない。
世界中の色々な人と連絡が取れるツールをいち早く触ってみたかった。
どれだけ禁止しても成績の上がらない僕を見限り、両親はゲーム禁止の枷を外した。
檻から外れた僕は無我夢中で遊びまくった。
モンスト、パズドラ、#コンパス、などなど。
流行りのゲーム、気になったゲームを片っ端からダウンロードし楽しんだ。
一人の時間の寂しさは埋めるように、ゲームに魅了されていった。
しかし、人とあまり話さずに生活してきた僕にとって友人を作るというのは非常にハードルの高いものだった。
初めて声をかけてくれた友人はアニメ好きで、見た目で同士だと思われ声をかけてくれた。
でも今までトムとジェリーくらいしか見ていなかった僕は話が合わず、アニメを見はじめるまでその子とは話が噛み合わなかった。
そんな中、生涯の親友足り得る友人と出会うことになった。
ある日の休憩時間。
トイレから帰っていてぼーっとしている僕の前で2人組の男達が爆笑していた。
どうやら僕の前にいる人を見て笑っていた。
笑われている本人はキョトンとしていたが、どうしても気になったので勇気をだして声をかけてみた。
「さっきさ、なんで笑ってたの?」
「いやそれがさ、こいつが〇〇くん(僕の前の席の子)の顔みた途端笑い始めてさ。それで俺もつられて笑っちゃってん。」
意味不明である。
人の顔を見て笑い、つられて笑っていた?
当時の僕はこんなキチガイとは永遠につるむことはないだろうなと冷笑していた。
その日からその子たちとよく話すようになっていた。
最初は何気ない会話、そこからお弁当も一緒に食べるようになって、どんどん仲良くなっていき、2年生になる頃には週に一回ペースでカラオケに行く仲になっていた。
今でもそのうち一人と連絡を取り合っている。
彼らも僕と同じで、勉強嫌いで特になんのもかてきもなく生きていた。
だからこそ、この2人とつるんでいる時がいちばん楽しかった。
彼らに会えたことが、僕の人生で上位に入るくらいの宝物だった。
あとがき
ここから僕の人生は加速していくのだが、話が長くなってしまうので、次の記事で紹介しようと思う。
思い返してみると順風満帆な生活を送っていたんだなと、改めて感じる。
だからこそ、どうして今こうなってしまったのだろう。
