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「一番星はポラリス」第10話


1

「ちょっと、本当に大丈夫なの?」

 綿貫さんの心配に、私は小さく頷いた。

 計画の同意を得られなかった日、スマホで連絡してきた彼女は、すぐに私の異変を感じ取った。すぐにふたりと合流すると、真っ青になった私のことを励ましてくれた。

「うん。私にできるのは、外村くんの気持ちが変わったとき、すぐに実行できるよう、準備しておくことだけだから」

 外村くんの真意はわからない。自然体でありながら、常にアイドルの仮面をまとい続ける彼のことだ。きっと、何か事情があるのだと思う。

「だから綿貫さんも金子くんも、例の件進めて。出来たら、みんなにも聞いてもらって」
「田川さん……」
「私、先生のところ行ってくるね。今日はもうやることないし、先に帰ってていいから」

 投げかけられる視線にいたたまれなくなって、そそくさと教室から出て、職員室へ。生活指導の先生に、クラスの現状と外村くんのことを話すと、難しい顔になった。

「もう文化祭まで日がないからな。あんまり待ってられないぞ」
「わかってます。それでもどうか、ギリギリまでお願いします」

 計画書は先生と生徒会に提出して、OKをもらっている。あとは本当に、外村くんの説得だけなのだ。

「外村くんだって、本当は文化祭に出たいと思っているはずなんです」

 あの表情は嘘じゃない。私はそう信じたい。

 先生は困った顔を見せた。たぶん私が男子だったら、肩や頭を気軽にポンポン叩いて激励してくれたんだろうと思う。

「まあ、頑張れ」

 短く言うに留めた先生に、私は頭を下げた。

 そのまま職員室を出て行こうとした私を、担任の生田先生が引き留めた。

「田川。外村のことで一生懸命になるのもいいが、お前進路……」
「文化祭後にしてください」

 ぴしゃりと言うと、生田先生は何も言わず、すごすごと引き下がった。
 受験について考えるべきだということは、重々承知している。ただ、文化
祭の問題を解決しなければいけない。ここで解決のために動かなかったら、
後悔する。

 教室に戻ると、綿貫さんたちはいなかった。そういえばふたりとも、推薦入試を受けるんだったな、と思い出した。私のわがままに付き合わせているが、学校側から悪い評価をつけられて、推薦を取り消されたりしないだろうか。

 一生懸命動いている。でも自己満足の、空回り。うまくいかなかったときの責任は取るつもりでいるけれど、その果たし方については、見当がつかない。

 鞄を持って、とぼとぼと下校する。

「ん?」

 門の前に人だかりができている。女子ばっかりだ。きゃーきゃーという歓声に、顔を上げた。

 外村くんのファンが、勝手に待ち伏せしているとか?

 身構えたけど、同じ学校の女子ばかりだ。今さら、外村くんを取り囲んで黄色い声を上げるとは、考えにくい。

 集団に中心にいるのは、背の高い男だった。髪を金色に染めて、サングラスをかけている。控えめに言っても、チンピラ。高校の前にいるなんて、普通じゃない。怖い。

 取り巻きの子たちが気を引いてくれているうちに、さっさと通り過ぎてしまおう。

 なるべく男の方を見ないようにして、気配を消して門の前にさしかかる。

「あ! ちょっと、そこのあんた!」

 低く掠れた声に、びくりと肩が震えて思わず立ち止まる。そのイントネーションには、西の響きがある。外村くんで耐性はついたとはいえ、彼の優しい訛りとは違う、苛烈な関西弁は、やっぱり怖い。

 いやいや、まさか私なんかじゃないだろう……そう願っていたけれど、男はずんずんとこちらにやってくる。

 そして鞄についたネームプレート付きのキーホルダーをむんずと掴んだ。

「これやこれ!」

 と、至近距離でばかでかい声で叫ぶもんだから、耳が痛くなる。

 目を白黒させる私をよそに、男はにやりと笑った。

「見つけた。あんたやな、大地の女は」

 ようやく私は、彼がどこかで見た記憶がある人物だと気がついた。

「ちょーっと茶ぁしばきにいこか? なぁ? ゆりのちゃん?」

 肩にかけた鞄の紐を取られ、強く引っ張られる。

 冗談じゃない。どうしてこの人が、東京にいるの?

 大阪時代の外村くんのシンメ・内野海里は、イメージそのままの粗暴な態度で、私に拒否権を与えなかった。

2

 問答無用で連れてこられたのは、駅前のファストフード店だった。

 うちの学校の生徒御用達の店だけど、部活性の帰宅時間には早く、帰宅部の生徒はすでに帰るか、もっと栄えた繁華街に繰り出している時間帯。
空いている座席をキープするために、内野海里は私を先に座らせた。

 注文を済ませ、「ほれ」と差し出されたのはコーラだった。炭酸の気分じゃないのに。

 突如拉致されたとはいえ、善意で買ってくれたものを突っぱねるのも気が引けるし、かといって素直にお礼を言うのも癪で、受け取るだけ受け取った。そして差し出される手のひら。

 なんだろう、と思っていると、「百円」と、代金を要求してきた。

 お金を取るなら、私の注文も聞いてよ……。

 イケメンかもしれないが、強面の範疇に入る内野に睨みつけられて、渋々財布から百円玉を取り出して支払った。

 彼自身は、ハンバーガーとポテトのセットを頼んでいて、ドリンクしかない私の目の前でかぶりついた。夕方、ちょうど小腹の減ってくる時間である。きゅる、とお腹の虫が鳴いた。

 内野は食べるのに夢中になって、私を放置する。こちらから話しかけるのは怖くて、コーラをストローで少しずつ啜る。炭酸が喉に痛い。

 彼は私のことを、「大地の女」と言った。

 おそらくあのSNSの投稿写真を見て勘違いしたのだろう。そこはきちんと訂正をするとして、問題は、なぜ大阪で活動しているはずの彼が、この場に現れたのかということだ。

 綿貫さんから聞いた、外村くんへの手ひどい意見を思い出す。

『外村大地は、大阪を、それまでの仲間たちを捨てた』

 もしも彼が本当に、「捨てた」と思われても仕方ないような移籍の仕方をしたのだとしたら、憤るのはわかる。でも、こうやって初対面の私を自分勝手に振り回すのは、やりすぎだ。

 食べ終わったハンバーガーの包み紙をぐちゃぐちゃに丸め、指先についたソースを舐める。ちらっと見えた舌ピアスにおののく。

 耳ならわかるけど、舌!?

 驚き固まる私に向かって、紙ナプキンで拭いた後の手を、男は差し出してきた。

 今度はなに?

 身構えた私に短く、「スマホ」と要求する。

「な、なんであなたにスマホを渡す必要があるんですか?」

 平静を装っても、残念ながら声が震えた。真正面から目を見ることはできない。「あ?」という低い唸り声とともに、鋭い眼光に射抜かれる。

 うう、怖い。でもここで屈するわけにはいかない。少しだけ顔を上げて、反抗の意志を瞳に載せる。唇を引き結んで、気が強そうなフリをする。

 内野は頬杖をついて、「あんたが大地の女なら、連絡取れるやろ?」と、言う。

「なんや知らんけどあいつ、俺んこと既読スルーすんねん」

 不機嫌そうに唇を尖らせるその様は、完全に拗ねている。背が高く、がっしりしているが、ひょっとすると年下なんじゃないだろうか。

「せやから、あんたに呼び出してもらおう思て」

 そして再度、スマホの要求。私は盛大に溜息をつく。

「あの! 私は別に、外村くんの、か、彼女とかじゃないんで。ただのクラスメイトですし、彼の連絡先は知りません。私だけじゃなくて、女子は誰も」

 疑いの目で見てくる内野に、さすがに私の怒りも頂点に達して自棄になり、スマホの連絡先一覧を見せる。

 そもそも大事な連絡はグループトークで済むものだから、個別に連絡先を知っている男子は、金子くんくらいのものだ。少ない連絡先を確認して、内野はすぐに私にスマホを投げ返した。

「ちょっと!」

 声を荒げると、今度は自分のスマホを私に押しつけてくる。端末と内野の顔を交互に見ると、「俺のスマホ使って、大地のこと呼び出せ」と命令をされる。

「……喧嘩腰でしかお願いできない人の頼みなんか、聞きたくありません。それに、外村くんを呼び出してどうするつもりなんですか?」

 顔は怖いけれど、中身はお子様。かんしゃくを起こしているだけだと自分に言い聞かせ、勇気を奮い立たせる。今、外村くんを守れるのは私だけだ。

「外村くんにひどいことをするなら、絶対に協力しません」

 内野はぽかん、と口を開けた。間抜けな顔をすると、より幼くなる。そんな風に思っていると、彼は深く溜息をつき、「悪かった」と、謝罪した。

 存外素直な反応に驚いていると、

「ほんまにあいつと、一回きちんと話つけたいだけなんや」

 と続ける。

 関西支部での二人は、圧倒的な人気を誇っていた。

 狂犬ともいえる内野を、外村くんが御する形で成り立っていたシンメだ。外村くんがいなくなった今、内野は関西クルーの中でも浮いているとは、綿貫さんの分析である。

 彼らの事務所は、基本的にグループでのデビューを推奨している。個人でデビューした人は、過去に何人かいたみたいだけど、残念ながら大成することなく、事務所を辞めてしまっている。

 ワンマンな性格で周囲と馴染めない内野は、いくらセンスと人気があっても、デビューは難しい状況なのだ。

「それで、外村くんを恨んでいる、と?」
「ちゃう! ……や、最初はずっとあいつの愚痴ばっか言うとったけど、で
も今は、ちゃうねん」

 急に神妙な顔をして、膝に手を置いた内野は、去年の秋に外村くんがいなくなってから、今までのことを振り返って反省めいたことを言う。

「あいつ、他の連中にも何も言わんといなくなってん。俺だけ仲間はずれなら、俺んこと嫌いになったんやな、そんならどうでもええわ、って思えたけど、全員ってのがどうも気になってな……」
「何か大きな理由があるかもしれない、って?」
「せや」

 ふむ。

 ちょっとだけ思案する。内野は嘘をついているようには見えない。

 それに、私には外村くんが、目の前の相棒を自分勝手な理由で捨てるとは、とても信じられなかった。私だったら、こんな我が儘な人、付き合ってられないと投げ出すけれど、彼はそういうタイプじゃない。

 どうすべきか迷った結果、私は内野の手からスマートフォンを取り上げた。好奇心には勝てなかった。

 私も知りたい。彼が東京に、私たちの高校に転入してきた理由。ずっと疑問に思っていたこと。もしかしたら、外村くんが文化祭への参加を頑なに拒むのも、根っこは同じところにあるのかもしれない。

 手早く簡潔に、メッセージを打つ。

『このスマホの持ち主に拉致されました。学校最寄り駅のマクドナルドに来てください。田川』

 ちょっとした悪意が混入したのは、粗暴な内野への意趣返しである。返されたスマホの文面を見て、彼は苦笑いした。

「拉致って……人聞き悪ぅ」
「本当のことじゃないですか」

 しれっと言う私をよそに、内野は「おっ。既読ついたわ」と嬉しそうである。

「既読になったところで、外村くんが反応するとは限りませんよ。私はただのクラスメイトですから」

 それに今は、文化祭の件でちょっとぎくしゃくしているし。

 そう零して、ストローでちびちびとコーラを啜る私を、内野はまじまじと見た。

「んなわけあるかいな……」
「何か?」

 溜息交じりに小さい声での呟きだったため、何を言っているのかよくわからないから聞き返したのに、彼は首を横に振った。

「賭けてもええけど、すーぐ返信くると思うで」
「まさか」

 外村くんにとって、私はそんなに価値はない。ただのいちファンで、クラスメイト。それ以上でも以下でもない。

 私の反論と同時に、内野のスマホがけたたましく音を立てた。通知された名前を見て、彼は笑って画面を見せてくる。

「ほらな?」

 外村大地、と表示された画面をタッチして、通話ボタンを押す。私に向けられているということも気づかず、外村くんは「海里!?」と、焦った声を出す。

『今撮影終わって、すぐ向かうから、絶対そこ動くんやないぞ!? あと、田川さんになんかしたら、一生許さへんからな!?』

 一方的な通話は、すぐに切れた。

「すーぐ助けに来てくれるとさ。よかったな、お姫様?」

 からかい声に、私は両手で頬を覆った。顔が熱くて、とてもじゃないけれど、見せられない表情をしている。

「……私も、なんか買ってくる!」

 宣言とともに立ち上がる私に、内野はひらひらと手を振った。

3


 すぐに、とはいうものの、撮影場所が結構離れていたようで、外村くんがやってくるには、それから一時間余りを要した。

 さすがに帰宅が遅くなりすぎるため、私は家に連絡をした。

 千里子の受験対策に付き合うために、帰るのが遅くなる、と。母は何か言いたそうだったけれど、追及される前に切った。もちろん、千里子には事前に根回し済みである。

『え? なに? 外村となんかあった?』

 鋭いツッコミには沈黙を貫いた。勝手に肯定と捉えた千里子が、追撃のスタンプを連打してくるが、ひとまずスルーだ。

 さっきのセットじゃ足りなかったのか、内野は再び席を立ち、アップルパイとドリンクを追加した。それなのに、ちょっと冷えてしなびた私のポテトまでつまんでいくんだから、アイドルのくせに食い意地が張っている。

 非難の目を向ける私に、悪びれもせず、見せびらかすようにポテトを食べたそのとき、

「海里!」

 店じゅうに大声が響き渡った。

 この時間だから、部活後に家まで保たない生徒たちで、店の中はいっぱいだ。当然、大多数の生徒たちは外村くんの顔を見知っている。

 さっきまでとは違う、一斉に店内の一角を見てざわついている様子を、外村くんは気にとめた様子はないし、内野海里もまた、同じくだった。

 そういえばふたりとも、見られるのがお仕事だ。間に挟まれて小さくなるのは、一般人の私だけだった。

「お前、田川さんになんやひどいことしとらんやろな!?」
「するわけないやろ、こんなちんちくりん」
「ち……」

 平均身長くらいはあるのに、ひどい。思わず絶句していると、外村くんまで私の方を見て、「……まぁ、お前の好みとはちゃうな」と、追い打ちをかける。

 アイドルのふたりには、長身美人の知り合いがたくさんいるだろう。私みたいな平均的女子高生なんて、眼中にないのもわかってるけれど、なんか悔しい。

 じとーっとした目つきに気がついた外村くんが、慌てて、「あ、いや。あくまでも海里の好みの話やから。俺はその……」と、語尾を濁しながらフォローした。

 言い訳をする外村くんがさぞ面白かったらしく、内野はケラケラと笑う。指をさしてまで馬鹿にすることはないだろう。私はぺちんと彼の手をはたき落とした。

「田川さん……」

 信じられないものを見る目で凝視され、ごほん、と取り繕う。つい、内野のことを弟みたいに扱ってしまった。

「外村くんも! 何か注文してきてください」

 ひとり一品以上のご注文をお願いします。

 壁の貼り紙を指すと、外村くんは素直に頷いて、カウンターへと向かっていった。

「あんた、もっとおとなしいタイプやと思ってたわ」

 ぼそぼそ言ってくる内野の言葉は無視する。つーん、と顔を背ける。

 こんな風に急に捕まって利用されて、さすがにおとなしく従っていられるわけがない。

 外村くんはドリンク片手にすぐに戻ってきた。

「お前それだけで足りるんか?」

 という内野のツッコミには、「この時間に食ったら、晩飯入らんくなるわ」と返す。内野は自分の前のバーガーやポテト、アップルパイの包み紙に目を落とし、さらにぐちゃぐちゃに握りつぶした。

 外村くんは、瞬間迷った末に、私の横に腰を下ろした。教室で机を並べるのよりもずっと近い距離感に、ドキリとする。もちろん、彼の方に他意はない。わかっている。

「それで、海里。田川さんまで巻き込んで、お前、いったい何がしたいんや?」

 私に向けるのとはまったく違う関西弁で、外村くんは元相棒との対話を始めた。

 私にできるのは、彼らの話を見届けるだけ。あと、エスカレートして手が出そうになったら止めなきゃ。男の子同士の喧嘩に割り込めるかどうかわかんないけど、でもやる。

 固唾を飲んで見守っていると、内野海里は「はっ」と、鼻で笑った。

「何がしたいって? そんなん決まっとるやろ、大地」

 頬杖をつき、外村くんを挑発する彼の口は、歪んでいる。青みを帯びた唇は酷薄で、外村くんが彼の吐き出す言葉に傷ついてしまうのではないかと、身構える。

「お前、なんで俺らんこと、大阪の連中のこと捨てたんや」

 外村くんの表情は、変わらなかった。いいや、きっと私が瞬きをしている間に、彼は一瞬だけ、傷ついた顔をしたのだろう。何もかも諦めきった無表情は、自然に出てくるものじゃない。反射的に表層に出てきた感情を押し込めて、作り上げたものだ。

「……捨てた、つもりは」
「ない? ほんまに言ってんのか、ワレ」

 大きな舌打ちに、柄の悪い巻き舌。すっかり怯えてしまう私と違い、隣の外村くんは冷静そのもので、顔色ひとつ変えやしない。ずっと凪の状態をキープしている。

 動と静。火と氷。対照的なふたりの間に流れる空気は、まさしく一触即発だ。

「お前のこと慕っとった後輩が、何人おったと思う? 俺んことは、まぁええわ。お前とはビジネスパートナーって奴やし。でも、あいつらんことまで無視すんのは、どういうつもりや」

 早口で捲し立てる内野は、自分がどんな顔をしているか、気づいていない。

 辛そうで、泣きそうで。本当は、「自分のことはいい」なんて、一ミリも思っていない。

 私はここに至ってようやく、シンメの特別さに思い当たった。

 彼らは言葉通り、大親友ではない。たまたま同時期に同じ事務所に所属したことをきっかけに、周りの大人たちに言われてコンビを組んだことが始まりに過ぎない。

 それでも、背中を預け合った仲だ。どこか深いところで、彼らは繋がっていた。

 突然、訳もわからずに関係を断ち切られた内野の、鬱屈とした感情の行き場ははなかった。彼ももう、何年も事務所に所属している。面倒を見なければいけない後輩の方が多い。愚痴を言える環境ではない。

「俺の事情や。海里たちには関係あらへん」

 追い打ちをかける外村くんの言葉は、あまりにも冷たく響いた。

 内野が口を開くより先に、私の手と口が動いていた。

「関係ないなんて、そんなことないでしょ!」

 憤りのあまり、テーブルを叩いた。ふたりの視線が突き刺さって恥ずかしい。でも、やってしまったものはしょうがない。

 私は隣に座る外村くんのことをキッと見上げる。彼が見たことのない顔をしているに違いない。

「私は別に、この人のことを好きでも何でもないし、なんなら嫌いだけど」
「おい!」

 内野の鋭いツッコミも無視だ。

「でも、それでもやっぱり、何にも事情を話さないでこっちに来たのは、外村くんが悪いと思う」
「田川さん……」

 なんだか鼻の奥がツンとする。自分にはまったく関わりのないことなのに、感情が高ぶってしまう。

「仲間だったんでしょう、大阪で」

 同じ夢に向かう、私たちファンが到底間に入ることのできない絆で結ばれた、仲間たちだ。一方的に関係を解消されて、はいそうですか、とはいかない。 

 もしも外村くんが何も言わずにいなくなってしまったら、私だって、必死に行方を探す。

「ダメだよ。何も言わないで来たから、外村くんもこの人も、全然前に進めてないじゃない」

 彼は、学業と両立させながら、芸能の仕事をこなしている。与えられるものに飽き足らず、自分で曲を作ったり、演奏技術を磨くなどの努力をしている。

 まるで、生き急いでいるように。後ろから追い立てられているかのように。

 外村くんのアイドル人生は、寿命を縮めるかのごとく、刹那的だ。

 今のままじゃ、からまわっているだけ。外村くんは、隠し事をしている。それが彼を支えているのだろうが、弱さでもあるにちがいない。

 静かに私の言葉を聞いていたふたりが向ける視線に、ハッとする。しまった。部外者が口を挟みすぎた。

「……なんて、私の自分勝手な意見だけど、でも」

 仲違いをしたまま、喧嘩別れに終わるのはもったいないし、悲しいことだ。できればこの機会に、わだかまりを解消してほしいのは、本心からだった。

「いや……ありがとう、田川さん」

 外村くんは一度目を閉じた後、まっすぐに内野を見つめた。もう、無表情じゃない。決意をこめた眼差しは強く、そして痛みを隠さない。

「海里」

 居住まいを正した内野もまた、真正面から外村くんを受け止める。ぶつかる視線同士だけで、何もかもを理解し合うふたりが、ちょっとだけうらやましい。

「ほんま、悪かった。ちゃんと話したいから、明日、ええか?」
「もちろん。もう隠し事すんなや」

 神妙に頷く外村くんは、今度は私に向き直った。ドキッとして目を逸らしてしまいそうになる。

 内野みたいに顔が整っていれば、外村くんと対等に見つめ合っても絵になるだろうけれど、残念ながら私は平凡な女子高生だ。

「田川さんにも、ついてきてほしいんやけど」
「へ?」

 まさかのお誘いに、私はふたりの顔を見比べて、「ええ~……?」と、間抜けな声を上げた。


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葉咲透織(はざきとおる)@いろ葉書房 いただいたサポートで自分の知識や感性を磨くべく、他の方のnoteを購入したり、本を読んだりいろんな体験をしたいです。食べ物には使わないことをここに宣言します。