適切になっていないとすれば。
近代憲法とは、
国家の権力を縛る(制限する)ものである、
というのをよく聞くですが、このことをね、
さらに言い替えるとすれば、
国家の権力を定め、かつ、付与すること、
という説明を見て、なるほどぉ、と存じました。
つまり、国家の権力というものは
強すぎてもよくないし、
弱すぎてもよくないし、
そのバランスを、国家それぞれが
その国家の憲法で定められている。
ともすれば、今、もしも
改憲を行おうとするならば、
現行憲法で定める国家の権力のバランスが
適切になっていないから、改めようとする、
という流れなのやもしらない。
ぼく自身は、憲法について
素人だし無知なので、現在、
日本の国家の権力のバランスが、
どのぐらい適切なのか、及び
どのぐらい適切になっていないのか、
というのもまるきりわかっていないけれども。
仮に、それが、適切になっていないとすれば、
現行の日本国憲法は、交付及び施行以来
一度も改定されていないことを鑑みると、たとえば
交付の最初の段階から適切になっていなかったのか?
それとも、時間を経るごとに社会が変化して
その時代に合わなくなってきたから、
適切と言えなくなってきたのか?
の、どちらかだと思われる。
そのどちらとしても、ならば、現在、
どのぐらい適切じゃあないんだろう???
そして、今、国家の権力のバランスが
適切じゃあないとすれば、権力が
強くなりすぎてしまったのか、それとも
弱くなりすぎてしまったのか。
強くなりすぎてしまったならば、
権力を適切に「抑える」こと、
弱くなりすぎてしまったならば、
権力を適切に「付与し直す」こと、
が、大切だと考えられるけれども。
ぼくは、きちんとしたことはわかってないので
説明もできないですが、現在においては
そのどちらの方向性なのだろう?!
たとえば、改憲案において、とくに
「緊急事態条項」と呼ばれる、
国家の緊急事態にどう対応するのか、
を定める項目では、それこそ、
国家の権力のバランスを変える、及び
国家の権力を高めようとするもの、
というふうに解釈できるとも思われる。
それは、でも、最高法規である
憲法を変えなければいけないものなのか、
それとも、憲法は変えず
法律の改定のみによって行えないのか。
また、「自衛隊」を
憲法明記するかどうか、についても、
自衛隊という組織の権力性を
どのぐらい定義し直すべきか?
ということと同義とも考えられる。
このことで考えるとすると、
先の大戦である太平洋戦争は、政治の権力よりも
軍の権力が強くなりすぎてしまったことで
行われるようになった、だからこそ
敗戦後に交付された日本国憲法においては、
軍の権力性を放棄するようになった、
というのも聞いたことあるけれども。
今後、仮に、自衛隊を憲法明記するとなったら、
先の大戦の反省との整合性は、
どのぐらいあるのだろう? というのも気になります。
そして、さらにはね、
平成24年自民党改憲草案では
「天皇」を国家の「元首」とされていて、
現行憲法における「象徴」とは変わっている。
このこともまた、単なる
ことばだけの違いではなくって、
天皇の権力性をどのように改め直すか?
という言説なのだと思われる。
権力って、ある意味では
おそろしいものであるとも思うけれど、
でも、その逆に、国家にとって
重要なものであるとも考えられる。
適切な国家の権力のバランスって、
どういう状態なんだろうなあ?
ということがね、もしかしたら
改憲におけるテーマなのかもしれないか。
令和8年2月21日
