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自分自身の手で止めようとする。

前回noteの最後でふと、Mr.Childrenの
『マシンガンをぶっ放せ』という曲の歌詞が
頭の中に思い出されて、そこから、今、また
あらためてこの曲を聴きたくなった。

この『マシンガンをぶっ放せ』という作品は、
1996年6月リリースのアルバム「深海」に収録され、
そして、同年8月にはマキシシングル
「マシンガンをぶっ放せ -Mr.Children Bootleg-」
としてシングルカットされました。リリース当時、
現在44歳のぼくは中学3年生で、初めて
『マシンガンをぶっ放せ』を聴いたときは、
衝撃だったな。歌詞も、歌も、曲の雰囲気も!
ミスチルの作品は、明るいものだけでなく
ダークな音楽もたくさんあり、そのような
ダークの作品の先駆けになったのがこの曲やもしらない。
今聴いても、そのころに思っていた
衝撃性を感じられるし、なおかつ、やっぱり
めちゃくちゃかっこいい!!!!

『マシンガンをぶっ放せ』はその後、
ぼくなりの解釈で申しますと、たとえば、
2015年リリースのアルバム「REFLECTION」収録の
『Starting Over』という曲において
【散弾銃で仕留める】
とのように歌われていて、それは
『マシンガンをぶっ放せ』と繋がっている、
とも思ったり。はたまた、『マシンガン〜』での
【鏡に映っている人物を】
という歌詞は、同アルバム「深海」収録曲の
『Mirror』のみでなく、「鏡」という語句が歌詞で登場する
『優しい歌』『ロザリータ』『LOST』などなどの曲へと
系譜として継がれてゆくようにも思われる。
そして、さらには
【そして僕にコンドームをくれ】
と歌われたことによって、アルバム『I♥U』収録の
『隔たり』という曲では、コンドームのことが
表現されるようになったとも考えられる。

愛せよ目の前の疫病を
憎めよ無能なる組織を
そして僕にコンドームをくれ

マシンガンをぶっ放せ/Mr.Children

ここでぼくが考えるのは、
『マシンガンをぶっ放せ』で歌われる
【そして僕にコンドームをくれ】
という歌詞って、これまでずっと
けっこう唐突に登場するなあ、
と思っていた。もしくは、その前には
【疫病】のことが歌われているからこそ、
疫病から身を守るためのものかなあ、って。
でも、今、聴いてみると、もしかしたら
それは唐突ではなくって、喩えるならば
マシンガンを「男性器」に見立てることによって、
その弾丸を発射させない装置として
機能している、とも思えたんだった。

つまり、男性の持つ攻撃性を
男性自らの手で止めようとする、的な?!

それは、いわば、自分自身の身を
「守る」のではなくって、
自分自身より発せられる攻撃性から、相手の身体を
「守ろうとする」という解釈もできるやもしらない。

そう考えてみるとすると、
『マシンガンをぶっ放せ』とは、
自分自身の攻撃性をどうすればよいか?
を考えるような作品である。また、さらには
その約10年後に発表されることになる
『隔たり』という曲の冒頭では、、

たった0.05ミリ
合成ゴムの隔たりを
その日 君は嫌がった
僕は それに応じる

隔たり/Mr.Children

‥‥とのように歌われているけれども。
つまりは、かつて自分自身で
止めようとされた攻撃性が、時を経て、
攻撃性とは言えなくなり、及び、
今度はその「隔たり」自体を
相手のほうから嫌がった。
そういうストーリーを思うとすれば、
なおのこと、感動的だなあ、と感じられる。

今、あらためて、この
『マシンガンをぶっ放せ』を聴きながら、
こういうふうなことを思っておりました〜。

令和8年7月25日