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「一番星はポラリス」第9話


1

 好きな人の好きな人。

 外村くんと顔を合わせる度に、女の子の幻が見える気がした。彼女には明確な顔はなくて、口だけで常に笑っている。のっぺらぼうのくせに、私の方を見て嘲笑っている。

 寝ても覚めても、彼の恋の相手が気になってしまう。けれど、尋ねることもできずに悶々としている。

「……わ。田川」
「!」

 一緒に作業していた金子くんに名を呼ばれ、ハッとなる。

 大きな看板を挟んだ向かい側、ぼんやりしていた私を心配した顔に、ようやく「な、なに?」と、返事をした。うまくごまかせただろうか。

「そっちの赤いペンキ、貸して?」
「あ、ああ、これ?」

 文化祭の準備は、順調に進んでいる。

 とはいえやっぱり、クラス一丸となって、というわけにはいかない。看板やポスター、前売り券を作成したりしているのは、一部を除いて推薦組ばかりだ。AO入試ですでに合格を決めている子すらいる。

 外村くんのいるグループは、目立って賑やかだった。彼は焼きそばのメニュー検討班に立候補して、具材や味つけ、原価について話し合っている。私も手を挙げたが、じゃんけんで負けてしまった。

 今は別のグループでよかったとさえ思う。まともに話せるわけがないから。

 それでも気になって、ちらちらと窺ってしまうのは、人間の悲しい性(さが)。

「気になる?」
「え?」

 刷毛を動かしながら、金子くんは言った。

 そんなことないよ、と言いかけたけれど、じっと見据えられて黙った。それでも、肯定するわけにもいかない。私はあいまいに笑って、「ほら、そこ。塗り損ねてるよ」と、指さした。

 外村くんたちの盛り上がりは、最高潮だった。一般入試組で気が立っているクラスメイトに、鋭くにらみつけられても、彼らは気づかない。

 普段おとなしい調理部の子が、外村くんの明るさに感化されたのか、楽しそうに彼に話しかけている。

「外村くん、すごいやる気だね」

 と。

 外村くんは、鼻歌さえ飛び出す上機嫌だった。

「ん? うん。なんせ最初で最後の機会やからな」

 そうだ。去年、彼が転校してきたのは十一月。めぼしい行事はすでに終わってしまっていた。 

 なんだか一年の頃からずっと一緒の学校だったような気さえしていたけれど、彼が上京してきてから、まだ一年経っていないのだ。

 今年の体育祭も、外村くんは途中で早退してしまっていたし。文化祭は、クラスの一員としてようやく参加できるのだと、鼻息も荒い。

「絶対仕事入れんでって、拝み倒してん」

 そんなに楽しみにしてもらっているところ、申し訳ないけれど、うちの学校の文化祭は、ごくごく当たり前のものだ。規格外の出店があるわけじゃなく、芸能人ゲストも来ない。文化部の展示発表に、クラスの模擬店。普通過ぎて、外村くんの期待に応えられる気がしない。

 調理部の子も、過大な期待に引きつっていた。

「別に普通だよ……?」

忠告した彼女に、外村くんは首を振った。

「ええねん、それで。俺は、普通の高校生活がやりたくて、この学校に来たんやから」

 芸能コース併設の高校では、満足に文化祭も楽しめないのは、想像できた。外村くんのようなデビュー予備軍だけじゃなくて、もうすでに活躍中の芸能人がたくさん在籍している。一般開放なんてした日には、パニックになるのが目に見えている。

 少しずつ、彼が上京した理由、この学校を選んだ理由が明かされていく。
けれど、肝心なところはよくわからない。後悔しないために東京に来たとは言うけれど、その「後悔」とは、どんなことを想定して言っていたんだろう。

 考案されたレシピを見る彼の目は、澄んでいる。試作をいつ、どこでするかという話を始めたところで、

『三年A組、外村大地。三年A組、外村大地。至急、職員室まで』

 タイミング悪く、校内放送で呼び出しを受けた。外村くんは「ちぇっ」と唇を尖らせる。「しゃーないから行ってくるわぁ」 と、出て行ってから、数十分。外村くんは、なかなか教室に戻ってこなかった。

 ついには予鈴が鳴り、朝のホームルームのために、生田先生がやってくる。後ろにはなぜか、外村くんを従えて。

 ついさっきまでは、みんなと一緒になってはしゃいでいたのに、彼の表情は暗かった。伏し目がちで、沈黙が重苦しい。

 思わず隣の席の子と目を見合わせる。

 どうしたんだろう?

 自分の席に戻る途中で、金子くんや綿貫さんに声をかけられていたけれど、彼は無言のまま、着席した。彼らの言葉にも反応しないのだから、他の子にはどうしようもない。

 生田先生は普通に出席を取った。外村くんも返事をしたが、暗い。どう考えても、先ほどの呼び出しが原因だ。

 そういえばあの声、生田先生じゃなかったな。そのあたりも関係ありそうだ。

 考えを巡らせていると、先生がちらりと教室の真ん中あたりに目を向けた。視線の先にいるのは、外村くんだ。

「それで……みんなに残念なお知らせがひとつある。外村は、文化祭当日、参加できなくなった」

 人は本当に驚くと、一瞬黙る。教室中が静かになり、そしてざわざわし始める。

 文化祭に賭ける思いを、ついさっき聞いたばかりだった私は、信じられない気持ちで、外村くんに目を向ける。私の席からは、彼の後ろ姿しか見えない。背筋はいつも通り、ピンとまっすぐだ。

「先生、なんでですか!」

 綿貫さんが、物怖じせずに強く質問した。張りのある声は、先生さえも圧倒する。

 まだ若い生田先生は、学校行事に熱狂する生徒たちの暴走を止めるには、力不足だ。たじたじになって、どうすれば事態を収束することができるか、慌てている。

 するとそこに、招かれざる来客があった。

「うるさいぞ、A組!」

 怒鳴られて、教室の空気がぎゅっとなる。生活指導の先生だ。外村くんの不参加の知らせに、クラスが混乱することを想定して、廊下で待機していたのだろう。

 彼は、小学校のときの担任と似ているので、私は苦手だ。特に目をつけられているわけではないが、背中が丸まってしまった。万年ジャージで、髭がトレードマークのでっぷりした先生だ。クマと呼ばれ、ちょっと悪ぶった生徒からはウザがられている。

 先生は教室中をじろじろ見回す。視線が合わないように、つい下を向いてしまった。

「外村も含め、生徒の安全を確保するためだ。気の毒とは思うが、外村は納得済みだから、皆も受け入れてほしい」

 強面で、いつもえらそうにしている先生が頭を下げたものだから、私たちは何も言えなくなる。

 顔を見合わせて、静まった私たちを見届けてから、クマ先生は教室を出て行った。

 沈黙に支配された室内に、チャイムの音がむなしく響き、朝のショートホームルームが終わった。

※※※


「大地の文化祭の件、たぶん理由わかった」

 と、綿貫さんに呼び出されたのは、放課後だった。裏庭まで行くのももどかしく、廊下で立ち話だ。

 今日の外村くんは、さすがに遠巻きにされていた。彼自身、休み時間になっても一言も喋らず、教室をふらふらと出ていってしまった。

 隣の席の男子は、なぜか私に「外村のこと、なんか知ってる?」と、尋ねてきた。私に聞かれても、首を傾げることしかできない。

 綿貫さんは、スマートフォンを取り出し、私に画面を突きつけた。

「たぶん、このアカウントから学校バレしたんだわ」

 見せられたのは、写真の投稿をメインに行うSNSだった。覗き込み、スクロールして写真を追う。とある投稿の部分で、指が止まった。

『うちのガッコの有名人』

 映りはあまりよくないけれど、ファンが見れば、その横顔が外村くんだということはわかる。

 投稿主のプロフィールには、「FJK」、つまり高校一年の女子を示す言葉が使われているが、さすがに学校名はない。

 なら、どうして外村くんの通う学校がバレたのか。写真の中、彼の隣に映った人物に、私は真っ青になった。

「わ、私のせいだ……」

 外村くんと一緒に駅まで向かう、女子生徒の後ろ姿。他の誰も気づかなくても、自分だとわかってしまう。

 男子の制服は、特徴に乏しい学ランだが、隣にセーラー服の私がいることで、いくらでも調べることができた。襟の隅には、椿をかたどった校章が刺繍されているので、すぐに特定できてしまう。

 知らず、身体が震えた。綿貫さんの顔が見れない。

 SNSによって、ありとあらゆるものが探られてしまう時代。綿貫さんが恐れていたのは、こういうことだったのだと、今さらながら実感する。

 写真をアップしたのは私ではない。だが、彼女が一番嫌う手段で、外村くんに迷惑をかけてしまったのは、紛れもなく私自身だ。

 綿貫さんは無言でスマホの画面を変える。ウィキペディアの「外村大地」のページを開いた。そもそも、そんなページがあることすら知らなかった。

 まだデビュー前の外村くんの説明は短い。けれど、そこにはバッチリと、うちの学校名が記述されている。

「ご、ごめんなさい……」

 ぎゅっとスカートを握りしめ、謝罪の言葉を振り絞る。綿貫さんは深く溜息をついて、「私に謝ったって、どうしようもないでしょう」と言う。

 そうだ。私が謝らなきゃならないのは、外村くんに対してだ。

 私のせいで、楽しみにしていた文化祭に出られなくなってしまった。

 今すぐにでも、彼を探しに行こうとしかけた私の肩を、綿貫さんは掴んで引き留めた。

「馬鹿。もう大地、帰ってる」
「あ、ああ……」

 連絡先を知らないから、電話やメッセージでの謝罪も不可能だった。頭が真っ白になって、何も考えられなくなっている私とは対照的に、綿貫さんは冷静だった。

「いい? 特定されるのは大地だけじゃない。隣に映ってる、あなたも危ない」

 思ってもいなかった事実を突きつけられて、言葉を失う。

 私みたいな一般人、個人情報を突き止められたところで、すぐに身の危険が及ぶわけではないと思うのだけれど、その認識はすこぶる甘いらしい。

「むしろあなたの方が危ないのよ? 大地の隣で、彼女面してるこの女は誰だって、バレたら突撃される可能性がある。顔が映ってなくても、誰がどう調べるか、わかったもんじゃない」
「そんな……」

 よくも悪くも、うちの学校は普通の私立高校だ。芸能活動が禁止されているわけじゃないが、裏を返せば、今まで芸能人がいなかっただけの話。

 だから、今回のように在籍している生徒の情報が流れて、問い合わせが何件も来る、なんていう事態は想像していなかった。

 先生たちは、今も対応に追われているんだろう。おそらく、近日中にこの
SNSのアカウント主に直接注意がいって、写真は消される。

 でも、一度ネットに上がった写真は、決してファンの記憶からはなくならない。

 文化祭は、部外者が学校を訪ねる絶好の機会だ。うちの学校は、出入り自由で、近隣住民が気軽に遊びに来る。

 もしも、外村くんや事務所のファン、ミーハーな人たちが、彼を一目見ようと殺到して、事故が起きたら?

 いや、好意的な人物ばかりじゃない。コンサート会場で見たような、外村くんアンチがやってくる可能性だって、考えられるのだ。

 震える私に、綿貫さんは微笑みかけた。

「まあ、きっと大丈夫よ。大地はともかく、普通の生徒であるあなたが危害を加えられるようなこと、さすがにあってはならないもの」

 私の不安を拭い去るための言葉なのは、わかる。けれど、どうしても「大地はともかく」という一節に引っかかり、素直に受け止められない。

 普通じゃない、特別な外村くん。

 それは事実だ。私にとってだけじゃない、イレギュラーな対応を迫られると いう点で、学校にとっても特殊な生徒だ。

 でも、他の大多数の生徒を守るためならば、彼を排除してもいい、というのは違う。

 私は外村くんの、普通の高校生である一面を知っている。

 何度も消した形跡のある五線紙には、彼の悩みがたくさん詰まっていた。進路や友人関係、恋愛に悩む私たちと、何も変わらない。 

 学校行事に参加できることを、「普通の高校生活が送りたかった」と無邪気に喜んでいた外村くん抜きでの文化祭を、心から楽しむことができるわけない。

 そう考えた瞬間、私の胸に火がついた。これまでに感じたことのない、衝動だった。

 どちらかといえば、その場の雰囲気に流されて生きるタイプだったから、こんな風に自分から、「やりたい」「やらなきゃ」と思うこともなかった。

 私の目の色が変わったことを、綿貫さんは敏感に察した。

「何するつもり?」

 おっかなびっくり尋ねてくるのが、いつもとは逆の立場になったみたいでおかしい。

 唇に笑みを浮かべる。そうだ、こういうときにふさわしいのは、不敵な笑みだ。

「私やっぱり、外村くんとの文化祭を、諦めたくないの。綿貫さんだって、そうでしょう?」
「それはそうだけど」
「やれるだけのことは、やりたい。だからお願い、協力してほしい」

 深く頭を下げた私に、綿貫さんは「やれやれ」という演技は崩さずに、頷いた。目の輝きは、いつもよりも増していたので、彼女にも、私の胸の火が伝播したのだと思う。

2

 早速、翌日から行動に移した。

 朝早くに綿貫さんと、それから昨夜連絡した金子くんと待ち合わせた。教室に鞄を置いて早々に、職員室へと繰り出す。

「失礼します」

 三人揃って、担任の生田先生の席に向かった。あくび混じりで準備をしていた先生は、私たちを見て、きょとんとする。

「どうした? 珍しい取り合わせだな」

 両サイドの金子くんと綿貫さんは、クラスでの上位グループ同士だから、そこそこ絡みがあることを、先生もよく知っている。真ん中に私をサンドしている状態を指して、「珍しい」と形容しているのが丸わかりなのが、おもしろくない。

「先生、お話があります」

 口火を切ったのが、普段おとなしい私であることも、先生を驚かせた。

「どうした、田川?」

 ここに至っても、私の相談内容に見当がついていないあたり、呆れてしまう。

 私ははっきりと、在室中の他の先生たちにも聞こえるような声で、切り出した。

「外村くんが文化祭に参加できるようにするためには、どうしたらいいですか?」

 先生は目を丸くして、両サイドの綿貫さんたちを交互に見やった。困惑した表情を浮かべている。金子くんたちが外村くんと仲がいいことは知っているだろうけれど、私との関係がイマイチ理解できていないのだろう。

 ただ、一学期中に外村くんと隣同士の席だっただけの、目立たない一生徒。それが生田先生から見た、私だからだ。

 ふたりには着いてきてもらったけれど、交渉はすべて、自分がやると申し出た。私のせいで外村くんに迷惑をかけたんだから、私が挽回しないといけない。

 後ろについていてくれるだけで、心強い。クラスの中心メンバーである彼らのバックアップがあるとなれば、話を聞いてくれる人も増えるだろう。

 しっかりと目を見て話をする私とは対照的に、先生の視線は宙を泳いだ。その瞬間、落胆したけれど、努めて顔には出さないようにする。

「……しかし、会議で決まったことだからなあ」

 このセリフで、見切りをつけた。三者面談のときからわかっていたけれど、彼は強い者には逆らえないタイプなのだ。担当クラスの生徒たちの味方だという顔をして、実際は事なかれ主義。長いものには巻かれて、時間が経てば自然と解決するだろうと思っている。

「わかりました」
「田川?」
「ちょっと、それでいいの?」

 後ろにいた二人は焦る。担任はあからさまにホッとしている。私が納得して諦めたのだと思っているんだろう。

 そんなこと、あるわけないじゃない。

 私はサッと移動する。次は、例の生活指導の先生だ。

「ちょ、ちょっと、田川!?」

 今さら慌てたって遅い。生田先生は、まだまだ若手。でも教師だというプライドだけはある。だから、自分のクラスの生徒を制御できていないことを、上の立場の先生に知られるのが嫌なんだ。

 私は、クマ先生の目の前に立った。

 ここまでの話は、彼の耳にも確実に入っている。けれど、先生は「どうした?」という顔を崩さない。

 ついてきた金子くんが、私の制服の裾をちょいちょいと引っ張る。私だって怖い。けれど、ここで逃げるわけにはいかない。

 それに、この先生は生田先生とは違って、私の目をじっと見つめ返してくれる。話を聞いてくれる可能性はある。

「先生。外村くんを、私たちを守るためだっていうのはわかっています。でも、どうしてもクラス全員で、文化祭に出たいんです。これが最初で最後だから」

 私は頭を下げた。遅れて、後ろの二人も続いたのを気配で感じる。

「だから、お願いします。どうしたら、外村くんの文化祭への参加を認めてもらえますか?」

 学校側に一方的に要求しても、突っぱねられる。全校生徒の署名を集めたところで、「検討する」の一言で流され、結局ダメだった、というオチになる可能性が高い。

 私たちがちゃんと、問題解決に向けて努力をする姿勢を見せること。それが唯一の道だ。

 重苦しい空気が、職員室に流れる。他の先生たちも、手を止めて沈黙を保っている。

 声をかけられるまで、頭を上げてはいけない。ぎゅっと目を瞑り、祈るような気持ちで姿勢を保っていると、ようやく先生が低い声で呟いた。

「俺たちだけじゃない。校長も含めての会議で決まったことだから、そう簡単には覆せない」

 そんな。

 私の絶望にかぶせるように、彼は続けた。

「だが、外村も含め、お前たちはみんな、俺たちの生徒だ。できればどうにかしてやりたい、というのも本音だ」

 驚いて顔を上げると、先生は歯を見せて笑っていた。強面だから、どう見ても悪役だ。

 先生は、私たちに条件を出した。

 一般客の迷惑にならない方法を考えること。クラスの全員が賛同し、協力すること。

「それから何よりも、外村自身の同意を得ること……これが一番難しいだろうがな」

 そんなことない。外村くんは、誰よりも文化祭に出たがっているんだから、絶対に喜んでくれる。

 不満が顔に出ていたのだろう、先生は、「まあ頑張れ」とだけ言って、一瞬、私を気の毒そうな顔で見た。そして話は終わりだとばかりに、自分の手元の書類に目を通し始める。

 私は「ありがとうございました」と礼をして、職員室を後にした。

「ふー……」

 廊下に出た瞬間、肩の荷が下りた。思わず漏れる溜息に、綿貫さんが背中
を強く叩いてくる。

「ちょっと! もう、何するのかと思ったわ!」

 相談なしでクマ先生に直談判したことを注意された。結果オーライだったからいいものの、一歩間違えば私たちにもペナルティは課されただろうし、最悪、文化祭そのものの中止にまで発展したかもしれない。

「でも、これで前に進めた」

 あの先生は生徒に厳しいけれど、できないことは言わない。私たちが条件を達成すれば、彼も約束を守る。

 拳をぎゅっと握って、これからのことを考える。クラス全体の協力を取り付けなければならない。文化祭そのものに否定的な人たちだっているんだから。

 やるべきことは山積みで、しかも元々の焼きそば屋台の準備もしなければならない。正直頭が痛くなりそうだが、それでも私は、やり遂げてみせる。

「なんかさあ、田川、変わったよな」

 しみじみと呟く金子くんを、私は振り返った。
「どこが?」
「どこがって、全部だよ、全部。こんな風に矢面に立つような奴だとは、思ってなかったわ」

 本当に私が変わったのだとしたら、それは外村くんの影響だ。

 自分の目標に向かってひたむきに努力する彼を知り、彼に恋をして、私は変わったのだ。

 外村くんに何かしてあげたい。今までもらったのものを返したい。そのためなら私は、いくらでも動けるのだ。

 にっこりと金子くんに微笑むと、彼は急に、挙動不審になる。そんな彼の頭を、思い切り綿貫さんが叩いた。

「ほら! 教室戻るわよ! 善は急げ、みんなにお願いして回らないと」
「うん。そこは私よりも二人の方が向いていると思うから、頼りにしてるよ」

 私と彼らでは、クラスへの影響力が違いすぎる。もちろん、二人に全部任せることはしない。私が言い出したんだから、ちゃんとやらなきゃ。

 意気揚々と教室へと戻る。外村くんは、まだ登校していない。もしかしたら、今日は休むつもりでいるのかもしれない。

 私たちは三人で、教壇に上がる。

「はい、みんな、注目~!」

 金子くんの呼びかけに、視線が集まる。こんな風に注目を浴びることはほとんどないから、緊張する。でも、綿貫さんが背中に触れて支えてくれている。

 私はぐるりと見回して、先生と話したこと、それからみんなにお願いしたいことを丁寧に説明を始めた。

※※※


 私たちの計画に、もちろん反発する子もいた。

 どうして外村のために、俺たちがあれこれしなきゃなんねぇんだ、って。

 けれど、概ね同意は得られた。それだけ、学校側の理不尽な決定に、不満を覚えた子が多かったのだ。みんなには、今は通常の出店の準備を急ピッチで進めてほしいと依頼した。私たち三人は、そちらにはタッチできそうもない。

 反対派との交渉は、一対一で誠心誠意、お願いした。人目につく場所で持ちかけたのは、優等生というのは、だいたい周囲の目に弱いからだ。

 外村くんのために! と団結しているクラスメイトから白い目で見られることを、身をもって理解すると、渋々ではあるが、協力するという言質が取れた。

 並行して、私は金子くんと綿貫さんと三人で、一般客に紛れて来校するファンやアンチから、どう外村くんを隠すべきかを話し合った。どうしてもやりたいことがあるのだと打ち明けて相談すると、二人は心から賛成してくれた。

「俺、ちょっとした伝手があるからこの件は任せとけ」
「私も先生に頼んでみるわ」

 コピーを手渡すと、二人で顔を突き合わせて相談をし始めた。私は教室を離れ、漫研の部室へ。

「千里子。ちょっと」

 私はこれまでの経緯をかいつまんで話す。千里子は外村くんに、良くも悪くも何の感情も抱いていないので、「ふーん」という反応だった。

「それで、去年千里子の知り合いから着ぐるみレンタルしたじゃない? 紹介してもらえないかと思って……」
「なるほど」

 一般客の目につかないように文化祭を過ごす方法。それは、全身を着ぐるみで覆ってしまえばいいというものだ。去年の文化祭で、千里子の伝手で借りた着ぐるみのことを思い出したのである。

「でも、外村ひとりだけ着ぐるみだと、逆に怪しくない?」
「うーん……」
「まあ、二匹借りてきて宣伝しているって思わせれば、いけるか」

 千里子はこれで、女子高生にしては顔が広い。その中には、コスプレやそれに関わることを生業にしている人もいる。

 さっとスマートフォンを取り出して、千里子はすぐにコンタクトを取ってくれた。相手からのリプライも早い。

「あー、うん。いけそう。大丈夫。明日の放課後って、由梨乃空いてる?」
「もちろん」
「じゃあ一緒にいこ」

 ありがとう恩に着る! と千里子の手を握った私に、彼女はにやりと笑った。

「着ぐるみだったら、外村とデートしてもなんとも思われないもんね?」
「なっ」

 そんなんじゃないし!

 確かに、彼をサポートする役目は譲れないけれど、デートだなんて!

 ムキになって否定する私に、千里子は「ま、そういうことにしときましょ」と言って、手をひらひらと振った。

 私の気持ちは、身近な人たちには、どうもバレバレである。

「もう……」

 肩から力を抜く。千里子の邪推はもってのほかだけれど、これでまた前進した。

 あとは……。

 足早に廊下を歩く。すれ違う生徒たちも、文化祭に向けて浮ついているが、誰よりも私が昂揚しているに違いない。

 いつも以上に静けさに包まれた、特別校舎棟の四階、一番端。

 トントン、とノックをする。

「田川です。入ってもいい?」

 言葉の代わりに、中から扉が開いた。ちょっとだけ疲れた顔をした外村く
んに、私は微笑みかけた。

「ごめんね。ちょっといい?」
「ああ、うん。かまへんよ。ちょうど、帰ろう思うてたところやったし」

 言葉どおり、鞄の中に荷物はまとまっていた。いつもここにいるときは、台本を読んだり、失敗作を丸めた紙ゴミがその辺に散乱したりしているのに、すっかり片づいている。

 話は早いほうがいい。私は単刀直入に言った。

「あのね。今、クラスで外村くんがどうにか文化祭に参加できるように、みんな頑張ってるから」

 私は持っていたファイルの中から、計画書を見せる。

 着ぐるみは体力を消耗するので、午前中に校内を回る。それから、誰にも見つからないように、地学準備室に避難する。クラスメイトにはこの部屋の存在をごまかして、ただかくまうとだけ伝えた。

 もう一つの計画については、サプライズだ。

 計画書に目を通している外村くんに、私は「だから」と言い募る。

 文化祭、一緒に楽しもうよ。外村くんがいてくれたら、私は、すごく嬉し
いから。

 ちょっとだけ踏み込んだ言葉を言いかけて、でも言えなかった。

「悪いけど」

 突き返された紙一枚。柔らかいけれど、明確な拒絶を含んだ動きに、私は固まった。

「俺はもう、文化祭には出んって決めたんや。もともと、普通の高校生活なんて送れるはずなかったんや」

 震える指先で挟んだコピー用紙は、力が入らずにひらり落ちていく。外村くんは一瞥して、拾うことすらせずに、そのまま地学準備室を後にした。

 残された私は、呆然とするしかない。

 どうして? 絶対に喜んでもらえると思っていたのに。私のうぬぼれに過ぎなかった?

「文化祭は死んでも出る」と言っていたのは、何だったの?

 立ち尽くす私の耳に、スマホのコール音が鳴り響いた。


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葉咲透織(はざきとおる)@いろ葉書房 いただいたサポートで自分の知識や感性を磨くべく、他の方のnoteを購入したり、本を読んだりいろんな体験をしたいです。食べ物には使わないことをここに宣言します。